2020/04/10(金) - 17:00
4年ぶりにフルモデルチェンジしたジャイアントのフラッグシップ「TCR」。従来の軽さや優れたハンドリングはそのままに、重量剛性比とエアロダイナミクスを強化することで、トータルレースバイクとしてさらなる進化を果たした。本編では、開発者へのインタビューを含め各種テクノロジーを詳細解説していく。
目指したのは今まで以上に”効率的”な走り。つまり、より少ないパワーでより速く、ペダリングをするごとに淀みなくスピードを上げていく、レースバイクとして至極真っ当な性能を突き詰めたのが新型TCRだ。
TCRの中でまず語るべきは「重量剛性比」だ。軽く硬くという歴代のTCRが重視してきた要素を引き継ぎつつ、最先端のカーボンテクノロジーによりその数値を改善。ディスクブレーキモデルのTCR ADVANCED SL DISCはフレーム単体が765g(Mサイズ/ペイント込み)、フォークが330g(コラム未カット)という非常に軽量な値をマークしている。また、ヘッドセットやスペーサー、ISPクランプなどを含めたフレームセット重量は1,266g。先代比で140gものダイエットに成功しており、ジャイアントによれば、同条件で比較したスペシャライズドのS-WORKS TARMAC DISCより105g軽い重量だという。
しかし、軽くても進まないバイクでは意味がない。ライダーのペダリングパワーをロスなく推進力に変え、入力に対してリニアに反応させるために重要な剛性をも、高レベルで両立させたことが新型TCRの真骨頂だ。
フレームとフォークを合わせた剛性は149.76N/mmと、ラボテストで比較対象となった競合他社3モデル(スペシャライズドのS-WORKS TARMAC DISC、トレックのEMONDA SLR DISC、サーヴェロのR5 DISC)と比較して最も高い数値を叩き出し、フレームとフォークを合わせた剛性数値を重量で割った重量剛性比でもライバルを一歩リードする。セット重量ではトレックのEMONDA SLRに17g甘んじているものの、重量剛性比に着目すればその差は25%にも及ぶという。
従来からジャイアントではカーボン原糸を編み込む工程から自社工場で生産を行っている(他社ではカーボンシートを購入、あるいはOEM生産することが大多数)ほか、レジンにも独自のカーボンナノチューブ(CNT)テクノロジーを採用することで優れた耐衝撃性を叶えているが、今回の新型TCRではカーボン/レジン共に一部素材をアップデート。詳細は企業秘密として語られなかったが、今回のTCR ADVANCED SLグレードに限り、T800グレードを超える高級カーボンを使用しているという。セカンドモデルにあたるPROグレードは好評を博していた先代と素材自体は変わらない。
カーボンシートの製造~成形プロセスも刷新され、シートを切り抜く際に従来用いられてきた型抜き方式に代わり、超精密な切り出しを可能にするレーザーカットを導入した。シート形状の自由度も高まり、それによって積層の無駄を大幅に削減することで軽量化に成功している。
また、成形時のカーボンシート配置工程を手作業ではなく、より精度の高いロボットを投入するという新しい試みも。バイク全体で500ピース使われるカーボンシートのうち、レーザーカットで切り出された150ピースのカーボンシートを、手作業では不可能なレベルまで、ロボットアームによって正確に精密に配置することで、仕上がりのバラつきを可能な限り排除したという。
加えて、徹底的な軽量化のためにトップグレード完成車のTCR ADVANCED SL 0 DISCには、全く新しい「ThinLine」と呼ばれるペイントが投入された。フレームのカーボン地が透けるほどの極薄塗装とすることで、従来の7層ペイントに比べ最大50gの軽量化を果たしている。
エアロダイナミクスの追求は、例え軽量オールラウンダーであっても現代レースバイクには欠かせない要素だ。サイドビューこそ先代と酷似しているが、ヘッドチューブやフォーク、シートチューブ、シートポストの断面形状を大幅に刷新することで、軽量オールラウンダーとしてのキャラクターを維持しつつ、高速域でのアドバンテージと安定性を高めた。実走環境での再現性を考慮し、風洞実験ではライダーを模した動的マネキンを乗せボトルも装備し、±15°のヨー角かつ風速24mph(40kph)という条件で開発が進められたという。
重量増を嫌って(詳細は記事下部のインタビュー参照)ハンドル周辺のブレーキホースと変速ケーブルのフル内装化は見送られたが、先代のディスクブレーキモデルで外装だったフロントブレーキホースがフォークの肩から内装されている。
同時開発のCONTACT SLRハンドルバーは前方投影面積の削減と快適性、握りやすさを叶えるべく、バートップを扁平させるとともにドロップ部分を細身のカムテール形状としたことが大きな特徴だ。DEFYに投入したD-FUSEをさらに進化させたものであり、下ハンドル部分は横方向に潰しが入っているためパワーもかけやすい。サイクルコンピューターやライトをスマートに搭載できるステムやエアロデザインのコラムスペーサーなどは、整備性と空力、軽量化を可能な限り突き詰めた末の回答だ。
さらに着目したいのが、左右対称設計のフロントフォークだ。バイクの左側にストッピングパワーがかかるディスクブレーキに対応するため、多くのメーカーが左右非対称のフォークブレードを採用する一方、TCRでは後述するカーボン積層の工夫により、左右対称デザインながらねじれを抑制。バイク後方への空気の流れが左右均等になるよう考えられている。
旧モデルの面影を色濃く残しつつも、200Wで40kmの距離を走行した際、先代と比較して34秒のタイム短縮を叶えているという。空力性能の改善によって、TCRが得意とする鋭い加速力に加え、平坦での高速巡航やダウンヒルにも対応するオールラウンド性に磨きがかけられた。
ウェットコンディションでの制動性能や、高速のダウンヒル&コーナリングでの安定感はプロライダーにとって重要なポイントだ。ディスクブレーキや12mmスルーアクスルが大きな役割を果たしていることは言うまでもないが、先に述べた通りフレームの剛性アップもスムーズなライディングに寄与している。
特に先述したフロントフォークは先代比35%ものねじれ剛性向上を果たしたことが大きなポイント。インタビューを行ったニクソン・ファン氏はこの部分について以下のように説明している。
「ディスクブレーキではフォークの左側にキャリパーが搭載されるため、当然制動中は片側にねじれます。しかし根本的に左右のフォークブレード形状を変更すると、例えばダンシングなどに違和感が生じてしまう。そこで左右形状を共通化しつつ、カーボン積層を煮詰めることでこの問題に対処しました。こうすることでヘッドチューブに掛かるバランスを最適化し、例えば下りコーナーに突入時の違和感を解消しています。フォークの性能アップはCCCチームの選手たちも実感しているようです」
また、ディスクブレーキモデルで最大32mm幅タイヤまで対応するようになり、その上でジオメトリーが微調整されている。リアタイヤとフレームが接触しないようシート角を0.5°立てるとともに、シートチューブ裏にはタイヤに沿って凹みを設けている。加えてBBドロップを2mm下げており、それに連動してヘッドチューブも3mm短縮。その上でディスクロードとしては非常に短いチェーンステー長(405mm)を維持することで、TCRらしい反応性を保持している。
バイクとともにホイール、ハンドル、ステム、サドルも新開発。CADEX(カデックス)のテクノロジーを落とし込んだ「SLR1」ホイールは、ワイド化した内幅19.4mmのチューブレスレディ対応フックレスリムや、30Tの面ラチェットを備えた低摩擦ハブ、抜群の駆動効率を誇る独自のDBLテクノロジーなどによって性能を進化させたハイパフォーマンスレーシングホイールだ。新型TCRでは42mmハイトの「SLR1 42」が各種完成車にアセンブルされる。
多様なポジションに対応するショートノーズデザインの「FLEET」サドルも完成車にスペックイン。中央が大きくカットアウトされるとともに、ペダリングスペースを確保したサイドカーブ、坐骨をサポートするよう曲線を描いた座面形状、効率的な圧力分散を行う独自のフォームによって、高いパフォーマンスを長時間維持できるよう設計されている。
ニクソン氏:先代TCRが目指したのは「ベスト・クライミングバイク」。しかし今回我々は新型TCRを登坂性能はそのままに「トータルレースバイク」として昇華させました。
例えば2018年のジロ・デ・イタリア第19ステージで、クリストファー・フルームが総合成績を逆転する80km独走を演じてみせたことは記憶に新しいでしょう。デュムランなどライバル勢が結託してもフルームとの距離は縮まりませんでした。それは例え山岳ステージであっても、下り、平坦、そしてもちろん登りという全要素を満たすバイクが求められた好例です。刻々と変わりゆく現代ロードレースのために「トータルレースバイク」たる新型TCRは誕生しました。
登りは言わずもがな、平坦、そして下りでも安定感を高めるために。それが新型TCRの開発目標です。製造工程にも手を入れたため、通常よりも長い開発期間を経て2019年8月にはプロトタイプを完成させ、CCCチームに渡しました。
今回、通常よりも早めに、かつ長くプロトタイプを渡して煮詰めたのですが、その理由はオリンピックで使うことを想定していたためです。選手人生を賭けた大一番ですから、昨シーズンから乗り味に慣れてもらい、じっくり開発期間を経ることでより良いバイクに仕立てようと試みました。
例えばグレッグ(ファンアーヴェルマート)は世界選手権などで実戦使用しましたが、普段であればもっと表に出ない形で乗ってもらいます。しかし今回はグレッグがあまりにも気に入ってしまったため、ひた隠しにすることを強要しませんでした。もちろんジャイアントが新型を用意している!と知られてしまいましたが...(笑)。彼は通常はリム、豪雨の世界選手権ではディスクブレーキ版を使用していましたね。
彼をはじめ、CCCチームの選手たちの感想としては、第一に重量剛性比が向上したことが挙げられます。つまり反応性が向上した、ということですね。その次には高速走行時の安定性。平坦を40~50km/hで走る時、下りを100km/hにも迫る超高速で飛ばす時に、従来よりも自信を持って攻めることができると言ってもらえました。狙い通りの評価をもらうことができたので嬉しく思っています。
エアロに関しては、PROPELの開発を担当してくれたエンジニア、ザヴィエ氏をジャイアントの社員として招き入れたことが大きいと言えます。彼は現在欧州拠点のまま、車体、ホイール、ハンドル、ヘルメット、ウェアなどなど、ジャイアントの空力に関わる全てを監修してもらっています。新型TCRに関して言えば、フレーム、フォーク、ハンドルバーなど、つまり全てですね(笑)。彼の加入は非常に大きな強みとなっています。
TCRの基本形状は従来と大差ありませんが、これは私を含めて開発陣が長きにわたって軽さを追求してきたからで、今作のフレーム形状も軽さと軽い走りを活かしたまま、エアロダイナミクスを向上させられないか、という観点からザヴィエ氏の協力のもと設計を行ったんです。
ISPを残した理由は、それがレースバイクにとっては最高のソリューションだからです。軽くできるし、柔軟性も高い。ただしCCCチームのとある選手が調整面でのトラブルを訴えてきたため、従来より調整幅を広げた長いシートクランプを開発しています。
ケーブル類のフル内装を採用しなかった理由は、軽さと剛性、そして空力という要素をいかにバランス取りするかを徹底的に追求した結果。もしフル内装にすれば空力は向上しますが、当然重量がかさんでしまう。空力向上と重量増を天秤にかけて議論・研究を重ねましたが、あくまで登りに主軸を置いたTCRには、ノーマルステムを使うことが最良という答えに至りました。
例えばDEFYにはセミ内装システムを投入していますが、TCRのハンドル周りはより軽量です。軽いことはつまりダンシングの振りの軽さや、機敏なハンドリングにも直結します。繰り返しにはなりますが、全てはトータルの運動性能を追求した結果です。
今回のTCRは車体はもちろん、ホイールやハンドル、サドル、タイヤまでも含め開発しています。これが2年半も開発期間を要した理由ですし、そこまでしても最高のバイクを作りたかった。私はもうかれこれ4世代にわたってTCRを開発してきましたが、正直最初の2世代は難しくなかった。でも2016年には初めてホイールとセットで開発し、今回はコンポーネントを除くバイク全てを手がけました。今までで最も労力をかけて、開発陣やチームと一丸となって作り上げたバイクですから、完成度の高さは自負しています。
次頁では、国内発表会で各グレードを乗り込んだ村田と、PROPEL&DEFYの海外ローンチも担当した磯部のCW編集スタッフ2名によるインプレッションをお届けする。
ジャイアントの技術の粋を集めた新型TCR 目指したのはさらなる効率性
ライバルを置き去りにする、クラス最高レベルの重量剛性比
目指したのは今まで以上に”効率的”な走り。つまり、より少ないパワーでより速く、ペダリングをするごとに淀みなくスピードを上げていく、レースバイクとして至極真っ当な性能を突き詰めたのが新型TCRだ。
TCRの中でまず語るべきは「重量剛性比」だ。軽く硬くという歴代のTCRが重視してきた要素を引き継ぎつつ、最先端のカーボンテクノロジーによりその数値を改善。ディスクブレーキモデルのTCR ADVANCED SL DISCはフレーム単体が765g(Mサイズ/ペイント込み)、フォークが330g(コラム未カット)という非常に軽量な値をマークしている。また、ヘッドセットやスペーサー、ISPクランプなどを含めたフレームセット重量は1,266g。先代比で140gものダイエットに成功しており、ジャイアントによれば、同条件で比較したスペシャライズドのS-WORKS TARMAC DISCより105g軽い重量だという。
しかし、軽くても進まないバイクでは意味がない。ライダーのペダリングパワーをロスなく推進力に変え、入力に対してリニアに反応させるために重要な剛性をも、高レベルで両立させたことが新型TCRの真骨頂だ。
フレームとフォークを合わせた剛性は149.76N/mmと、ラボテストで比較対象となった競合他社3モデル(スペシャライズドのS-WORKS TARMAC DISC、トレックのEMONDA SLR DISC、サーヴェロのR5 DISC)と比較して最も高い数値を叩き出し、フレームとフォークを合わせた剛性数値を重量で割った重量剛性比でもライバルを一歩リードする。セット重量ではトレックのEMONDA SLRに17g甘んじているものの、重量剛性比に着目すればその差は25%にも及ぶという。
性能向上を叶えるジャイアントの先進カーボンテクノロジー
これほどの数値改善を果たした要は、ジャイアントが誇るカーボンテクノロジーの進化にある。一般的にエアロフォルムの投入は重量増を呼び起こすが、開発陣はカーボン素材、そして製造プロセスを刷新することでその問題をクリアしている。従来からジャイアントではカーボン原糸を編み込む工程から自社工場で生産を行っている(他社ではカーボンシートを購入、あるいはOEM生産することが大多数)ほか、レジンにも独自のカーボンナノチューブ(CNT)テクノロジーを採用することで優れた耐衝撃性を叶えているが、今回の新型TCRではカーボン/レジン共に一部素材をアップデート。詳細は企業秘密として語られなかったが、今回のTCR ADVANCED SLグレードに限り、T800グレードを超える高級カーボンを使用しているという。セカンドモデルにあたるPROグレードは好評を博していた先代と素材自体は変わらない。
カーボンシートの製造~成形プロセスも刷新され、シートを切り抜く際に従来用いられてきた型抜き方式に代わり、超精密な切り出しを可能にするレーザーカットを導入した。シート形状の自由度も高まり、それによって積層の無駄を大幅に削減することで軽量化に成功している。
また、成形時のカーボンシート配置工程を手作業ではなく、より精度の高いロボットを投入するという新しい試みも。バイク全体で500ピース使われるカーボンシートのうち、レーザーカットで切り出された150ピースのカーボンシートを、手作業では不可能なレベルまで、ロボットアームによって正確に精密に配置することで、仕上がりのバラつきを可能な限り排除したという。
加えて、徹底的な軽量化のためにトップグレード完成車のTCR ADVANCED SL 0 DISCには、全く新しい「ThinLine」と呼ばれるペイントが投入された。フレームのカーボン地が透けるほどの極薄塗装とすることで、従来の7層ペイントに比べ最大50gの軽量化を果たしている。
先代比-34秒 "トータル"レースバイクとしての空力強化
エアロダイナミクスの追求は、例え軽量オールラウンダーであっても現代レースバイクには欠かせない要素だ。サイドビューこそ先代と酷似しているが、ヘッドチューブやフォーク、シートチューブ、シートポストの断面形状を大幅に刷新することで、軽量オールラウンダーとしてのキャラクターを維持しつつ、高速域でのアドバンテージと安定性を高めた。実走環境での再現性を考慮し、風洞実験ではライダーを模した動的マネキンを乗せボトルも装備し、±15°のヨー角かつ風速24mph(40kph)という条件で開発が進められたという。
重量増を嫌って(詳細は記事下部のインタビュー参照)ハンドル周辺のブレーキホースと変速ケーブルのフル内装化は見送られたが、先代のディスクブレーキモデルで外装だったフロントブレーキホースがフォークの肩から内装されている。
同時開発のCONTACT SLRハンドルバーは前方投影面積の削減と快適性、握りやすさを叶えるべく、バートップを扁平させるとともにドロップ部分を細身のカムテール形状としたことが大きな特徴だ。DEFYに投入したD-FUSEをさらに進化させたものであり、下ハンドル部分は横方向に潰しが入っているためパワーもかけやすい。サイクルコンピューターやライトをスマートに搭載できるステムやエアロデザインのコラムスペーサーなどは、整備性と空力、軽量化を可能な限り突き詰めた末の回答だ。
さらに着目したいのが、左右対称設計のフロントフォークだ。バイクの左側にストッピングパワーがかかるディスクブレーキに対応するため、多くのメーカーが左右非対称のフォークブレードを採用する一方、TCRでは後述するカーボン積層の工夫により、左右対称デザインながらねじれを抑制。バイク後方への空気の流れが左右均等になるよう考えられている。
旧モデルの面影を色濃く残しつつも、200Wで40kmの距離を走行した際、先代と比較して34秒のタイム短縮を叶えているという。空力性能の改善によって、TCRが得意とする鋭い加速力に加え、平坦での高速巡航やダウンヒルにも対応するオールラウンド性に磨きがかけられた。
あらゆるシーンで意のままに操れるコントロール性
ウェットコンディションでの制動性能や、高速のダウンヒル&コーナリングでの安定感はプロライダーにとって重要なポイントだ。ディスクブレーキや12mmスルーアクスルが大きな役割を果たしていることは言うまでもないが、先に述べた通りフレームの剛性アップもスムーズなライディングに寄与している。
特に先述したフロントフォークは先代比35%ものねじれ剛性向上を果たしたことが大きなポイント。インタビューを行ったニクソン・ファン氏はこの部分について以下のように説明している。
「ディスクブレーキではフォークの左側にキャリパーが搭載されるため、当然制動中は片側にねじれます。しかし根本的に左右のフォークブレード形状を変更すると、例えばダンシングなどに違和感が生じてしまう。そこで左右形状を共通化しつつ、カーボン積層を煮詰めることでこの問題に対処しました。こうすることでヘッドチューブに掛かるバランスを最適化し、例えば下りコーナーに突入時の違和感を解消しています。フォークの性能アップはCCCチームの選手たちも実感しているようです」
また、ディスクブレーキモデルで最大32mm幅タイヤまで対応するようになり、その上でジオメトリーが微調整されている。リアタイヤとフレームが接触しないようシート角を0.5°立てるとともに、シートチューブ裏にはタイヤに沿って凹みを設けている。加えてBBドロップを2mm下げており、それに連動してヘッドチューブも3mm短縮。その上でディスクロードとしては非常に短いチェーンステー長(405mm)を維持することで、TCRらしい反応性を保持している。
トータル開発で走りを高める新作コンポーネント
バイクとともにホイール、ハンドル、ステム、サドルも新開発。CADEX(カデックス)のテクノロジーを落とし込んだ「SLR1」ホイールは、ワイド化した内幅19.4mmのチューブレスレディ対応フックレスリムや、30Tの面ラチェットを備えた低摩擦ハブ、抜群の駆動効率を誇る独自のDBLテクノロジーなどによって性能を進化させたハイパフォーマンスレーシングホイールだ。新型TCRでは42mmハイトの「SLR1 42」が各種完成車にアセンブルされる。
多様なポジションに対応するショートノーズデザインの「FLEET」サドルも完成車にスペックイン。中央が大きくカットアウトされるとともに、ペダリングスペースを確保したサイドカーブ、坐骨をサポートするよう曲線を描いた座面形状、効率的な圧力分散を行う独自のフォームによって、高いパフォーマンスを長時間維持できるよう設計されている。
開発のキーマン、ニクソン・ファン氏が語る新型TCR
シクロワイアード編集部では独自にコンタクトを取り、長きに渡りジャイアントのロードモデル開発を指揮しているエンジニア、ニクソン・ファン氏へオンラインインタビューを行った。開発のキーマンが語る、新型TCRの開発秘話とは、込められたメッセージとは。あらゆるシーンで高性能なトータルレースバイクを目指した
ニクソン氏:先代TCRが目指したのは「ベスト・クライミングバイク」。しかし今回我々は新型TCRを登坂性能はそのままに「トータルレースバイク」として昇華させました。
例えば2018年のジロ・デ・イタリア第19ステージで、クリストファー・フルームが総合成績を逆転する80km独走を演じてみせたことは記憶に新しいでしょう。デュムランなどライバル勢が結託してもフルームとの距離は縮まりませんでした。それは例え山岳ステージであっても、下り、平坦、そしてもちろん登りという全要素を満たすバイクが求められた好例です。刻々と変わりゆく現代ロードレースのために「トータルレースバイク」たる新型TCRは誕生しました。
登りは言わずもがな、平坦、そして下りでも安定感を高めるために。それが新型TCRの開発目標です。製造工程にも手を入れたため、通常よりも長い開発期間を経て2019年8月にはプロトタイプを完成させ、CCCチームに渡しました。
今回、通常よりも早めに、かつ長くプロトタイプを渡して煮詰めたのですが、その理由はオリンピックで使うことを想定していたためです。選手人生を賭けた大一番ですから、昨シーズンから乗り味に慣れてもらい、じっくり開発期間を経ることでより良いバイクに仕立てようと試みました。
例えばグレッグ(ファンアーヴェルマート)は世界選手権などで実戦使用しましたが、普段であればもっと表に出ない形で乗ってもらいます。しかし今回はグレッグがあまりにも気に入ってしまったため、ひた隠しにすることを強要しませんでした。もちろんジャイアントが新型を用意している!と知られてしまいましたが...(笑)。彼は通常はリム、豪雨の世界選手権ではディスクブレーキ版を使用していましたね。
彼をはじめ、CCCチームの選手たちの感想としては、第一に重量剛性比が向上したことが挙げられます。つまり反応性が向上した、ということですね。その次には高速走行時の安定性。平坦を40~50km/hで走る時、下りを100km/hにも迫る超高速で飛ばす時に、従来よりも自信を持って攻めることができると言ってもらえました。狙い通りの評価をもらうことができたので嬉しく思っています。
エアロに関しては、PROPELの開発を担当してくれたエンジニア、ザヴィエ氏をジャイアントの社員として招き入れたことが大きいと言えます。彼は現在欧州拠点のまま、車体、ホイール、ハンドル、ヘルメット、ウェアなどなど、ジャイアントの空力に関わる全てを監修してもらっています。新型TCRに関して言えば、フレーム、フォーク、ハンドルバーなど、つまり全てですね(笑)。彼の加入は非常に大きな強みとなっています。
TCRの基本形状は従来と大差ありませんが、これは私を含めて開発陣が長きにわたって軽さを追求してきたからで、今作のフレーム形状も軽さと軽い走りを活かしたまま、エアロダイナミクスを向上させられないか、という観点からザヴィエ氏の協力のもと設計を行ったんです。
ISPを残した理由は、それがレースバイクにとっては最高のソリューションだからです。軽くできるし、柔軟性も高い。ただしCCCチームのとある選手が調整面でのトラブルを訴えてきたため、従来より調整幅を広げた長いシートクランプを開発しています。
ケーブル類のフル内装を採用しなかった理由は、軽さと剛性、そして空力という要素をいかにバランス取りするかを徹底的に追求した結果。もしフル内装にすれば空力は向上しますが、当然重量がかさんでしまう。空力向上と重量増を天秤にかけて議論・研究を重ねましたが、あくまで登りに主軸を置いたTCRには、ノーマルステムを使うことが最良という答えに至りました。
例えばDEFYにはセミ内装システムを投入していますが、TCRのハンドル周りはより軽量です。軽いことはつまりダンシングの振りの軽さや、機敏なハンドリングにも直結します。繰り返しにはなりますが、全てはトータルの運動性能を追求した結果です。
今回のTCRは車体はもちろん、ホイールやハンドル、サドル、タイヤまでも含め開発しています。これが2年半も開発期間を要した理由ですし、そこまでしても最高のバイクを作りたかった。私はもうかれこれ4世代にわたってTCRを開発してきましたが、正直最初の2世代は難しくなかった。でも2016年には初めてホイールとセットで開発し、今回はコンポーネントを除くバイク全てを手がけました。今までで最も労力をかけて、開発陣やチームと一丸となって作り上げたバイクですから、完成度の高さは自負しています。
次頁では、国内発表会で各グレードを乗り込んだ村田と、PROPEL&DEFYの海外ローンチも担当した磯部のCW編集スタッフ2名によるインプレッションをお届けする。
提供:ジャイアント・ジャパン 制作:シクロワイアード編集部