2019/09/24(火) - 13:24
シマノDEORE XT/SLXをスペインのトレイルで実走インプレッションした。異なるグレードながら共通化したスペックも多い2つのコンポーネント。それぞれの差異と共通点、そしてXTRとの違いなども見極めつつその全貌を紹介していく。
M8100系DEORE XT、およびM7100系SLXの発表直後に用意されたテストバイクは、ともに1×12速/2ピストンブレーキ/DEORE XTグレードのJベンドスポークホイールという仕様。1周14km(1時間強)の、そして〝超〟が付くほどの本格的なテスト用トレイルが用意され、変速/ブレーキに対して高負荷な環境下での試乗が実現したのである。
このメディアキャンプでの現地インプレッションを担当するのはMTBジャーナリストの鏑木裕(かぶらぎ・ゆたか)氏。元サイクルスポーツ専門誌記者にして、自ら開店したMTBショップ「轍屋」オーナーを経て、現在はMTBフレームのプロデュースまでを手がける。すでに新型XTR仕様のバイクを駆るエリート選手のメカニックをつとめるなど、シマノの歴代MTBコンポのすべてを良く知る人物だ。
ここからはさっそく氏がテストライドで得たインプレッションを綴ろう。
鏑木:まずはメンテナンスを行うメカニックの視点で、ブレーキ周辺から話を進めよう。そもそもMTBパーツにおいて、ここ数年のシマノの油圧ディスクブレーキの安定性は素晴らしく、常時変わらない軽快なレバータッチ、制動時のパッドやローターの温度管理(ヒートアップしない)、組み付ければエア抜きしやすく、オイルも吸湿しない。前モデルのBR-M8000の時点で「これ以上どこを改善するのだろうか? 」と思っていた折りにリリースされたM9100系XTR。その設計をそのまま受け継ぐこととなった。
新XTR、DEORE XT、SLXのブレーキレバーの進化の共通点は、レバーを固定するクランプバンド位置と形状にある。それまでのレバーがグリップ側でクランプしていたのに対して、新世代ではマスターシリンダーの中央部でハンドルに固定される。そして、グリップ側ギリギリのところに、ハンドルバーに接するコンタクトポイントを設けて、2点でブレーキレバーを支えているのだ。小さな変化だが、この効果は非常に大きい。
ブレーキレバーのクランプ固定バンドやボルトを強化することなく、テコの原理を利用してブレーキング時にレバーにかかる力の反作用により撓まないレバーとするアイデア。重量増なくかっちりとしたレバー剛性を生み出す新構造なのである。
固定ネジの締め付けトルクが小さくても、レバータッチが悪化しない。それどころか、第2のコンタクトポイントがスタビライザーの役割を果たたすことで、旧タイプよりも断然カッチリする。ピストン径などは同一なので、計算上の制動力は変わらないのだが、体感的にはこの剛性アップの分だけ制動力が増したように感じられ、コントロールの幅が広がっているのだ。
もちろん旧レバーからの交換だけでもこの性能向上を手にすることは可能。しかし、気をつけなければいけないのはシフターや各種リモートレバーとの共存である。クランプ位置が変わり、シフターと一体化させるフォーマットも〝I-SPEC Ⅱ〟から〝I-SPEC EV〟へと変更されているからだ。このため、必要に応じてシフターやリモートレバーも交換しなくてはならない。
XTRのようにマグネシウム合金やカーボン素材は使われないが、〝制動〟というブレーキ本来の機能はBL-M8100(XT)でも何ら遜色ないレベルである。そして、このレバータッチと制動性能に関しては、BL-M7100(SLX)ですら同等レベルに達している。ただし、 BL-M7100にはフリーストローク調整機能が付かないため、『ちょっとレバーの遊び量を増やしたい(もしくは減らしたい)』といった繊細な調整には対応しない。このあたりはグレード通りの序列と言えよう。
4ピストンのフィン形状 4ピストンに関しては、パッドに付けられたラジエターフィンのデザインが変更された関係で、キャリパー形状が異なる。このため、旧フィン付きパッドは新4ピストンキャリパーへは取り付けられない(フィン無しパッドは流用可能)。M9100系XTRから採用されたこの新型4ピストンキャリパーは、XTR用に発売されているN03A(レジン)/N04C(メタル)のパッドがそのまま使われ、放熱性が最大化される。
2ピストン用パッドはXTRと非互換 2ピストンのブレーキキャリパーはXTR(BR-M9100)では小型化されていた。それはロード用に発売されているフラットマウント規格のパッドを使うことで小型・軽量化を実現したものだったが、DEORE XTのBR-M8100は、前モデルBR-M8000と同じコンストラクションとなった。ブレーキパッドはG03S/G03A/J03A(レジン)、あるいはG04S/J04C (メタル)を流用することになる。
軽量化を追求したブレーキキャリパーの小型化は、シェルの表面積も減らすこととなり、それは即ち放熱性を悪化させかねない。あらゆる使用環境が想定されるDEORE XT以下のグレードには、超軽量性よりも汎用性が求められるのだ。
さて、4ピストンは2ピストン比で約10%の制動力向上が見込まれるが、どちらを選ぶかは放熱性、タイヤ幅(接地面積)、ライダーの体重、そしてサスのストローク量などが絡んでくる。近年のMTBはタイヤ幅がワイド化する傾向にあったため、4ピストンへのニーズが強まっている。しかし一方で、XC&エンデュランス的な使い方においては、ハイグリップなタイヤを使用するユーザーは多くはない。
個人的にはノブの低いセミスリック系タイヤを好むので、2ピストンの方が中低速域でのシビアなコントロールがしやすいと感じているのだが、4ピストンの制動マージンの高さを一度知ってしまうと、おそらく4ピストン推しになってしまうことだろう。
そしてローターがマイナーチェンジしたことも見逃せないポイントとして挙げておきたい。これまでのSM-RT81も軽量性と放熱性が両立された3層構造ではあったが、新型のRT-MT800ではXTR(RT-MT900)同様に、ヒートシンクエリアが大型化されることになった。その分だけ厳しい環境下でも安定した制動力を発揮できるようになるということ。そしてこの新型ローターは今までのM8000/M7000系ユーザーも使用できるので、手軽なブレーキチューンナップ術としても活用されることになるだろう。
160mmローターでのDEORE XTでの重量は、XCスタイルで392g(BR-M8100/BL-M8100)、エンデューロスタイルで410g(BR-M8120/BL-M8100)に収まっている。
ブレーキレバーとシフトレバーを一体化させる〝I-SPEC〟は今回で3世代目となる。初代I-SPEC、ブレーキクランプと共締めするI-SPEC Ⅱ、そして今回のI-SPEC EVだ。世代が進む毎にシフター固定位置の調整範囲が増え、指先のアクセスが向上している。
固定位置の自由度だけでいえば、ブレーキレバー/シフトレバーともに、それぞれバンド止めにしてしまえば良いのだが、昨今のハンドル周りはギミックや各種電子デバイスの増加に従って煩雑になりがちであり、クランプバンドの共用は避けられないのだ。
I-SPEC EV化によってフィジカル面での恩恵を受けるのは、欧米人に比べ比較的手が小さく指が短い日本人を含むアジア人や、とりわけ女性などで、〝欲しい位置〟にシフターを取り付けやすくなる。これは究極的に言えば、中指でブレーキを操作しながら親指(もしくは人差し指)でギヤチェンジをするといったような、一昔前のクルマで言う〝ヒール&トウ〟のような操作をも可能にする。スピードの増減に応じて、最適なギヤを素早く選択しやすくなるのだ。
そのようなI-SPEC EVというインターフェイスがXTR/DEORE XT/SLXで共通化されているのに対して、シフターのレバータッチ自体は味付けが異なる。
DEORE XTは、XTR同様にクリック感が強め。複数段を一気に変速しても、何段クリックしたかが把握しやすくなっている。速く走るためには、ときとして最適なギヤポジションを即座に選べるということでもある。XTRとDEORE XTはそのような視点から設計されている。
対してSLXはクリック感が弱めてあり、単純に指先に込める力自体は上位2グレードに比べて小さくてもギヤチェンジが可能だ。もし、古い世代のMTBパーツを使った経験があるのなら、リア9スピード時代のような味付けがされているといったら伝わりやすいかもしれない。SLXではファンライド的な視点が加味されているのだ。これは必ずしも〝デチューン〟という訳ではなく、たとえば女性や握力の弱いユーザーが、あえてシフターだけSLXを組み合わせる〝チューニング〟も、今後は十分に考えて良いはずだ。
シフターというインターフェイスとともに、トランスミッションを構成するのがリアディレーラー/スプロケット/チェーンという、ドライブトレインである。そして今回のモデルチェンジでは、XTRのスペックを踏襲したリア12スピード化と、トップ10Tを実現するスプロケット、そして、それらをコントロールする大型13Tプーリーを採用したリアディレイラーである。
多段化やトップスプロケットの小型化は、フロントをシングル化した際のトップスピードの伸びや、激上りでのギヤ比低減は容易に想像できるメリットであろう。欲しかった「あと1枚」が実現されているのだから。しかし、ライド全般において言うなら、ハイパーグライド+(プラス)こそ大きなベネフィットとなっている。
ハイパーグライド+は、M9100系XTRから採用された歯先形状である。トップ→ローへのシフトダウンの変速性能は、既存の〝ハイパーグライド〟でも十分に歯切れが良かった。そこに、ロー→トップへのシフトアップの変速性能を加味したのが〝+〟で、チェーンが隣のスプロケットへ乗り移る際の変速ショックがなく、その作動スピードも速められている。シマノによると、変速に掛かる時間は約1/3に短縮されているという。
たとえば先が見通せる平地や緩い上りで、力強くペダリングしながらシフトアップするシーン。変速時にチェーン~クランクを介して足裏に伝わるショックがあきらかに小さい。この〝チェーン離れ〟に関して言えば、1/3どころか「9割減」的な感覚だ。
シフトアップでの歯切れの良さ、変速ショックの小ささは、ペダルを強く踏み込みながらの変速を可能にする。従来であれば、チェーンが隣の歯先に乗り移るその瞬間だけ、フッと脚の力を抜くことでチェーントラブルを防いでいたが、その必要性を感じさせないのだ。
これは単純に『変速性能が向上しました』ということにとどまらない。速度や路面変化の影響を受けず、一定のペダリングをキープできるようになり、リズムを乱されない安定したペダリングが実現されるのだ。このハイパーグライド+のスプロケットを使いたいがために、生まれ変わったXTR/DEORE XT/SLXというシマノのMTBコンポを揃えたいと思えるほど魅力的な性能向上である。
クランクセットは、単純なようでいて実は近年大きく進化している部分でもある。ここでは、試乗車にも装着されていたフロントシングル仕様を中心に話を進めていきたい。
フロントのシングル化に伴い、MTBにおけるチェーンリングの歯先形状は大きく変化した。チェーン外れを防ぐために、歯先のデザインはチェーンがガッチリ噛み合うように再設計され、それは厚い歯先と薄い歯先を繰り返すデザインに象徴されている。
しかし一方で、両者の嵌合が強すぎると摺動抵抗が増えてしまい、ペダリングの踏力がロスしてしまう。そこでシマノの新型MTBチェーンでは、内プレートとチェーンリングの歯先のエッジを斜めにカットし、今までのシングル仕様ギアが持っていた抵抗というネガを大幅に軽減したのだ。この効果は、チェーンラインが乱れ(チェーンが斜めに掛かって)、しかもチェーンテンションが高まるローギヤで現れる。チェーンの振動横方向への振動が、従来の製品に比べてあからさまに小さいためだ。
足裏で感じる抵抗の差は微々たる違いかもしれないが、この振動が増幅された先に存在するのがクランクでのチェーン外れなのである。たとえば、日本のMTBトップリーグであるCJ(クップ・ド・ジャポン)のエリートレースにおても、チェーンが外れて立ち止まってしまうライダーがしばしば見られる。もし、彼らが新しいシマノのチェーン&チェーンリングを使っていたなら、そのようなロスタイムは防げるはずだ。
もうひとつ、クランクにおいて注目しておきたい要素として、Qファクターの変化を挙げておきたい。レースシーンにターゲットを絞ったXTRでは、最少Qファクターが162mm(FC-M9100)。それがDEORE XT/SLX(FC-M8100/FC-M7100)では172mmとなっている。
一般的に、ペダリング効率に絞ると、ある程度Qファクターが狭い方が良いとされている。たとえばデュラエース(FC-R9100)のQファクターは146mmだ。しかし、Qファクターを狭くすると、悪路でバランスが取りにくくなってしまう。たとえば電車の中で、手すりを持たずに立っていることを想像してみて欲しい。両足を揃えるよりも、肩幅ぐらい(もしくはそれより少し広め)に足を開いた方がヨロけないはずだ。
DEORE XT/SLXは、このような理論に基づき、さらにはフレームの設計によってはより幅広なチェーンステー位置を実現できるようになっている。そしてこの172mmというQファクターは、実は今までの同グレードのクランクとしては最小値であり、たとえばFC-M8000の実測値は174mmだったのである。
ペダリング効率と、レクリエーションとしての楽しさの両立。些細な数値ではあるが、DEORE XT/SLXでは、その点も深く配慮されてることは見逃せない。
今回試乗したのは、DEORE XTグレード/Jベンドスポーク/29インチ/リム内寸24mmという仕様。想定されているタイヤ幅は2.00-2.35インチで、極めてスタンダードなXC&マラソン系ホイールである。その使用感で最初に気づくのは、トルクの伝達がとても早いということである。ラチェットのエンゲージに必要な最大角度はわずか9度だという。
たとえば上りの途中で障害物を越える際、クランクを『ちょい逆回転』させてペダルの踏み位置を合わせる、ということはしばしば要求されるが、その『ちょい逆回転』させたあとの踏み込みで、すぐにRハブが噛み合ってトルクが掛けられるのだ。タイヤの外径が大きくなるほど、この角度の小ささが重要になり、かつてスタンダードだった18ノッチ(エンゲージ角約20度)や24ノッチ(エンゲージ角約15度)のホイールをこの後に使うと、『スカっと踏み抜いてしまったか?』と誤解することになる。
さらに個人的には、今後登場するDEORE XTグレード/ストレートプルスポークに期待を寄せている。ブレーキのダイレクト感に関しては、Jベンドのスポークよりも高まることが期待され、パッドがローターにコンタクトした瞬間が把握しやすくなる。ホイールの高剛性化を含めて、加減速時やコーナリングで繊細なコントロールがしやすくなるはずだ。
フリーボディのマイクロスプライン化やI-SPEC EVといった新プラットフォームの導入は、MTBの次世代を見据えた正当な進化となっている。そして、新型DEORE XT/SLXの登場は、間違いなくその普及を後押しすることになるだろう。
スプロケット&チェーンに込められたハイパーグライド+、細かなラチェットの後輪などはその好例で、ライディングのクオリティを次の次元へと押し上げてくれる。そんな新しい世界は、New XTR / DEORE XT / SLXを手にしたライダーだけに訪れる。
M8100系DEORE XT、およびM7100系SLXの発表直後に用意されたテストバイクは、ともに1×12速/2ピストンブレーキ/DEORE XTグレードのJベンドスポークホイールという仕様。1周14km(1時間強)の、そして〝超〟が付くほどの本格的なテスト用トレイルが用意され、変速/ブレーキに対して高負荷な環境下での試乗が実現したのである。
このメディアキャンプでの現地インプレッションを担当するのはMTBジャーナリストの鏑木裕(かぶらぎ・ゆたか)氏。元サイクルスポーツ専門誌記者にして、自ら開店したMTBショップ「轍屋」オーナーを経て、現在はMTBフレームのプロデュースまでを手がける。すでに新型XTR仕様のバイクを駆るエリート選手のメカニックをつとめるなど、シマノの歴代MTBコンポのすべてを良く知る人物だ。
ここからはさっそく氏がテストライドで得たインプレッションを綴ろう。
ブレーキレバー
わずかなアップデートで効果絶大。フィーリングの向上を見逃すな!
鏑木:まずはメンテナンスを行うメカニックの視点で、ブレーキ周辺から話を進めよう。そもそもMTBパーツにおいて、ここ数年のシマノの油圧ディスクブレーキの安定性は素晴らしく、常時変わらない軽快なレバータッチ、制動時のパッドやローターの温度管理(ヒートアップしない)、組み付ければエア抜きしやすく、オイルも吸湿しない。前モデルのBR-M8000の時点で「これ以上どこを改善するのだろうか? 」と思っていた折りにリリースされたM9100系XTR。その設計をそのまま受け継ぐこととなった。
新XTR、DEORE XT、SLXのブレーキレバーの進化の共通点は、レバーを固定するクランプバンド位置と形状にある。それまでのレバーがグリップ側でクランプしていたのに対して、新世代ではマスターシリンダーの中央部でハンドルに固定される。そして、グリップ側ギリギリのところに、ハンドルバーに接するコンタクトポイントを設けて、2点でブレーキレバーを支えているのだ。小さな変化だが、この効果は非常に大きい。
ブレーキレバーのクランプ固定バンドやボルトを強化することなく、テコの原理を利用してブレーキング時にレバーにかかる力の反作用により撓まないレバーとするアイデア。重量増なくかっちりとしたレバー剛性を生み出す新構造なのである。
固定ネジの締め付けトルクが小さくても、レバータッチが悪化しない。それどころか、第2のコンタクトポイントがスタビライザーの役割を果たたすことで、旧タイプよりも断然カッチリする。ピストン径などは同一なので、計算上の制動力は変わらないのだが、体感的にはこの剛性アップの分だけ制動力が増したように感じられ、コントロールの幅が広がっているのだ。
もちろん旧レバーからの交換だけでもこの性能向上を手にすることは可能。しかし、気をつけなければいけないのはシフターや各種リモートレバーとの共存である。クランプ位置が変わり、シフターと一体化させるフォーマットも〝I-SPEC Ⅱ〟から〝I-SPEC EV〟へと変更されているからだ。このため、必要に応じてシフターやリモートレバーも交換しなくてはならない。
XTRのようにマグネシウム合金やカーボン素材は使われないが、〝制動〟というブレーキ本来の機能はBL-M8100(XT)でも何ら遜色ないレベルである。そして、このレバータッチと制動性能に関しては、BL-M7100(SLX)ですら同等レベルに達している。ただし、 BL-M7100にはフリーストローク調整機能が付かないため、『ちょっとレバーの遊び量を増やしたい(もしくは減らしたい)』といった繊細な調整には対応しない。このあたりはグレード通りの序列と言えよう。
ブレーキキャリパー
放熱性と相談しながら、2ピストン/4ピストンを選択すべし
ブレーキキャリパーは、実はM8000系DEORE XTからは大きくは変化していない。ピストン径なども一緒で、パッドも2ピストン/4ピストンともに流用可能。ただし、ブレーキパッドに関しては、下記の2点に注意する必要がある。4ピストンのフィン形状 4ピストンに関しては、パッドに付けられたラジエターフィンのデザインが変更された関係で、キャリパー形状が異なる。このため、旧フィン付きパッドは新4ピストンキャリパーへは取り付けられない(フィン無しパッドは流用可能)。M9100系XTRから採用されたこの新型4ピストンキャリパーは、XTR用に発売されているN03A(レジン)/N04C(メタル)のパッドがそのまま使われ、放熱性が最大化される。
2ピストン用パッドはXTRと非互換 2ピストンのブレーキキャリパーはXTR(BR-M9100)では小型化されていた。それはロード用に発売されているフラットマウント規格のパッドを使うことで小型・軽量化を実現したものだったが、DEORE XTのBR-M8100は、前モデルBR-M8000と同じコンストラクションとなった。ブレーキパッドはG03S/G03A/J03A(レジン)、あるいはG04S/J04C (メタル)を流用することになる。
軽量化を追求したブレーキキャリパーの小型化は、シェルの表面積も減らすこととなり、それは即ち放熱性を悪化させかねない。あらゆる使用環境が想定されるDEORE XT以下のグレードには、超軽量性よりも汎用性が求められるのだ。
さて、4ピストンは2ピストン比で約10%の制動力向上が見込まれるが、どちらを選ぶかは放熱性、タイヤ幅(接地面積)、ライダーの体重、そしてサスのストローク量などが絡んでくる。近年のMTBはタイヤ幅がワイド化する傾向にあったため、4ピストンへのニーズが強まっている。しかし一方で、XC&エンデュランス的な使い方においては、ハイグリップなタイヤを使用するユーザーは多くはない。
個人的にはノブの低いセミスリック系タイヤを好むので、2ピストンの方が中低速域でのシビアなコントロールがしやすいと感じているのだが、4ピストンの制動マージンの高さを一度知ってしまうと、おそらく4ピストン推しになってしまうことだろう。
そしてローターがマイナーチェンジしたことも見逃せないポイントとして挙げておきたい。これまでのSM-RT81も軽量性と放熱性が両立された3層構造ではあったが、新型のRT-MT800ではXTR(RT-MT900)同様に、ヒートシンクエリアが大型化されることになった。その分だけ厳しい環境下でも安定した制動力を発揮できるようになるということ。そしてこの新型ローターは今までのM8000/M7000系ユーザーも使用できるので、手軽なブレーキチューンナップ術としても活用されることになるだろう。
160mmローターでのDEORE XTでの重量は、XCスタイルで392g(BR-M8100/BL-M8100)、エンデューロスタイルで410g(BR-M8120/BL-M8100)に収まっている。
シフター
レバータッチはDEORE XTとSLXで味付けが異なる
ブレーキレバーとシフトレバーを一体化させる〝I-SPEC〟は今回で3世代目となる。初代I-SPEC、ブレーキクランプと共締めするI-SPEC Ⅱ、そして今回のI-SPEC EVだ。世代が進む毎にシフター固定位置の調整範囲が増え、指先のアクセスが向上している。
固定位置の自由度だけでいえば、ブレーキレバー/シフトレバーともに、それぞれバンド止めにしてしまえば良いのだが、昨今のハンドル周りはギミックや各種電子デバイスの増加に従って煩雑になりがちであり、クランプバンドの共用は避けられないのだ。
I-SPEC EV化によってフィジカル面での恩恵を受けるのは、欧米人に比べ比較的手が小さく指が短い日本人を含むアジア人や、とりわけ女性などで、〝欲しい位置〟にシフターを取り付けやすくなる。これは究極的に言えば、中指でブレーキを操作しながら親指(もしくは人差し指)でギヤチェンジをするといったような、一昔前のクルマで言う〝ヒール&トウ〟のような操作をも可能にする。スピードの増減に応じて、最適なギヤを素早く選択しやすくなるのだ。
そのようなI-SPEC EVというインターフェイスがXTR/DEORE XT/SLXで共通化されているのに対して、シフターのレバータッチ自体は味付けが異なる。
DEORE XTは、XTR同様にクリック感が強め。複数段を一気に変速しても、何段クリックしたかが把握しやすくなっている。速く走るためには、ときとして最適なギヤポジションを即座に選べるということでもある。XTRとDEORE XTはそのような視点から設計されている。
対してSLXはクリック感が弱めてあり、単純に指先に込める力自体は上位2グレードに比べて小さくてもギヤチェンジが可能だ。もし、古い世代のMTBパーツを使った経験があるのなら、リア9スピード時代のような味付けがされているといったら伝わりやすいかもしれない。SLXではファンライド的な視点が加味されているのだ。これは必ずしも〝デチューン〟という訳ではなく、たとえば女性や握力の弱いユーザーが、あえてシフターだけSLXを組み合わせる〝チューニング〟も、今後は十分に考えて良いはずだ。
スプロケット/チェーン/RD
ストレス半減のギヤチェンジを体感せよ!
シフターというインターフェイスとともに、トランスミッションを構成するのがリアディレーラー/スプロケット/チェーンという、ドライブトレインである。そして今回のモデルチェンジでは、XTRのスペックを踏襲したリア12スピード化と、トップ10Tを実現するスプロケット、そして、それらをコントロールする大型13Tプーリーを採用したリアディレイラーである。
多段化やトップスプロケットの小型化は、フロントをシングル化した際のトップスピードの伸びや、激上りでのギヤ比低減は容易に想像できるメリットであろう。欲しかった「あと1枚」が実現されているのだから。しかし、ライド全般において言うなら、ハイパーグライド+(プラス)こそ大きなベネフィットとなっている。
ハイパーグライド+は、M9100系XTRから採用された歯先形状である。トップ→ローへのシフトダウンの変速性能は、既存の〝ハイパーグライド〟でも十分に歯切れが良かった。そこに、ロー→トップへのシフトアップの変速性能を加味したのが〝+〟で、チェーンが隣のスプロケットへ乗り移る際の変速ショックがなく、その作動スピードも速められている。シマノによると、変速に掛かる時間は約1/3に短縮されているという。
たとえば先が見通せる平地や緩い上りで、力強くペダリングしながらシフトアップするシーン。変速時にチェーン~クランクを介して足裏に伝わるショックがあきらかに小さい。この〝チェーン離れ〟に関して言えば、1/3どころか「9割減」的な感覚だ。
シフトアップでの歯切れの良さ、変速ショックの小ささは、ペダルを強く踏み込みながらの変速を可能にする。従来であれば、チェーンが隣の歯先に乗り移るその瞬間だけ、フッと脚の力を抜くことでチェーントラブルを防いでいたが、その必要性を感じさせないのだ。
これは単純に『変速性能が向上しました』ということにとどまらない。速度や路面変化の影響を受けず、一定のペダリングをキープできるようになり、リズムを乱されない安定したペダリングが実現されるのだ。このハイパーグライド+のスプロケットを使いたいがために、生まれ変わったXTR/DEORE XT/SLXというシマノのMTBコンポを揃えたいと思えるほど魅力的な性能向上である。
クランクセット
小さな摺動抵抗と優れたチェーン保持性を両立
クランクセットは、単純なようでいて実は近年大きく進化している部分でもある。ここでは、試乗車にも装着されていたフロントシングル仕様を中心に話を進めていきたい。
フロントのシングル化に伴い、MTBにおけるチェーンリングの歯先形状は大きく変化した。チェーン外れを防ぐために、歯先のデザインはチェーンがガッチリ噛み合うように再設計され、それは厚い歯先と薄い歯先を繰り返すデザインに象徴されている。
しかし一方で、両者の嵌合が強すぎると摺動抵抗が増えてしまい、ペダリングの踏力がロスしてしまう。そこでシマノの新型MTBチェーンでは、内プレートとチェーンリングの歯先のエッジを斜めにカットし、今までのシングル仕様ギアが持っていた抵抗というネガを大幅に軽減したのだ。この効果は、チェーンラインが乱れ(チェーンが斜めに掛かって)、しかもチェーンテンションが高まるローギヤで現れる。チェーンの振動横方向への振動が、従来の製品に比べてあからさまに小さいためだ。
足裏で感じる抵抗の差は微々たる違いかもしれないが、この振動が増幅された先に存在するのがクランクでのチェーン外れなのである。たとえば、日本のMTBトップリーグであるCJ(クップ・ド・ジャポン)のエリートレースにおても、チェーンが外れて立ち止まってしまうライダーがしばしば見られる。もし、彼らが新しいシマノのチェーン&チェーンリングを使っていたなら、そのようなロスタイムは防げるはずだ。
もうひとつ、クランクにおいて注目しておきたい要素として、Qファクターの変化を挙げておきたい。レースシーンにターゲットを絞ったXTRでは、最少Qファクターが162mm(FC-M9100)。それがDEORE XT/SLX(FC-M8100/FC-M7100)では172mmとなっている。
一般的に、ペダリング効率に絞ると、ある程度Qファクターが狭い方が良いとされている。たとえばデュラエース(FC-R9100)のQファクターは146mmだ。しかし、Qファクターを狭くすると、悪路でバランスが取りにくくなってしまう。たとえば電車の中で、手すりを持たずに立っていることを想像してみて欲しい。両足を揃えるよりも、肩幅ぐらい(もしくはそれより少し広め)に足を開いた方がヨロけないはずだ。
DEORE XT/SLXは、このような理論に基づき、さらにはフレームの設計によってはより幅広なチェーンステー位置を実現できるようになっている。そしてこの172mmというQファクターは、実は今までの同グレードのクランクとしては最小値であり、たとえばFC-M8000の実測値は174mmだったのである。
ペダリング効率と、レクリエーションとしての楽しさの両立。些細な数値ではあるが、DEORE XT/SLXでは、その点も深く配慮されてることは見逃せない。
ホイール
ラチェット角9度がもたらす素早いトルク伝達
M9100系にはXTRグレードとしての完組ホイールが用意されていなかった。しかし、新規格マイクロスプラインを搭載したハブ、そしてホイールがDEORE XT&SLXグレードで一気に充実する。今回試乗したのは、DEORE XTグレード/Jベンドスポーク/29インチ/リム内寸24mmという仕様。想定されているタイヤ幅は2.00-2.35インチで、極めてスタンダードなXC&マラソン系ホイールである。その使用感で最初に気づくのは、トルクの伝達がとても早いということである。ラチェットのエンゲージに必要な最大角度はわずか9度だという。
たとえば上りの途中で障害物を越える際、クランクを『ちょい逆回転』させてペダルの踏み位置を合わせる、ということはしばしば要求されるが、その『ちょい逆回転』させたあとの踏み込みで、すぐにRハブが噛み合ってトルクが掛けられるのだ。タイヤの外径が大きくなるほど、この角度の小ささが重要になり、かつてスタンダードだった18ノッチ(エンゲージ角約20度)や24ノッチ(エンゲージ角約15度)のホイールをこの後に使うと、『スカっと踏み抜いてしまったか?』と誤解することになる。
さらに個人的には、今後登場するDEORE XTグレード/ストレートプルスポークに期待を寄せている。ブレーキのダイレクト感に関しては、Jベンドのスポークよりも高まることが期待され、パッドがローターにコンタクトした瞬間が把握しやすくなる。ホイールの高剛性化を含めて、加減速時やコーナリングで繊細なコントロールがしやすくなるはずだ。
まとめ
使うほど乗るほど、トータルで堪能したい性能のDEORE XT&SLX
ジローナの極上トレイルでの丸一日を費やしてのテストライドという、極めて充実した時間を過ごすことができた。そしてこの間、クランク周りやブレーキ、スプロケットなどを可能な限りバラして再組み立てもし、細部の煮詰め具合も観察することができた。フリーボディのマイクロスプライン化やI-SPEC EVといった新プラットフォームの導入は、MTBの次世代を見据えた正当な進化となっている。そして、新型DEORE XT/SLXの登場は、間違いなくその普及を後押しすることになるだろう。
スプロケット&チェーンに込められたハイパーグライド+、細かなラチェットの後輪などはその好例で、ライディングのクオリティを次の次元へと押し上げてくれる。そんな新しい世界は、New XTR / DEORE XT / SLXを手にしたライダーだけに訪れる。
取材・文:鏑木裕 写真:綾野真 構成:シクロワイアード編集部 提供:シマノ