2018/01/27(土) - 08:54
自転車と鉄道、二つを愛する「テツ店長」ことバイクプラス多摩センターの河井孝介さんの輪行サイクリング紀行。今回出かけたのは復興が進む南東北エリア。ある日テツ店長の目に飛び込んできた臨時電車がきっかけの輪行サイクリングレポートをお届けしましょう。
みなさんこんにちは!最近は気付くとひとり脳内旅行をしているテツ店長です(笑)。2018年最初にご紹介するのは、復興がすすむ南東北地方の輪行サイクリング紀行です。2011年に発生した東日本大震災により、東北地方の太平洋側では鉄道も甚大な打撃を受けました。その後、大半の路線は復興を遂げましたが、被害の大きかった路線はバス専用道に転換され事実上廃線となってしまったり、内陸移転して新しい路線として復旧したり、悲喜こもごもな様相を見せています。
近いうちに現状をこの目で見に行ってみないといけないな……と言う気持ちは以前からあったものの、ちょっと気の重いテーマにこれまでは先送りしていたというのが本当のところでしたが、今回はそれを覆す魅惑的な列車登場でコロッと心を動かされてしまったのでした(笑)
というのが、ある日発見した一本の臨時列車なのです。日々鉄道情報をチェックしているテツ店長ですが、こちらの連載にもしばしば登場する行楽シーズン向けの臨時列車というのは常に要チェックな存在。今回その中に非常に気になる列車が載っていたのでした。
運行区間は"仙台~気仙沼"間ということで、ならばこの機会に南東北に進出しないわけにはいかねば!という半ば使命感にも似た気持ちに駆り立てられ、今回出動することになったという次第です(不謹慎な動機でスミマセン)
ちょうどタイミング的にも"秋の乗り放題パス"という、JR全線乗り放題きっぷの利用期間とも重なったので、ならばとこちらを利用して出かけることにしました。こちらのきっぷ、3日間有効で7,710円ということで1日あたりにすると2,570円と、いつもお世話になっている"青春18きっぷ"に劣らない破格の安さなので、これを使わない手はありません!
ただし5回を別々に使用できる"青春18きっぷ"とは違い、1枚で3日間有効のフリーきっぷという体裁なため、1枚のきっぷを3名で使うという自由な使い方が出来ないのがタマに傷なのですが……。とは言え、コスパ的には非常に利用価値の高いきっぷなので、上手く時間が作れそうなら皆さんも秋のご旅行にいかがでしょう?ちなみに利用期間は、毎年10月14日の"鉄道の日"から前後1週間の2週間となっておりますので良かったらどうぞ(笑)
それでも今回向かう先は南東北ということもあり、これを使って全線普通列車乗り継ぎで行くと、一日電車に乗ってるだけで終わってしまうこと必至のため、時間節約のために一部区間は特急列車も利用することにします。
ということで、この日はまず早朝の品川駅から常磐線の"特急ひたち1号"に乗って東北に向かいます。この特急ひたち1号、震災前までは常磐線経由で仙台まで直通していましたが、震災による津波被害と原発事故の影響により、今現在も福島県の一部区間で不通が続いており、現在は途中駅の"いわき"までしか行くことが出来ません。
当初の計画では、その先にある現在(2017年10月18日時点)の終点"竜田"駅まで輪行で行き、そこから先の竜田~浪江間の不通区間を自転車で通過してつなぐつもりだったのですが、よくよく調べてみると、この先に『帰還困難区域』というのがあり、現状は自動車のみが通行を許されており、歩行者や自転車では通行が出来ないということが判明(汗)
どうやら放射線量が高くて生身の人間が通ると危険だからということのようですが、幸い列車代行バスに自転車を載せてこの区間を通過することは出来るようだったので、とりあえず常磐線不通区間を輪行でつなぐ計画はそのまま継続することにしたのでした。
何はともあれ、乗り換え駅の"いわき"まで特急で約2時間半と長丁場になりますので、ここは買っておいた駅弁でも食べながら体力を温存しながら行くことにしましょう(笑)。快適な特急列車の旅を満喫していると、まもなく終点の"いわき"に到着、ここからは普通列車に乗り換えてさらに北へ向かいます。そして東京を出発してから約3時間かけてやってきたのは暫定の終着駅"竜田"です。
改札を出ると、乗り継ぎのバスはすでに駅前に待機していて、10名ほどいた他の乗客とともに代行バスに向かいます。自転車を担いでいくと、運転手さんも慣れた感じで「自転車はこちらへ」と案内してくれ、床下の荷物室に入れさせてもらいます。
乗車して間もなくするとバスは出発して一路北をめざします。車内には放射線量モニターが設置されていて、刻々と変化する放射線量に緊張感が高まるのでした……。竜田駅を出てしばらくは変化の無い景色が続きましたが、国道6号線に入って近く復旧予定(2017年10月21日復旧済み)のJR富岡駅を過ぎると景色が一変します。
国道は一切右左折出来ないよう、交差点や店舗、住宅などの出入り口もすべて封鎖されています。6年以上にわたって人が居なくなった町は荒廃するに任せたまま……。
少し離れた場所にクレーンの林立する場所がありました。そこが事故を起こした"福島第一原子力発電所"なのでしょうか?天災なのかもしれませんが、それまでここで平和に暮らしていた人たちの生活が、ある日を境に一切奪われてしまったと言う現実を目の当たりにして、サイクリング前から気持ちが落ち込んで行くのでした(泣)
バスに揺られること約50分、不通区間を通過して暫定の始発駅である"浪江駅"までやってきたところで途中下車します。こちらの駅も2017年4月に復旧したばかりですが、駅の内外を見回してもあまり人気も無く閑散とした雰囲気を漂わせていました。
ここから北側の常磐線はすでに復旧してはいますが、列車本数が極端に少ないことと、この先で付け替えられた新線区間付近にある、放棄された旧線遺構を探索したいこともあって、今回は行けるところまで自転車で行ってみようというプランです。
バスが行ってしまうと、ひとりポツンと取り残された感じとなり、静まり返った駅前で自転車を組み立てます。準備が出来たらさっそくスタートしたいところではすが、時間はすでに11時を回っていたので、今回も近くで早めのランチを取りたいと思います。
"浪江町"に来たのなら、ここはB級グルメでも有名な「浪江やきそば」を食べて行きたいものです。ちょうど駅からも歩いて行ける距離にある"まち・なみ・まるしぇ"というモールにお店があるようだったので、まずはそこに向かいました。
駅周辺を見回してもほとんど開いているお店が無い中、ここが復興拠点となっているのか、人の姿も多く見られて活気が感じられてちょっと安心(笑)
さっそく開いていた"浪江焼麺太国アンテナショップ"さんで、名物「浪江やきそば」を注文!出てきたのはウワサ通りの太麺焼きそばでした。見た目に焼きうどんのようですが、モチモチとした食感は独特でこれはこれで美味しかったです!
軽くお腹をふくらませたところで、いよいよサイクリングに出かけましょう!と自転車にまたがりスタートしたものの、何か今日は雰囲気が違う……。いつもひとりで人気の無い無人駅や廃墟を巡っていて、似たような景色は見慣れているはずなのですが、比較的新しいままで急に時間が止まってしまった光景に、やはり何か不自然さを感じてしまうのでした。
海岸沿いに北上開始。沿道にはがれきなどの目立った震災の爪痕は見えませんでしたが、かわりにきれいに整地されただだっ広い草地と、大規模な土木工事がすすむ現場が延々と広がっていて、ちょっと殺伐とした景色が続きます。
真新しい舗装道路で信号も無く、サイクリングはしやすい環境でしたが、ところどころに"津波浸水区間"の標識が現われたり、ちょっと道をそれると崩壊した道路がそのまま放棄されていたり、距離を重ねるにつれ徐々に震災のイメージが掴めるようになってきました。
そして北に向けて40km少々走ると"相馬"の市街までやってきました。ここは比較的大きな都市で、人もクルマも多く、港や工場も稼働していて活気があり、なんか文明社会に戻って来た感じがして、ちょっとホッとしてしまいました。
ここから先の駒ヶ嶺駅~浜吉田駅間が常磐線の付け替え区間になります。以前のルートは海に近い平地だったため、津波で壊滅的な被害を受けてしまい、内陸に移転して新たに高架の新線を建設したのですが、それにしても6年足らずでここまで復旧するスピードには感心してしまいます。
ということで、当初の予定通りに放棄された旧線区間の遺構を探しはじめたのですが、これがなかなか見つからない(汗)。そこらじゅうで大規模な土地改良が行われていて、地形まで変わってしまっているような状態で、あらかじめ地図で見当を付けていた場所に行っても、それらしきものが全く見つけられません(泣)
そこら中を右往左往しながら探索を続けましたが、時間だけが刻々と過ぎて行き、焦りの色が濃くなりはじめた頃、ようやくそれらしき遺構を発見しました!線路脇によく見られる『工』のマークが入ったコンクリートの杭がそれです!鉄道境界杭と言われるもので、国鉄時代の旧工部省の"工"がルーツですが、レールがモチーフにもなっているので、JRになった今でも同じマークが使用されているという目印です。
その杭自体もかなり削れていて怪しい状態でしたが、何とか原型ををとどめてくれたおかげで助かった!
あらためて眺めてみると、今は草ぼうぼうの荒れ地が、もともと線路だったとイメージが立体映像のように浮かび上がってきます。
喜び勇んでそのまま”もと”線路に沿って走ってゆくと、続いてさらに確たる遺構が出て来ました!それは小さな河川を渡る橋梁でしたが、堅牢な造りだったので津波にも耐えて残ることが出来たのでしょう。かつてはこの上を毎日決まった時間に電車が走っていたと想像して、なんかセンチメンタルな気持ちになってしまったテツ店長なのでした(泣)
やっとのことで目的は果たしましたが、ここで廃線探索は時間切れ。ここから最寄りの駅まで走って次の列車に乗らなければなりません!到着した常磐線の"山下駅"は、移転して2016年12月に開業したばかりのピカピカな新駅。ここだけがあまりに近代的すぎて、一瞬どこに来たのかを忘れてしまいそうな光景です。
自転車をたたんでホームに出ると、間もなく仙台行きの普通列車がやってきました。ここからは乗りテツのミッションに切り替えて、もう1ラウンド楽しむこととしましょう(笑)次にやってきたのは人でごったがえす夕方の仙台駅。さっそく発車案内表示を見てみると、ありました"臨時快速・気仙沼行き"の表示が!
これからの長丁場に備えて、出発までの合間に夕食を調達したら、ここはテツらしくちょっと早めにホームに出て列車のお出迎えを……。しばらく待っていると、夜の帳が下りた駅ホームにディーゼルエンジン音を響かせながら青い列車が入線してきました。それが今回テツ店長を東北まで呼び寄せる原動力となった、ジョイフルトレイン「Kenji」なる車両です。すっかり改造されているとはいえ、現役唯一のキハ58というところがテツ的にはポイントが高い!
こちらのキハ58系、旧国鉄の急行型気動車(ディーゼルカー)で、今や"急行"という列車種別自体もJRからほぼ絶滅してしまいましたが、昔は全国どこでも見ることのできた、まことに懐かしい車両なのです(涙目)この車両自体が相当古く、しかも改造されたのがバブル期ということで、内装は古くて豪華という非常に望ましい仕様。3両編成の車内は展望席もあり、全般ゆとりのある座席配置なので自転車を置くスペースにもまったく困りませんでした(笑)
ちなみに今回乗車した"臨時快速・気仙沼行き"ですが、何と始発駅の仙台を発車すると、次は終着駅の気仙沼まで約3時間ノンストップというテツもびっくりのダイヤで、いったいこれをどれだけの人が利用するのか、それだけでも興味の尽きない列車です!
全車自由席ということで、とりあえず座席を確保して出発を待ちましたが、自分以外に乗り込んだ乗客はパラパラといった感じで、せいぜい20人程度でしょうか?しかも大半は同業者(鉄道マニア)らしき人達だったのでした(苦笑)
列車が出発してしまえば、途中で乗車してくる人もいないので、それはもう静かなもので、なにやらミステリー列車といった趣で、逆にワクワクしてしまいます。
我らを乗せたキハ58は、ジョイント音を響かせながら夜の東北本線を下って、途中の一ノ関駅では方向を変えてさらに大船渡線を下って行ったのでした。すっかり暗くなってしまったので車窓は楽しめませんが、ひとりのびのびと買っておいた駅弁を頬張ったり、車内を探索したりしながら夜の列車旅を楽しんでいると、まもなく終点"気仙沼"に到着のアナウンスが聞こえてきました。
下車すると、21時を回った気仙沼駅は静まり返っており、人もまばらなホームでここまで連れて来てくれたキハ58「Kenji」に別れを告げて、その日のお宿に向かったのでした。
旅する人 河井孝介プロフィール
バイクプラス多摩センターの店長を務める49歳。前職で足かけ10年にわたる勤務を鉄道の無い(モノレール除く)沖縄県で過ごした反動からか、帰京後は輪行サイクリングの虜となり、現在は鉄道と自転車を組み合わせ、鉄道廃線跡や未成線など鉄道の歴史を辿るサイクリングをライフワークとする。鉄道趣味のジャンルは「乗り鉄」。旧国鉄型車両を心から愛し、ひそかにJR全線乗車にチャレンジ中。非常勤の防衛省職員である予備三等陸曹の身分も合わせ持っている。
みなさんこんにちは!最近は気付くとひとり脳内旅行をしているテツ店長です(笑)。2018年最初にご紹介するのは、復興がすすむ南東北地方の輪行サイクリング紀行です。2011年に発生した東日本大震災により、東北地方の太平洋側では鉄道も甚大な打撃を受けました。その後、大半の路線は復興を遂げましたが、被害の大きかった路線はバス専用道に転換され事実上廃線となってしまったり、内陸移転して新しい路線として復旧したり、悲喜こもごもな様相を見せています。
近いうちに現状をこの目で見に行ってみないといけないな……と言う気持ちは以前からあったものの、ちょっと気の重いテーマにこれまでは先送りしていたというのが本当のところでしたが、今回はそれを覆す魅惑的な列車登場でコロッと心を動かされてしまったのでした(笑)
というのが、ある日発見した一本の臨時列車なのです。日々鉄道情報をチェックしているテツ店長ですが、こちらの連載にもしばしば登場する行楽シーズン向けの臨時列車というのは常に要チェックな存在。今回その中に非常に気になる列車が載っていたのでした。
運行区間は"仙台~気仙沼"間ということで、ならばこの機会に南東北に進出しないわけにはいかねば!という半ば使命感にも似た気持ちに駆り立てられ、今回出動することになったという次第です(不謹慎な動機でスミマセン)
ちょうどタイミング的にも"秋の乗り放題パス"という、JR全線乗り放題きっぷの利用期間とも重なったので、ならばとこちらを利用して出かけることにしました。こちらのきっぷ、3日間有効で7,710円ということで1日あたりにすると2,570円と、いつもお世話になっている"青春18きっぷ"に劣らない破格の安さなので、これを使わない手はありません!
ただし5回を別々に使用できる"青春18きっぷ"とは違い、1枚で3日間有効のフリーきっぷという体裁なため、1枚のきっぷを3名で使うという自由な使い方が出来ないのがタマに傷なのですが……。とは言え、コスパ的には非常に利用価値の高いきっぷなので、上手く時間が作れそうなら皆さんも秋のご旅行にいかがでしょう?ちなみに利用期間は、毎年10月14日の"鉄道の日"から前後1週間の2週間となっておりますので良かったらどうぞ(笑)
それでも今回向かう先は南東北ということもあり、これを使って全線普通列車乗り継ぎで行くと、一日電車に乗ってるだけで終わってしまうこと必至のため、時間節約のために一部区間は特急列車も利用することにします。
ということで、この日はまず早朝の品川駅から常磐線の"特急ひたち1号"に乗って東北に向かいます。この特急ひたち1号、震災前までは常磐線経由で仙台まで直通していましたが、震災による津波被害と原発事故の影響により、今現在も福島県の一部区間で不通が続いており、現在は途中駅の"いわき"までしか行くことが出来ません。
当初の計画では、その先にある現在(2017年10月18日時点)の終点"竜田"駅まで輪行で行き、そこから先の竜田~浪江間の不通区間を自転車で通過してつなぐつもりだったのですが、よくよく調べてみると、この先に『帰還困難区域』というのがあり、現状は自動車のみが通行を許されており、歩行者や自転車では通行が出来ないということが判明(汗)
どうやら放射線量が高くて生身の人間が通ると危険だからということのようですが、幸い列車代行バスに自転車を載せてこの区間を通過することは出来るようだったので、とりあえず常磐線不通区間を輪行でつなぐ計画はそのまま継続することにしたのでした。
何はともあれ、乗り換え駅の"いわき"まで特急で約2時間半と長丁場になりますので、ここは買っておいた駅弁でも食べながら体力を温存しながら行くことにしましょう(笑)。快適な特急列車の旅を満喫していると、まもなく終点の"いわき"に到着、ここからは普通列車に乗り換えてさらに北へ向かいます。そして東京を出発してから約3時間かけてやってきたのは暫定の終着駅"竜田"です。
改札を出ると、乗り継ぎのバスはすでに駅前に待機していて、10名ほどいた他の乗客とともに代行バスに向かいます。自転車を担いでいくと、運転手さんも慣れた感じで「自転車はこちらへ」と案内してくれ、床下の荷物室に入れさせてもらいます。
乗車して間もなくするとバスは出発して一路北をめざします。車内には放射線量モニターが設置されていて、刻々と変化する放射線量に緊張感が高まるのでした……。竜田駅を出てしばらくは変化の無い景色が続きましたが、国道6号線に入って近く復旧予定(2017年10月21日復旧済み)のJR富岡駅を過ぎると景色が一変します。
国道は一切右左折出来ないよう、交差点や店舗、住宅などの出入り口もすべて封鎖されています。6年以上にわたって人が居なくなった町は荒廃するに任せたまま……。
少し離れた場所にクレーンの林立する場所がありました。そこが事故を起こした"福島第一原子力発電所"なのでしょうか?天災なのかもしれませんが、それまでここで平和に暮らしていた人たちの生活が、ある日を境に一切奪われてしまったと言う現実を目の当たりにして、サイクリング前から気持ちが落ち込んで行くのでした(泣)
バスに揺られること約50分、不通区間を通過して暫定の始発駅である"浪江駅"までやってきたところで途中下車します。こちらの駅も2017年4月に復旧したばかりですが、駅の内外を見回してもあまり人気も無く閑散とした雰囲気を漂わせていました。
ここから北側の常磐線はすでに復旧してはいますが、列車本数が極端に少ないことと、この先で付け替えられた新線区間付近にある、放棄された旧線遺構を探索したいこともあって、今回は行けるところまで自転車で行ってみようというプランです。
バスが行ってしまうと、ひとりポツンと取り残された感じとなり、静まり返った駅前で自転車を組み立てます。準備が出来たらさっそくスタートしたいところではすが、時間はすでに11時を回っていたので、今回も近くで早めのランチを取りたいと思います。
"浪江町"に来たのなら、ここはB級グルメでも有名な「浪江やきそば」を食べて行きたいものです。ちょうど駅からも歩いて行ける距離にある"まち・なみ・まるしぇ"というモールにお店があるようだったので、まずはそこに向かいました。
駅周辺を見回してもほとんど開いているお店が無い中、ここが復興拠点となっているのか、人の姿も多く見られて活気が感じられてちょっと安心(笑)
さっそく開いていた"浪江焼麺太国アンテナショップ"さんで、名物「浪江やきそば」を注文!出てきたのはウワサ通りの太麺焼きそばでした。見た目に焼きうどんのようですが、モチモチとした食感は独特でこれはこれで美味しかったです!
軽くお腹をふくらませたところで、いよいよサイクリングに出かけましょう!と自転車にまたがりスタートしたものの、何か今日は雰囲気が違う……。いつもひとりで人気の無い無人駅や廃墟を巡っていて、似たような景色は見慣れているはずなのですが、比較的新しいままで急に時間が止まってしまった光景に、やはり何か不自然さを感じてしまうのでした。
海岸沿いに北上開始。沿道にはがれきなどの目立った震災の爪痕は見えませんでしたが、かわりにきれいに整地されただだっ広い草地と、大規模な土木工事がすすむ現場が延々と広がっていて、ちょっと殺伐とした景色が続きます。
真新しい舗装道路で信号も無く、サイクリングはしやすい環境でしたが、ところどころに"津波浸水区間"の標識が現われたり、ちょっと道をそれると崩壊した道路がそのまま放棄されていたり、距離を重ねるにつれ徐々に震災のイメージが掴めるようになってきました。
そして北に向けて40km少々走ると"相馬"の市街までやってきました。ここは比較的大きな都市で、人もクルマも多く、港や工場も稼働していて活気があり、なんか文明社会に戻って来た感じがして、ちょっとホッとしてしまいました。
ここから先の駒ヶ嶺駅~浜吉田駅間が常磐線の付け替え区間になります。以前のルートは海に近い平地だったため、津波で壊滅的な被害を受けてしまい、内陸に移転して新たに高架の新線を建設したのですが、それにしても6年足らずでここまで復旧するスピードには感心してしまいます。
ということで、当初の予定通りに放棄された旧線区間の遺構を探しはじめたのですが、これがなかなか見つからない(汗)。そこらじゅうで大規模な土地改良が行われていて、地形まで変わってしまっているような状態で、あらかじめ地図で見当を付けていた場所に行っても、それらしきものが全く見つけられません(泣)
そこら中を右往左往しながら探索を続けましたが、時間だけが刻々と過ぎて行き、焦りの色が濃くなりはじめた頃、ようやくそれらしき遺構を発見しました!線路脇によく見られる『工』のマークが入ったコンクリートの杭がそれです!鉄道境界杭と言われるもので、国鉄時代の旧工部省の"工"がルーツですが、レールがモチーフにもなっているので、JRになった今でも同じマークが使用されているという目印です。
その杭自体もかなり削れていて怪しい状態でしたが、何とか原型ををとどめてくれたおかげで助かった!
あらためて眺めてみると、今は草ぼうぼうの荒れ地が、もともと線路だったとイメージが立体映像のように浮かび上がってきます。
喜び勇んでそのまま”もと”線路に沿って走ってゆくと、続いてさらに確たる遺構が出て来ました!それは小さな河川を渡る橋梁でしたが、堅牢な造りだったので津波にも耐えて残ることが出来たのでしょう。かつてはこの上を毎日決まった時間に電車が走っていたと想像して、なんかセンチメンタルな気持ちになってしまったテツ店長なのでした(泣)
やっとのことで目的は果たしましたが、ここで廃線探索は時間切れ。ここから最寄りの駅まで走って次の列車に乗らなければなりません!到着した常磐線の"山下駅"は、移転して2016年12月に開業したばかりのピカピカな新駅。ここだけがあまりに近代的すぎて、一瞬どこに来たのかを忘れてしまいそうな光景です。
自転車をたたんでホームに出ると、間もなく仙台行きの普通列車がやってきました。ここからは乗りテツのミッションに切り替えて、もう1ラウンド楽しむこととしましょう(笑)次にやってきたのは人でごったがえす夕方の仙台駅。さっそく発車案内表示を見てみると、ありました"臨時快速・気仙沼行き"の表示が!
これからの長丁場に備えて、出発までの合間に夕食を調達したら、ここはテツらしくちょっと早めにホームに出て列車のお出迎えを……。しばらく待っていると、夜の帳が下りた駅ホームにディーゼルエンジン音を響かせながら青い列車が入線してきました。それが今回テツ店長を東北まで呼び寄せる原動力となった、ジョイフルトレイン「Kenji」なる車両です。すっかり改造されているとはいえ、現役唯一のキハ58というところがテツ的にはポイントが高い!
こちらのキハ58系、旧国鉄の急行型気動車(ディーゼルカー)で、今や"急行"という列車種別自体もJRからほぼ絶滅してしまいましたが、昔は全国どこでも見ることのできた、まことに懐かしい車両なのです(涙目)この車両自体が相当古く、しかも改造されたのがバブル期ということで、内装は古くて豪華という非常に望ましい仕様。3両編成の車内は展望席もあり、全般ゆとりのある座席配置なので自転車を置くスペースにもまったく困りませんでした(笑)
ちなみに今回乗車した"臨時快速・気仙沼行き"ですが、何と始発駅の仙台を発車すると、次は終着駅の気仙沼まで約3時間ノンストップというテツもびっくりのダイヤで、いったいこれをどれだけの人が利用するのか、それだけでも興味の尽きない列車です!
全車自由席ということで、とりあえず座席を確保して出発を待ちましたが、自分以外に乗り込んだ乗客はパラパラといった感じで、せいぜい20人程度でしょうか?しかも大半は同業者(鉄道マニア)らしき人達だったのでした(苦笑)
列車が出発してしまえば、途中で乗車してくる人もいないので、それはもう静かなもので、なにやらミステリー列車といった趣で、逆にワクワクしてしまいます。
我らを乗せたキハ58は、ジョイント音を響かせながら夜の東北本線を下って、途中の一ノ関駅では方向を変えてさらに大船渡線を下って行ったのでした。すっかり暗くなってしまったので車窓は楽しめませんが、ひとりのびのびと買っておいた駅弁を頬張ったり、車内を探索したりしながら夜の列車旅を楽しんでいると、まもなく終点"気仙沼"に到着のアナウンスが聞こえてきました。
下車すると、21時を回った気仙沼駅は静まり返っており、人もまばらなホームでここまで連れて来てくれたキハ58「Kenji」に別れを告げて、その日のお宿に向かったのでした。
旅する人 河井孝介プロフィール
バイクプラス多摩センターの店長を務める49歳。前職で足かけ10年にわたる勤務を鉄道の無い(モノレール除く)沖縄県で過ごした反動からか、帰京後は輪行サイクリングの虜となり、現在は鉄道と自転車を組み合わせ、鉄道廃線跡や未成線など鉄道の歴史を辿るサイクリングをライフワークとする。鉄道趣味のジャンルは「乗り鉄」。旧国鉄型車両を心から愛し、ひそかにJR全線乗車にチャレンジ中。非常勤の防衛省職員である予備三等陸曹の身分も合わせ持っている。
Amazon.co.jp
じょいふる
Sony Music Labels Inc.