「お気をつけて、行ってらっしゃい」。
ポンプとツールを貸し出してくれた、カウンターデスクの女性に見送られて空港を後にする。いつだって見送りを受けるのは良い気分だ。しかもここは空の玄関口である大分空港。こんな場所に自転車乗りのための更衣室とメンテナンススペースが用意されているなんて、全国的にも他に聞いたことがない。輪行上級者ぶってみたところで、やはりフロアポンプが使えるのは便利だし、工具が備え付けられていれば安心感は段違い。個室でさっと着替えを済ませ、とにかく僕らは北に向けて走り出した。
砂浜が広がる黒津崎にあるショートサイクリングコース。看板が目印で分かりやすい
裏道感覚で楽しめる黒津崎サイクリングコース
白い砂と青い海のコントラストを楽しめる黒津崎海岸。水の透明度も高かった
国東市サイクリングターミナル。レンタサイクルや道の駅、地元の味も楽しめる旅の拠点
国東市サイクリングターミナルではレンタサイクルの準備も
伊予灘と周防灘に突き出した国東半島の形を例えるなら、「フジツボ」か、お菓子の「アポロ」だろうか? 内陸部は標高721mの両子山を中心に丘陵地と谷が海岸に向かって放射状に伸びていて、海岸と少しばかりの平地以外はほとんど山。マップを見れば、コアな自転車乗りなら胸がときめいてしまうであろう、つづら折れの線が深く刻み込まれている。
今回走ったのは大分空港から出発し、半島反対側のつけねにあたる豊後高田市の「昭和の街」を目指すルート。ツール・ド・国東にも使われる海岸線沿いの国道213号をぐるりと60kmほど走る、ビギナーでも楽しめるモデルコースだ。
気候区分で分けるなら、国東半島は瀬戸内式気候にあたるという。つまり、年間を通じて降水量が少なく、冬も晴れる日が多いという、サイクリングに絶好なロケーション。取材に訪れた当日も空はすっきりと晴れ渡り、魚介類の豊かな漁場でもある伊予灘の青は、まさしく南国のそれだった。
小さな漁港をサイクリングロードがまたぐ。海の青さが南にいることを教えてくれた
遠くに姫島を望む海岸線。石畳に気分はフランドルクラシックレース?
国道を外れると、交通量のほとんど無い旧道が現れた
大分空港からの20kmほどは、国道沿いにサイクリングコースが走っている。旧国道と、1966年までこの地にあった大分交通国東線の廃線跡を使うもの。砂浜やひなびた漁港集落を横目に走るので、この地域の生活感がダイレクトに伝わってくる。
あちこちに干されている魚の干物を気にしつつ、来浦の海水浴場を過ぎればアップダウン区間が始まった。国東半島北側は尾根が海へと落ち込んでいるため、小さな入り江と岬が連続するリアス式海岸になっている。国道には長大トンネルも少なくないが、そのほとんどに交通量の無い旧道が残されているので、迷うことなくそちらを選択。ワクワクしながら「旧道」や「回り道」の方にハンドルを切ってしまうのは、自転車乗りの性だろうか。
姫島のタコが味わえる道の駅くにみ。かわいいタコのオブジェも
柑橘類も大分の名産品。取材に訪れた時にははっさくが一番美味しい季節だった
くにみふるさと展示館・城山亭で頂いた500円ランチ。地物食材を使った料理はどれも美味でした
しばらく進むと、沖合に姫島を望む「道の駅くにみ」が見えてくる。今回は時間外で泣く泣くスルーしてしまったが、こちらでは姫島の名産である蛸を使ったたこ飯や、甘辛く味付けした太刀魚の丼が頂ける。特産である柑橘類をはじめとした物産も充実しているので、時間があればぜひ立ち寄ってみて欲しい。取材の時期は「はっさく」が旬を迎えていた。
今回は取材にかこつけて、2回もお昼を食べてしまった(笑)。国の登録有形文化財にも指定されている庄屋屋敷を使った国見ふるさと展示館の地物料理御膳と、もう少し先にある香々地サンウエスタンの小海老かき揚げ丼。お膳は太刀魚の天ぷらが美味しかったし、かき揚げ丼はもともとこの土地で食べられてたメニューをB級グルメブームに乗って広めたものなんだとか。新鮮な海老の風味は言わずもがなだし、甘いタレをかけて食べるスタイルは初めて。首都圏では絶対に知り得ないこんな体験こそ、旅の醍醐味ではなかろうか。
縁結びの神様である粟嶋神社。展望台からは周防灘が見渡せた
起伏のある長崎鼻でプチヒルクライム
周囲にデートスポットが点在する風光明媚な「恋叶ロード」を行く。程よいアップダウンが心地よい
「チームラボギャラリー真玉海岸」暗闇の中に四季の花々が360度全ての壁面に途切れることなく投影されていた
温暖な気候を活かしたひまわりや菜種の油は特産品。製造まで全て自家製だ(長崎鼻shop OLIO)
アップダウンのある国道を進んでいると、「恋叶ロード」というロードサインが目に飛び込んでくる。これは縁結びの神様である「粟嶋神社」や、長崎鼻にあるオノ・ヨーコ氏の作品である短冊に願い事を書いて結びつける祈願スポット「念願の木」、アートギャラリー、そして日本の夕陽100選に選ばれた「真玉海岸」など、ロマンティックなスポットがぎゅっと凝縮されたエリアに則ったもので、有名なデートスポットなんだそう。
途中立ち寄った『チームラボギャラリー真玉海岸』では、2014年に開催された国東半島芸術祭で人気を博したインスタレーション作品『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる-Kunisaki Peninsula』が常設展示されていた。この参加型のアート作品は、暗闇の中に四季の花々が360度全ての壁面に途切れることなく投影され、人が近づいたり遠ざかったりすることで散っては咲きを繰り返す。自然と人との関係性を考えながら美しく静かな四季の変化に身を委ねていると、ほのかに心が癒やされるようだった。
マテ貝ととり天、唐揚げ。どれも国東半島の名物料理
蕎麦や採りたてのマテ貝を頂いた蕎麦カフェ「SOBA CAFE ゆうひ」のご主人
大分のソウルフードと言えば、専門店もたくさん存在する唐揚げ。親戚の集まりごとには必ず出るメニューだとか。
この地方で昔から食べられているという、おやきのようなお菓子。中にさつま芋が入っているのも九州らしい
この日最後の休憩に立ち寄ったのは、日本の夕陽百選に選ばれた真玉海岸に面した蕎麦カフェ「SOBA CAFE ゆうひ」。手打ちのそば(大分は西日本有数のそば収穫量なんだとか)や、目の前の浜で獲れたばかりの新鮮な「マテ貝」、さらにはこの地域の集まりごとには必ず出るという唐揚げ、とり天もオーダーしてしまい、前傾姿勢が取れないほどお腹いっぱいに。その後は海岸線に沈む夕陽を眺め、レトロな「昭和の街」を訪ね、「湯の里渓泉」の温泉に浸かったのだった。
真玉海岸に沈む夕日を眺める。日本の夕陽百選に選ばれたのも納得の光景が広がった
古き良き町並みを使った豊後高田市の「昭和の町」。昔懐かしの様々な展示品が迎えてくれた
真玉海岸の夕陽を横目に勾配を駆け上がる
全国NO.1の湧出量を誇る大分の温泉 一日のライドの汗と疲れを洗い流すのは至福のひと時
急峻な山地が続く国東半島だが、その沿岸部は走りやすい環境が続く、絶好のサイクリングスポットだった。そんな最高のライドを満喫した後はもちろん温泉へ。両子山の中腹にある「湯の里 渓泉」は、いかにも温泉といった趣の、硫黄臭が特徴的な名湯。芯まで温められれば、翌日のライドはより楽しみになろうというものだ。
肩までお湯に浸りながら今日のライドを思い返す。きらめく海、白い砂浜、漁港風景、穏やかなアップダウン。その一つ一つがローカルな表情をまといながら、自転車のスピードに合わせて登場する様は、まるでロードムービーを観ているかのよう。有名観光地ではないからこそ感じることのできる、飾らない、あたたかな風景がそこにはあった。
取材:CW編集部
ポンプとツールを貸し出してくれた、カウンターデスクの女性に見送られて空港を後にする。いつだって見送りを受けるのは良い気分だ。しかもここは空の玄関口である大分空港。こんな場所に自転車乗りのための更衣室とメンテナンススペースが用意されているなんて、全国的にも他に聞いたことがない。輪行上級者ぶってみたところで、やはりフロアポンプが使えるのは便利だし、工具が備え付けられていれば安心感は段違い。個室でさっと着替えを済ませ、とにかく僕らは北に向けて走り出した。





伊予灘と周防灘に突き出した国東半島の形を例えるなら、「フジツボ」か、お菓子の「アポロ」だろうか? 内陸部は標高721mの両子山を中心に丘陵地と谷が海岸に向かって放射状に伸びていて、海岸と少しばかりの平地以外はほとんど山。マップを見れば、コアな自転車乗りなら胸がときめいてしまうであろう、つづら折れの線が深く刻み込まれている。
今回走ったのは大分空港から出発し、半島反対側のつけねにあたる豊後高田市の「昭和の街」を目指すルート。ツール・ド・国東にも使われる海岸線沿いの国道213号をぐるりと60kmほど走る、ビギナーでも楽しめるモデルコースだ。
気候区分で分けるなら、国東半島は瀬戸内式気候にあたるという。つまり、年間を通じて降水量が少なく、冬も晴れる日が多いという、サイクリングに絶好なロケーション。取材に訪れた当日も空はすっきりと晴れ渡り、魚介類の豊かな漁場でもある伊予灘の青は、まさしく南国のそれだった。



大分空港からの20kmほどは、国道沿いにサイクリングコースが走っている。旧国道と、1966年までこの地にあった大分交通国東線の廃線跡を使うもの。砂浜やひなびた漁港集落を横目に走るので、この地域の生活感がダイレクトに伝わってくる。
あちこちに干されている魚の干物を気にしつつ、来浦の海水浴場を過ぎればアップダウン区間が始まった。国東半島北側は尾根が海へと落ち込んでいるため、小さな入り江と岬が連続するリアス式海岸になっている。国道には長大トンネルも少なくないが、そのほとんどに交通量の無い旧道が残されているので、迷うことなくそちらを選択。ワクワクしながら「旧道」や「回り道」の方にハンドルを切ってしまうのは、自転車乗りの性だろうか。



しばらく進むと、沖合に姫島を望む「道の駅くにみ」が見えてくる。今回は時間外で泣く泣くスルーしてしまったが、こちらでは姫島の名産である蛸を使ったたこ飯や、甘辛く味付けした太刀魚の丼が頂ける。特産である柑橘類をはじめとした物産も充実しているので、時間があればぜひ立ち寄ってみて欲しい。取材の時期は「はっさく」が旬を迎えていた。
今回は取材にかこつけて、2回もお昼を食べてしまった(笑)。国の登録有形文化財にも指定されている庄屋屋敷を使った国見ふるさと展示館の地物料理御膳と、もう少し先にある香々地サンウエスタンの小海老かき揚げ丼。お膳は太刀魚の天ぷらが美味しかったし、かき揚げ丼はもともとこの土地で食べられてたメニューをB級グルメブームに乗って広めたものなんだとか。新鮮な海老の風味は言わずもがなだし、甘いタレをかけて食べるスタイルは初めて。首都圏では絶対に知り得ないこんな体験こそ、旅の醍醐味ではなかろうか。





アップダウンのある国道を進んでいると、「恋叶ロード」というロードサインが目に飛び込んでくる。これは縁結びの神様である「粟嶋神社」や、長崎鼻にあるオノ・ヨーコ氏の作品である短冊に願い事を書いて結びつける祈願スポット「念願の木」、アートギャラリー、そして日本の夕陽100選に選ばれた「真玉海岸」など、ロマンティックなスポットがぎゅっと凝縮されたエリアに則ったもので、有名なデートスポットなんだそう。
途中立ち寄った『チームラボギャラリー真玉海岸』では、2014年に開催された国東半島芸術祭で人気を博したインスタレーション作品『花と人、コントロールできないけれども、共に生きる-Kunisaki Peninsula』が常設展示されていた。この参加型のアート作品は、暗闇の中に四季の花々が360度全ての壁面に途切れることなく投影され、人が近づいたり遠ざかったりすることで散っては咲きを繰り返す。自然と人との関係性を考えながら美しく静かな四季の変化に身を委ねていると、ほのかに心が癒やされるようだった。




この日最後の休憩に立ち寄ったのは、日本の夕陽百選に選ばれた真玉海岸に面した蕎麦カフェ「SOBA CAFE ゆうひ」。手打ちのそば(大分は西日本有数のそば収穫量なんだとか)や、目の前の浜で獲れたばかりの新鮮な「マテ貝」、さらにはこの地域の集まりごとには必ず出るという唐揚げ、とり天もオーダーしてしまい、前傾姿勢が取れないほどお腹いっぱいに。その後は海岸線に沈む夕陽を眺め、レトロな「昭和の街」を訪ね、「湯の里渓泉」の温泉に浸かったのだった。




急峻な山地が続く国東半島だが、その沿岸部は走りやすい環境が続く、絶好のサイクリングスポットだった。そんな最高のライドを満喫した後はもちろん温泉へ。両子山の中腹にある「湯の里 渓泉」は、いかにも温泉といった趣の、硫黄臭が特徴的な名湯。芯まで温められれば、翌日のライドはより楽しみになろうというものだ。
肩までお湯に浸りながら今日のライドを思い返す。きらめく海、白い砂浜、漁港風景、穏やかなアップダウン。その一つ一つがローカルな表情をまといながら、自転車のスピードに合わせて登場する様は、まるでロードムービーを観ているかのよう。有名観光地ではないからこそ感じることのできる、飾らない、あたたかな風景がそこにはあった。
取材:CW編集部
提供:サイクリングおおいた 取材:CW編集部