2018/09/20(木) - 12:06
ツール・ド・フランスの1ステージがコースとなる市民レース「エタップ・デュ・ツール」に参戦した宮澤崇史さんの手記をお届け。ツールのステージで闘った選手たちの様子を回想しながらのライドは、宮澤さんならではの楽しみ方をトッピングしたものに。
グルメやカルチャーを楽しんだ前編から、話をエタップに戻そう。初めての参加となったエタップは、ツール・ド・フランスの第10ステージ「アヌシー〜ル・グラン=ボルナン」が舞台。 距離169km、獲得標高4017mというコースプロフィールだ(ツールでは159kmと10km短い設定となっていた)。
早朝のアヌシー湖の湖畔に集まった選手は15,000人。それそれの想いを胸に、6時半からグループ毎に15分間隔でスタートしていく。日中は29度くらいまで上がるだろうと言われていたので、しっかりと日焼け止めを塗ってスタート。早朝のラ・クロワ・フリ峠では朝焼けの中、ペースを刻んで上っていく。
ツール第10ステージではアルプス山岳連戦の初日。休息日明け、石畳明けということもあり、選手間に温度差が出るだろうと予想。レースは前半から激しいアタックがかかるが、良い逃げができては吸収の繰り返し。ラ・クロワ・フリ峠でようやく逃げ集団が決まった。この逃げを積極的に作りに動いたのはアラフィリップ。まるで今日のステージを目標にしていたかのような積極的なアタックで引き、何度もアタックに反応していた。
走っている途中でなんだか良い匂いが漂ってきて丘の上を見上げると、美味しそうな肉の塊をグルグル回して焼いている家族が目に入る。吸い寄せられるようにコースアウトして丘を登って自転車を停め(エタップ中にそんなことする人間は僕しかいません)、話しかけてみた。
「何を焼いてるんですか?」 「イノシシだよ」 「あなたが仕留めたの?」 「勿論さ!」
ものすごく美味しそうだけど、さすがに焼き上がるのを待ってはいられないので後ろ髪を引かれながら再び自転車に戻る。彼らはレースを観戦しながら何時間もかけて気長に肉を焼くのだろう。こんな楽しみ方を日本でもできたら本当に楽しいに違いない。
他にも沿道の気持ちの良い場所では必ずテーブルと椅子を出し、美味しそうなものを並べて観戦している人達が大勢いた。ワイングラスを片手に、アマチュア選手達に対してでも惜しみない声援を送る。スポーツ観戦と食。これぞスポーツの楽しみの醍醐味。特に長い時間を屋外で過ごすことになる自転車レース観戦は、アウトドアの食事の楽しみ方が無限に広がる。別に凝ったものを用意する必要はない。いつもの缶ビールだって、三倍は美味しく感じられるのだから。
さて第10ステージ当日はというと、ここらで先頭集団にU23・ツール・ド・ラブニールの超級グリエール高原の坂でステージ優勝したアラフィリップ、スプリントポイント争いのサガンの顔が見える。グリエール峠に入るとすぐにサバイバルな展開が始まり、山岳をトップ通過したアラフィリップの軽快な走りが印象的だった。遅れる選手の動きを見ているだけでも、この峠の厳しさを感じることができる。
11%が続くこの坂、エタップではバイクを押す選手が続出。道の左右で足をついてしまい、集団全体が通り抜けられず道を塞ぐ場面もちらほら。ヨーロッパの選手は平坦はとてもうまく走るが、上りになると余裕がなくなり、左右に動き始める選手が出始めてキープライトができなくなってくる。
頂上通過後も、緩やかな上りのグラベル区間が続く。グラベルといってもストラーデ・ビアンケ並みに走りやすい路面ではあるが、時々石が現れ、前をしっかり見てないと思わぬところでタイヤにヒットする。この区間でクリス・フルームがパンク。彼は他の選手には持ってないものを持っているのに、さしたる問題のない場面でしばしば悪運に見舞われるようにも感じる瞬間だった。
ここから後半戦のロム峠まで、軽いアップダウンの平坦な場所を走っていく。暑さにやられないよう、ロングライドに必要なエネルギーをしっかりと補給していく。
エタップでは、水、スポーツドリンク、コーラ等の水分補給所と、パン、ケーキ、果物、サンドイッチ、ドライフルーツ等のフード補給所が別々にある。 後半になると甘いものより塩分が欲しくなってくるのだけれど、まさにそのタイミングで生ハムとサラミが供される補給所が現れた。
長距離を走ることをよくわかっているなと感心。 しかも美味い!
ロム峠は序盤と終盤の勾配がきつく、序盤から中盤までの緩斜面区間で足を回せていないと後半の登りで足が重くなりそうだ。このロム峠、道幅がグリエール峠ほどは狭くないので、ところどころ10%ほどの場所が現れるもののそれほどきつくは感じない。といっても実際に走ると今までの疲労がジャブのように効いて足がズシンと重い。中盤の緩斜面ではコーナーがバンク形状になっていてラインが取りづらい。
レースでは、先頭集団からアラフィリップがアタック先頭で頂上を超えていく。このロム峠を下ると最後の峠コロンビエールが待つ。しかしそこはすぐに登り返すので、一人で乗り切れれば逃げ切りの可能性が増える。そこまで計算して、ロムの後半勾配がきつくなるところまでは集団で足を溜め、単独でアタックしていく。
エタップでは、この辺りから脚が攣る選手が続出し始める。手で脚を押しながら上る選手、脚が攣ってしまった仲間を心配して見守る選手。誰かが自転車を降りて苦しそうにしていると、見ず知らずの選手が躊躇なく止まって処置を施す光景がよく見られた。僕の目の前にもどうにも動けなくなった選手が現れて放っておくわけにはいかない気持ちになり、自転車を降りてマッサージをしてあげた。 僕はマッサージャーではないけれど、かつて選手であった自分がひとめ見るだけで判断できることもある。
10分も揉んでいたらスッと立てるようになった。エタップはタイムを競うレースなのに、そのタイムをロスしてでも他者を助けることに躊躇がない人が大勢いた。同じレースを走る者同士がこうして助け合いながら全員でゴールを目指すのって、本当に素晴らしいことだ。
耐久力のあるプロのトップ選手は、レース中に脚が攣ることはあまりない。しかし一方で、そこまで追い込めないという言い方もできるかもしれない。エース級は、無理をしないといけない場面で攣ることはあるかもしれない。もしくは諦めてキレるしかない。
このステージで終始集団をコントロールしたチームスカイはコロンビエール峠を上り始めて4名のアシストを残し、フルームは万全の体制で上り始める。山岳初日とはいえ、休息日の翌日に選手のコントロールがしっかりとできているチーム体制は極めて素晴らしく、集団に残っている若いベルナルを積極的には引かせずにラインに残らせることによって選手育成を行なっているように見えた。ツール・ド・フランスという大舞台で若手選手の育成を実施できるチームスカイの凄さを垣間見るシーンだった。若い選手がスカイに入りたがる理由がよくわかる。
メイン集団はクフィアトコウスキーが一人引きする中から積極的なアタックが生まれず、先頭を行くアラフィリップが逃げ切る可能性が高まる。
このコロンビエール峠は、序盤から中盤にかけては森の中だが、後半は周りの山々がパノラマとなって姿を現し、壮大な景色を眺めるながら走る。
前を見上げると「あそこまで上ればこの旅は終わってしまうのだ」と惜しくなり、後ろを振り返ると「こんなに長い長い峠を登ってきたのか」と関心。二つの気持ちが入り乱れ、山頂に近づけば近づくほどアンビバレントな感情は高揚する。
山頂を過ぎると、後はゴールに向かって美しい景色を駆け抜ける爽快なダウンヒルが待つのみ。肉体的にも精神的にも疲れているのに、いつまでもこんな景色の中を走っていたい。 そんな気持で名残り惜しみつつ下っていく。
ゴールでは沢山の観客がツール本番と変わらぬ熱狂的な声援を送ってくれる中、余韻を味わいながらのフィニッシュラインをゆっくりと通過。
今回初めてエタップに参加して感じたこと。 いつもならテレビで観るだけのツール・ド・フランスのステージを実際に自分自身で走ると、その後に同じ道を走る選手の表情から見て取れる情報が大きく変わってくる。今までは選手のダンシングのギアや回数、ケイデンスやフォームだけを見て判断していたことが、レースコースが選手心理にどのくらい影響を与えているかまでが見えてくるのだ。
エタップは、海外のサイクリストと親交を深める絶好の機会でもある。自転車という趣味とライフスタイルを共有することで、言葉の壁もたやすく突破できる。これは普通の旅行では得られない、サイクリストだけの特権。
サイクリストというのは、基本的におせっかいである。素敵な道を誰かに紹介したくてたまらない人達である。もしエタップで友達になったサイクリストが日本に来たいと言ったら、あなたは間違いなくとっておきのルートを用意して彼が来る日を首を長くして待つことだろう。またそんな友達が世界中であなたを待っていてくれることになる。
海外のイベントに参加するにはそれなりの決断が必要だけど、思いきって一度エタップに参加してみてほしい。そこから世界は一足飛びに身近になる。
さて、エタップの翌日。僕は再びあのワイン屋、そしてあのチーズ屋に足を運んだ。ワイン屋の親父は僕の顔を見るなり「やあ、昨日は楽しんだかい?祝杯のドラピエの味はいかがだったかな?」と笑いかけながらやってきた。
チーズ屋へは閉店間際に駆け込み、「どうぞ自転車は店内に入れて!」とシャッターを閉めた後も次々と自慢のチーズを味見させてくれ、お土産用にじっくり吟味させてもらった。
この日はもう一人サイクリストの男性店員がいて、おじいちゃんから譲り受けたというヴィンテージの重たい愛車を誇らしげに見せてくれた。彼らにとって僕は遠いアジアの異国人でしかないのに、元自転車選手というだけでこんなにも歓待してくれるなんてやっぱりフランスは自転車文化が深く根付いた国なのだと羨ましく思った。
買い物の後は「美味しいロゼが手に入ったので、一緒に飲んでいきませんか?」と誘われる。Pourquoi pas? 僕が断るわけないでしょ?(笑)
店の奥がまた素敵な空間で、床が透明になっていて地下のチーズ熟成室が見下ろせる。巨大なコンテが鎮座しているのを眺めながら、乾杯!チーズ屋には、仕入れたチーズを売るだけの店fromagerと、ここのように熟成を行う店affineurがある。こんなことを学ぶのも、やはりその地に足を運んでこそ。
それにしても、フランス人の自転車選手へのリスペクトは本当に尋常じゃない。最終日にロワール地方のトゥールという町で泊まったシャトーホテルで僕の荷物を運んでくれたスタッフも、車内に積んだ自転車を見るなり、目を輝かせて「プロ選手ですか?」と訊いてきて、かつて選手だったと答えると「僕の従兄弟もプロ選手なんです!」と嬉しそうに語りかけてきた。
Tシャツに短パンというラフな格好なのに、とても丁重かつ親しみをもって接してくれるのが嬉しかった。ちなみにこのホテルは、かつて僕が現役時代に走った思い出のレース「パリ・トゥール」のコース沿いにある。
ホテルに向かう道中、昔こんな道をレースで走ったなあと思っていたら、本当に実際レースで走った道だった。全くの偶然だったのだけど、そんな小さな奇跡もあり、とても感慨深い自転車の旅の締めくくりとなった。
ツール・ド・フランスが単なるスポーツイベントではなく、フランスに、いやヨーロッパ全体に深く根付いた歴史ある「文化」であるように、エタップもまた単なる一つのアマチュアレースではない。
ツール・ド・フランスが自転車レースと共にフランスを一周する旅であるならば、エタップ・デュ・ツールは自転車レースと共にその地をさまざまなアプローチで一周する旅である。その地の自然、遺産、歴史、伝統、名所、名産品、建築、地元の人々との出会いと交流、レース中の沿道でのあの独特な応援の作法、自転車レースへの熱狂、そういったもの全てをひっくるめて、エタップはエタップというひとつの文化なのだ。
エタップの楽しみとは、エタップレースに参加することのみにあらず。その地を知り、その地の美味しい食べ物やお酒を味わい、その地の人々と交流し、世界中からそこを訪れる人々と旅の感動を共有し、そして自分が完走したあのステージをほどなくしてプロ選手達が走り抜ける情景を、今まで味わったことのない感動を抱きながら観戦する。エタップを中心にめぐる旅そのもの、つまりはツール・ド・エタップを楽しむことを意味するのである。
photo&text : 宮澤崇史/Takashi Miyazawa
グルメやカルチャーを楽しんだ前編から、話をエタップに戻そう。初めての参加となったエタップは、ツール・ド・フランスの第10ステージ「アヌシー〜ル・グラン=ボルナン」が舞台。 距離169km、獲得標高4017mというコースプロフィールだ(ツールでは159kmと10km短い設定となっていた)。
早朝のアヌシー湖の湖畔に集まった選手は15,000人。それそれの想いを胸に、6時半からグループ毎に15分間隔でスタートしていく。日中は29度くらいまで上がるだろうと言われていたので、しっかりと日焼け止めを塗ってスタート。早朝のラ・クロワ・フリ峠では朝焼けの中、ペースを刻んで上っていく。
ツール第10ステージではアルプス山岳連戦の初日。休息日明け、石畳明けということもあり、選手間に温度差が出るだろうと予想。レースは前半から激しいアタックがかかるが、良い逃げができては吸収の繰り返し。ラ・クロワ・フリ峠でようやく逃げ集団が決まった。この逃げを積極的に作りに動いたのはアラフィリップ。まるで今日のステージを目標にしていたかのような積極的なアタックで引き、何度もアタックに反応していた。
走っている途中でなんだか良い匂いが漂ってきて丘の上を見上げると、美味しそうな肉の塊をグルグル回して焼いている家族が目に入る。吸い寄せられるようにコースアウトして丘を登って自転車を停め(エタップ中にそんなことする人間は僕しかいません)、話しかけてみた。
「何を焼いてるんですか?」 「イノシシだよ」 「あなたが仕留めたの?」 「勿論さ!」
ものすごく美味しそうだけど、さすがに焼き上がるのを待ってはいられないので後ろ髪を引かれながら再び自転車に戻る。彼らはレースを観戦しながら何時間もかけて気長に肉を焼くのだろう。こんな楽しみ方を日本でもできたら本当に楽しいに違いない。
他にも沿道の気持ちの良い場所では必ずテーブルと椅子を出し、美味しそうなものを並べて観戦している人達が大勢いた。ワイングラスを片手に、アマチュア選手達に対してでも惜しみない声援を送る。スポーツ観戦と食。これぞスポーツの楽しみの醍醐味。特に長い時間を屋外で過ごすことになる自転車レース観戦は、アウトドアの食事の楽しみ方が無限に広がる。別に凝ったものを用意する必要はない。いつもの缶ビールだって、三倍は美味しく感じられるのだから。
さて第10ステージ当日はというと、ここらで先頭集団にU23・ツール・ド・ラブニールの超級グリエール高原の坂でステージ優勝したアラフィリップ、スプリントポイント争いのサガンの顔が見える。グリエール峠に入るとすぐにサバイバルな展開が始まり、山岳をトップ通過したアラフィリップの軽快な走りが印象的だった。遅れる選手の動きを見ているだけでも、この峠の厳しさを感じることができる。
11%が続くこの坂、エタップではバイクを押す選手が続出。道の左右で足をついてしまい、集団全体が通り抜けられず道を塞ぐ場面もちらほら。ヨーロッパの選手は平坦はとてもうまく走るが、上りになると余裕がなくなり、左右に動き始める選手が出始めてキープライトができなくなってくる。
頂上通過後も、緩やかな上りのグラベル区間が続く。グラベルといってもストラーデ・ビアンケ並みに走りやすい路面ではあるが、時々石が現れ、前をしっかり見てないと思わぬところでタイヤにヒットする。この区間でクリス・フルームがパンク。彼は他の選手には持ってないものを持っているのに、さしたる問題のない場面でしばしば悪運に見舞われるようにも感じる瞬間だった。
ここから後半戦のロム峠まで、軽いアップダウンの平坦な場所を走っていく。暑さにやられないよう、ロングライドに必要なエネルギーをしっかりと補給していく。
エタップでは、水、スポーツドリンク、コーラ等の水分補給所と、パン、ケーキ、果物、サンドイッチ、ドライフルーツ等のフード補給所が別々にある。 後半になると甘いものより塩分が欲しくなってくるのだけれど、まさにそのタイミングで生ハムとサラミが供される補給所が現れた。
長距離を走ることをよくわかっているなと感心。 しかも美味い!
ロム峠は序盤と終盤の勾配がきつく、序盤から中盤までの緩斜面区間で足を回せていないと後半の登りで足が重くなりそうだ。このロム峠、道幅がグリエール峠ほどは狭くないので、ところどころ10%ほどの場所が現れるもののそれほどきつくは感じない。といっても実際に走ると今までの疲労がジャブのように効いて足がズシンと重い。中盤の緩斜面ではコーナーがバンク形状になっていてラインが取りづらい。
レースでは、先頭集団からアラフィリップがアタック先頭で頂上を超えていく。このロム峠を下ると最後の峠コロンビエールが待つ。しかしそこはすぐに登り返すので、一人で乗り切れれば逃げ切りの可能性が増える。そこまで計算して、ロムの後半勾配がきつくなるところまでは集団で足を溜め、単独でアタックしていく。
エタップでは、この辺りから脚が攣る選手が続出し始める。手で脚を押しながら上る選手、脚が攣ってしまった仲間を心配して見守る選手。誰かが自転車を降りて苦しそうにしていると、見ず知らずの選手が躊躇なく止まって処置を施す光景がよく見られた。僕の目の前にもどうにも動けなくなった選手が現れて放っておくわけにはいかない気持ちになり、自転車を降りてマッサージをしてあげた。 僕はマッサージャーではないけれど、かつて選手であった自分がひとめ見るだけで判断できることもある。
10分も揉んでいたらスッと立てるようになった。エタップはタイムを競うレースなのに、そのタイムをロスしてでも他者を助けることに躊躇がない人が大勢いた。同じレースを走る者同士がこうして助け合いながら全員でゴールを目指すのって、本当に素晴らしいことだ。
耐久力のあるプロのトップ選手は、レース中に脚が攣ることはあまりない。しかし一方で、そこまで追い込めないという言い方もできるかもしれない。エース級は、無理をしないといけない場面で攣ることはあるかもしれない。もしくは諦めてキレるしかない。
このステージで終始集団をコントロールしたチームスカイはコロンビエール峠を上り始めて4名のアシストを残し、フルームは万全の体制で上り始める。山岳初日とはいえ、休息日の翌日に選手のコントロールがしっかりとできているチーム体制は極めて素晴らしく、集団に残っている若いベルナルを積極的には引かせずにラインに残らせることによって選手育成を行なっているように見えた。ツール・ド・フランスという大舞台で若手選手の育成を実施できるチームスカイの凄さを垣間見るシーンだった。若い選手がスカイに入りたがる理由がよくわかる。
メイン集団はクフィアトコウスキーが一人引きする中から積極的なアタックが生まれず、先頭を行くアラフィリップが逃げ切る可能性が高まる。
このコロンビエール峠は、序盤から中盤にかけては森の中だが、後半は周りの山々がパノラマとなって姿を現し、壮大な景色を眺めるながら走る。
前を見上げると「あそこまで上ればこの旅は終わってしまうのだ」と惜しくなり、後ろを振り返ると「こんなに長い長い峠を登ってきたのか」と関心。二つの気持ちが入り乱れ、山頂に近づけば近づくほどアンビバレントな感情は高揚する。
山頂を過ぎると、後はゴールに向かって美しい景色を駆け抜ける爽快なダウンヒルが待つのみ。肉体的にも精神的にも疲れているのに、いつまでもこんな景色の中を走っていたい。 そんな気持で名残り惜しみつつ下っていく。
ゴールでは沢山の観客がツール本番と変わらぬ熱狂的な声援を送ってくれる中、余韻を味わいながらのフィニッシュラインをゆっくりと通過。
今回初めてエタップに参加して感じたこと。 いつもならテレビで観るだけのツール・ド・フランスのステージを実際に自分自身で走ると、その後に同じ道を走る選手の表情から見て取れる情報が大きく変わってくる。今までは選手のダンシングのギアや回数、ケイデンスやフォームだけを見て判断していたことが、レースコースが選手心理にどのくらい影響を与えているかまでが見えてくるのだ。
エタップは、海外のサイクリストと親交を深める絶好の機会でもある。自転車という趣味とライフスタイルを共有することで、言葉の壁もたやすく突破できる。これは普通の旅行では得られない、サイクリストだけの特権。
サイクリストというのは、基本的におせっかいである。素敵な道を誰かに紹介したくてたまらない人達である。もしエタップで友達になったサイクリストが日本に来たいと言ったら、あなたは間違いなくとっておきのルートを用意して彼が来る日を首を長くして待つことだろう。またそんな友達が世界中であなたを待っていてくれることになる。
海外のイベントに参加するにはそれなりの決断が必要だけど、思いきって一度エタップに参加してみてほしい。そこから世界は一足飛びに身近になる。
さて、エタップの翌日。僕は再びあのワイン屋、そしてあのチーズ屋に足を運んだ。ワイン屋の親父は僕の顔を見るなり「やあ、昨日は楽しんだかい?祝杯のドラピエの味はいかがだったかな?」と笑いかけながらやってきた。
チーズ屋へは閉店間際に駆け込み、「どうぞ自転車は店内に入れて!」とシャッターを閉めた後も次々と自慢のチーズを味見させてくれ、お土産用にじっくり吟味させてもらった。
この日はもう一人サイクリストの男性店員がいて、おじいちゃんから譲り受けたというヴィンテージの重たい愛車を誇らしげに見せてくれた。彼らにとって僕は遠いアジアの異国人でしかないのに、元自転車選手というだけでこんなにも歓待してくれるなんてやっぱりフランスは自転車文化が深く根付いた国なのだと羨ましく思った。
買い物の後は「美味しいロゼが手に入ったので、一緒に飲んでいきませんか?」と誘われる。Pourquoi pas? 僕が断るわけないでしょ?(笑)
店の奥がまた素敵な空間で、床が透明になっていて地下のチーズ熟成室が見下ろせる。巨大なコンテが鎮座しているのを眺めながら、乾杯!チーズ屋には、仕入れたチーズを売るだけの店fromagerと、ここのように熟成を行う店affineurがある。こんなことを学ぶのも、やはりその地に足を運んでこそ。
それにしても、フランス人の自転車選手へのリスペクトは本当に尋常じゃない。最終日にロワール地方のトゥールという町で泊まったシャトーホテルで僕の荷物を運んでくれたスタッフも、車内に積んだ自転車を見るなり、目を輝かせて「プロ選手ですか?」と訊いてきて、かつて選手だったと答えると「僕の従兄弟もプロ選手なんです!」と嬉しそうに語りかけてきた。
Tシャツに短パンというラフな格好なのに、とても丁重かつ親しみをもって接してくれるのが嬉しかった。ちなみにこのホテルは、かつて僕が現役時代に走った思い出のレース「パリ・トゥール」のコース沿いにある。
ホテルに向かう道中、昔こんな道をレースで走ったなあと思っていたら、本当に実際レースで走った道だった。全くの偶然だったのだけど、そんな小さな奇跡もあり、とても感慨深い自転車の旅の締めくくりとなった。
ツール・ド・フランスが単なるスポーツイベントではなく、フランスに、いやヨーロッパ全体に深く根付いた歴史ある「文化」であるように、エタップもまた単なる一つのアマチュアレースではない。
ツール・ド・フランスが自転車レースと共にフランスを一周する旅であるならば、エタップ・デュ・ツールは自転車レースと共にその地をさまざまなアプローチで一周する旅である。その地の自然、遺産、歴史、伝統、名所、名産品、建築、地元の人々との出会いと交流、レース中の沿道でのあの独特な応援の作法、自転車レースへの熱狂、そういったもの全てをひっくるめて、エタップはエタップというひとつの文化なのだ。
エタップの楽しみとは、エタップレースに参加することのみにあらず。その地を知り、その地の美味しい食べ物やお酒を味わい、その地の人々と交流し、世界中からそこを訪れる人々と旅の感動を共有し、そして自分が完走したあのステージをほどなくしてプロ選手達が走り抜ける情景を、今まで味わったことのない感動を抱きながら観戦する。エタップを中心にめぐる旅そのもの、つまりはツール・ド・エタップを楽しむことを意味するのである。
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