2017/07/19(水) - 08:58
スポーツサイクリングの世界を描く画家・山田裕司さんの個展『Find Your Own View』が6月30日(金)〜7月2日(日)に開催された。4度めの個展となる今回は、前回の『Find Your Own Road』展で見られた作風をより突き進めたもの。その新作群を展示当日の模様とともに紹介していく。
吉祥寺にあるギャラリー イロで開催された山田裕司『Find Your Own View』展 photo: Yuichiro Hosoda
サイクルスポーツの世界を描く画家、山田裕司さん photo: Yuichiro Hosoda
様々な年齢層の人達が会場に足を運び、作品に見入っていた photo: Yuichiro Hosoda
会場となったのは、東京・吉祥寺駅から歩いて7分ほどの『ギャラリー イロ』。「実際に見に来たら、会場の雰囲気や立地が自分の考えていたものとマッチしたので」とは山田さんの談。こじんまりとしてはいるが、リラックスして作品を鑑賞出来る空間だった。
中に入ると前回の作品から始まり、反時計回りに時系列で作品が並べられており、順に見ていくと作風や視点の変化も見て取ることが出来た。新作は全て46x38cmのキャンバスにアクリル絵の具で描かれている。
展示中最も多く並べられたのは、自らも参加したと言うRaphaのライドイベント『Rapha Prestige 上勝』を舞台にした連作。その画面はまさに一参加者たるサイクリストの視点と言って良く、特に『Green Road(上勝)』は、鮮やかな緑の色彩とともに、1枚でその筆致や描き込み具合の違いも大いに楽しめる作品となっている。
山田さんの最新作が並んだギャラリー photo: Yuichiro Hosoda
前回の個展で披露された2作品も展示されていた photo: Yuichiro Hosoda
そこで一緒に走っているかのような視点で描かれているRapha Prestige 上勝をテーマにした連作が並ぶ photo: Yuichiro Hosoda
また、どの作品でも常によく描きこまれていたのがサイクリスト達の姿。山田さんは「作品自体のサイズの違いもありますが、現実とは異なる風景の中でも人物であるサイクリストをしっかり描くことで、作品のリアリティーを失わないようにしたかった」と、その意図を教えてくれた。
『Green Road(上勝)』の右に置かれた『Gentleman's Race(上勝)』は、木の影で「NASU」の文字を描き、だまし絵的要素も盛り込んだ作品。これはモチーフとなった2人のライダーが、Nasu All Starsと言うチーム所属であったためで、こうしたギミックを加えることで、絵画そのものが彼らへのオマージュとなっている。
連なる青い山脈が清新な風を心に運んでくれる作品『Mountains of Tokusima』2016 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
『Gentleman's Race(上勝)』2016 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
『Green Road(上勝)』2016 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
『Rapha Prestige 上勝』の連作を見終わると、直近の3作品が並ぶ。いずれも乾いた印象をもたらす路面の色調が、異国感を漂わせる。これらは、コラージュ的な要素が取り入れられているのも特徴だ。ロサンゼルスのクリテリウムレースを描いた『Downtown Criterium』の中には横浜のランドマークタワーがそびえ立っていたり、『Delta Speed』の背景のソリッドな建物が、実はかつて山田さんが訪れた栃木県立美術館の一部であったり、と言った具合で、これらの建物を見た事がある人には既視感を呼び起こす。
後者の『Delta Speed』の壁面にボンヤリと残っている人物らしき絵は、ミヒャエル・ボレマンスと言うベルギーの現代画家の作品の模写で、一度しっかり描いたものを「主張が強すぎて全体のバランスを崩してしまった」ため、この状態に落とし込んだのだと言う。模写がわずかに残る壁面とサイクリストの背後に飛ぶ青いしぶきが相まって、漫画の効果線などとはまた違う手法でサイクリストの疾走感を表現する事に成功している。
『Downtown Criterium』2017 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
『Delta Speed』2017 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
個展のタイトルにもなった『Find Your Own View』に目を移すと、水平線の彼方に見えるのは、横須賀市にある無人島・猿島。前出のランドマークタワーなどとともに、自身が住む神奈川県内で触れる身近な風景を取り入れている。
この作中に見られるようにサイクリストを背後から描くのは、観る人にも同じ風景を見ているような感覚を想起出来るのではないかと考えてのことだそうだ。絵の中の風景を、そこに描かれた仲間と一緒に走っているような感覚と言えば良いだろうか。山田さんの絵が、不思議な現実感―どこかで自分が経験したような気持ち―を引き寄せてくるのは、サイクリストならではの視点も活きているのだと実感出来る作品だ。
『Find Your Own View』2017 / acrylic on canvas photo: Yuichiro Hosoda
山田さんは最近『Ridrawing(ライドローイング = Ride + Drawing)』と言う、自転車に乗って出かけたその先で脚を止め、絵を描くと言う制作スタイルを始めた。会場の真ん中にぶら下がっていたハガキサイズの作品群がそれにあたり、筆者が訪れた7月2日も吉祥寺の公園の噴水を描き、それをそのまま会場に追加展示していた。
「いい景色を見ながら走ると気持ちが良いので、ついそのまま乗っていたくなるのですが、あえて脚を止めて描いています。こうする事で、自分の中で自転車と絵を描く事が、より直接的に繋がるかなと。ただ、今見ている風景を描くべきか、少し先まで行ってから描くべきか、それともそのまま通り過ぎるか…いつも迷いますね」と、サイクリストならではの葛藤とも戦いながら続けているようだ。
ライド先で自転車を降りて筆を走らせる『ライドローイング』にて描かれた作品たち photo: Yuichiro Hosoda
ライドローイング作品の裏には描いた日付と場所、本人の署名が入る photo: Yuichiro Hosoda今も登山や旅をしながらスケッチをする人は時折見かけるが、自転車に乗り、ライドの途中で脚を止め絵を描くと言う人物を見ることはない。筆者を含め、写真で済ませる人が大半だろう。これも自転車を愛する画家らしいチャレンジと言える。
かつて風景画でさえアトリエで描かれる事が主流だった中、印象派の画家達は画材を持って戸外に出て、移りゆく景色を目の前にして絵筆を走らせた。山田さんは、その色彩や筆致の影響を加味すると、まさに自転車に乗る印象派と言ったところだろうか。
この日は筆者がいる時間だけでも幾人もの人が訪れていたが、山田さんは声をかけられると気さくに作品の解説などに応じていた。その中の高校生、佼成学園自転車部に所属する重盛克彦くんに展示を見に来た理由を聞くと、「絵画は写真とはまた違った作家独自の表現が加わっているところが面白いなと思って。しかも自転車をテーマにこういう絵を描いている人は他にいなかったので」と、山田さんの作風や独自の視点に惹かれた様子だった。
訪れた人達の求めに応じ、丁寧に解説していた山田さん photo: Yuichiro Hosoda
佼成学園自転車部の重盛克彦くんも山田さんの話に聞き入っていた photo: Yuichiro Hosoda
新たな試みも加え、「全てが実験的」と話す山田さんの作品は、自身の心境や視点の移り変わりとともに、この先も変化を続けることだろう。その先に描かれる風景がどんなものになるのか、また次回も確かめに来たい。
※記事中の作品名は当日のキャプションから引用しており、他媒体掲載の作品名と異なる場合があります。
text & photo: Yuichiro Hosoda
山田 裕司 プロフィール
山田裕司(画家) photo: Yuichiro Hosoda1985年鎌倉市生まれ。デザイン系専門学校でWebデザインを専攻していたが、モニター上だけで全て作品が完結し人間のセンスよりプログラミングが重視される流れに疑問を抱き独学で絵を描き始める。
当初は抽象的なコラージュ作品を制作し、アートイベントでのオークションやニューヨークでのグループ展を経験したが、日本のイラストレーションのコンペティションで野球選手をモチーフにした絵が入選したのをきっかけに、アスリートをテーマに絵を描き始める。自身がロードバイクに乗るようになったことから以後自転車レースシーンを中心に制作。
オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載される。他にアメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などで入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載など多数。現在NHKBS1の自転車番組「チャリダー」のスタジオセットに絵を貸し出している。
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中に入ると前回の作品から始まり、反時計回りに時系列で作品が並べられており、順に見ていくと作風や視点の変化も見て取ることが出来た。新作は全て46x38cmのキャンバスにアクリル絵の具で描かれている。
展示中最も多く並べられたのは、自らも参加したと言うRaphaのライドイベント『Rapha Prestige 上勝』を舞台にした連作。その画面はまさに一参加者たるサイクリストの視点と言って良く、特に『Green Road(上勝)』は、鮮やかな緑の色彩とともに、1枚でその筆致や描き込み具合の違いも大いに楽しめる作品となっている。
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『Green Road(上勝)』の右に置かれた『Gentleman's Race(上勝)』は、木の影で「NASU」の文字を描き、だまし絵的要素も盛り込んだ作品。これはモチーフとなった2人のライダーが、Nasu All Starsと言うチーム所属であったためで、こうしたギミックを加えることで、絵画そのものが彼らへのオマージュとなっている。
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後者の『Delta Speed』の壁面にボンヤリと残っている人物らしき絵は、ミヒャエル・ボレマンスと言うベルギーの現代画家の作品の模写で、一度しっかり描いたものを「主張が強すぎて全体のバランスを崩してしまった」ため、この状態に落とし込んだのだと言う。模写がわずかに残る壁面とサイクリストの背後に飛ぶ青いしぶきが相まって、漫画の効果線などとはまた違う手法でサイクリストの疾走感を表現する事に成功している。
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この作中に見られるようにサイクリストを背後から描くのは、観る人にも同じ風景を見ているような感覚を想起出来るのではないかと考えてのことだそうだ。絵の中の風景を、そこに描かれた仲間と一緒に走っているような感覚と言えば良いだろうか。山田さんの絵が、不思議な現実感―どこかで自分が経験したような気持ち―を引き寄せてくるのは、サイクリストならではの視点も活きているのだと実感出来る作品だ。
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「いい景色を見ながら走ると気持ちが良いので、ついそのまま乗っていたくなるのですが、あえて脚を止めて描いています。こうする事で、自分の中で自転車と絵を描く事が、より直接的に繋がるかなと。ただ、今見ている風景を描くべきか、少し先まで行ってから描くべきか、それともそのまま通り過ぎるか…いつも迷いますね」と、サイクリストならではの葛藤とも戦いながら続けているようだ。
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この日は筆者がいる時間だけでも幾人もの人が訪れていたが、山田さんは声をかけられると気さくに作品の解説などに応じていた。その中の高校生、佼成学園自転車部に所属する重盛克彦くんに展示を見に来た理由を聞くと、「絵画は写真とはまた違った作家独自の表現が加わっているところが面白いなと思って。しかも自転車をテーマにこういう絵を描いている人は他にいなかったので」と、山田さんの作風や独自の視点に惹かれた様子だった。
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※記事中の作品名は当日のキャプションから引用しており、他媒体掲載の作品名と異なる場合があります。
text & photo: Yuichiro Hosoda
山田 裕司 プロフィール
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当初は抽象的なコラージュ作品を制作し、アートイベントでのオークションやニューヨークでのグループ展を経験したが、日本のイラストレーションのコンペティションで野球選手をモチーフにした絵が入選したのをきっかけに、アスリートをテーマに絵を描き始める。自身がロードバイクに乗るようになったことから以後自転車レースシーンを中心に制作。
オーストリアの出版社、LURZER’S ARCHIVEが選出する世界中200名のイラストレーターのうちの一人として掲載される。他にアメリカのイラストレーションコンペ「3×3 Professional Show」「American Illustration」などで入選。他に雑誌挿絵、書籍掲載など多数。現在NHKBS1の自転車番組「チャリダー」のスタジオセットに絵を貸し出している。
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