トレーナーとしてイヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)のレース復帰に力を尽くし、見事バッソをジロ・デ・イタリア総合優勝に導いたアルド・サッシ氏。脳腫瘍による死の淵から生還した名トレーナーに、イタリア在住のジャーナリスト、グレゴー・ブラウンが訊いた。

マペイ・トレーニングセンターの所長を務めるアルド・サッシ氏マペイ・トレーニングセンターの所長を務めるアルド・サッシ氏 photo:Cor Vosソファーに深く腰掛けたアルド・サッシ氏は笑みを浮かべながらこう言った。「とりあえず見せたいものがあるんだ」。iPhoneのディスプレーをスクロールしてお目当ての写真を探すサッシ氏。そうして見つけ出された写真は、大小2つのイチゴが写されたものだった。

2つのイチゴだとは分かったものの、それが何を意味するのか見当もつかなかったので「それは何?」と問う。すると意外な答えが返ってきた。

「医者が私の脳から摘出した腫瘍と同じ重さのイチゴなんだ。偶然腫瘍と同じ40gのイチゴを見つけたので、記念に撮っておいた」。

小さいが重くサッシ氏のカラダを蝕んだ脳腫瘍。7月に手術を行なったサッシ氏は、それ以降、抗がん剤治療を続けている。1984年に達成されたフランチェスコ・モゼールのアワーレコードをサポートし、マペイのトレーナーとしてカデル・エヴァンスやイヴァン・バッソの活躍を陰で支えたサッシ氏は、癌との新たな闘いに挑んでいる。

GB(グレゴー・ブラウン):「癌を完全に取り払うことは出来る?」
AS(アルド・サッシ):「コントロール可能なレベルにまでは回復可能。でも完全に癌細胞を取り除くことは出来ない。毎朝抗がん剤の錠剤を飲んでいるけど、今は午後にサイクリングに出かけるぐらい回復しているんだ。もちろん追い込んだ走りなんてしないよ。サイクリングを始めて20分でいつも半身の感覚が無くなってくる。だから慎重に出かけることにしている」

GB:「あなたはどのようにしてクリーンなイメージを築き上げた?」
AS:「私がクリーンなロードレースを目指しているというのは周知の事実。『アルド・サッシの勧めでこの薬物を摂取しているんだ』なんて言う選手はいないだろう?マペイチームでトレーナーとして働いていたときも、信頼の置けない選手はすぐに解雇した。ミケーレ・フェラーリと関係のある選手は、トップ選手であっても解雇したんだ」

GB:「(ドーピング関与の疑いがもたれる)ルイージ・チェッキーニ氏との違いは?」
AS:「彼はメディカルドクターで、トレーニングと薬理学的なアプローチを組み合わせて選手たちを指導する。対して私はドクターではない。トレーニング方法は指導するけど、薬物を選手たちに与えることは無い。例えば選手がアスピリンを必要としていても、私はドクターではないので彼らに処方出来ない」

「ここ10年で多くのメディカルドクターが出てきて、薬物を使って選手たちのリカバリーを促した。でも今ではそんな薬物はすぐに検出されるから使えない。選手たちのカラダは、薬物に耐えるほど強くないんだ。薬物頼みのドクターが姿を消しつつ有るのはそのためだ」

イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)を指導するアルド・サッシ氏イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)を指導するアルド・サッシ氏 photo:Cor Vosサッシ氏はスポーツサイエンスの分野において博士号を得ている。彼はイタリアのカステランツァにマペイのトレーニングセンターを立ち上げ、1996年からチームマペイのトレーナーとして活躍。2002年のチーム解散後も、トレーニングセンターを運営している。サイクリングだけでなく、他のスポーツ選手も指導。その指導力には定評が有る。

イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)をジロ・デ・イタリア総合優勝に導いたアルド・サッシ氏イヴァン・バッソ(イタリア、リクイガス)をジロ・デ・イタリア総合優勝に導いたアルド・サッシ氏 photo:Kei TsujiGB:「調子の波をレースに合わせるのは難しい?」
AS:「コンディションの調整は嘘をつかない。確かにコンディションには浮き沈みがあるけど、一貫性があるものだ。カデル・エヴァンスはジロ・デ・イタリアの第1週でコンディションのピークを迎えた。もし中盤のステージで胃腸トラブルによって体調を崩していなければ、イヴァンとカデルのマリアローザ争いになっていたはず。ジロでは散々な結果になったけど、着実に調子を上げていたため、ツール開幕時のカデルの調子は良かった」

「逆に、極端に大きな波が来れば、その分沈み込みが大きい。例えば、昨年のツール・ド・フランスで活躍したブラドレー・ウィギンズは、今年全く姿を見せていない。不自然なほど、パフォーマンスに一貫性が無い。チームを変え、環境を一変させたことが一番の要因だと思っている。科学に裏打ちされたハードトレーニングと栄養学は、オーバーストレスの前に打ち砕かれた」

GB:「パフォーマンスの一貫性の無さはドーピングを意味している?」
AS:「幸い、彼は私の担当ライダーではない。ドーピング使用の可能性はゼロではないけど、そうだとは思っていない」

GB:「ロードレースのクリーン化はUCIバイオロジカル・パスポートのおかげ?」
AS:「いや、バイオロジカル・パスポートが直接的な要因ではない。確かにクリーンなロードレースに向けて良い一歩だとは思う。でも一番の要因は、選手たちがリスクを冒してまで禁止薬物を摂取しなくなったことにある。彼らは自分のカラダを心配しているのではない。ドーピングスキャンダルが自分のキャリアを台無しにするだけでなく、チームの崩壊をもたらしかねないということを理解している」

「選手のドーピング使用は、全てチームマネージャーの理念に委ねられている。チームマネージャーがクリーンな走りを強く求めているなら、選手は薬物なんかに手を出さないだろう。でもチームマネージャーが結果を追い求め、アンチドーピングに積極的でないのなら、選手たちが薬物に手を出してもおかしくない状況だ」

「特に若い選手はベテラン選手の背中を見て育つ。もしベテラン選手が間違ったことを行なっていれば、自然と若い選手がそれを真似る。だからイヴァン(バッソ)のようなベテランと仕事をしたかった。過去に過ちを犯した彼が、心を入れ替えてトレーニングに励み、ジロで総合優勝を狙えるということを若い選手に見せつけたかったんだ」

クリーンなロードレースを強く望むサッシ氏。その熱意は今も昔も変わらない。

text:Gregor Brown
translation:Kei Tsuji

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