2014/07/09(水) - 13:07
7月5日から3日間、イギリスを駆け抜けたツール・ド・フランス2014。ヨークシャーからロンドンまでを走った3日間はプロトンのみならず、世界中の自転車ファンに大きなインパクトを与えた。実際に、現地のサイクリングファンは今回のツールをどう考えているのか。現在、ロンドンに拠点を置いて活動している青木陽子さんの現地レポートをお届けしよう。
激しい竜巻のようなツールが、イングランドの大地を北から南に抜けていった……と、ツールを送り出した翌朝、ロンドンで少し呆けた気分を味わっている。
イングランド北部のヨークシャーでスタートした今年のツールが、ASOレースディレクターのクリスチャン・プリュドム氏をして「感動してしまった」と言わしめる大盛況だったのは、日本のファンにももうよく知られていると思う。報道によると、最初の2ステージはそれぞれ200万人の人出があり、平日だったロンドンステージもおよそ100万人が沿道で観戦したという。意外なことに、過去のツールと比較しても歴史的な観客動員数なのだそうだ。フランスでもなかなかこの人数は集まらない。
ちなみに、ロンドンステージでは、東京で言えば日本橋から日比谷までのような都心の幹線道路が東西に封鎖されたので、阿鼻叫喚の渋滞地獄になるかと思ったが、オリンピックやロンドンマラソンなどのイベントで慣れてきているのか、それほどひどいことにはならなかった。
ロンドンや郊外で毎日のように自転車に乗り、サイクリングクラブにも所属しているひとりとして、「イギリスがこんなに自転車好きなわけない……」と正直目がクエスチョンマークになったのだが、すさまじい人出があったことはまぎれもない事実だ。
実際、第3ステージのゴール前最後のコーナー、バッキンガム宮殿前は最終的には8重くらいの人垣になっていた。多くの選手がこの人出に感謝のツイートを出しているが、沿道の声援が大きすぎて、耳が遠くなりそうだったという選手もいた。
この異次元のにわか人気はどこから来たのだろう? 一昔前までは自転車はワーキングクラスに人気のスポーツで、とくにヨークシャーなどイングランド北部では、じつは若い頃に自転車に夢中になった経験のある中高年男性が多いからだという説。
ダービシャー出身のデザイナー、ポール・スミスさんに以前インタビューしたときにそのようなエピソードを伺ったこともあるので、これはある程度大きな要素だったかもしれない。
また、ヨークシャー人はことさら強い愛郷心の持ち主だから、世界の目が集まるとなって、じゃあ盛り上げてやろうじゃないのとつい本気を出したという説。
これもかなりありそうだと思う。観光客誘致になり、経済効果がありそうだということで、長期間PRが打たれていたのも目にしていた。ある町ではパブ経営者が相談して、「レッド・ライオン」→「リオン・ルージュ」など街中のパブの名前をフランス語(風)におもしろおかしく変更したというPR作戦も話題を集めていた。
他にも、ガーデニング愛好家のネットワークでは、テレビ映りのために沿線に花を多くする呼びかけも行われたりと、ツールを盛り上げようと多くの動きがあった。
ここまではイギリス人のノリがよくお祭り上手な面でとてもいい話だけれど、ノリが良すぎて今回問題になったのは、#TDFselfieのハッシュタグで写真をアップしようとして選手と接触しそうになる人が大勢発生したことだった。
チームスカイはセルフィー(自画撮り)用に、舐めると舌が真っ青になる「TOUR FEVER」キャンデーを配ったりしていたが、もっと低レベルなセルフィーがブレイクしてしまった。プロトンといかにもぶつかりそうに見えるセルフィーを得意満面でアップした女性にレースファンから大量の「アホ」「バカ」コメントが届いてそれがまたニュースになったりもしている。
ロンドンに向かう第3ステージではさすがにセルフィー騒動はあまり耳にしなかったが、観客との接触の余波でアンディ・シュレック選手が戦線離脱に。このあたりは、自転車レース慣れしていない観客がプロトンの動きやスピードを予測できていないのは絶対にあるだろうし、観客が立ちにくい道をコースに多く入れてしまった主催者側にも責任があるというファンの声も多い。
そんなこんなで、ヨーロッパにありながら少数派の不遇を味わっているイギリスの自転車ファン、サイクルレースファンは、今回の思わぬ盛り上がりに「これで自転車の地位が少しは上がって安全に走れるようになるかも」という期待をしたり、セルフィー落車など同胞のふるまいに胸を痛めたり、平日都心の大規模道路封鎖で自転車がまた悪者にされるのではとハラハラしたり、なんとも消耗する3日間を過ごしたのだ。楽しかったというより、疲れたというのがわたし個人の感想である。
救いは、ASOとクリスチャン・プリュドム氏が今回のイギリスでの成功を非常に高く評価していて、数年内にもまたイギリスで開催する可能性があるらしいということだ。この盛り上がりを保ちつつ、サイクルレースが大陸各国でのようにもっと一般的になるよう、マスコミ、自転車NGO、行政などと協力して運動していかなければと、いま英国内の多くのサイクリストは考えていると思う。
text:AOKI YOKO
photo:AOKI YOKO,MakotoAYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele
edit:NaokiYASUOKA
激しい竜巻のようなツールが、イングランドの大地を北から南に抜けていった……と、ツールを送り出した翌朝、ロンドンで少し呆けた気分を味わっている。
イングランド北部のヨークシャーでスタートした今年のツールが、ASOレースディレクターのクリスチャン・プリュドム氏をして「感動してしまった」と言わしめる大盛況だったのは、日本のファンにももうよく知られていると思う。報道によると、最初の2ステージはそれぞれ200万人の人出があり、平日だったロンドンステージもおよそ100万人が沿道で観戦したという。意外なことに、過去のツールと比較しても歴史的な観客動員数なのだそうだ。フランスでもなかなかこの人数は集まらない。
ちなみに、ロンドンステージでは、東京で言えば日本橋から日比谷までのような都心の幹線道路が東西に封鎖されたので、阿鼻叫喚の渋滞地獄になるかと思ったが、オリンピックやロンドンマラソンなどのイベントで慣れてきているのか、それほどひどいことにはならなかった。
ロンドンや郊外で毎日のように自転車に乗り、サイクリングクラブにも所属しているひとりとして、「イギリスがこんなに自転車好きなわけない……」と正直目がクエスチョンマークになったのだが、すさまじい人出があったことはまぎれもない事実だ。
実際、第3ステージのゴール前最後のコーナー、バッキンガム宮殿前は最終的には8重くらいの人垣になっていた。多くの選手がこの人出に感謝のツイートを出しているが、沿道の声援が大きすぎて、耳が遠くなりそうだったという選手もいた。
この異次元のにわか人気はどこから来たのだろう? 一昔前までは自転車はワーキングクラスに人気のスポーツで、とくにヨークシャーなどイングランド北部では、じつは若い頃に自転車に夢中になった経験のある中高年男性が多いからだという説。
ダービシャー出身のデザイナー、ポール・スミスさんに以前インタビューしたときにそのようなエピソードを伺ったこともあるので、これはある程度大きな要素だったかもしれない。
また、ヨークシャー人はことさら強い愛郷心の持ち主だから、世界の目が集まるとなって、じゃあ盛り上げてやろうじゃないのとつい本気を出したという説。
これもかなりありそうだと思う。観光客誘致になり、経済効果がありそうだということで、長期間PRが打たれていたのも目にしていた。ある町ではパブ経営者が相談して、「レッド・ライオン」→「リオン・ルージュ」など街中のパブの名前をフランス語(風)におもしろおかしく変更したというPR作戦も話題を集めていた。
他にも、ガーデニング愛好家のネットワークでは、テレビ映りのために沿線に花を多くする呼びかけも行われたりと、ツールを盛り上げようと多くの動きがあった。
ここまではイギリス人のノリがよくお祭り上手な面でとてもいい話だけれど、ノリが良すぎて今回問題になったのは、#TDFselfieのハッシュタグで写真をアップしようとして選手と接触しそうになる人が大勢発生したことだった。
チームスカイはセルフィー(自画撮り)用に、舐めると舌が真っ青になる「TOUR FEVER」キャンデーを配ったりしていたが、もっと低レベルなセルフィーがブレイクしてしまった。プロトンといかにもぶつかりそうに見えるセルフィーを得意満面でアップした女性にレースファンから大量の「アホ」「バカ」コメントが届いてそれがまたニュースになったりもしている。
ロンドンに向かう第3ステージではさすがにセルフィー騒動はあまり耳にしなかったが、観客との接触の余波でアンディ・シュレック選手が戦線離脱に。このあたりは、自転車レース慣れしていない観客がプロトンの動きやスピードを予測できていないのは絶対にあるだろうし、観客が立ちにくい道をコースに多く入れてしまった主催者側にも責任があるというファンの声も多い。
そんなこんなで、ヨーロッパにありながら少数派の不遇を味わっているイギリスの自転車ファン、サイクルレースファンは、今回の思わぬ盛り上がりに「これで自転車の地位が少しは上がって安全に走れるようになるかも」という期待をしたり、セルフィー落車など同胞のふるまいに胸を痛めたり、平日都心の大規模道路封鎖で自転車がまた悪者にされるのではとハラハラしたり、なんとも消耗する3日間を過ごしたのだ。楽しかったというより、疲れたというのがわたし個人の感想である。
救いは、ASOとクリスチャン・プリュドム氏が今回のイギリスでの成功を非常に高く評価していて、数年内にもまたイギリスで開催する可能性があるらしいということだ。この盛り上がりを保ちつつ、サイクルレースが大陸各国でのようにもっと一般的になるよう、マスコミ、自転車NGO、行政などと協力して運動していかなければと、いま英国内の多くのサイクリストは考えていると思う。
text:AOKI YOKO
photo:AOKI YOKO,MakotoAYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele
edit:NaokiYASUOKA
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