2025/02/01(土) - 10:39
新進のシューズブランド、QUOC(クオック)。シューズデザイナーとして深いこだわりをもつ創業者クオック・ファム氏の来日にあわせ、氏とライドを共にし、シューズに込められた想いとその技術を掘り下げる特集企画。第一部ではクオックの生い立ちとブランドが歩んできたここまでのストーリーを訊いた。
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来日し、奥武蔵のグラベルを走ったクォック・ファム氏 photo:Makoto AYANO
その人を形容するのに、「ジェントルマン」以上の言葉が見つからない。常に柔らかい物腰、エレガントな所作、背筋の通った姿勢の良さ。クオック・ファム氏の佇まいを見て、クオックのシューズから滲み出る気品の理由がわかった気がする。彼がデザインするシューズには、彼の哲学が体現している。
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ツール・ド・フランス覇者ゲラント・トーマスと2年間のスポンサー契約を結ぶ
サイクリングシューズブランドのQUOC(クオック)は、創業15年の比較的新しいブランドだ。しかしその知名度は年々増している。ロードレースシーンではかつてのツール・ド・フランス覇者ゲラント・トーマスが選び、グラベルシーンでもレジェンドのテッド・キングをはじめとした強豪ライダーの足元を固めている。のみならず、バイクパッキングによる大陸横断系ウルトラサイクリストにも支持が広がっているという。
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ロードシューズの最高峰モデル M3 Air ©QUOC 
紐タイプで人気のグラベルシューズ、GRAN TOURER XC LACE ©QUOC
しかしその広まりぶりは爆発的にというよりも、地に足のついた実直なものだったと言えよう。ゲラント・トーマスとの契約は確かにセンセーショナルだったが、むしろそのことよりも、優美さを感じさせるデザインとそこに通うフィロソフィが、世界中の高感度なサイクリストに少しずつ浸透していった、そんな印象がある。
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クオック Mono II
サイクリングシューズのマーケットは、傍目から見ても参入障壁が高そうだ。人種や性別で千差万別の足型に対し最大公約数を導き出さねばならないし、あらゆるサイズの在庫を持たねばならない。大規模なブランドであればこそ、こうした開発や流通をカバーできるのだろうが、新規参入の小規模メーカーはいかにしてマーケットの一角を占めるようになったのか。
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クォック初期のトラディショナルな革靴、fixed gear shoes ©QUOC 
現代のクォックの最高峰ロードシューズ、M3 Air ©QUOC
話は2009年に遡る。クオック・ファム氏が自身のブランド創成期に世に問うたのは、「レザー」つまり本革のサイクリングシューズだった。しかも底にクリートが装着可能な、街中でカジュアルに履ける革靴。いわば、サイクリングシューズ市場のニッチを狙ったというわけだ。とはいえ、奇をてらっての選択ではなく、彼のライフスタイルから自然と導き出されたものだったという。
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初期のトラディショナルな革靴、fixed gear shoes ©QUOC
ルーツをヴェトナムに持つイギリス人のクオック氏は、ファッション・デザインの名門校セントラル・セント・マーチンズ出身。すでにサイクリングに熱中していた若かりし頃の彼が、ファッションをこのスポーツに取り入れたいと考えたのは自然なことだった。裏を返せば、当時、シティライドで履きたいと思えるようなサイクリングシューズが存在しなかったのだ。
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QUOC創設者のクオック・ファム(左)幼少期時代を過ごしたベトナムでの家族写真 ©QUOC
革新的な「レザー」サイクリングシューズは一定の注目を集めたが、継続的な売上には繋がらなかった。当時、日本にも僅かだが輸入され、少数のサイクリストの手に渡った。
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クォック・ファム氏自ら研究し、サイクリングシューズをつくってきた ©QUOC
「しばらく市場の反応を見ましたが、街乗りをする人たちはナイキかヴァンズを履いていて、ビンディングは不要だったのです。その後は絶え間ないトライ&エラーの繰り返しでした。ひとつのアイデアを試しては、ダメでまた次を試す……そうやって15年が経ちました。今は我々の強みを理解していますが、それがこうやってスクラップ&ビルドを繰り返してきたことなのです」
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スタッフとラスト(足型)について協議するクォック・ファム氏 ©QUOC 
クォックシューズの開発過程。ストレスの無い足型は最大のこだわりだ ©QUOC
当初はニッチを狙っていたクオックのシューズは、2016年により広範なサイクリストに向けた製品作りへと舵を切る。しかしその方向への再スタートは、巨大資本を持つビッグメーカーと直接同じマーケットで戦うということも意味していた。だがビッグメーカーに対してクオックが強みとできるポイントがあった。それこそ他社と一線を画すデザイン性かと思ったが、クオック・ファム氏が最初に挙げたのはデザインではなかった。それは「ライダーファーストである」ということだ。
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QUOCシューズ代表 クォック・ファム氏 photo:Makoto AYANO
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ロードシューズは潔いほどにシンプルなデザイン ©QUOC 
シューレースタイプのオフロードシューズも独自の研究を重ねてきた ©QUOC
ビッグメーカーのような知見はなくとも、サイクリストに寄り添い、サイクリストの言葉を聞き、サイクリストの喜びを共有する。それは小さなブランドだからこそできることかもしれない。おそらくはファッションという終わりなき探求をバックボーンに持つ氏の性格によるところも大きいだろうが、トライ&エラーを辞さない姿勢は、ブランドの認知と信頼に繋がっているようだ。
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ロードライディングを楽しむクォック・ファム氏 ©QUOC
「常にサイクリストを第一に考えています。みなさんのフィードバックを聞くのが好きですし、そこに学び、改善し、最高に美しいプロダクトを作ろうと、ただ挑戦を続けています。目指すは最高に快適なシューズ、いわば『消えてしまうシューズ』です。そんなシューズを通して、サイクリングの喜びを広げ、より多くの人がサイクリングを楽しめるようにしたいですね」。
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世界各国でソーシャルライドを楽しむクォック・ファム氏 ©QUOC
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クォック・ファム氏を迎えての武蔵野グラベルライドに集まった仲間たち photo:Makoto AYANO
田舎のあぜ道や里山トレイル、住宅地、河川敷と目まぐるしく変わる景色を、クオック氏はフルに楽しんでいた。氏は観光旅行ではおよそ訪れないような周縁に興味を抱くタイプのようだ。それはクリエイターとしての才能でもあり、同時にサイクリストとしての才能でもあろう。
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日本のグラベルを楽しむように走ったクォック・ファム氏 photo:Makoto AYANO
今日のサイクリングシューズにおける趨勢としては、どれだけハイパフォーマンスであるかを声高に叫ぶのが「正しい」マーケティングのように思われるが、クオックはそうしない。カーボンソールの硬さや、アッパーの固定力、軽量性といった文句の代わりに快適さを推し、なんなら『存在が消えてしまうシューズ』と言っているのだから対照的である。大きいメーカーと違うことをしようとしているのかと思いきや、その逆だった。クオックは他社を見ることを止めていた。
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日本のグラベルを楽しむように走るクォック・ファム氏 photo:Makoto AYANO
「創業当初こそシマノやシディがどんなシューズを作っているかを見ましたが、それは我々には出来ないことでした。競合他社はより大規模で、資金があり、ものづくりのプロセスが違う。我々にできることは、我々自身のプロダクトと向き合い、改善し、ライダーが何を望み、何を望まないかを学び、我々自身を磨いていくこと、そしてそれに専念することだけでした。ですから、今の競争相手はどこか他のブランドではありません。我々自身です」。
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クォックのロード&オフロードシューズラインナップ ©tristantakephoto
改めて氏の穏やかな物腰と対面してみて、手元にあるクオックのシューズたちは彼の創造物だと強く実感する。プロダクトのエレガントさは本人のライディングスタイルにも感じられるものであるし、オーソドックスな形状はサイクリストの声の集積と思えてくる。
筆者(小俣)自身、この日クォックのオフロードシューズ「GRAN TOURER XC」をおろしてグラベルライドを楽しんだのだが、その快適さに驚いた。『消えてしまうシューズ』という言葉も、正しく氏が目指す方向性を示している。いつまでも履いていられる、初日からそう思えるシューズはそう多くない。
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クオック Escape Road(アンバー、ブラック、ホワイト) (c)フカヤ
ロングライドや冒険的なロードライドを行うライダーのためのシューズ。カーボンソールは剛性と快適性のバランスを調整し、長時間のライドでも足に響かない設定。「エスケープ」の名の通り、遠くまで走りたい人にうってつけのロードシューズだ。
価格 27,500円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/escape-road/
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Escape Road Lace ©QUOC
Escape Roadの紐靴バージョン。ダイヤルクロージャーの「Escape Road」の快適性とパフォーマンスを継承しながら、自然なフィット感で足を包み込む。スタイルで選ぶも良し、ダイヤルの破損といったリスクに備えて選ぶも良し。
価格 24,200円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/escape-road-lace/
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クオック Mono II (c)フカヤ
グラベル用シューズ「GRAN TOURER」から受け継いだオールシーズン対応のツーピースアッパーは、耐久性・防汚性に優れる。デュアルダイヤルクロージャーシステムによる高いフィット感を実現。アウトソールはUDカーボンを採用することでレースも走れる高剛性に。ハイテンポで長い距離を踏みたいライダーに向く一足。
価格 46,200円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/mono-ii/
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M3 Air ©QUOC
ゲラント・トーマスに代表されるトップレベルのロードレースを走るためのハイエンド・ロードシューズ。レーススペックらしく高剛性のカーボンソールと、タンレスのアッパーによる強力なホールド力を誇る。これまでトップレベルレースシーンとは距離を置いていたクオックが2024年に放った渾身の一作。
価格 50,600円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/m3-air/
続くvol.2では、クオックのオフロードシューズを愛用するライダーたちの対談、そしてそれに対するクオック氏の応答から、同ブランドのシューズの快適性の秘密や機構を掘り下げていく。
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その人を形容するのに、「ジェントルマン」以上の言葉が見つからない。常に柔らかい物腰、エレガントな所作、背筋の通った姿勢の良さ。クオック・ファム氏の佇まいを見て、クオックのシューズから滲み出る気品の理由がわかった気がする。彼がデザインするシューズには、彼の哲学が体現している。
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サイクリングシューズブランドのQUOC(クオック)は、創業15年の比較的新しいブランドだ。しかしその知名度は年々増している。ロードレースシーンではかつてのツール・ド・フランス覇者ゲラント・トーマスが選び、グラベルシーンでもレジェンドのテッド・キングをはじめとした強豪ライダーの足元を固めている。のみならず、バイクパッキングによる大陸横断系ウルトラサイクリストにも支持が広がっているという。
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しかしその広まりぶりは爆発的にというよりも、地に足のついた実直なものだったと言えよう。ゲラント・トーマスとの契約は確かにセンセーショナルだったが、むしろそのことよりも、優美さを感じさせるデザインとそこに通うフィロソフィが、世界中の高感度なサイクリストに少しずつ浸透していった、そんな印象がある。
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サイクリングシューズのマーケットは、傍目から見ても参入障壁が高そうだ。人種や性別で千差万別の足型に対し最大公約数を導き出さねばならないし、あらゆるサイズの在庫を持たねばならない。大規模なブランドであればこそ、こうした開発や流通をカバーできるのだろうが、新規参入の小規模メーカーはいかにしてマーケットの一角を占めるようになったのか。
ニッチから王道路線へ
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話は2009年に遡る。クオック・ファム氏が自身のブランド創成期に世に問うたのは、「レザー」つまり本革のサイクリングシューズだった。しかも底にクリートが装着可能な、街中でカジュアルに履ける革靴。いわば、サイクリングシューズ市場のニッチを狙ったというわけだ。とはいえ、奇をてらっての選択ではなく、彼のライフスタイルから自然と導き出されたものだったという。
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ルーツをヴェトナムに持つイギリス人のクオック氏は、ファッション・デザインの名門校セントラル・セント・マーチンズ出身。すでにサイクリングに熱中していた若かりし頃の彼が、ファッションをこのスポーツに取り入れたいと考えたのは自然なことだった。裏を返せば、当時、シティライドで履きたいと思えるようなサイクリングシューズが存在しなかったのだ。
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革新的な「レザー」サイクリングシューズは一定の注目を集めたが、継続的な売上には繋がらなかった。当時、日本にも僅かだが輸入され、少数のサイクリストの手に渡った。
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「しばらく市場の反応を見ましたが、街乗りをする人たちはナイキかヴァンズを履いていて、ビンディングは不要だったのです。その後は絶え間ないトライ&エラーの繰り返しでした。ひとつのアイデアを試しては、ダメでまた次を試す……そうやって15年が経ちました。今は我々の強みを理解していますが、それがこうやってスクラップ&ビルドを繰り返してきたことなのです」
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当初はニッチを狙っていたクオックのシューズは、2016年により広範なサイクリストに向けた製品作りへと舵を切る。しかしその方向への再スタートは、巨大資本を持つビッグメーカーと直接同じマーケットで戦うということも意味していた。だがビッグメーカーに対してクオックが強みとできるポイントがあった。それこそ他社と一線を画すデザイン性かと思ったが、クオック・ファム氏が最初に挙げたのはデザインではなかった。それは「ライダーファーストである」ということだ。
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第一に考えるのはサイクリストのこと
「サイクリストに向けて最高のプロダクトを造ること。とにかくサイクリストのことを、そして彼らが得るライド体験のことを考えています。人がライドをする時の毎秒毎秒、それが積み重なったものが自転車で走る喜びですよね? だからこそ、シューズがライドの経験を損なってはいけません。シューズを快適にすること。あたかもライダーがその存在を感じないくらいまで自然なものにできれば、ライド体験は豊かになるのですから」
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ビッグメーカーのような知見はなくとも、サイクリストに寄り添い、サイクリストの言葉を聞き、サイクリストの喜びを共有する。それは小さなブランドだからこそできることかもしれない。おそらくはファッションという終わりなき探求をバックボーンに持つ氏の性格によるところも大きいだろうが、トライ&エラーを辞さない姿勢は、ブランドの認知と信頼に繋がっているようだ。
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「常にサイクリストを第一に考えています。みなさんのフィードバックを聞くのが好きですし、そこに学び、改善し、最高に美しいプロダクトを作ろうと、ただ挑戦を続けています。目指すは最高に快適なシューズ、いわば『消えてしまうシューズ』です。そんなシューズを通して、サイクリングの喜びを広げ、より多くの人がサイクリングを楽しめるようにしたいですね」。
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競争相手は「我々自身」
この日、埼玉県飯能市にあるサイクルハウスミカミの三上店長のはからいで、クオック・ファム氏とその関係者を迎えたグラベルライドが行われた。来日にあわせ、氏からの「日本のグラベルを走ってみたい」というリクエストに応えた企画だった。
田舎のあぜ道や里山トレイル、住宅地、河川敷と目まぐるしく変わる景色を、クオック氏はフルに楽しんでいた。氏は観光旅行ではおよそ訪れないような周縁に興味を抱くタイプのようだ。それはクリエイターとしての才能でもあり、同時にサイクリストとしての才能でもあろう。
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今日のサイクリングシューズにおける趨勢としては、どれだけハイパフォーマンスであるかを声高に叫ぶのが「正しい」マーケティングのように思われるが、クオックはそうしない。カーボンソールの硬さや、アッパーの固定力、軽量性といった文句の代わりに快適さを推し、なんなら『存在が消えてしまうシューズ』と言っているのだから対照的である。大きいメーカーと違うことをしようとしているのかと思いきや、その逆だった。クオックは他社を見ることを止めていた。
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「創業当初こそシマノやシディがどんなシューズを作っているかを見ましたが、それは我々には出来ないことでした。競合他社はより大規模で、資金があり、ものづくりのプロセスが違う。我々にできることは、我々自身のプロダクトと向き合い、改善し、ライダーが何を望み、何を望まないかを学び、我々自身を磨いていくこと、そしてそれに専念することだけでした。ですから、今の競争相手はどこか他のブランドではありません。我々自身です」。
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改めて氏の穏やかな物腰と対面してみて、手元にあるクオックのシューズたちは彼の創造物だと強く実感する。プロダクトのエレガントさは本人のライディングスタイルにも感じられるものであるし、オーソドックスな形状はサイクリストの声の集積と思えてくる。
筆者(小俣)自身、この日クォックのオフロードシューズ「GRAN TOURER XC」をおろしてグラベルライドを楽しんだのだが、その快適さに驚いた。『消えてしまうシューズ』という言葉も、正しく氏が目指す方向性を示している。いつまでも履いていられる、初日からそう思えるシューズはそう多くない。
QUOC ロードシューズ ラインアップ
Escape Road
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ロングライドや冒険的なロードライドを行うライダーのためのシューズ。カーボンソールは剛性と快適性のバランスを調整し、長時間のライドでも足に響かない設定。「エスケープ」の名の通り、遠くまで走りたい人にうってつけのロードシューズだ。
価格 27,500円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/escape-road/
Escape Road Lace
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Escape Roadの紐靴バージョン。ダイヤルクロージャーの「Escape Road」の快適性とパフォーマンスを継承しながら、自然なフィット感で足を包み込む。スタイルで選ぶも良し、ダイヤルの破損といったリスクに備えて選ぶも良し。
価格 24,200円(税込)
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Mono II
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グラベル用シューズ「GRAN TOURER」から受け継いだオールシーズン対応のツーピースアッパーは、耐久性・防汚性に優れる。デュアルダイヤルクロージャーシステムによる高いフィット感を実現。アウトソールはUDカーボンを採用することでレースも走れる高剛性に。ハイテンポで長い距離を踏みたいライダーに向く一足。
価格 46,200円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/mono-ii/
M3 Air
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ゲラント・トーマスに代表されるトップレベルのロードレースを走るためのハイエンド・ロードシューズ。レーススペックらしく高剛性のカーボンソールと、タンレスのアッパーによる強力なホールド力を誇る。これまでトップレベルレースシーンとは距離を置いていたクオックが2024年に放った渾身の一作。
価格 50,600円(税込)
https://fukaya-nagoya.co.jp/product/m3-air/
続くvol.2では、クオックのオフロードシューズを愛用するライダーたちの対談、そしてそれに対するクオック氏の応答から、同ブランドのシューズの快適性の秘密や機構を掘り下げていく。
提供:フカヤ text:小俣雄風太、photo:綾野 真