2015/06/22(月) - 01:03
初めて関東は栃木県大田原市で開催された今年の全日本TT。フルタイムワーカーの中村龍太郎(イナーメ信濃山形)がプロレーサーたちを封じ込め、全日本TT王者に輝いた。アップダウンに富んだテクニカルコースは誰もが驚く勝者を生み出した。
6月22日、この日の天気予報は西日本から関東にかけて広く雨模様を伝えていた。高い降水確率だったものの、エリート男子の第1ウェーブが走り切る昼過ぎまで、空模様はなんとか持ちこたえた。しかし本命が顔を揃える第2ウェーブを迎えると、ポツポツときた雨は次第に本降りへ。
コースは栃木県大田原市のふれあいの丘をスタート/ゴール地点とする一周12.4kmで、エリート男子のレース距離は37.2km。1分間隔でのスタートで35人の出走で争われた。有力選手を多く揃える第2ウェーブは14時からのスタートだ。
コースは、急勾配の上り下りやコントロールテクニックを要する急カーブなどバリエーションに富んだ設定。なかでもゴール1km手前から始まる距離260m/平均勾配11.5%の急坂は、侵入時にほぼ直角に曲がりながらすぐ急な勾配となり、幅が狭く曲がりくねった道で登る。1周あたりの獲得標高は84mにすぎないが、その急坂を3回登るため、純粋なTTスペシャリストよりもある程度上りを登れるクライマーやパンチャータイプの選手に有利だろうと予想された。
16人の第1ウェーブから約30分の間をおいて、18人の第2ウェーブがスタートする。中村龍太郎(イナーメ信濃山形)はその4番目のスタート。折り返しの中間地点までの計測ラップで2位だったものの、中村は1周完了時のラップでトップタイムを叩き出す。
序盤に振るわなかったのが西薗良太(ブリヂストンアンカー)だ。中間地点のラップタイムで中村から23秒遅れの28位相当と、出だしの悪いスタートを切ってしまう。それでも復路に挽回して暫定8位相当で1周目を終えるが、これが後々響くことになる。
2周めに入った頃、いよいよ雨が降り出す。本命の選手たちには試練だ。
ラップタイムから誰もが飛ばしすぎだと思った中村だが、なんとその後も暫定1位をキープしたまま3周目へと向かう。増田成幸(宇都宮ブリッツェン)は1周完了時に3位だった暫定順位を2周め折り返し地点で2位に上げ、3周目へ。大きく出遅れていた西薗は2周目を暫定4位で終え、急ピッチで巻き返す。
3周目に入る頃、雨は本降りとなる。気温が高いため湿度と発汗でヘルメットシールドを曇らせながら走る選手たち。会場のアナウンスは「あくまで暫定」と繰り返し告げるが、ダークホースの中村の快走に「もしやこのまま?」という空気が流れ出す。誰も優勝候補にはカウントしない存在の選手だったが、中村は1週間前にMt.富士ヒルクライムの選抜クラスで優勝を飾っており、観客にとっても無名の存在という訳ではない。だがしかし中村はフルタイムワーカーであり、プロレーサーではないことも皆が知っている。
そして好タイムは中村本人にとっても驚きだったようだ。3周目の折り返し地点で随行するモト審判に「暫定1位だ」と知らせてもらったことで初めてトップだということを知ったと言う。コーナーでは恐怖からDHバーを持ったまま進入できず、タイムも良くないだろうと考えていたという。しかもスタート前に確認したところ、この日は到着が遅れたためにコース試走さえできなかったという中村。しかしほとんどの選手がダンシングに頼ったラスト1kmの急坂区間をシッティング走法で登り、誰よりも速いピッチを保ったようだ。
昨年度大会は覇者・別府史之に次いで2位だった佐野淳哉(那須ブラーゼン)が最終走者として5位でゴールした時、中村の優勝は決まった。2位増田、3位西薗との差はわずか3秒+α。アマチュア選手のサプライズ勝利に会場は沸き立った。
中村には、先週の富士ヒルクライムの勝利の他に2014年の宇都宮クリテリウムで5位、2014年ジャパンカップのオープンクラスで3位といった成績がある。その経歴からは、トップクラスのプロレーサーではないが、ときとして彼らに伍して闘えるヒルクライマーであり、スプリンターでもあるということは分かる。しかしフルタイムワーカー&ホビーレーサーである中村がプロを抑えて全日本TT覇者となったのは、驚くべき快挙と言わざるをえない。
「一周目が速かったようだが、自分ではそこまで上げているという意識はありませんでした。今朝試走ができず、バイクのセッティングに迷いましたが、風が強くないことからフロントをバトンホイールにしました。折り返し地点へ向かう直線は往路が向かい風で、復路が追い風。追い風では速度差が出にくいから、とにかく向かい風区間で力を使って、追い風区間はギアをかけつつも疲労回復できるケイデンスで回していきました。
登り区間はアウターのまま。自分のバイクは他の選手よりもフロントチェーンリングの歯数が小さく、アウターロー(53×27T)でクルクル回しながら行くことができた。他の選手と比較してダンシングも少なかったと思う。
雨になると思ったので、空気圧を9から8気圧に落とした。今シーズンは落車が多く、落車に対しての恐怖があったので、コーナーは慎重に走りました」。
高校時代はボート競技をやっていたという中村。そのおかげで他の選手よりも上半身の筋肉量が多いのが自分の持ち味だという。自転車を始めたのは大学時代から。福島晋一を輩出した信州大学自転車競技部員だったが、ロケーション的には恵まれていたものの、1人で走ることが多く(=練習相手がいない)、成績は振るわなかった。しかし社会人になって千葉県に住むようになってから練習相手に恵まれるようになり、力をつけることができたという。加えて、自分の給料で機材を色々と買えるようになったことも強くなれた理由の1つだと言う。TTバイクを組んだのは昨年のこと。この日のための練習は、主に室内でのローラー台トレーニング。想定の1時間を集中して高強度でこなしてきたという。バイクは自前で購入したもの。前後ホイールは千葉で行きつけのサイクルショップ「サイクルフリーダム」の店長が貸してくれたという。
スタート直前の記者の印象でも緊張している気配はまったく無し。スタート順の待機場所でも冗談を言いながら笑っていた。レース後、表彰台でも「信じられない」を連発。まさに本人にとっても予想外で無欲の勝利だったと言えそうだ。
2位に終わった増田成幸(宇都宮ブリッツェン)は言う。「今日はもちろん狙っていた。コース的にも自分に向いていたし、勝てると思っていました。勝てると思うほどにそれが自分へのプレッシャーになっていた。それがいい意味で楽しめていたんですが...。
雨が降って攻めきれなかったところはある。慎重に行き過ぎた。路面がドライだったら攻められたとも思うけれど、それを差し引いても中村選手には負けていたということです。攻めれば良かったと言ったら「たられば」になる。結局それが自分の弱いところだった。こうしてプロが負けて恥ずかしい面は正直ありますね。
コースはいいコースだったと思います。コンディションの差やコーナーの上手い・下手を抜きにしても圧倒的に勝たなければいけない。すべてをひっくるめての全日本チャンピオンです。今日は彼が一番強かった」。
全日本選手権個人タイムトライアル2015男子エリート 37.2km
photo&text:Makoto.AYANO
photo.Yuya.Yamamoto
6月22日、この日の天気予報は西日本から関東にかけて広く雨模様を伝えていた。高い降水確率だったものの、エリート男子の第1ウェーブが走り切る昼過ぎまで、空模様はなんとか持ちこたえた。しかし本命が顔を揃える第2ウェーブを迎えると、ポツポツときた雨は次第に本降りへ。
コースは栃木県大田原市のふれあいの丘をスタート/ゴール地点とする一周12.4kmで、エリート男子のレース距離は37.2km。1分間隔でのスタートで35人の出走で争われた。有力選手を多く揃える第2ウェーブは14時からのスタートだ。
コースは、急勾配の上り下りやコントロールテクニックを要する急カーブなどバリエーションに富んだ設定。なかでもゴール1km手前から始まる距離260m/平均勾配11.5%の急坂は、侵入時にほぼ直角に曲がりながらすぐ急な勾配となり、幅が狭く曲がりくねった道で登る。1周あたりの獲得標高は84mにすぎないが、その急坂を3回登るため、純粋なTTスペシャリストよりもある程度上りを登れるクライマーやパンチャータイプの選手に有利だろうと予想された。
16人の第1ウェーブから約30分の間をおいて、18人の第2ウェーブがスタートする。中村龍太郎(イナーメ信濃山形)はその4番目のスタート。折り返しの中間地点までの計測ラップで2位だったものの、中村は1周完了時のラップでトップタイムを叩き出す。
序盤に振るわなかったのが西薗良太(ブリヂストンアンカー)だ。中間地点のラップタイムで中村から23秒遅れの28位相当と、出だしの悪いスタートを切ってしまう。それでも復路に挽回して暫定8位相当で1周目を終えるが、これが後々響くことになる。
2周めに入った頃、いよいよ雨が降り出す。本命の選手たちには試練だ。
ラップタイムから誰もが飛ばしすぎだと思った中村だが、なんとその後も暫定1位をキープしたまま3周目へと向かう。増田成幸(宇都宮ブリッツェン)は1周完了時に3位だった暫定順位を2周め折り返し地点で2位に上げ、3周目へ。大きく出遅れていた西薗は2周目を暫定4位で終え、急ピッチで巻き返す。
3周目に入る頃、雨は本降りとなる。気温が高いため湿度と発汗でヘルメットシールドを曇らせながら走る選手たち。会場のアナウンスは「あくまで暫定」と繰り返し告げるが、ダークホースの中村の快走に「もしやこのまま?」という空気が流れ出す。誰も優勝候補にはカウントしない存在の選手だったが、中村は1週間前にMt.富士ヒルクライムの選抜クラスで優勝を飾っており、観客にとっても無名の存在という訳ではない。だがしかし中村はフルタイムワーカーであり、プロレーサーではないことも皆が知っている。
そして好タイムは中村本人にとっても驚きだったようだ。3周目の折り返し地点で随行するモト審判に「暫定1位だ」と知らせてもらったことで初めてトップだということを知ったと言う。コーナーでは恐怖からDHバーを持ったまま進入できず、タイムも良くないだろうと考えていたという。しかもスタート前に確認したところ、この日は到着が遅れたためにコース試走さえできなかったという中村。しかしほとんどの選手がダンシングに頼ったラスト1kmの急坂区間をシッティング走法で登り、誰よりも速いピッチを保ったようだ。
昨年度大会は覇者・別府史之に次いで2位だった佐野淳哉(那須ブラーゼン)が最終走者として5位でゴールした時、中村の優勝は決まった。2位増田、3位西薗との差はわずか3秒+α。アマチュア選手のサプライズ勝利に会場は沸き立った。
中村には、先週の富士ヒルクライムの勝利の他に2014年の宇都宮クリテリウムで5位、2014年ジャパンカップのオープンクラスで3位といった成績がある。その経歴からは、トップクラスのプロレーサーではないが、ときとして彼らに伍して闘えるヒルクライマーであり、スプリンターでもあるということは分かる。しかしフルタイムワーカー&ホビーレーサーである中村がプロを抑えて全日本TT覇者となったのは、驚くべき快挙と言わざるをえない。
「一周目が速かったようだが、自分ではそこまで上げているという意識はありませんでした。今朝試走ができず、バイクのセッティングに迷いましたが、風が強くないことからフロントをバトンホイールにしました。折り返し地点へ向かう直線は往路が向かい風で、復路が追い風。追い風では速度差が出にくいから、とにかく向かい風区間で力を使って、追い風区間はギアをかけつつも疲労回復できるケイデンスで回していきました。
登り区間はアウターのまま。自分のバイクは他の選手よりもフロントチェーンリングの歯数が小さく、アウターロー(53×27T)でクルクル回しながら行くことができた。他の選手と比較してダンシングも少なかったと思う。
雨になると思ったので、空気圧を9から8気圧に落とした。今シーズンは落車が多く、落車に対しての恐怖があったので、コーナーは慎重に走りました」。
高校時代はボート競技をやっていたという中村。そのおかげで他の選手よりも上半身の筋肉量が多いのが自分の持ち味だという。自転車を始めたのは大学時代から。福島晋一を輩出した信州大学自転車競技部員だったが、ロケーション的には恵まれていたものの、1人で走ることが多く(=練習相手がいない)、成績は振るわなかった。しかし社会人になって千葉県に住むようになってから練習相手に恵まれるようになり、力をつけることができたという。加えて、自分の給料で機材を色々と買えるようになったことも強くなれた理由の1つだと言う。TTバイクを組んだのは昨年のこと。この日のための練習は、主に室内でのローラー台トレーニング。想定の1時間を集中して高強度でこなしてきたという。バイクは自前で購入したもの。前後ホイールは千葉で行きつけのサイクルショップ「サイクルフリーダム」の店長が貸してくれたという。
スタート直前の記者の印象でも緊張している気配はまったく無し。スタート順の待機場所でも冗談を言いながら笑っていた。レース後、表彰台でも「信じられない」を連発。まさに本人にとっても予想外で無欲の勝利だったと言えそうだ。
2位に終わった増田成幸(宇都宮ブリッツェン)は言う。「今日はもちろん狙っていた。コース的にも自分に向いていたし、勝てると思っていました。勝てると思うほどにそれが自分へのプレッシャーになっていた。それがいい意味で楽しめていたんですが...。
雨が降って攻めきれなかったところはある。慎重に行き過ぎた。路面がドライだったら攻められたとも思うけれど、それを差し引いても中村選手には負けていたということです。攻めれば良かったと言ったら「たられば」になる。結局それが自分の弱いところだった。こうしてプロが負けて恥ずかしい面は正直ありますね。
コースはいいコースだったと思います。コンディションの差やコーナーの上手い・下手を抜きにしても圧倒的に勝たなければいけない。すべてをひっくるめての全日本チャンピオンです。今日は彼が一番強かった」。
全日本選手権個人タイムトライアル2015男子エリート 37.2km
1位 中村龍太郎(イナーメ信濃山形)
2位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン)
3位 西薗良太(ブリヂストンアンカー)
4位 窪木一茂(Team UKYO)
5位 佐野淳哉(那須ブラーゼン)
2位 増田成幸(宇都宮ブリッツェン)
3位 西薗良太(ブリヂストンアンカー)
4位 窪木一茂(Team UKYO)
5位 佐野淳哉(那須ブラーゼン)
49分54秒42
49分58秒08
49分58秒20
50分10秒56
50分24秒82
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49分58秒20
50分10秒56
50分24秒82
photo&text:Makoto.AYANO
photo.Yuya.Yamamoto
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