首都圏において「東京都自然公園MTB利用自主ルール」という名の冊子の配布が始まっている。マウンテンバイクで山道を走るとき、心がけたいルールやマナーをまとめた冊子だ。東京都が4月に公表する「自然公園利用ルール」策定を前に、マウンテンバイク愛好家たちが意見を出し合って自主的に提案するルール案だ。



冊子作成に至ったいきさつを含め、トレイルライドの現状を理解しながら読み進めて欲しい。

■マウンテンバイクが自然・人・地域と共存してゆくために

完成した「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子完成した「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子 「東京都自然公園MTB利用自主ルール・Safe Trails」と名付けられたその小冊子は、3月4日に完成し、東京都を中心とした首都圏一円の主要なMTB系ショップ等において一般マウンテンバイカーに向け配布が始まっている。

冊子の内容は、マウンテンバイクで山に入る際に、危険を避けるために準備すること、自然環境を守り、ハイカーとのトラブルを避けるために心がけたいこと、登山道を保護するために守りたいこと、山での行動のガイドラインとなること、トレイルを利用する際に心がけること、尊重したいこと、自粛したい行動や地域、その見分け方、自然公園法が定める特別保護地区などへの入山を控えることなどが項目ごとに記されている。英文表記もあり、東京都の自然公園を中心とした山岳地帯一円でマウンテンバイクを楽しむ人に向けて守りたいマナーが「自主ルール」として記されている。

表紙の副題に「自然・人・地域とマウンテンバイク共存のために」とあるように、マウンテンバイカーが永続的に自然のフィールドを楽しむために心がけたい内容がまとめられている。冊子のデータは東京都マウンテンバイク利用推進連絡協議会ホームページからPDFで閲覧・ダウンロードすることが可能だ。

3月4日には完成した冊子を配布するイベントを、東京あきるの市のフィールドで開催。冊子制作に関わったメンバーや、店頭で配布するサイクルショップ関係者らが集まり、意見交換とライドを楽しんだ。冊子は現在関東一円の配布協力店(一覧へ)に設置され、希望者に配布されている。東京近郊のフィールドでマウンテンバイクを楽しみたい人にはぜひ手にとってもらいたい内容だ。

■約900人のマウンテンバイカーが議論してできたルールブック

「東京都自然公園MTB利用自主ルール」と、配布会に集まったマウンテンバイク愛好家たち「東京都自然公園MTB利用自主ルール」と、配布会に集まったマウンテンバイク愛好家たち photo:Makoto.AYANO
この冊子が作られた経緯を説明しよう。昨年11月、東京都が「東京都自然公園利用ルール(案)」を公表した。そこには、東京近郊の秩父、高尾・陣場周辺の国立公園と自然公園一帯の登山道のマウンテンバイク乗り入れに対し自粛を促す「マウンテンバイクは登山道へ乗り入れないようにしましょう」という一文が記載されていた。

「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子の配布の様子「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子の配布の様子 photo:Makoto.AYANO中沢清さんが永井隆正さん(サイクランドコーフー)に冊子を手渡しする中沢清さんが永井隆正さん(サイクランドコーフー)に冊子を手渡しする photo:Makoto.AYANO


その一文に「このままでは山でMTBに乗れなくなる」と危機感を持ったマウンテンバイカーたちが反応し、都に対して意見する「パブリックコメント」を募る運動がFacebook上で起こった。「東京都自然公園MTB利用ルール問題を話し合う場」と名付けられたコミュニティには約900人が加わり、活発に意見を出し合った。その結果、その意見を反映させた、マウンテンバイカーたちの側から「自主ルール」をつくろうという動きになった。登山道を利用するハイカーなどと共存する方法や、自然を守り、安全を確保しながらトレイルと関わっていくための方法を自ら定めたこの冊子を作る動きにつながっていった。冊子製作にあたってはコミュニティ上で寄付が募られ、6000部が製作された。デザインや印刷費など経費の全額が有志による寄付で賄われた。

「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子について説明する中沢清さん「東京都自然公園MTB利用自主ルール」冊子について説明する中沢清さん photo:Makoto.AYANO配布会には池田佑樹さん(トピーク・エルゴン)らの姿も配布会には池田佑樹さん(トピーク・エルゴン)らの姿も photo:Makoto.AYANO


配布会の後には皆でパンプトラック走行会を楽しんだ。ここは友の会が地域の協力を得て活動拠点とするフィールドだ配布会の後には皆でパンプトラック走行会を楽しんだ。ここは友の会が地域の協力を得て活動拠点とするフィールドだ photo:Makoto.AYANO走行会では目一杯楽しむ走行会では目一杯楽しむ photo:Makoto.AYANO


冊子は現在ショップや施設に配布が進んでいるが、その配布についてもメンバーたちが自転車に乗って届けて回り、ここに至る経緯や会の意向を伝えながら配布を行うなど、地道ながらも心のこもった活動となっている。

■地域と共生する活動が都環境局とのつながりをつくった

こうして活性化したコミュニティから14人の委員からなる「東京都マウンテンバイク利用推進連絡協議会」が結成され、活動している。なかでも活動の中心となった中沢清さん(西多摩マウンテンバイク友の会会長、MTBショップ「ナカザワジム」代表)が都の環境局との会議に出席。会で取りまとめた意見を伝え、普段から西多摩マウンテンバイク友の会がフィールドとする東京西部のあきるの市での活動を例に上げるなどして、マウンテンバイク愛好者たちが地域と共生しながらライドを楽しむ取り組みを続けてきたことなどを説明。担当者の理解を得るに至った。

中沢さんらの「西多摩マウンテンバイク友の会」は、すでに数年前からトレイル付近の地域住民と一体になって、里山再生や山林の整備を行い、地域活動への参加を通じて未来につながる活動を続けてきた。
地域や自治体と共生しながら里山を守り、そのうえでMTBを楽しむという友の会の活動は都の知るところとなり、活動場所である東京西部の丘陵地帯は規制地域からも外されていた。中沢さんは都のルール案検討委員会にもMTB関係者の代表として参加するなど、都との窓口的な役割を果たしている。ここからは中沢さんに経緯を伺いながら、意見を伺っての話を綴ろう。

西多摩マウンテンバイク友の会 活動の様子
地元の人達の協力を得ながら里山の整備を行う地元の人達の協力を得ながら里山の整備を行う photo:西多摩マウンテンバイク友の会倒木や落ち葉集めなど、里山の再生活動を行ってきた倒木や落ち葉集めなど、里山の再生活動を行ってきた photo:西多摩マウンテンバイク友の会

マウンテンバイク友の会として地域の活動やイベントにも参加してきたマウンテンバイク友の会として地域の活動やイベントにも参加してきた photo:Makoto.AYANO安全に乗るための「グッドマナーキャンペーン」を展開。マウンテンバイカーの意識もあげていく安全に乗るための「グッドマナーキャンペーン」を展開。マウンテンバイカーの意識もあげていく photo:西多摩マウンテンバイク友の会


■登山道の利用人口増による危険増大が発端だった

東京都の「ルール案」が作られるに至った理由から振り返ってみよう。
都にとって、もっとも頭の痛い問題はトレラン人口の増加だった。申請さえないゲリラ大会が週末ごとに開催され、もともとハイカーが増え登山道の人口密度が増したところに、スピードのあるランナーを危険視する声がハイカーから挙がりはじめる。衝突やすれ違いの滑落事故などが懸念されるなか、ランナーだけでなく、ハイカー、マウンテンバイカーなど登山道を利用する人すべてに対し、おもには危険防止の観点からある一定のルールを決めるべきだろうということになり、都は今年4月に公表する「東京都自然公園利用ルール」をつくるために前述の「案」を公表するに至ったのだ。

■事故が起これば規制はできる。スキー、スノボ禁止の例も

マウンテンバイクをトレイルで楽しむために必要なことは?マウンテンバイクをトレイルで楽しむために必要なことは? photo:Makoto.AYANOトレランに対して環境省は、2月に都内で国立公園内でのトレラン大会に関する説明会を開き、厳正な自然保護を行う特別保護地区と第1種特別地域では大会を開催しないという指針を示した。説明会では「国立公園の登山道は走るために造られていない」と強調された。事前に申請するなど一定の条件を満たせば開催は可能だが、トレラン愛好者たちも危機感をつのらせ、交渉するための協議会設立に向けて動いている。
東京都自然公園利用ルールでは、人気の高い高尾山においては主要登山道のひとつは歩行者専用とし、トレランを行うコースとは分けられた。

3月中旬、静岡県ではスキーとスノボを禁止するよう富士登山ガイドラインが改定された。昨年、富士山火口周辺でスノーボードをしていた男性が滑落、死亡した事故などを受け、スキーやスノーボードによる滑走を禁止することが明示されたのだ。この例を見るように、事故が起こると再発防止のために規則ができることは避けられない。

人が住み、地権者の居る里山と、国や都が管理する国立公園や自然公園は別のものだ。里山でのマウンテンバイクライドは、常に地権者の居る山を走るという面で「人の所有する山を走らせてもらう」という関係に配慮した行動をとらなくてはトラブルは避けられない。いっぽう、国立公園や自然公園では、対人関係はなくとも事故が起きるとその管理者である国や自治体に責任が生じる。トレイル利用には自然保護の観点も欠かせないが、今回おもに問題となっているのは、安全面をどう担保するかという問題だ。

■中沢清さん「冊子を作ったここからがスタート。皆がフィールドを守る意識を」

お話を伺った中沢清さん(西多摩マウンテンバイク友の会会長、MTBショップ「ナカザワジム」代表)お話を伺った中沢清さん(西多摩マウンテンバイク友の会会長、MTBショップ「ナカザワジム」代表) photo:Makoto.AYANO都と対話を続けてきた中沢さんは言う。「都が問題にしているのは、とにかく最近は登山道に人が多すぎるということ。何かしら対策を講じておかないと事故が起きてしまう。それを心配しているんです。都も、MTBを登山道から全面的に締め出すというつもりはなくて、例えばハイカーの多い登山道は避けてほしいということと、水源地など自然公園として保護された一帯には入らないで、と呼びかけています。

トレイルでのマウンテンバイカーのマナーが概ね良いことは、都の担当者も充分知っています。私達も今まで休日や人が多い時間帯を避けて山に入るなどしてきたけど、もうそういった個人個人のマナー頼みの時代は終わりつつあるのかもしれません。とくに東京の山は地方と違って比べ物にならないほど利用者が多い。何か手立てを打っておかないと事故が起きてからでは遅い。そんな危機感があるようです。

『ルール』は条例や法律ではなく、そこに行かないためのものです。今回の件と、作成した自主ルール冊子は、トレイル問題についてもう一度マウンテンバイカー皆が話しあうきっかけになるといいですね。今回、関係者たちがまとまってひとつの活発な会ができたことは大きい。都にとっても、何かコトが起きた時、誰に話をすればいいか、わかりやすい窓口ができたことも大事なことです。

冊子を作ったから終わりではなく、むしろマウンテンバイカーから自主ルールを宣言してしまったわけですから、今後は行動していく責任が生じます。これからです。これから何をするかが問われてきます。
MTBの業界、団体、メーカー、ディーラー、ショップ、そしてライダーたち、MTBに携わる関係者がつながったのですから、皆で同じ方向を向いてフィールドを守り、未来につながる流れを作っていくことが大切ですね」。

photo&text:綾野 真/Makoto.AYANO(編集部)

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