話題を振りまくトレックの新型MADONE。開発チーフを務めたジョーダン・ロージン氏へのインタビューをお届けします。「社内でも大議論が起こった」という2モデルの統合や、リドル・トレックとの共同体制、新しい設計思想について、そして日本のトレックファンへのメッセージを紹介します。



トレック本社のロードプロダクト・ディレクターを務めるジョーダン・ロージン氏。新型MADONEについて話を聞いた photo:So Isobe

「MADONEは常に我々トレックの頂点に輝くモデルとして進化を続けてきました。トレックとしての最重要モデルであり、EMONDAと統合させた第8世代は今まで以上に重要な立ち位置を占めることとなります」と言うのは、発表会のために来日したトレック本社のジョーダン・ロージン氏だ。

トレック本社でロードプロダクト・ディレクターを務めるロージン氏は、エンジニアを取りまとめ、プロダクトの方向性を決定づける重責を担う。MADONEとEMONDAの統合、つまりエアロモデルと軽量モデルの統合という、トレック史上に残るモデルチェンジはいかにして行われたのか。チームとの共同開発や、日本のトレックユーザーに向けたメッセージも併せて紹介します。

「軽さとエアロを両立した究極のレースバイク」 (c)トレック・ジャパン

CW:もともとMADONEは初代から軽さを突き詰めたレーサーモデルでしたね。ある意味原点回帰とも取れるモデルチェンジと言えるのでしょうか?

ロージン氏:その通りです。トレックにとって「究極のレースバイク」はここ15年で2度変わりました。かつてMADONEは軽さを追い求めたレーサーであり、エアロ要素はほぼ考えていませんでした。しかし、第5世代でエアロに振ったモデルチェンジを行い、そこから2度のモデルチェンジで空力を突き詰めつつ、2022年デビューの先代モデルは重量のかさむ調整式IsoSpeedをIsoFlowに変更するなど、レーサー達の声を聞きながら徐々に軽さを重視するよう変化を遂げてきました。

今「究極のレースバイク」に求められているのは軽さとエアロの両立です。平坦で速く、そして上りで勝負できるように超軽量でなくてはなりません。2つの要素を両立できれば選手にとってはものすごく大きなアドバンテージが生まれる。トレックとして、ほぼ不可能に思える課題をこのMADONEで解決しました。

第3世代のMADONEを駆るランス・アームストロングとアルベルト・コンタドール。この次の第4世代からKVFチューブを投入しエアロ化を推し進めた photo:Makoto Ayano

テストでは剛性の異なる3モデルを乗ってもらって意見を聞きましたが、その中で剛性が高いバイクは走りが良くないという結論に至りました。これは剛性だけではなく、ある程度の柔軟性、快適性などあらゆる要素を組み合わせたバランス感が大切であるということを意味しています。結果的に先代よりもあらゆる剛性が高くなっていますが、それでも「硬すぎる」ということはありません。サイズ間のチューブ形状をより最適化させたことも大きいと考えています。

CW:自転車業界全体を見回しても、まだエアロモデルと軽量モデルを統合する動きは活発ではありません。トレック社内でも議論があったかと思うのですが?

ロージン氏:もちろんトレック社内でも2モデルを統合することに対して何度も意見を交わしました。ただし全員一致だったのは、今MADONEに乗っている人、そして今EMONDAに乗っている人どちらにとっても新型MADONEに乗り換えた時にメリットがあるようにしなければならない。乗り換えてがっかりさせないということでした。

「今MADONEに乗っている人、そして今EMONDAに乗っている人どちらにとってもメリットが生まれるように開発した」 photo:So Isobe

EMONDAのクライミング性能に価値を見出して乗っている人にとって、新型MADONEは同じ重量で飛躍的にエアロ性能が優れている。もしくはMADONEの空力性能や剛性に価値を見出して乗っている人にとって、新型MADONEはほぼ同じ空力性能と剛性ながら圧倒的に軽く仕上がっています。両方のライダーにとって新型MADONEは大きなメリットを生み出しますし、それは他社バイクから乗り換えても一緒。あらゆるライダーが幸せになれるように尽力しました。

新型MADONEが世界最高峰のハイパフォーマンスバイクであることは開発期間の中でテストを繰り返して明らかになっていますし、我々はそこに自信を持っている。選手やアマチュアライダー、そしてこれからトレックを選ぶ人、全てにとって最良の選択となることに自信を感じています。

CW:2モデルの統合を可能にした、最も大きな要素は何だったのでしょうか?

「フルシステム・フォイルが2モデルの統合を可能にした」 (c)トレック・ジャパン

ロージン氏:「究極に軽く速いバイク」という新型MADONEのアイディアは決して新しいものではありません。でも、MADONEとEMONDAを統合する能力を5年前の我々は持っていませんでした。トレックのエアロチームが「フルシステム・フォイル」を発想し、それを叶えるパワフルな開発ソフトを運用することで一切妥協ないバイクの開発に成功したのです。この開発能力は5年前にはなかったものであり、新型MADONEリリースにあたって最も重要な部分だったと言えます。2モデルの統合は話題作りでもコスト削減でもありません。本当に優秀なレーシングバイクを作りたいという我々の思いを形にしたものなのです。

CW:リドル・トレックの選手たちの反応はいかがでしたか?

ツール・ド・フランスで新型MADONEを駆るマッズ・ピーダスン(デンマーク、リドル・トレック) photo:CorVos

ロージン氏:チームはツール・ド・フランスから新型MADONEで一本化しますが、特にプロモーションのモデル役にもなってもらったマッズ(ピーダスン)にとっては最適なバイクとなりました。スプリンターの中でも登坂を得意とする彼ですから、山岳でペースを上げてライバルを減らし、ゴール勝負に持ち込む際には先代と比べて大きなメリットが生まれます。

その一方、トレックは女子チームも保有していて、エリーザ・ロンゴボルギーニなどXSサイズを使う選手たちの声を、フレーム設計はもちろん、デザイン面にも活かしました。体格が違えば要求も違いますし、これはスモールサイズのニーズが強いアジア圏に対してもメリットになると思います。完成版のMADONEをチームに渡したのは1月のチームキャンプでしたが、「早くレースで使わせてくれ」という要求を抑え込むのはなかなか大変でしたね(笑)

新型MADONEを駆り女子ジロ総合優勝を遂げたエリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア、リドル・トレック) photo:RCS Sport

チーム仕様のSサイズやMサイズではペダル込みでほぼ6.8kgに到達します。56Tなど巨大なチェーンリングを使う場合はもっと重量は増えますが、それでも7.5kgを上回ることはなく、先代MADONEと比べると明らかなメリットがありますね。ちなみにマッズは昨年ツールからクロームフィニッシュのバイクに乗っていて、新型にもICONペイントとして用意していますが、非常に塗膜が薄いので通常カラーからの重量増はほぼないことも付け加えておきます。特にIsoflow周辺などMADONEの独特なデザインに映えますね。

CW:新型MADONEはパリ〜ルーベでも使われるのでしょうか?

ロージン氏:そうですね。少なくとも男子チームはこのMADONEでパリ〜ルーベを走ります。女子チームは昨年もDOMANEでしたが、これは石畳セクター前の舗装区間の長さによるものです。男子レースは50kmの平坦区間を飛ばして石畳に入りますが、女子はそこまで長くない。これが機材チョイスの差に現れているポイントです。

CW:今回も富士ヒルクライムを新型MADONEで走りましたね。最後にバイクに対する個人的な感想と、日本のトレックファンに対するメッセージをお願いします。

発表会翌日の富士ヒルクライムには新型MADONEで出場。日本一のヒルクライムイベントを体感した photo:So Isobe

ロージン氏:僕個人のMADONEの第一印象は「とにかく反応性が良いバイク」だということです。長く先代MADONEに乗っていましたが、軽く、そして剛性が強化されているため瞬発力は際立ちますね。スピードを上げていく最中の加速感は先代MADONEと共通ですし、個人的にはメリットしか感じられません。もちろんEMONDAと比べれば若干重量ビハインドはありますが微々たるものですし、その他パーツで補える重量増加であることを踏まえれば、走行性能を含めたトータルでは圧倒的なメリットがあります。正直に言えば、初テストの驚き、そして感覚の良さは、これまで開発してきたどのロードバイクをも上回っています。

この新しいMADONEを日本を含めた世界各国に紹介できることにワクワクしています。ヒルクライム人気の高い日本では他の国以上に重量値や、登りでの走りが評価されていることを理解していますが、その上で大きなアドバンテージを得ることのできるスーパーバイクです。特に富士山(スバルライン)は勾配がそこまでキツくなく、スピードが出るので空力メリットは大きいでしょう。

「今までMADONEやEMONDAに乗っていたトレックユーザーに驚いてもらえるバイクに仕上がった」 photo:So Isobe

他ブランドのバイクに乗っている方はもちろん、今までMADONEやEMONDAに乗っていたトレックユーザーの皆さんに驚いてもらえるバイクに仕上がったと自負しています。どこかで試乗できる機会を作って、その走りを体感して欲しいと考えています。

interview:So Isobe

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