シマノがメインスポンサーを務めるENSでは情報発信を目的とするENSマガジンを配信している。今回は会場となった八海山麓MTBパークのディガー五十嵐哲也さんと、ENS女性ライダーで海外レースのEWCに参戦する菊池美帆さんを紹介している。以下、主催者のレポートより紹介しよう。



菊池美帆、世界への扉を開ける

トレイルラン出身のライダーが挑む、日本人エンデューロ選手初のヨーロッパ (c)シマノ

トレイルラン出身のライダーが挑む、日本人エンデューロ選手初のヨーロッパ

八海山麓の第2戦を走り終えたライダーのなかに、この夏、大きな挑戦を控えた一人がいます。菊池美帆選手。アジアのエンデューロシーンで2年連続トップに立ち、いよいよヨーロッパのUCIワールドカップへと挑戦しようとしています。日本人がエンデューロの世界戦に挑むのは、ダウンヒルを除けばこれが初めて。その節目を前に、彼女のこれまでとこれからを聞きました。

競技歴は5シーズン目。決して長いキャリアではありません。それでもアジアの頂点に立ち、世界へと足を踏み出そうとしているのは、彼女が「好きなこと」を真っ直ぐにたどってきたからにほかなりません。

山が好きだったから自転車に乗った

菊池選手のキャリアは、いわゆる競技エリートの王道とは少し違います。出発点はトレイルランニングでした。学生時代の部活も自転車とは無縁で、取り組んでいたスポーツはバスケットボール。それでも昔から山とスキーには親しんでいたといいます。当時の話を、こう振り返ってくれました。

「もともと山が好きで、トレイルランをやっていたんです。自転車なら山の中をもっと速く走れるんじゃないかと思って、楽しそうだなと。やってみたら本当に面白くて、楽しんで続けています。冬はスキーやスノーボードで山に入りますし、バックカントリーにも行きます。ゲレンデよりは自分で登っていくのが好きなんですよ。エンデューロも自分で登って下るスポーツなので、似たものを感じています。ダウンヒルよりも登りが好きで、体力には自信がある方なので、下るだけじゃなく登りも楽しめるエンデューロが自分には合っているのかなと思います」

自分の脚で山を登り、自然のなかを駆け抜ける。競技として選んだというより、好きなことをたどっていったその延長線上にエンデューロがあった。そんな自然体が、菊池選手の原点にあります。

朝5時45分、仲間とともに

ENS女性ライダーで現在EWCに参戦する菊池美帆さん (c)シマノ

世界を目指す今も、彼女の練習はあくまで日常のなかにあります。所属する「545(ゴーヨンゴー)」というチーム名には、その生活そのものが刻まれています。

「とにかくトレイルが好きなので、普段はコースに通うというより地元の里山を登っています。長野市に長い山があるんです。545というチームは、朝5時45分から走るチームなんですよ。仕事の前に、みんなで走ろうという。晴れていればなるべく毎日、雪が解けて走れる時期は週3回くらいは走ってから出社しています。筋トレは重いものが苦手なので自重でやってますね。腕立てやスクワットをやって、雨の日は自転車に乗れないのでランニングもしています」

特別な施設も、専属のコーチもいません。あるのは、夜明けの里山と、同じ時間に集まる仲間たち。回数を重ねて乗る筋肉を作っていく、その積み重ねこそが菊池選手の強さの土台になっています。世界戦への参戦が決まってからは、ランニングの量を少し増やすなど、できる範囲で調整も始めたといいます。とはいえ、その日々の根っこにあるのは気負いではなく、純粋に山と自転車が好きだという気持ちです。

アジアの頂点から、ヨーロッパへ

菊池選手に、世界への扉が開いたきっかけは、地元・愛知のショップオーナーからの声がけでした。ウェアブランドのLooseridersとヘルメットのURGE、両ブランドのサポートを受けながら戦ってきた彼女に、アジアのエンデューロで2年連続トップという実績を引っさげ、今度はヨーロッパで戦ってみてほしいと白羽の矢が立ったのです。その言葉を受けて、挑戦を決めました。

もっとも、本人はその舞台の大きさを冷静に見据えています。「ヨーロッパは日本とはかけ離れていると聞いています。アジアでも日本の3倍くらいは走るんです。今日のようなアップダウンのあるコースが、1レースの計測の合間に何本も入ってくる。登り返しもしっかりあります。路面もアジアとは違うらしく、そこも楽しみですね。レベルは桁違いだと聞いているのですが、出るからには全力を尽くして戦いたい。自分がどれだけ練習時間を確保して、世界の選手と戦えるコンディションに持っていけるか、ですね」

今回はオープンクラスでの出走となります。UCIのライセンスを取得したうえで、ある程度の戦歴があれば出走できるクラスです。選手権のエリートクラスとは直接は争えないものの、同じコースを同じように走るため、タイムは比較が可能。エリート勢と自分のタイムを並べることで、世界との距離が具体的な数字として見えてきます。

「日本でも4年やってきたので、そろそろ一度世界を知ってみたい。早いようですけど、ちょうどいいんじゃないかなと思っています。ヨーロッパがどういうコースで、どういう選手がいて、自分がどれくらいの位置なのか。それを見て、来年またチャンスがあれば、今度はエリートクラスで挑戦したい。日本人選手がエンデューロの世界戦に出るのは初めてなので、その『初めて』を、こういう世界だったよと、みんなに発信できればと思っています」

好きを貫いた先に

菊池美帆さんはフルタイムで働きながら、世界に挑む (c)シマノ

フルタイムで働きながら、世界に挑む。海外のトップライダーにとってはレースが仕事そのものですが、菊池選手はそうではありません。それでも、もっと自転車に乗りたいという思いは尽きません。

「海外のライダーはレースが仕事になりますけど、私は会社に勤めているので(笑)。自転車が好きなので、もっと乗りたいんですけど。その中でどれだけ練習時間を確保するか、ですね」

山が好きで、自分の脚で登るのが好きで、その延長で自転車にたどり着いた。競技歴5シーズン目、好きなことを真っ直ぐにたどってきたライダーが、いま日本人として誰も立ったことのないヨーロッパの舞台へ向かおうとしています。彼女が世界で何を見て、何を持ち帰ってくるのか。その第一歩を、ENSの仲間たちとともに見守りたいと思います。



八海山麓MTBパークを作る男・五十嵐哲也

八海山麓MTBパークを作る五十嵐哲也さん (c)シマノ

20年携わり続けたローカルディガーが語るコース作りの哲学

シマノ ENS 2026第2戦の舞台となった八海山麓MTBパーク(サンロク)。ステージごとに明確なストーリーを持つコースを設計したのが、同パークの代表でありディガーの五十嵐哲也さんです。

「S1はスピード&テクニックで気持ちよく走らせて、S2は体力を思いっきり削って、集中力を落とさせる。そこで我慢との戦いになる。そういうストーリー性のあるコース設定にしました。S2で皆さんが苦労している姿が、僕は嬉しかったんです(笑)」と笑いを誘った五十嵐さん。その言葉の裏には、このフィールドと向き合ってきた職人の哲学がありました。

高校生で出会い、20年。選手から作り手へ

五十嵐さんの出身は、八海山麓から100kmほど離れた新潟市。この場所との縁は高校時代にさかのぼります。「高校生のときに、すでにあったこのパークへ遊びに来て、大会にも出ていました。それでめちゃくちゃ好きになって……」。こう語るように、五十嵐さんは当時から全日本やJシリーズといった全国大会にも出場していたという、根っからのライダーです。

もっとも、本人は当時を「趣味の延長」と振り返ります。「そこまでアスリートという感じではなかったんです。一番上のクラスまではいかなかったし。ただ、自転車に乗るのが本当に好きで。いろんなコースを回れたことが経験になりました」。この経験こそが、後にコース作りの土台になっていきます。

八海山麓の代名詞といえばデュアルスラローム (c)シマノ

八海山麓の代名詞といえばデュアルスラローム。五十嵐さんがディガーへと足を踏み入れたのも、このコースがきっかけでした。「昔はただ旗が立っているだけのコースだったんですけど、だんだん土をしっかり盛って作り込むようになって。手伝っているうちに、コースを作るのが楽しいなと思うようになったんです」。

経験は大事、でも一番は「想像力」

マウンテンバイクのコースは、経験のない人間には作れないものですか? そんな問いを投げると、五十嵐さんは少し考えてからこう答えました。「経験はすべて大事です。でも、それ以上に想像力が大事かもしれません」。

頭の中にストックされた無数の記憶、ビデオで見たライン、かつて走って気持ちよかったコーナー。そうした引き出しがなければ、コースは形にできないと五十嵐さんは言います。「走ったときに『あのコーナーが楽しかった』とか、そういうものが頭にないと形にできない。それを自分で実現できるのが面白いんです」。選手として全国のコースを走った蓄積が、そのまま作り手としての引き出しになっているのです。

興味深いのは、コースの「仕上げ」に対する考え方です。五十嵐さんは、あえて完璧に整えないことを信条としています。「プロが作るものに比べたら、僕のコースはクオリティが低いかもしれません。でも、逆にそれがマウンテンバイクらしくていいかなと思っているんです。あんまり綺麗にすると、荒れた路面に対応できる人が減ってしまう。そうじゃないだろう、と。岩があったり、木の根っこがあったり。そういうものをあ
えて残して、リアルなダウンヒルで行こうと思っています」。整えすぎず、自然の地形を活かす。野性味を残すことこそが、八海山麓の個性なのです。

「登りも含めて、夕方にふらっと遊べるようなコースにしたいんです」。五十嵐さんがいま増やしていきたいと考えているのが、里山のトレイル。タイムを競うレースコースだけでなく、純粋に自然のなかを走る楽しさ。それも八海山麓が大切にしている価値観なのです。

冬は全面リセット。毎年生まれ変わるコース

「スキー場なので、冬は全部真っ平らにするのが借りる条件なんです」。八海山麓ならではの制約もあり、雪が解ける3〜4月から準備を始め、4月末のオープンに間に合わせる。コース作りに使える時間は、決して長くありません。

しかし、一見ハンディキャップにも思えるこの制約を、五十嵐さんは前向きに捉えています。「毎年やっていれば技術もつくし、レイアウトを変えれば飽きもこない。マンネリ化しないんです」。デュアルスラロームの造成にかかる時間を尋ねると、「実質2週間くらいですね」とのこと。重機や転圧機を駆使することで、短期間での造成を可能にしているのだといいます。

ENSという「紳士的なレース」

選手として、そして運営側として、両方の立場からMTBシーンを見てきた五十嵐さんに、ENSというレースの魅力を聞きました。

「運営としては、すごくやりやすいんです」と五十嵐さん。一般的なダウンヒルのレースでは選手の搬送がメインの負担になりますが、エンデューロはある程度自力で登ってもらう競技。「その分、搬送に手を入れなくていい。継続しやすいんじゃないかと思います」。

選手として、そして運営側として、両方の立場からMTBシーンを見てきた五十嵐さん (c)シマノ

運営面だけではありません。五十嵐さんが何より評価するのは、参加者たちの姿勢です。「みんながそれなりのルールを守っているんです。コケたら次の人を行かせて、お互い譲り合う。すごく紳士的なレースだと思います」。スピードを競い合う熱さの一方で、参加者同士が互いを思いやる。その空気こそがENSの魅力だと語ります。

クロスカントリーもダウンヒルも、突き詰める人がどんどん先鋭化していくなかで、「もう少しマウンテンバイクを楽しくできたらいいよね」という揺り戻しが、いまENSにはある。五十嵐さんはそう分析します。だからこそ、レースだけでなく前夜祭やイベントを通じた交流も大切にしているのです。「自転車だけだと自転車乗りしか集まらない。いろんなジャンルが集まれるようにすると、ファンが増えるのかなと思います」。

南魚沼から、もっとフレンドリーな未来へ

南魚沼から、もっとフレンドリーな未来へ (c)シマノ

現在、五十嵐さんは個人事業としてパークを運営しながら、地域おこし協力隊としても活動しています。元々はこのパークを仕事にするために前職を辞め、クラウドファンディングで重機を購入して設備を整えてきました。南魚沼市が自転車を軸とした街づくりに力を入れていることもあり、活動の幅は少しずつ広がっています。「自転車をメインにした街づくりのシンポジウムに呼ばれることもあって。ここはマウンテンバイクが特色なので、それが武器になるかなと思っています」。

最後に、来年の展望を尋ねました。「もっとフレンドリーな大会にしたいですね。新しい人が来られるような感じにして、みんなのつながりが増えるような大会に」。五十嵐さんの答えは、シンプルでありながら、このパークとENSが大切にしてきたものを的確に表すものでした。

登りも下りも、レースも遊びも。技術と野性、そして人と人とのつながり——八海山麓のコースには、五十嵐さんが20年かけて育ててきた哲学が、土の一盛りずつに込められています。次に訪れたとき、このフィールドはまた新しい表情で私たちを迎えてくれるはずです。