2012/01/20(金) - 07:01
グレートオーストラリア湾、つまり南極大陸の方角から、一定の風がビクターハーバーに吹き付けている。自走でアデレードからやってきたサイクリストや、熱心なファン、たまたま通りがかった観光客に見守られて、ビッグスプリンターたちによるバトルが繰り広げられた。
Take the ride of your life. photo:Kei Tsujiアデレードの中心部から南に数キロ下ったアンレーには、服屋やカフェ、レストランが並ぶ目抜き通りがある。第3ステージのスタート地点はそんな目抜き通りのど真ん中。選手たちは宿泊先のヒルトンホテルからわざわざクルマに乗って数キロしか離れていないスタート地点に到着した。
気温は25度に満たず、日陰に入ればずいぶんと涼しい。日射しは強烈なので、選手たちは沿道のカフェに逃げ込み、テーブルを陣取ってスタートの準備を続ける。
スタート前にコースマップをチェックする宮澤崇史(チームサクソバンク) photo:Kei Tsujiチームメイトたちとカフェに入った宮澤崇史(チームサクソバンク)は、エスプレッソを飲みながらチームの作戦についてこう語る。
「大きな逃げグループには警戒するように言われたけど、今日は集団スプリント。ラスト1kmのロータリーの入りで勝負は決まるだろうから、ラスト3kmの登りを越えた後、スピードでスプリンターを前に連れて行くのが仕事。脚の痛さは寝たら少しは和らいだ」。
集団後方で走る宮澤崇史(チームサクソバンク) photo:Kei Tsujiプロトンはアデレードの喧噪を抜け、幹線道路を南に向かう。クルマで30分も走れば建物が姿を消し、目の前に広大な風景が広がる。
視界に入ってくる色は、空の青、乾いた樹々の緑、生き生きしたブドウ畑の緑、枯れ草の褐色、そしてアスファルトの灰色しかない。
ゴール地点のビクターハーバーは、山岳ポイントを越えた先の平野部のその先。南の海から吹き付ける風に対し、コースは小刻みに方向を変える。集団をまっ二つに破壊するような強さではないとは言え、コンスタントに吹く風が選手たちを消耗させる。強烈な太陽光線も手伝って、コースプロフィール以上の厳しさがある。
観客に見守られてレースは進む photo:Kei Tsuji
高速で平坦路を駆け抜ける逃げグループ photo:Kei Tsujiビクターハーバーはその名の通り港町。グレートオーストラリア湾に突き出たフルリオ半島の根本にあり、アデレード港が栄えるまではサウスオーストラリアを代表する港だったという。
時間が無かったので訪問できなかったが、街の中には捕鯨基地の博物館もある(オーストラリア人と話すと日本の捕鯨反対を訴えられることが時々あるけど、19世紀には彼らも捕鯨をしていた)。
宮澤崇史(チームサクソバンク)は集団の中程に位置 photo:Kei Tsuji沖に浮かぶグラニット島はフェアリーペンギンの生息地として知られ、その島に向かって橋が伸びている。その橋を、馬引きトラムという一風変わった乗り物が行き来する。かつての港湾はリゾートの雰囲気に溢れた観光地に姿を変えている。水分を含んだ海風が、日焼け止めの臭いをゴールラインに運んでくる。
ツアー・ダウンアンダーはUCIワールドツアーレースとして素晴らしい運営がなされていると思う。だけどゴール地点にスクリーンがないので、ゴール前のレース展開が全く分からない。アナウンサーが大声で展開を絶叫しているが、頭の中で映像が浮かんでくるような具体的な情報に乏しい。
アデレード郊外の定番観光地として有名なビクターハーバー photo:Kei Tsujiゴールにアンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・ベリソル)の姿が先頭で飛び込んでくる。隆々と筋肉が詰まった片腕が、ビクターハーバーの空に突き上げられる。グライペルのスプリントはとにかく上半身が安定していて力強い。
グライペルは周りの選手の動きを逐一見ながら、ここだ!というタイミングでスプリントを開始している(ということを録画映像で見る)。急激に加速するタイプのスプリンターではないが、高速域の伸びが際立つ。「加速で出遅れたか?」と思わせておいて、ゴールラインのその先まで伸びていく感じ。
今大会2勝目を飾ったアンドレ・グライペル(ドイツ、ロット・ベリソル) photo:Kei Tsujiグライペルはこれがダウンアンダーのステージ通算10勝目。ちなみにグライペルよりもダウンアンダーで勝っているのは、ステージ通算13勝のロビー・マキュアン(オーストラリア、グリーンエッジ)だけ。そのマキュアンはステージ5位でレースを終えている。
宮澤は81位でゴール。「一日中ずっと脚を使うようなレースだった。逃げが決まってからも横風が吹いていて、常に集団先頭は交代しながら回っている状態」。風との闘いを終えた顔には疲労の色が写り込む。
メイン集団内でゴールした宮澤崇史(チームサクソバンク) photo:Kei Tsuji「ずっと風が吹いて、ずっと集団内でポジション争い。どのチームも前に行きたいから、総合狙いのルーク(ロバーツ)とセルジオ(パウリーニョ)、それからジョナサン(キャンウェル)を前に連れて行く繰り返し。ラスト3kmの登りの時点でもう脚が残っていなくて、予定通りのアシストはできなかった」。
そんなインタビューをしている横で、チームサクソバンクのビャルヌ・リース監督が何やらジャージに着替えている。着替えながら「タカシ、お前もバイクに乗って帰るか?」とニヤニヤと声をかける。アデレードまで、アップダウンのある90kmを自走で帰るつもりらしい。
自走でアデレードに向かうチームサクソバンクのブラドリー・マックギー監督やビャルヌ・リース監督ら photo:Kei Tsuji「このチームの監督はみんな走るんだよな」と宮澤はこぼす。リース監督にお供したのは、チームに帯同しているニコラス・ゲイツ監督とブラドリー・マックギー監督。つまりチームの首脳陣が全員自走でアデレードに帰る。
ルーク・ロバーツの知り合いという人物が加わり、首脳陣3人はサドルに跨がってアデレードまで帰路についた。
1996年のツール・ド・フランスの覇者は、最初の登りで結構辛そうな顔をしていた。無事にアデレードに帰着したかどうかは確認できていない。数日後にはツール・ド・サンルイスに帯同するためアルゼンチンに向かうというのに、元気な47歳だ。
text&photo:Kei Tsuji in Adelaide, Australia
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気温は25度に満たず、日陰に入ればずいぶんと涼しい。日射しは強烈なので、選手たちは沿道のカフェに逃げ込み、テーブルを陣取ってスタートの準備を続ける。
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「大きな逃げグループには警戒するように言われたけど、今日は集団スプリント。ラスト1kmのロータリーの入りで勝負は決まるだろうから、ラスト3kmの登りを越えた後、スピードでスプリンターを前に連れて行くのが仕事。脚の痛さは寝たら少しは和らいだ」。
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視界に入ってくる色は、空の青、乾いた樹々の緑、生き生きしたブドウ畑の緑、枯れ草の褐色、そしてアスファルトの灰色しかない。
ゴール地点のビクターハーバーは、山岳ポイントを越えた先の平野部のその先。南の海から吹き付ける風に対し、コースは小刻みに方向を変える。集団をまっ二つに破壊するような強さではないとは言え、コンスタントに吹く風が選手たちを消耗させる。強烈な太陽光線も手伝って、コースプロフィール以上の厳しさがある。
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グライペルは周りの選手の動きを逐一見ながら、ここだ!というタイミングでスプリントを開始している(ということを録画映像で見る)。急激に加速するタイプのスプリンターではないが、高速域の伸びが際立つ。「加速で出遅れたか?」と思わせておいて、ゴールラインのその先まで伸びていく感じ。
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宮澤は81位でゴール。「一日中ずっと脚を使うようなレースだった。逃げが決まってからも横風が吹いていて、常に集団先頭は交代しながら回っている状態」。風との闘いを終えた顔には疲労の色が写り込む。
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そんなインタビューをしている横で、チームサクソバンクのビャルヌ・リース監督が何やらジャージに着替えている。着替えながら「タカシ、お前もバイクに乗って帰るか?」とニヤニヤと声をかける。アデレードまで、アップダウンのある90kmを自走で帰るつもりらしい。
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ルーク・ロバーツの知り合いという人物が加わり、首脳陣3人はサドルに跨がってアデレードまで帰路についた。
1996年のツール・ド・フランスの覇者は、最初の登りで結構辛そうな顔をしていた。無事にアデレードに帰着したかどうかは確認できていない。数日後にはツール・ド・サンルイスに帯同するためアルゼンチンに向かうというのに、元気な47歳だ。
text&photo:Kei Tsuji in Adelaide, Australia
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