2014/03/01(土) - 00:44
2月28日、公益財団法人日本スポーツ仲裁機構は、昨2013年7月のマウンテンバイク全日本選手権において第三者からチェーンを受け取ったとして4位に降格となった與那嶺恵理(チーム・フォルツァ!)への処分を取り消しとする判断を示した。
この問題は昨年7月に修善寺・日本サイクルスポーツセンターで開催された全日本MTB選手権XCO女子エリートにおいて、與那嶺恵理(チーム・フォルツァ!)がレース途中でチェーンが切れるトラブルに見舞われ、フィードゾーンにおいてチームメカニックによるチェーン交換の修理を受けた際に、所属チーム外の第三者から受け取ったチェーンを使用したことを理由とする降格処分を受けたことを不服として、同機構に仲裁を申し立てたもの。
チェーンを交換した與那嶺はレースに復帰し、最後尾から追い上げてトップでフィニッシュしたが、レース後に他チーム所属のある者(氏名不詳)によるアピールを受けた審判(チーフ・コミセール)が事実確認の後、まず失格の処分を言い渡した。その審判と與那嶺、コーチの武井亨介との協議を経て約2時間後、1位から4位への降格という処分に改められ、翌日には正式リザルトとしても発表された。
その処分に対し與那嶺側が不服として日本自転車競技連盟(以下JCF)を相手どり、日本スポーツ仲裁機構に仲裁申し立てを行っていた。
與那嶺は降格処分の取り消しと、自身を優勝とする決定を求めていた。
今回スポーツ仲裁機構が下した判断は、
1. JCFが與那嶺に対して行った降格処分を取り消すこと
2. その余の請求(優勝とする決定の求め)については却下すること
3. 申し立てにかかった費用5万円をJCFの負担とすること
の3つ。
同機構は「2」の優勝を決めるのは競技団体の役割であり、スポーツ仲裁パネルの権限を超える申立てであるとして求めを却下したが、それ以外は與那嶺の主張をほぼ認める判断を示した。
−判断1. 第三者から提供されたチェーンが規則に反するか否かについて
まず所属チーム以外の第三者から受け取ったチェーンに交換したことが規則違反か否かについて判断が示された。
まずMTB全日本選手権は国内大会であってもUCI規則に則って開催されているため、UCI規則に反するか否かを照らしあわせて判断された。
示された判断によれば、”UCI 規則では、交換部品や修理工具類はフィードゾーン内に置いておかなければならないことを定めている。しかし競技者に対して、自ら、またはチームメイト、チーム・メカニシャンあるいは共通技術支援者が、競技開始時において、交換部品、修理工具類を所有又は支配下に置くことまでは求めていないこと。
またUCI規則では「競技者は自ら、またはチームメイト、チーム・メカニシャンあるいは共通技術支援者の助力を得て修理または部品交換を行うことができること」を定めるだけであり、第三者からの部品提供を禁止していないこと。”
つまり判断では、修理・交換に使用したチェーンは、それがあらかじめフィードゾーン内にあったものであれば、チームがもともと所有していた物かどうかは問題とはならないこと。UCI規則には第三者から受け取ったものにより修理を行うことを禁止することを明示した定めはないこと。JCF側の下した処分の判断基準となった解釈は、それ以前に文書で公表されたことがなく、かつ、周知もされてこなかった以上、競技者が理解していないその解釈を適用して処分を行うことは、不公平を引き起こすためできないなどと判断した。
2. コミセール・パネルではなくチーフ・コミセールがペナルティを科したことについて
また、降格処分がチーフ・コミセールによって下されたことも争点としてされた。通常、処分は複数人の審判によるコミッセール・パネルによる多数決によって下されるが、その経緯が無いままチーフ・コミセールが降格を決めた点が争点になった。チーフ・コミセールにはペナルティを多数決によらず宣言する「専権」が与えられているのか?
JCF側は、トラック、ロード、タイムトライアルの各レースのUCI規則において「チーフ・コミセールが規則に基づいたあらゆる決定をし、また、規則に規定していない事項についてもその解決を図るためのあらゆる権限を持つ」と定めている一文があることから、MTB競技においてもチーフ・コミセールの任務は共通し、準用または類推適用される、と主張した。
しかしスポーツ仲裁機構は、MTB競技がそれら3つの競技とは同じにできないことと、MTB競技に準用するという規定が存在しないため、JCFの主張は認められないとした。
さらにJCFがチーフ・コミセールがペナルティを専決的に科すことができる根拠として先に挙げたUCI規則の記述について、「ペナルティに関する決定権の規定ではない」として認めなかった。
またJCF規則においては「ペナルティはコミセール・パネルでの多数決により宣言される」と規定されており、このことからもチーフ・コミセールにペナルティを専決する権限が与えられているとは言えないという判断を示した。
−「そもそも、チーフ・コミセールにJCFが主張するような権限は無いから、降格処分は規定に違反してなされたものである」。
1、2のことから、與那嶺の降格処分は取り消しを免れないという判断となった。
また同機構は、両者ともが争点としないことに合意しているものの、今回のチェーン修理がUCI規則違反とした場合のUCIの定めた制裁は、本来「Elimination(除外)」であり、「降格処分」は規則上選択できるペナルティではないことにも触れ、JCFに対して今後の規則の正確な解釈と運用への努力を求めた。
また、JCF規則もUCI規則も時代の流れに応じて変化しており、理解するのが困難で明確とはいえない記載も多いため、競技者にとってより理解しやすい・明確な規定に改訂するか、あるいは分かりやすい解説を公表するなどの措置をとることが望ましいとも付け加えた。
與那嶺恵理の降格処分は取り消しとなるが、與那嶺が1位となり、中込由香里(team SY-Nak)に代わって全日本選手権の優勝者となるのかは、今後のJCFの判断となる。
text:Makoto.AYANO
この問題は昨年7月に修善寺・日本サイクルスポーツセンターで開催された全日本MTB選手権XCO女子エリートにおいて、與那嶺恵理(チーム・フォルツァ!)がレース途中でチェーンが切れるトラブルに見舞われ、フィードゾーンにおいてチームメカニックによるチェーン交換の修理を受けた際に、所属チーム外の第三者から受け取ったチェーンを使用したことを理由とする降格処分を受けたことを不服として、同機構に仲裁を申し立てたもの。
チェーンを交換した與那嶺はレースに復帰し、最後尾から追い上げてトップでフィニッシュしたが、レース後に他チーム所属のある者(氏名不詳)によるアピールを受けた審判(チーフ・コミセール)が事実確認の後、まず失格の処分を言い渡した。その審判と與那嶺、コーチの武井亨介との協議を経て約2時間後、1位から4位への降格という処分に改められ、翌日には正式リザルトとしても発表された。
その処分に対し與那嶺側が不服として日本自転車競技連盟(以下JCF)を相手どり、日本スポーツ仲裁機構に仲裁申し立てを行っていた。
與那嶺は降格処分の取り消しと、自身を優勝とする決定を求めていた。
今回スポーツ仲裁機構が下した判断は、
1. JCFが與那嶺に対して行った降格処分を取り消すこと
2. その余の請求(優勝とする決定の求め)については却下すること
3. 申し立てにかかった費用5万円をJCFの負担とすること
の3つ。
同機構は「2」の優勝を決めるのは競技団体の役割であり、スポーツ仲裁パネルの権限を超える申立てであるとして求めを却下したが、それ以外は與那嶺の主張をほぼ認める判断を示した。
−判断1. 第三者から提供されたチェーンが規則に反するか否かについて
まず所属チーム以外の第三者から受け取ったチェーンに交換したことが規則違反か否かについて判断が示された。
まずMTB全日本選手権は国内大会であってもUCI規則に則って開催されているため、UCI規則に反するか否かを照らしあわせて判断された。
示された判断によれば、”UCI 規則では、交換部品や修理工具類はフィードゾーン内に置いておかなければならないことを定めている。しかし競技者に対して、自ら、またはチームメイト、チーム・メカニシャンあるいは共通技術支援者が、競技開始時において、交換部品、修理工具類を所有又は支配下に置くことまでは求めていないこと。
またUCI規則では「競技者は自ら、またはチームメイト、チーム・メカニシャンあるいは共通技術支援者の助力を得て修理または部品交換を行うことができること」を定めるだけであり、第三者からの部品提供を禁止していないこと。”
つまり判断では、修理・交換に使用したチェーンは、それがあらかじめフィードゾーン内にあったものであれば、チームがもともと所有していた物かどうかは問題とはならないこと。UCI規則には第三者から受け取ったものにより修理を行うことを禁止することを明示した定めはないこと。JCF側の下した処分の判断基準となった解釈は、それ以前に文書で公表されたことがなく、かつ、周知もされてこなかった以上、競技者が理解していないその解釈を適用して処分を行うことは、不公平を引き起こすためできないなどと判断した。
2. コミセール・パネルではなくチーフ・コミセールがペナルティを科したことについて
また、降格処分がチーフ・コミセールによって下されたことも争点としてされた。通常、処分は複数人の審判によるコミッセール・パネルによる多数決によって下されるが、その経緯が無いままチーフ・コミセールが降格を決めた点が争点になった。チーフ・コミセールにはペナルティを多数決によらず宣言する「専権」が与えられているのか?
JCF側は、トラック、ロード、タイムトライアルの各レースのUCI規則において「チーフ・コミセールが規則に基づいたあらゆる決定をし、また、規則に規定していない事項についてもその解決を図るためのあらゆる権限を持つ」と定めている一文があることから、MTB競技においてもチーフ・コミセールの任務は共通し、準用または類推適用される、と主張した。
しかしスポーツ仲裁機構は、MTB競技がそれら3つの競技とは同じにできないことと、MTB競技に準用するという規定が存在しないため、JCFの主張は認められないとした。
さらにJCFがチーフ・コミセールがペナルティを専決的に科すことができる根拠として先に挙げたUCI規則の記述について、「ペナルティに関する決定権の規定ではない」として認めなかった。
またJCF規則においては「ペナルティはコミセール・パネルでの多数決により宣言される」と規定されており、このことからもチーフ・コミセールにペナルティを専決する権限が与えられているとは言えないという判断を示した。
−「そもそも、チーフ・コミセールにJCFが主張するような権限は無いから、降格処分は規定に違反してなされたものである」。
1、2のことから、與那嶺の降格処分は取り消しを免れないという判断となった。
また同機構は、両者ともが争点としないことに合意しているものの、今回のチェーン修理がUCI規則違反とした場合のUCIの定めた制裁は、本来「Elimination(除外)」であり、「降格処分」は規則上選択できるペナルティではないことにも触れ、JCFに対して今後の規則の正確な解釈と運用への努力を求めた。
また、JCF規則もUCI規則も時代の流れに応じて変化しており、理解するのが困難で明確とはいえない記載も多いため、競技者にとってより理解しやすい・明確な規定に改訂するか、あるいは分かりやすい解説を公表するなどの措置をとることが望ましいとも付け加えた。
與那嶺恵理の降格処分は取り消しとなるが、與那嶺が1位となり、中込由香里(team SY-Nak)に代わって全日本選手権の優勝者となるのかは、今後のJCFの判断となる。
text:Makoto.AYANO
関連ファイル
【公開版】仲裁判断(JSAA-AP-2013-022)
(466.5 KB)
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