2024/06/05(水) - 12:05
5月4日(土)、7年ぶりに開催された山田裕司さんの個展『Ride to Adoration』を訪ねた。山田さんは自身もサイクリストであり、スポーツサイクリングの世界を描いた作品を数多く発表しているアーティストだ。筆者が山田さんの個展を訪れるのは2015年、2017年に続き、3回目。前回の『Find Your Own View』展からの作風の変化などを新作から探ってみた(前回、前々回の個展の模様は、当記事下部にある「関連ニュース」をご参照ください)。
当個展の開催期間は5月1日(水)〜5月6日(日)、場所は7年前と同じく吉祥寺の「ギャラリー イロ」。このギャラリーは小さなスペースではあるが、直射日光が入りこまない向きに窓が配されており、作品への紫外線の影響を最小限に抑えている。開口の大きな窓により陽の光が間接的に部屋全体へ回り込むため、晴れの日でも作品が見やすい。
室内に柔らかい光が差し込む中、山田作品としては定番サイズと言っていい46×38cmのキャンバスが今回も多く並ぶ。展示全体を見回した第一印象は、以前よりも背景の描き込みが緻密に、明るいイメージの作品が増したように感じられた。
以前はプロレースや山道を行くシーンなど、スポーツサイクリングのシリアスでストイックな側面を感じさせる作品が多く見られたが、当展示の作品群は、緩やかな速度で走ったり、時に立ち止まったり、どちらかと言えばツーリングで見知らぬ土地を訪れた時の感動や、爽やかな気持ちを呼び起こしてくれるものが多い。
聞けば、女性サイクリスト主役に据えた作品を描くことが増えたと言う。確かに今回の展示を見渡してみると、その多くが女性サイクリストを中心に据えたものだった。女性の身体のラインは男性に比べ曲線的なので、画面にも柔らかみが出る。そういった点も作品の雰囲気の変化に一役買っているようだ。
その理由は自身の中でもはっきりしたものではないようだが、昨今女性サイクリストの地位が上がり、ワールドツアーを始めとした女子プロロードレースが日本のメディアでもフォーカスされるようになった事が影響しているかもしれない、とのこと。
当個展のメインビジュアルにもなった『Cyclist and Seagulls』に代表されるような、人物以外の生物が画面に加わってきたことも特筆すべき点だ。当初は山田さん自身が独りで海を描く姿を模していた『海辺の画家』にも、繁茂する前景の草などと共に、自身に寄り添う犬が加筆されている。『Into the Wild』に見られる草木のうねりなど、自然そのものが生み出す直線的でない空気の流れが表現され、新たな躍動感が加わった作品も。
これらを通して感じられたのは、サイクリストと自然や生物と言ったもの達との緩やかな交流だ。レースやシリアスライドともなれば、ライバルに加えて、自然にも立ち向かうような形になるわけだが、今回はそれらを描いたと思しき作品は、レース中の集団を描いた『Chasing Group』、遠くに見える雨雲へと向かう『Ride in the Desert』、あるいは『120針』と言う小作品の数点のみに留まっている。描く対象の比重が大きく前者に傾いた格好だ。
山田さんは以前から「暗い場所や影を描く時も黒を使わずに他の色を混ぜ合わせて出すようにしている」のだが、その陰影についても明るめの色彩を帯びた作品が増えた。前回の『Find Your Own View』展でもその傾向は見られたが、今回はよりそれが強まったように思われる。
個展の表題『Ride to Adoration』の『Adoration』は、辞書を引くと「(神への)崇拝、憧れ、愛慕」と言った単語が並ぶ。新作群を見るに、山田さんが意識しているのは神の存在と言うよりも、まだ見ぬ情景への憧れ、それを目指して走ることを示しているのだろう。話の中で、2020〜2022年までのコロナ禍での渡航制限により、行きたくても辿り着けなかった景色があると聞き、その想いの一端を窺い知れた。
しかし実際にそこへ行けぬことがあっても、山田さんは自らの創造力を持ってして作品を生み出し続けている。この先も経験する物事や旅の積み重ねを経て、 さらなる筆致の変化を見せてくれるだろう。
text & photo: Yuichiro Hosoda
山田 裕司 プロフィール
1985年鎌倉市生まれ。デザイン系専門学校でWebデザインを専攻していたが、モニター上だけで全て作品が完結し人間のセンスよりプログラミングが重視される流れに疑問を抱き独学で絵を描き始める。
当初は抽象的なコラージュ作品を制作し、アートイベントでのオークションやニューヨークでのグループ展を経験したが、日本のイラストレーションのコンペティションで野球選手をモチーフにした絵が入選したのをきっかけに、アスリートをテーマに絵を描き始める。自身がロードバイクに乗るようになったことから、以後スポーツサイクリングの世界を中心に制作を展開。
オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載。アメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などでも入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載等、多数の実績を重ねている。
当個展の開催期間は5月1日(水)〜5月6日(日)、場所は7年前と同じく吉祥寺の「ギャラリー イロ」。このギャラリーは小さなスペースではあるが、直射日光が入りこまない向きに窓が配されており、作品への紫外線の影響を最小限に抑えている。開口の大きな窓により陽の光が間接的に部屋全体へ回り込むため、晴れの日でも作品が見やすい。
室内に柔らかい光が差し込む中、山田作品としては定番サイズと言っていい46×38cmのキャンバスが今回も多く並ぶ。展示全体を見回した第一印象は、以前よりも背景の描き込みが緻密に、明るいイメージの作品が増したように感じられた。
以前はプロレースや山道を行くシーンなど、スポーツサイクリングのシリアスでストイックな側面を感じさせる作品が多く見られたが、当展示の作品群は、緩やかな速度で走ったり、時に立ち止まったり、どちらかと言えばツーリングで見知らぬ土地を訪れた時の感動や、爽やかな気持ちを呼び起こしてくれるものが多い。
聞けば、女性サイクリスト主役に据えた作品を描くことが増えたと言う。確かに今回の展示を見渡してみると、その多くが女性サイクリストを中心に据えたものだった。女性の身体のラインは男性に比べ曲線的なので、画面にも柔らかみが出る。そういった点も作品の雰囲気の変化に一役買っているようだ。
その理由は自身の中でもはっきりしたものではないようだが、昨今女性サイクリストの地位が上がり、ワールドツアーを始めとした女子プロロードレースが日本のメディアでもフォーカスされるようになった事が影響しているかもしれない、とのこと。
当個展のメインビジュアルにもなった『Cyclist and Seagulls』に代表されるような、人物以外の生物が画面に加わってきたことも特筆すべき点だ。当初は山田さん自身が独りで海を描く姿を模していた『海辺の画家』にも、繁茂する前景の草などと共に、自身に寄り添う犬が加筆されている。『Into the Wild』に見られる草木のうねりなど、自然そのものが生み出す直線的でない空気の流れが表現され、新たな躍動感が加わった作品も。
これらを通して感じられたのは、サイクリストと自然や生物と言ったもの達との緩やかな交流だ。レースやシリアスライドともなれば、ライバルに加えて、自然にも立ち向かうような形になるわけだが、今回はそれらを描いたと思しき作品は、レース中の集団を描いた『Chasing Group』、遠くに見える雨雲へと向かう『Ride in the Desert』、あるいは『120針』と言う小作品の数点のみに留まっている。描く対象の比重が大きく前者に傾いた格好だ。
山田さんは以前から「暗い場所や影を描く時も黒を使わずに他の色を混ぜ合わせて出すようにしている」のだが、その陰影についても明るめの色彩を帯びた作品が増えた。前回の『Find Your Own View』展でもその傾向は見られたが、今回はよりそれが強まったように思われる。
個展の表題『Ride to Adoration』の『Adoration』は、辞書を引くと「(神への)崇拝、憧れ、愛慕」と言った単語が並ぶ。新作群を見るに、山田さんが意識しているのは神の存在と言うよりも、まだ見ぬ情景への憧れ、それを目指して走ることを示しているのだろう。話の中で、2020〜2022年までのコロナ禍での渡航制限により、行きたくても辿り着けなかった景色があると聞き、その想いの一端を窺い知れた。
しかし実際にそこへ行けぬことがあっても、山田さんは自らの創造力を持ってして作品を生み出し続けている。この先も経験する物事や旅の積み重ねを経て、 さらなる筆致の変化を見せてくれるだろう。
text & photo: Yuichiro Hosoda
山田 裕司 プロフィール
1985年鎌倉市生まれ。デザイン系専門学校でWebデザインを専攻していたが、モニター上だけで全て作品が完結し人間のセンスよりプログラミングが重視される流れに疑問を抱き独学で絵を描き始める。
当初は抽象的なコラージュ作品を制作し、アートイベントでのオークションやニューヨークでのグループ展を経験したが、日本のイラストレーションのコンペティションで野球選手をモチーフにした絵が入選したのをきっかけに、アスリートをテーマに絵を描き始める。自身がロードバイクに乗るようになったことから、以後スポーツサイクリングの世界を中心に制作を展開。
オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載。アメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などでも入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載等、多数の実績を重ねている。
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