2015/07/11(土) - 18:56
ほぼ2年ぶりにツールでのステージ勝利を挙げ、通算26勝目をマークしたマーク・カヴェンディッシュ。ベルナール・イノーを産んだ地ブルターニュで、イノーの勝利にあと2つと迫った。マイヨアポワに身を包むエリトリアから来たテクレハイマノは日に日にツールのスターに。
眩しい陽光、しのぎやすい晴天。そして平坦基調のスプリントステージ。もっとも、平坦ステージにカテゴライズされているが、カテゴリーづけされない細かなアップダウンが常に続くプロフィールだ。向かう先はブルターニュ地方。フランスでもっとも自転車競技熱の熱い地域。ブルターニュ・セシュのお膝元。「ブルターニュのアナグマ」の愛称を持つベルナール・イノーを産んだ土地だ。
リヴァロの街からのパレードスタートを見送って、「今日こそは平穏なステージ」に、と願う間もなく、0km地点へ向かうニュートラル区間でアルベルト・コンタドールがロバート・ヘーシンクとともに落車したという一報。幸い、怪我も無く。この日は結局、これ以外に震撼させるような落車もトラブルも無く、ようやくツールに「異常でない日」が戻ってきた。
スタートしてすぐに迎える4級山岳が早めの逃げを作り出し、それを見送った集団はクルージングペースとなる。このツールで初めて見るような落ち着いた集団。脇から、間から、前へ、前へというせわしない動きが無い走りだ。
もっとも、ロット・ソウダル、ジャイアント・アルペシン、エティックスクイックステップらスプリント強者たちを抱えるチームが集団の前に位置してペースをつくる。スプリントステージが例年に比べ数少ないこのツールで、今日のチャンスを無駄にしないよう、逃げグループとのタイム差をリスクの無い範囲にとどめている。後で追い込むのに苦労しないように。
スプリンターたちは、この日を逃せば第15ステージとシャンゼリゼしかチャンスは無いと言われている。
マイヨジョーヌの居ない集団。この日、フルームは鎖骨骨折の治療のためにツールを去ったマルティンへの配慮からマイヨジョーヌを着ないという選択をした。先人たちがそうしてきたように、マイヨジョーヌを着たままリタイアした選手へ払った最大の敬意だ。
シンボリックな黄色いジャージが居ない集団。向かうブルターニュは、今から30年前にマイヨジョーヌを着た最後のフランス人となったベルナール・イノーを産んだ土地であることも、なにか因縁めいている?
5人の逃げグループから4級山岳手前で仕掛けたダニエル・テクレハイマノ(エリトリア、MTNキュベカ)。今日のポイントも逃さず獲得。黒い肌に白と赤い水玉のジャージのコントラスト。そしてメタリックシルバーにイエローがあしらわれた特別カラーのバイクに乗って、軽やかにスピードに乗るしなやかな走りが美しい。
マイヨジョーヌ不在の日に、テクレハイマノはツールで初めてマイヨ・アポワを着たエリトリア人として走り、ツールに新たな歴史を刻んでいた。4級山岳のポイントは小さいが、前半から山岳賞ポイントを稼ぎ、シャンゼリゼでのポディウムを狙っているはずだ。なぜならツール前哨戦クリテリウムドーフィネで、同じデザインのジャージを最終日に着たことで、予行演習は完璧だ。
距離を進むごとに街並みに鉛色の屋根の家が目立つようになり、ブルターニュの色合いが濃くなっていく。ブルターニュ・セシュやワレン・バーギルの応援も目立ち、徐々に熱くなっていく。応援風景を大掛かりなものが増えてきた。民族衣装に身を包み、鯖をもっておどけるブルターニュ版サザエさん(?)のようなおばさんも登場。そしてコース途中の街中もブルターニュ特有の賑い。さすがシクリスムに熱い地域だ。
フィニッシュラインまでの残り300mは緩やかな登り。そして左、右へと緩やかなカーブになっている。イン側を取ってコースを閉めれば有利にできるが、コース幅が狭いことで落車の危険が多分にあるフィニッシュだ。
ここまで早めに仕掛けて最後に差されるスプリントで2つの勝利を逃してきたマーク・カヴェンディッシュ(エティックス・クイックステップ)は、今日は落ち着いてスプリントに入った。むしろ仕掛けるのが遅すぎたことを焦ったが、アンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・ソウダル)のイン側を取り、追い抜くと低い姿勢のままフィニッシュに飛び込んだ。そして短い腕を振り上げる力いっぱいの咆哮のガッツポーズが炸裂。
エティックスのもとにはすでにマルティンの鎖骨の開放骨折の手術が成功したとの報が届いていた。当然、この勝利はマルティンに。「彼のリタイアはチームにとってとてつもなく大きな損失。彼の手術が成功して嬉しい。今日は彼のために勝ちたかったんだ。彼と一緒にこの勝利を祝いたかった。この勝利を彼に捧げたい」とカヴ。
カヴはスプリントの最終局面でのグライペルのフェアなスプリントを讃えた。右コーナーに向けてラインを閉めることなく進んだことに対し、グライペルを「ジェントルマン」と称した。フランスの英国=ブルターニュで勝利したイギリス人が、ドイツ人のことを「紳士」と呼んだ。
遠かったカヴのツールでの勝利。不運続きで前回の勝利は約2年前に遡る。イギリスはヨークシャーで開幕した昨年ツールでは、母の故郷ハロゲートのフィニッシュでラインを強引にこじ開けようとしてサイモン・ゲランスを巻き込み、落車。骨折のためリタイアを余儀なくされた。その悔しさからようやく開放される時が来た。グライペルへの賛辞の言葉は、「今後のバトルでもラインを閉めるなよ」(=もう無理してこじ開けたくはないんだ)という牽制メッセージなのだろう。
カヴのツール・ド・フランスのステージ勝利は通算26勝目。これは歴代3番目の記録にあたり、ベルナール・イノーの28勝まで2と近づいた。最多勝利数のエディ・メルクスの34勝までは、あと8!
ちなみにツールでステージ20勝以上を挙げている6人の歴代リストは以下だ。
エディ・メルクス 34勝
ベルナール・イノー 28勝
マーク・カヴェンディッシュ 26勝
アンドレ・ルデュック 25勝
アンドレ・ダリガード 22勝
ニコラス・フランツ 20勝
4級山岳に設定されたポイントはわずか1pt。通算4ptsで山岳賞のマイヨアポワを守ったダニエル・テクレハイマノ(エリトリア、MTNキュベカ) は、マイヨアポワを着た初のエリトリア人として、そしてなかなかのいいオトコとしてすっかり人気者。大きな声援を浴びる。
アフリカ大陸から初のチーム出場という歴史を拓いたMTNキュベカの応援には、アフリカからのファンが多く駆けつけている。チームバスの脇で、あるいは沿道で、応援するうちに自然とリズムが湧き出し、歌い、踊りだす。テクレハイマノを囲み、「ハピネス」! その様子は見ていて感動的だ。
明日の第8ステージはブルターニュの心臓部、ミュールドブルターニュの急坂を駆け上がるステージだ。急坂とくればサガン。そして、かのフィニッシュ地点は2011年にアルベルト・コンタドールが駆け上がり、カデル・エヴァンスとのスプリントで写真判定の僅差で破れたことが記憶に新しい。つまりサガンにもコンタドールにも向いている急坂だ。
急勾配の上りではグライペルにはチャンスが無い。サガンはステージ勝利とマイヨヴェールへのアプローチが可能になるばかりでなく、ボーナスタイムでマイヨ・ジョーヌのチャンスもある。もちろん11秒差の首位フルームも黙ってはいないだろうが、フルームはステージを獲りたいとしてもマイヨジョーヌへの固執はまだ無い。
サガンとコンタドールとの関係では、アシストが必要か否か。しかし短い坂での攻防でもともと手助けがいらないとチームが判断すれば、ティンコフ・サクソの2人が同時に狙ってくるなんてことも? サガンには3賞同時獲得の可能性だって無くはない。
ポディウム前に日本人の姿があった。聞けばたまたまフランス出張中にツールに立ち寄れたことでの視察という、広島県の湯崎英彦知事だ。
正式取材というわけでなく、短いチャットでの談話として書かせていただくと、「サイクリストに人気が高まっているしまなみ街道のある広島県ですから、世界最高峰のサイクルイベントから学べるものがあるかと思って来てみました。ツールはすべてが洗練されている最高のイベントだということが分かりました。この経験を日本でも役立てたいですね」と、いたく感激していらっしゃいました。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos,
眩しい陽光、しのぎやすい晴天。そして平坦基調のスプリントステージ。もっとも、平坦ステージにカテゴライズされているが、カテゴリーづけされない細かなアップダウンが常に続くプロフィールだ。向かう先はブルターニュ地方。フランスでもっとも自転車競技熱の熱い地域。ブルターニュ・セシュのお膝元。「ブルターニュのアナグマ」の愛称を持つベルナール・イノーを産んだ土地だ。
リヴァロの街からのパレードスタートを見送って、「今日こそは平穏なステージ」に、と願う間もなく、0km地点へ向かうニュートラル区間でアルベルト・コンタドールがロバート・ヘーシンクとともに落車したという一報。幸い、怪我も無く。この日は結局、これ以外に震撼させるような落車もトラブルも無く、ようやくツールに「異常でない日」が戻ってきた。
スタートしてすぐに迎える4級山岳が早めの逃げを作り出し、それを見送った集団はクルージングペースとなる。このツールで初めて見るような落ち着いた集団。脇から、間から、前へ、前へというせわしない動きが無い走りだ。
もっとも、ロット・ソウダル、ジャイアント・アルペシン、エティックスクイックステップらスプリント強者たちを抱えるチームが集団の前に位置してペースをつくる。スプリントステージが例年に比べ数少ないこのツールで、今日のチャンスを無駄にしないよう、逃げグループとのタイム差をリスクの無い範囲にとどめている。後で追い込むのに苦労しないように。
スプリンターたちは、この日を逃せば第15ステージとシャンゼリゼしかチャンスは無いと言われている。
マイヨジョーヌの居ない集団。この日、フルームは鎖骨骨折の治療のためにツールを去ったマルティンへの配慮からマイヨジョーヌを着ないという選択をした。先人たちがそうしてきたように、マイヨジョーヌを着たままリタイアした選手へ払った最大の敬意だ。
シンボリックな黄色いジャージが居ない集団。向かうブルターニュは、今から30年前にマイヨジョーヌを着た最後のフランス人となったベルナール・イノーを産んだ土地であることも、なにか因縁めいている?
5人の逃げグループから4級山岳手前で仕掛けたダニエル・テクレハイマノ(エリトリア、MTNキュベカ)。今日のポイントも逃さず獲得。黒い肌に白と赤い水玉のジャージのコントラスト。そしてメタリックシルバーにイエローがあしらわれた特別カラーのバイクに乗って、軽やかにスピードに乗るしなやかな走りが美しい。
マイヨジョーヌ不在の日に、テクレハイマノはツールで初めてマイヨ・アポワを着たエリトリア人として走り、ツールに新たな歴史を刻んでいた。4級山岳のポイントは小さいが、前半から山岳賞ポイントを稼ぎ、シャンゼリゼでのポディウムを狙っているはずだ。なぜならツール前哨戦クリテリウムドーフィネで、同じデザインのジャージを最終日に着たことで、予行演習は完璧だ。
距離を進むごとに街並みに鉛色の屋根の家が目立つようになり、ブルターニュの色合いが濃くなっていく。ブルターニュ・セシュやワレン・バーギルの応援も目立ち、徐々に熱くなっていく。応援風景を大掛かりなものが増えてきた。民族衣装に身を包み、鯖をもっておどけるブルターニュ版サザエさん(?)のようなおばさんも登場。そしてコース途中の街中もブルターニュ特有の賑い。さすがシクリスムに熱い地域だ。
フィニッシュラインまでの残り300mは緩やかな登り。そして左、右へと緩やかなカーブになっている。イン側を取ってコースを閉めれば有利にできるが、コース幅が狭いことで落車の危険が多分にあるフィニッシュだ。
ここまで早めに仕掛けて最後に差されるスプリントで2つの勝利を逃してきたマーク・カヴェンディッシュ(エティックス・クイックステップ)は、今日は落ち着いてスプリントに入った。むしろ仕掛けるのが遅すぎたことを焦ったが、アンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・ソウダル)のイン側を取り、追い抜くと低い姿勢のままフィニッシュに飛び込んだ。そして短い腕を振り上げる力いっぱいの咆哮のガッツポーズが炸裂。
エティックスのもとにはすでにマルティンの鎖骨の開放骨折の手術が成功したとの報が届いていた。当然、この勝利はマルティンに。「彼のリタイアはチームにとってとてつもなく大きな損失。彼の手術が成功して嬉しい。今日は彼のために勝ちたかったんだ。彼と一緒にこの勝利を祝いたかった。この勝利を彼に捧げたい」とカヴ。
カヴはスプリントの最終局面でのグライペルのフェアなスプリントを讃えた。右コーナーに向けてラインを閉めることなく進んだことに対し、グライペルを「ジェントルマン」と称した。フランスの英国=ブルターニュで勝利したイギリス人が、ドイツ人のことを「紳士」と呼んだ。
遠かったカヴのツールでの勝利。不運続きで前回の勝利は約2年前に遡る。イギリスはヨークシャーで開幕した昨年ツールでは、母の故郷ハロゲートのフィニッシュでラインを強引にこじ開けようとしてサイモン・ゲランスを巻き込み、落車。骨折のためリタイアを余儀なくされた。その悔しさからようやく開放される時が来た。グライペルへの賛辞の言葉は、「今後のバトルでもラインを閉めるなよ」(=もう無理してこじ開けたくはないんだ)という牽制メッセージなのだろう。
カヴのツール・ド・フランスのステージ勝利は通算26勝目。これは歴代3番目の記録にあたり、ベルナール・イノーの28勝まで2と近づいた。最多勝利数のエディ・メルクスの34勝までは、あと8!
ちなみにツールでステージ20勝以上を挙げている6人の歴代リストは以下だ。
エディ・メルクス 34勝
ベルナール・イノー 28勝
マーク・カヴェンディッシュ 26勝
アンドレ・ルデュック 25勝
アンドレ・ダリガード 22勝
ニコラス・フランツ 20勝
4級山岳に設定されたポイントはわずか1pt。通算4ptsで山岳賞のマイヨアポワを守ったダニエル・テクレハイマノ(エリトリア、MTNキュベカ) は、マイヨアポワを着た初のエリトリア人として、そしてなかなかのいいオトコとしてすっかり人気者。大きな声援を浴びる。
アフリカ大陸から初のチーム出場という歴史を拓いたMTNキュベカの応援には、アフリカからのファンが多く駆けつけている。チームバスの脇で、あるいは沿道で、応援するうちに自然とリズムが湧き出し、歌い、踊りだす。テクレハイマノを囲み、「ハピネス」! その様子は見ていて感動的だ。
明日の第8ステージはブルターニュの心臓部、ミュールドブルターニュの急坂を駆け上がるステージだ。急坂とくればサガン。そして、かのフィニッシュ地点は2011年にアルベルト・コンタドールが駆け上がり、カデル・エヴァンスとのスプリントで写真判定の僅差で破れたことが記憶に新しい。つまりサガンにもコンタドールにも向いている急坂だ。
急勾配の上りではグライペルにはチャンスが無い。サガンはステージ勝利とマイヨヴェールへのアプローチが可能になるばかりでなく、ボーナスタイムでマイヨ・ジョーヌのチャンスもある。もちろん11秒差の首位フルームも黙ってはいないだろうが、フルームはステージを獲りたいとしてもマイヨジョーヌへの固執はまだ無い。
サガンとコンタドールとの関係では、アシストが必要か否か。しかし短い坂での攻防でもともと手助けがいらないとチームが判断すれば、ティンコフ・サクソの2人が同時に狙ってくるなんてことも? サガンには3賞同時獲得の可能性だって無くはない。
ポディウム前に日本人の姿があった。聞けばたまたまフランス出張中にツールに立ち寄れたことでの視察という、広島県の湯崎英彦知事だ。
正式取材というわけでなく、短いチャットでの談話として書かせていただくと、「サイクリストに人気が高まっているしまなみ街道のある広島県ですから、世界最高峰のサイクルイベントから学べるものがあるかと思って来てみました。ツールはすべてが洗練されている最高のイベントだということが分かりました。この経験を日本でも役立てたいですね」と、いたく感激していらっしゃいました。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos,
フォトギャラリー
Amazon.co.jp