アルプスの麓アヌシーにて全ステージを終え、選手たちは飛行機で、スタッフたちは600kmの陸路でパリ郊外のヴェルサイユ宮殿へと移動した。スタート時間は夕刻17時40分。シャンゼリゼのゴール時間は22時というナイトレースだ。



気になる100回記念大会の演出は?

2003年の100周年記念大会のときはレース後のパレードが超豪華版となった。今回の100回記念大会はどんな演出が待っているのか。前日に確認してがっかりだったのは、各チームのパレードが無いということ。じつはパレードをやって欲しいという声は出ていて、コルシカ島での打ち合わせ時には「検討中。しかしおそらくできないだろう」となっていたのだ。

クリス・フルームに用意されたマイヨジョーヌ仕様のピナレロ・ドグマクリス・フルームに用意されたマイヨジョーヌ仕様のピナレロ・ドグマ (c)Makoto.AYANOパリにできる「イェンス・フォイクト通り」の看板?パリにできる「イェンス・フォイクト通り」の看板? (c)Makoto.AYANO


それに代わるのは何か? プレス関係者たちにとっては夜中にレースが終了することに対応するだけでも大変である。もちろんチームにとってもパレードしている場合じゃないという状況だろう。


4強スプリンターたちの勝負の決着へ

ヴェルサイユ宮殿の真ん前の大通りに設置されたスタート地点。荘厳な宮殿の門構えを正面に見る。宮殿の庭のなかを通る園内道路も一部コースになっていて、選手たちがパレード状態で走る。スタート前に門構えを少し見ただけでも分かる宮殿の壮大なスケールと豪華さ。しかし宮殿とプロトンを絡めて一枚の写真に収められる撮影箇所が見つからなかった。

スタート地点はヴェルサイユ宮殿の目の前スタート地点はヴェルサイユ宮殿の目の前 (c)Makoto.AYANO
ツール最終ステージに向かうソジャサンツール最終ステージに向かうソジャサン (c)Makoto.AYANOキャノンデールのアシスト勢たちはマイヨヴェール・ウィッグで登場キャノンデールのアシスト勢たちはマイヨヴェール・ウィッグで登場 (c)Makoto.AYANO


スプリンターたちが憧れる、栄えあるシャンゼリゼフィニッシュ。目下4連覇中のカヴェンディッシュを阻むのは、マルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)かアンドレ・グライペル(ロット・ベリソル)かペーター・サガン(キャノンデール)か? これまでのステージで、4強スプリンターが最後まで肩を並べてスプリントを争ったステージは実はまだ無い。落車の影響を受けるなどして、誰かが遅れているからだ。

リタイアするもレースに帯同するトム・フィーレルス(アルゴス・シマノ)リタイアするもレースに帯同するトム・フィーレルス(アルゴス・シマノ) (c)Makoto.AYANOキッテルとグライペルはともに19ステージで重要な発射台のアシスト選手を失っている。アルゴス・シマノは落車の影響が響いていたトム・フィーレルスが峠で遅れてステージ完走を断念。ロット・ベリソルはマルセル・シーベルグが落車でリタイア。2人ともに条件は同じだ。

アルゴス・シマノのバスを訪問すればフィーレルスは家に帰らず私服でレースに帯同中とのこと。散髪したことで一躍有名になったクーン・デコルトが今日もキッテルの最終発射台を務めるという。

フィーレルスは言う。「ずっと怪我の影響が残っていたから、もし19ステージを完走できていたとしても、今日はうまくリードアウト役を果たせなかったと思う。クーンはきっとうまくやってくれると信じているよ。それにマルセルは一番強いスプリンターだ。カヴよりも。これは本当だ」。

「僕だってもちろんスプリントに挑戦する」と話すサガン。アシストたちと揃って緑のアフロヘアのウィッグをつけて登場した。陽気なイタリアチームは笑いを取る準備もできている!


4度目の完走に向けて走りだすユキヤ

新城幸也(ユーロップカー)は4度目のツール完走に向け笑顔でスタートに向かった。今日もナショナルジャージに合わせた紅白グッズで決めてのポーズは、4度目の完走を意味する「指4本」だ。(※レース後のコメントは別インタビュー記事でお伝えします)

ダニエル・マンジャスさんにより新城幸也がステージで紹介されるダニエル・マンジャスさんにより新城幸也がステージで紹介される (c)Makoto.AYANOシャンゼリゼを日本チャンピオンジャージを着て走る新城幸也(ユーロップカー)シャンゼリゼを日本チャンピオンジャージを着て走る新城幸也(ユーロップカー) (c)Makoto.AYANO


スタートを切った集団を見送り、シャンゼリゼへ。集団が「パレード的レース」を終えてシャンゼリゼ大通りに到達するのは20時の予定。その時刻が迫るとすでに日が傾くが、しかし気温は高く汗が噴き出してくる。セーヌ川から吹く涼しい風が少し癒しになる。


コンコルド広場に招かれた365人の「ツールの巨人たち」

コンコルド広場に設けられた特別な観覧席には、ツール主催者A.S.O(アモリー・スポール・オルガニザシヨン)によってかつてツールを完走した365人の生存者「ツールの巨人たち」が招待されていた。

招待されたツール・ド・フランスに完走した「ツールの巨人」たち 往年の名選手たちが健在をアピール招待されたツール・ド・フランスに完走した「ツールの巨人」たち 往年の名選手たちが健在をアピール (c)Makoto.AYANO
過去ツール・ド・フランスに出場した生存選手たちが招待された過去ツール・ド・フランスに出場した生存選手たちが招待された (c)Makoto.AYANO前ツール総合ディレクターのジャンマリー・ルブラン氏も登場前ツール総合ディレクターのジャンマリー・ルブラン氏も登場 (c)Makoto.AYANO


すでに引退した人が対象で、中年から白髪の老人、スリムな体型の人、丸くなった体型の人…。ヨープ・ズートメルク、ジャモリディネ・アブドジャパロフ、アンドレア・ターフィ…。自分がわかるのは80年代以降の近代ツールの活躍選手と、現在のツールに関係者やゲストで招かれることが多かった元選手がほとんどだが、リストを見れば一度完走しただけの無名選手も招待を受けているようだった。

メルクス、インデュライン、イノー、レモンが乗ったクルマがパレードするメルクス、インデュライン、イノー、レモンが乗ったクルマがパレードする (c)Makoto.AYANOクリスチャン・プリュドム氏以前に総合ディレクターをつとめたジャンマリー・ルブランさんも顔を出した。じつに引退して以来のことだ。

そしてツールの巨人たちの中でも最大の名誉を持ってホスト役を務めるのは、ツール5勝の英雄、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲール・インドゥライン氏の3人だ。5勝クラブに入会したはずのランス・アームストロングの気配は全くのゼロ。代わりにアメリカからはグレッグ・レモン氏が招かれた。

ツールの歴史そのものと言っていい観覧席のすぐ前のフォトグラファーエリアで撮影するのは厳かな気分になれる。コース脇の撮影エリアにもその方々が入ってくるが、もっとも大会側も最敬礼を尽くすVIPだけにフォトグラファーたちもその脇で気を遣いながらの撮影だ。誰も「邪魔だ!」とは言えない(笑)。


夕陽の中で闘う激しい石畳レース キッテルは4勝目で世界最速の男に

シャンゼリゼの10周は1時間ほどのレースだ。100回記念大会の目玉は、今までは凱旋門の前で折り返していたのが、外周を完全に回るコースが設定されたこと。減速を強いられる急な180度ターンから、「とてつもなく豪華で大きなロンポワン(旋回式交差点)」に変更になったことで、さらに高速レースとなったようだ。

最初の通過時に、アクロバット飛行隊が煙幕でフランスの青・白・赤のトリコロールの煙幕を空に引いた。コルシカの第1ステージと同じ演出に、あれが3週間前の出来事だったことを思い出した。

シャンゼリゼの石畳の上をプロトンが駆け抜けるシャンゼリゼの石畳の上をプロトンが駆け抜ける (c)Makoto.AYANO
スプリントに備えて走るマーク・カヴェンディッシュ(オメガファーマ・クイックステップ)スプリントに備えて走るマーク・カヴェンディッシュ(オメガファーマ・クイックステップ) (c)Makoto.AYANOシャンゼリゼは日が傾き、強い斜光の中を走るプロトンシャンゼリゼは日が傾き、強い斜光の中を走るプロトン (c)Makoto.AYANO


強い斜光の中、荒れた石畳の上をカーボンホイール独特の反響音を轟かせながら走り抜けるプロトン。ノーレースのパレード走行の序盤とは打って変わった激しいレースだ。華やかな”世界一美しい”大通りでのレースだが、そのレースの中身は厳しいものだ。

ひとり遅れてスロー走行に切り替えていたリエーベ・ヴェストラ(ヴァカンソレイユ・DCM)が、フィニッシュまで40kmあまりを残してコース脇のバスエリアに滑りこんだ。完走を目前にしたリタイア。ヴェストラは体調不良に苦しんでいたという。なんという残酷な光景だろう。

ゴールの迫る最後の2周ですっかり日が沈み、ライト投光も無いフィニッシュエリアは暗く沈んだ。カメラマンたちはデジタルカメラの感度を限界まで上げて対応。それでも足りない!

薄闇の中繰り広げられるゴールスプリント マルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)が伸びる薄闇の中繰り広げられるゴールスプリント マルセル・キッテル(アルゴス・シマノ)が伸びる (c)Makoto.AYANO
最終ストレートに向かう最後のコーナーからスプリントを持続させたキッテル。カヴェンディッシュは最後まで待って持ち前の加速力で対抗しようとしたが、キッテルのビッグパワーの前にシャンゼリゼ5連覇の夢が絶たれた。
フィーレルス不在でもアルゴス・シマノの列車は機能した。「世界最速の男」の称号は、このツールでキッテルのものとなりそうだ。カヴの課題は今より強力な列車を再構築することだろう。


4つ目の勝利で再び散髪の儀式

ゴール後のアルゴス・シマノのバスではシャンパンの乾杯が長く続いた。そして例のデコルトの散髪シーンを面白がって「キッテルが4勝目を挙げたら僕が散髪する」と約束していたスカイスポーツTVのアナウンサーがキッテルたちにバリカンで髪を刈り上げられるというシーンが観られた。

祝福が続くアルゴス・シマノのチームバス祝福が続くアルゴス・シマノのチームバス (c)Makoto.AYANOスカイTVのアナウンサーがキッテルによる散髪の餌食にスカイTVのアナウンサーがキッテルによる散髪の餌食に (c)Makoto.AYANO


友人、家族、チームスポンサー、関係者たちの歓喜の宴がいつまでも続く脇で、GMのイワン・スペークンブリンク氏と2005年のチーム当初の立ち上げ時からの道のりを噛み締めた。2005年のシマノ・メモリーコープの発足時からのお付き合いだ。「あの小さなスタートを切ったチームが、今日はシャンゼリゼで栄光の勝利を喜んでいる。まさに夢のストーリーだね」。

アルゴス・シマノは今季プロツアーチームに昇格を果たしただけでなく、4つの勝利を掴んだ成功のチームとなった。30周年記念大会となるシマノ鈴鹿ロードへのチームごとの来日はまだ未定だが、おそらく「さいたまクリテリウムbyツール・ド・フランス」にはキッテルが出場することになるだろうとのことだ。


100番目の太陽王”となったフルーム 「マイヨジョーヌが試されるとき」

マイヨジョーヌを着て最高の笑顔を弾けさせたクリス・フルームマイヨジョーヌを着て最高の笑顔を弾けさせたクリス・フルーム (c)Makoto.AYANO
総合優勝を決めたフルームとスカイの選手たちは肩を組み、横一列になってフィニッシュラインを越えた。表彰式でマイヨジョーヌを受け取ったその時、フルームは今までに見せたことのないとびきりの笑顔を弾けさせた。目は涙をこらえているように見えたが、その最高の笑顔にこちらも思わず涙腺が緩みかけた。マシンのように勝利を追求してきた姿勢に人間味を感じることがなかったフルームを急に身近に感じた。

パレードも無い、派手な出し物があるわけでもない、しかし勝利の象徴であるラルク・ドゥ・トリオンフ=凱旋門を用いた光の演出が待っていた。フルームにはマイヨジョーヌの授与の後、凱旋門に投影した光のショーを2分間、シャンゼリゼのポディウムという最高の観覧席から観る権利がプレゼントされた。

クリス・フルームには2分間の光のショーがプレゼントされたクリス・フルームには2分間の光のショーがプレゼントされた (c)Makoto.AYANO
凱旋門に投影された光のショー凱旋門に投影された光のショー (c)Makoto.AYANO


2年連続で流れたイギリス国歌。マイクを渡されると、用意してきた紙のメモを読み上げたフルーム。3週間のレースを振り返り、自分のために最高のサポート体制を用意してくれたチーム、そして家族やフィアンセ、今は亡き継母に感謝の意を述べると、新しいマイヨジョーヌ保持者となった決意を述べた。

シャンゼリゼの聴衆に向けて「このマイヨジョーヌが試される時だ」とフルームは話しかけた。ツール期間中ずっとドーピングを疑う声と対峙してきた。近年の自転車界が直面している危機。そして批判と疑いの声と質問に、これからもフルームは立ち向かう覚悟だ。
「昨年からの暴露話(アームストロングのドーピング告白など)を受けての質問に、これからも僕は喜んで応えていく。自転車競技は変わった。プロトンの選手たちは団結している」。

クリス・フルーム(スカイプロサイクリング)とともにツール5勝のエディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲール・インドゥラインがステージに上るクリス・フルーム(スカイプロサイクリング)とともにツール5勝のエディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲール・インドゥラインがステージに上る (c)Makoto.AYANO
昨日のうちに決めた総合勝利に、今朝のレキップ紙はフルームの写真を一面に大きく扱い、「100番目の太陽王」とキャッチフレーズをつけた。ツール・ド・フランス100回の歴史のうち、ドーピング問題に翻弄されてきた近代ツールのひとつの区切りになると感じさせてくれる態度を持ったチャンピオンの誕生だ。

エトワール凱旋門を前に輝いた、第100番目の太陽王クリス・フルーム。エトワールとは「星」。ナポレオンの勝利を祝ったこの場所は、新しい希望の星が輝く場所になった。次の100年に向けて、ツール・ド・フランスは終わること無く続いていく。


華やかな最終日の模様はフォトギャラリーにてお楽しみください。


photo&text:Makoto.AYANO

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