2011/07/07(木) - 21:15
ブルターニュの村々をつなぐ田舎道。その道はあまりに狭く、曲がりくねっていた。「こんなに細い道がツールに採用されるのは今までなかったな」と思いながらプレスカーを走らせる。
観客の応援は今日も賑やかでアツイ。白と黒のブルターニュ地域旗「グエン・ア・デュ」がひときわ目立つ。途中で通過する街イフィニヤックはブルターニュが産んだツール5勝の英雄・ベルナール・イノーのふるさとだ。フィニステール県から海に突き出した岬カプ・フレルへ。その変化に富んだコースが今日のレースの行方を大きく変えた。
ブルターニュの旗があちこちで振られる photo:Makoto Ayano
スタート前にレキップ紙を読むカデル・エヴァンス(オーストラリア、BMCレーシングチーム) photo:Makoto Ayano
おまけにブルターニュ旗が勢い良くたなびくほど風が強かった。海が近づけば海風が吹く。今日一日でいったい何度レースラジオが「シュット=落車」を繰り返しただろう。気が休まるはずの平坦ステージにはまったくならなかった。
落車!落車!落車! 相次いだトラブル
豚も元気に声援を送る! photo:Makoto Ayanoとにかくコースが狭くて曲がりくねっている。そして道幅が細い。例えて言えば「ジロ・デ・イタリアのよう」。あくまでもレースの傾向としてだが、ツールでこんなも細い田舎道がコースに取り入れられることは少ない。
ツールの随行車両は他のグランツールと比べ物にならないほど多く、関係車両にトラブルがあった際にまるごと引き受ける大型のレッカー車まで随行している。その通行ができない道は基本的に採用されないと思っていたが、このコースは大型車では通ることが厳しい道だ。オートバイや随行車両と選手との接触事故が起こるのもうなずける。
71km地点で落車し、リタイアしたヤネス・ブライコヴィッチ(スロベニア、レディオシャック) photo:Makoto Ayanoブライコヴィッチ、ヘーシンク、コンタドール、ウィギンズ、ボーネン...。有力メンバーもことごとく転んだ。
もっとも被害の大きかったのはレースを去らざるを得なかったブライコヴィッチだ。レディオシャックの総合狙いのリーダーは、脳しんとうを起こしてレースに戻ることができなかった。
チームによればブライコヴィッチは落車のことは何も覚えておらず、落車の瞬間は覚えているが、ドクターが呼びかけに気づいたときには、どこで何のレースに出ているかも分からない、一時的な記憶喪失状態だったという。
フェンスと接触して落車したイバン・ベラスコ(スペイン、エウスカルテル) photo:Makoto Ayano「スーパー・ディスアポインテッド(失望)だ。僕にとって最悪のシナリオ。ツールのためにすべてのシーズンをかけてフォーカスしてきたのに、たった5日で終り。でも回復は早そうだから、次の目標をブエルタに切り替えて、そこで結果を出すことを考えるよ。しかし、それでもツールはやっぱり特別。僕の心には厳しい。とても悲しい」
レディオシャックは第1リーダーを失っただけでなく、ライプハイマーとポポヴィッチの2人も落車し、ともに手首を痛めた。
ブリュイネール監督は言う「チームにとって悪すぎる状況だ。4人の総合狙いの選手を揃えて山のステージまで備えようとしたのに...。でもこれがツール・ド・フランスだ。選手たちはいつでもナーバスだ。リーヴァイは落車した。ホーナーはホイール交換して自力で集団に戻った。でもヤニ(ブライコヴィッチ)は病院へ。ポポ(ヴィッチ)は彼を待っていたが、(諦めて集団を追いかけていたときに)後で救急車と接触して落車した。一時はチームの半分以上のメンバーが後方に取り残された。
102km地点で落車したトム・ボーネン(ベルギー、クイックステップ) photo:Makoto Ayano残り60kmでのボーネンの落車は相当ひどかったようで、走りだすまでに時間がかかった。チームメイトのステーグマンスも同様で、身体のあちこちから血を流し、ジャージはボロボロに破れている。エンヘルスに伴われて13分以上の遅れでゴール。なんとかタイムアウトをまぬがれている。クイックステップの3人がゴールまでたどり着いたとき、観客からはその勇気を称える拍手が沸いた。
ひどかったケースはニキ・ソレンセン(サクソバンク)だ。横を走るフォトグラファー・オートバイに引っ掛けられて転ばされ、自転車だけはオートバイに引きずられて走った。
「安全なように道の端を走っていたらモーターバイクが僕を引っ掛けた。ヤツは実際近づきすぎていた。僕の自転車は200mも引き摺られていったんだ。僕は地面に激しく落ちた。でも幸運なことに明日も走れる」
102km地点で落車したトム・ボーネン(ベルギー、クイックステップ)が再スタート photo:Makoto Ayanoこのフォトグラファーはレース後にプリュドム氏によってレース除外の通告を受けている。しかし、どうやら選手からも同情の声がないところをみると、日常的に選手に危険な思いをさせている通信社のスチル・フォトグラファーだったらしく、非難轟々だ。
フグルサング(レオパード・トレック)はとくに厳しいツィートで攻撃する。「ニキ・セレンセンを落車させたやり過ぎのフォトグラファー・モト、僕は君がツールから追い出されることを望んでいるよ。…恥を知れ!」「彼がいなくなるといういいニュースを聞いたよ!これで僕のフラストレーションもなくなるし、また明日へ前向きになれるよ」
近年でもっとも危険な最悪のステージ?
危険回避のため、リクイガス・キャノンデールも集団前方に位置 photo:Makoto Ayano選手たちのツィートをみると、この日のステージがいかに危険なものだったのか、そしてそれに怒っていることがよくわかる。
フグルサングはステージを走り終えてこうツィートしている「無事に生き残ることができて、神に感謝! 今まで経験したなかで、一番ばかばかしいステージだ! ASO、これはよくないよ。みんなにひどいケガがないことを祈る!」
落車したウィギンズ「クレイジーだ。とにかく最悪のステージだった。終わってよかった。とにかく恐ろしいステージだった。それほど激しい落車じゃなかった。転んだ時にハンドルとブレーキを曲げただけですんだ。そんな感じ。
チャリンギ(ラボバンク)「クラッシュして、待って、戻って、またクラッシュして、待って、戻って。ストレス。それが今日の僕の主な体験だ。幸運にもヘーシンクは戻ることができたよ」。
カヴ 愛犬アンバーに捧げる勝利
牧草のロールに乗るのはお馴染みの風景 photo:Makoto Ayanoこの日、コースが難しかったのはゴール前数キロについても同様だった。平坦ステージ、あるいは軽い上り勾配があるとロードマップに記されていたコースの実際は、海岸沿いの道路ならではの変化があった。
ラスト3kmの上り坂はクライミング能力のないスプリンターの多くをふるい落とし、フラムルージュ手前ではジェットコースター的に下って、上った。ここではバイクを操るテクニックに欠ける選手が後退した。
複雑なコーナーを経てゴールまでのラスト200mは緩い登り坂。スプリンターを差し置いてジルベールが前に来たことからもそのコースのクセが分かるだろう。しかし、意外にもここでカヴェンディッシュが信じられないほどの力を発揮した。
スプリントを繰り広げるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、HTC・ハイロード)とフィリップ・ジルベール(ベルギー、オメガファーマ・ロット) photo:Makoto Ayanoマルティンから早くに離れてしまった状況に陥りながら、最後は一人で勝利への道を切り開いた。スピードとパワー、そしてテクニックもナンバーワンであることを証明した。
「残り2~3kmの地点で、ぼくは後ろに追いやられたんだ。グライペルが強力な脚でやってきて、ちょっと接触した。大柄の選手が相手だと、ぼくにはどうしようもないんだ。それで後に下がって考えた。"いまがそのときだ……マイヨヴェールのためのポイントを取り行くべきだ"と。」
「その瞬間は数ポイントを稼ぐだけのつもりだったけど、そこにはブラドレー・ウィギンズがいて、ジェレイント・トーマスもいた。彼らがちょうどアタックしたんだよ。残り200~300mのところで、ぼくは全力を出した。ほんとうに勝つとは思ってなかったけど、うまく加速できた。」
「ジルベールの横に飛び出して、文字通りに脚を燃焼させたんだ……ほんとうにものすごくきつかった。走って、走って、走り抜いた。そして勝てたことに驚いている。はるか後方からアタックしたからね。でも、ほんとうにうれしい」。
歓喜のガッツポーズを繰り出すマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、HTC・ハイロード) photo:Makoto Ayanoここまで勝てないことで不調が囁かれたカヴだが、むしろ好調なことを走りで示した。上り坂のこなせるカヴは無敵だ。
「がんばって登ったよ!残り3kmで登りになって厳しかった!とても苦しかった。こんなにきつかったことはないよ。脚は売り切れていた。でも諦めなかったんだ。そして勝てた。ほんとうに嬉しいよ」
「前に、もっと苦労して勝ったこともあったけれど、簡単に脱落することもあった…だから、ともかく、ぼくの調子はいいってことだよ。僕らHTCは一番強いチームなんだ。だから今年のツール主催者は僕らにやすやすと勝利させないようにコースを難しくしているんだ」。
カヴは記者会見でこのツール通算16勝目の勝利を、火曜日に天国へと旅だった愛犬のアンバーに捧げたいと話した。「アンバーはボクのリトルベイビーだったのに」。表彰式の際、カヴの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。昨年のツールでは不調が続いた末に挙げた最初の勝利で涙を流したが、今回は涙こそ溢れなかったが、目頭は赤くなっていた。それがアンバーへの気持ちだったようだ。
ゴール後、地面に座り込むマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、HTC・ハイロード) photo:Makoto Ayanoそしてゴール後にカヴに届いたいいニュースが、ボーネンとロハスが中間スプリントポイントでの危険行為で降格になったこと。ふたりはぶつかりあい、「ペタッキに肘打ちされた」とロハスが抗議している。
カヴ自身、第3ステージでフースホフトとともに中間スプリントでの危険行為で降格処分を受けている。これでカヴはマイヨヴェール争いにおいて4位に浮上した。残りのスプリントステージでも勝利を重ねれば、マイヨヴェールは狙える。
しかし、中間スプリントではいまいち冴えないカヴ。専属スプリントコーチであるエリック・ツァベルは、カヴが中間スプリントに積極的でない理由を次のように説明する。「ステージ勝利を複数挙げればカヴはヒーローだ。しかし中間スプリントをいくつか勝っても、そうじゃない」「カヴは勝つことに喜びを求めるパッションのライダーだ」。
一方、昨年のマイヨヴェール獲得者ペタッキは中間で降格処分を受けてポイントなし。ゴールでも上位着には絡めず。ペタッキのマイヨヴェールは今年はなさそうだ。
photo&text:Makoto.AYANO
観客の応援は今日も賑やかでアツイ。白と黒のブルターニュ地域旗「グエン・ア・デュ」がひときわ目立つ。途中で通過する街イフィニヤックはブルターニュが産んだツール5勝の英雄・ベルナール・イノーのふるさとだ。フィニステール県から海に突き出した岬カプ・フレルへ。その変化に富んだコースが今日のレースの行方を大きく変えた。
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おまけにブルターニュ旗が勢い良くたなびくほど風が強かった。海が近づけば海風が吹く。今日一日でいったい何度レースラジオが「シュット=落車」を繰り返しただろう。気が休まるはずの平坦ステージにはまったくならなかった。
落車!落車!落車! 相次いだトラブル
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ツールの随行車両は他のグランツールと比べ物にならないほど多く、関係車両にトラブルがあった際にまるごと引き受ける大型のレッカー車まで随行している。その通行ができない道は基本的に採用されないと思っていたが、このコースは大型車では通ることが厳しい道だ。オートバイや随行車両と選手との接触事故が起こるのもうなずける。
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もっとも被害の大きかったのはレースを去らざるを得なかったブライコヴィッチだ。レディオシャックの総合狙いのリーダーは、脳しんとうを起こしてレースに戻ることができなかった。
チームによればブライコヴィッチは落車のことは何も覚えておらず、落車の瞬間は覚えているが、ドクターが呼びかけに気づいたときには、どこで何のレースに出ているかも分からない、一時的な記憶喪失状態だったという。
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レディオシャックは第1リーダーを失っただけでなく、ライプハイマーとポポヴィッチの2人も落車し、ともに手首を痛めた。
ブリュイネール監督は言う「チームにとって悪すぎる状況だ。4人の総合狙いの選手を揃えて山のステージまで備えようとしたのに...。でもこれがツール・ド・フランスだ。選手たちはいつでもナーバスだ。リーヴァイは落車した。ホーナーはホイール交換して自力で集団に戻った。でもヤニ(ブライコヴィッチ)は病院へ。ポポ(ヴィッチ)は彼を待っていたが、(諦めて集団を追いかけていたときに)後で救急車と接触して落車した。一時はチームの半分以上のメンバーが後方に取り残された。
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ひどかったケースはニキ・ソレンセン(サクソバンク)だ。横を走るフォトグラファー・オートバイに引っ掛けられて転ばされ、自転車だけはオートバイに引きずられて走った。
「安全なように道の端を走っていたらモーターバイクが僕を引っ掛けた。ヤツは実際近づきすぎていた。僕の自転車は200mも引き摺られていったんだ。僕は地面に激しく落ちた。でも幸運なことに明日も走れる」
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近年でもっとも危険な最悪のステージ?
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落車したウィギンズ「クレイジーだ。とにかく最悪のステージだった。終わってよかった。とにかく恐ろしいステージだった。それほど激しい落車じゃなかった。転んだ時にハンドルとブレーキを曲げただけですんだ。そんな感じ。
チャリンギ(ラボバンク)「クラッシュして、待って、戻って、またクラッシュして、待って、戻って。ストレス。それが今日の僕の主な体験だ。幸運にもヘーシンクは戻ることができたよ」。
カヴ 愛犬アンバーに捧げる勝利
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「その瞬間は数ポイントを稼ぐだけのつもりだったけど、そこにはブラドレー・ウィギンズがいて、ジェレイント・トーマスもいた。彼らがちょうどアタックしたんだよ。残り200~300mのところで、ぼくは全力を出した。ほんとうに勝つとは思ってなかったけど、うまく加速できた。」
「ジルベールの横に飛び出して、文字通りに脚を燃焼させたんだ……ほんとうにものすごくきつかった。走って、走って、走り抜いた。そして勝てたことに驚いている。はるか後方からアタックしたからね。でも、ほんとうにうれしい」。
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「前に、もっと苦労して勝ったこともあったけれど、簡単に脱落することもあった…だから、ともかく、ぼくの調子はいいってことだよ。僕らHTCは一番強いチームなんだ。だから今年のツール主催者は僕らにやすやすと勝利させないようにコースを難しくしているんだ」。
カヴは記者会見でこのツール通算16勝目の勝利を、火曜日に天国へと旅だった愛犬のアンバーに捧げたいと話した。「アンバーはボクのリトルベイビーだったのに」。表彰式の際、カヴの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。昨年のツールでは不調が続いた末に挙げた最初の勝利で涙を流したが、今回は涙こそ溢れなかったが、目頭は赤くなっていた。それがアンバーへの気持ちだったようだ。
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カヴ自身、第3ステージでフースホフトとともに中間スプリントでの危険行為で降格処分を受けている。これでカヴはマイヨヴェール争いにおいて4位に浮上した。残りのスプリントステージでも勝利を重ねれば、マイヨヴェールは狙える。
しかし、中間スプリントではいまいち冴えないカヴ。専属スプリントコーチであるエリック・ツァベルは、カヴが中間スプリントに積極的でない理由を次のように説明する。「ステージ勝利を複数挙げればカヴはヒーローだ。しかし中間スプリントをいくつか勝っても、そうじゃない」「カヴは勝つことに喜びを求めるパッションのライダーだ」。
一方、昨年のマイヨヴェール獲得者ペタッキは中間で降格処分を受けてポイントなし。ゴールでも上位着には絡めず。ペタッキのマイヨヴェールは今年はなさそうだ。
photo&text:Makoto.AYANO
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