5月4日(土)、7年ぶりに開催された山田裕司さんの個展『Ride to Adoration』を訪ねた。山田さんは自身もサイクリストであり、スポーツサイクリングの世界を描いた作品を数多く発表しているアーティストだ。筆者が山田さんの個展を訪れるのは2015年、2017年に続き、3回目。前回の『Find Your Own View』展からの作風の変化などを新作から探ってみた(前回、前々回の個展の模様は、当記事下部にある「関連ニュース」をご参照ください)。
「Dancing in natural light(写真左)」、「Himalayan Salt Matte」等、女性サイクリストを描いた作品が多く見られた photo: Yuichiro Hosoda 中央の「Izora, Slovenia」は男性だが、左の「Hunt」、右の「Toward the Light」は女性サイクリストを描いている photo: Yuichiro Hosoda 当個展のメインビジュアルにもなった『Cyclist and Seagulls』に代表されるような、人物以外の生物が画面に加わってきたことも特筆すべき点だ。当初は山田さん自身が独りで海を描く姿を模していた『海辺の画家』にも、繁茂する前景の草などと共に、自身に寄り添う犬が加筆されている。『Into the Wild』に見られる草木のうねりなど、自然そのものが生み出す直線的でない空気の流れが表現され、新たな躍動感が加わった作品も。
今回の個展のメインイメージにもなっていた「Cyclist and Seagulls」(2024/46×38cm/acrylic on canvas) photo: Yuichiro Hosoda 人物だけでなく、鳥や犬といった生物が描かれるようになった点にも変化が感じられる photo: Yuichiro Hosoda雑誌「Bicycle Club」の企画時に描かれた作品「海辺の画家」(2022-24/46×38cm/acrylic on canvas)。今年に入り、犬や繁茂する草などが加筆され、明るく優しい印象に photo: Yuichiro Hosoda
「Into the Wild」(2024/73×52cm/acrylic on canvas)。草木の揺らぎ方から風のうねりを感じられる photo: Yuichiro Hosoda これらを通して感じられたのは、サイクリストと自然や生物と言ったもの達との緩やかな交流だ。レースやシリアスライドともなれば、ライバルに加えて、自然にも立ち向かうような形になるわけだが、今回はそれらを描いたと思しき作品は、レース中の集団を描いた『Chasing Group』、遠くに見える雨雲へと向かう『Ride in the Desert』、あるいは『120針』と言う小作品の数点のみに留まっている。描く対象の比重が大きく前者に傾いた格好だ。
山田さんは以前から「暗い場所や影を描く時も黒を使わずに他の色を混ぜ合わせて出すようにしている」のだが、その陰影についても明るめの色彩を帯びた作品が増えた。前回の『Find Your Own View』展でもその傾向は見られたが、今回はよりそれが強まったように思われる。
「120針」(2024/27×22cm/acrylic on canvas) photo: Yuichiro Hosoda「やるべきことからの開放(写真左)」、「Ride in the Desert(写真右)」 photo: Yuichiro Hosoda
「Chasing Group」(2024/51×36cm/acrylic on canvas)今回、レースシーンを想起させる作品はこの1点に絞られていた photo: Yuichiro Hosoda
個展の表題『Ride to Adoration』の『Adoration』は、辞書を引くと「(神への)崇拝、憧れ、愛慕」と言った単語が並ぶ。新作群を見るに、山田さんが意識しているのは神の存在と言うよりも、まだ見ぬ情景への憧れ、それを目指して走ることを示しているのだろう。話の中で、2020〜2022年までのコロナ禍での渡航制限により、行きたくても辿り着けなかった景色があると聞き、その想いの一端を窺い知れた。
オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載。アメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などでも入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載等、多数の実績を重ねている。