2024/05/18(土) - 17:00
その名は「V-IZU TCM(ブイ・イズ・ティーシーエム)」。5月12日、パリ五輪最速を見据える新型トラックバイクが伊豆ベロドロームにて正式発表された。進化著しいトラックバイク界に、日本ナショナルチームが投入する意欲作をレポートします。
”TORAY” のレターが入るダウンチューブ、左側に配されたクランク、日の丸を模したディスクホイール。一目見て、市販のバイクとは全く異なる1台であることが瞬時に理解できた。
5月9日から4日間、トラックレースの国際大会「ジャパントラックカップ2024」が伊豆ベロドロームにて開催された。その最終日、2台の新型国産トラックバイクが報道陣にお披露目され、パリ五輪に投入されることがアナウンスされた。
ブランドごとのフレーム形状差が薄まりつつあるロードレースシーンに対して、トラックバイクの進化はドラスティックだ。先例として、イギリスチームのHope&ロータス社製トラックバイクをウェブ上で目にした読者も多いだろう。全てはコンマ1秒、1mmを削減するためにデザインされ、シビアな競技ゆえの独特な世界観を成している。近年のトラックバイク開発競争はすなわちメダル争いへと直結し、まさに国の威信をかけたプロジェクトという様相を呈している。
言うなれば、トラック強豪国ニッポンにも、最速のバイクが求められて然るべき状況なのだ。
ブリヂストン社からバトンを引き継ぎ、新型バイク開発を担ったのが「東レカーボンマジック(TCM)」だ。同社は、航空機やレーシングカー開発をバックボーンに持つエンジニア集団。彼らの卓越した技術をベースに、東レの最先端カーボン素材、HPCJC(ハイパフォーマンスセンター・オブ・ジャパンサイクリング)のフィードバック、そしてJKAからの資金を結集。2年間という短期間で、全く新しいトラックバイク開発に漕ぎ着けた。記者会見では開発のキーマンが顔を揃え、オールジャパンでのプロジェクトであることを印象づけた。
新型機の名は「V-IZU TCM」。ヴィクトリー、ヴェロドロームを表すV、そして開発拠点の伊豆がネーミングに込められているという。初号機の「TCM-1」は比較的オーソドックスな形状であるが、これはブリヂストン社製バイクTS9、TE9のコンセプトを継承したプロトタイプであることによる。TCM-1は開発チームに数々のフィードバックをもたらし、空気抵抗削減を叶えた2号機「TCM-2」へと大幅に進化。グラスゴー世界選手権から黒塗りのプロトタイプが目撃され、謎のバイクとして話題となっていた。
TCM-2の外見上の特徴は大きく2つ。1つ目はライダーの下肢に生じる気流を最適化する独創的なV字型フロントフォークだ。これまでトラックバイクといえば極限まで前方投影面積を減らしたデザインが主流だったが、Hope&ロータスのトラックバイクが出現したことでトレンドが急激に変化。V-IZUの基本デザインもこれに準じ、さらに昇華させたものだと思われる。なお、ハンドルとサドルは汎用品が使用でき、フィッティングの自由度も確保されている。実際、選手のバイクは1台づつ異なるハンドルが装備されていた。
次点はバイク左側に搭載されたドライブトレインで、コーナリング時の気流を比較分析した上で採用されたもの。過去にはフェルトが左側ドライブトレインのトラックバイクを投入したが、V-IZUは近代トラックバイクでそれに続くもの。クランク自体はルックだが、左右反転させた上でスギノのZENチェーンリングを取り付けている。
サイドから見ると非常にマッシブだが、前方からは刀のように薄く鋭く仕上げられたフレーム。横風のない室内、かつ左周回で争われるトラックレースの環境を考慮しつつ、マネキン込みの風洞実験で「人車一体」での最速形状を追求。トライアンドエラーの結果、目標値以上の空気抵抗削減を実現したという。
投入される素材についても妥協はなく、東レの高性能カーボンが適材適所に配置される。高強度タイプのT1100G、高弾性タイプのM40X、 M46Xが採用され、フレーム、フォーク、エアロホイールを形成している。スプリントに耐えうる高剛性を達成しつつ、バイク重量はUCI規定の6.8kg+15%程度に抑えられ、十分な軽量性も備えた。最先端素材の調達を国内企業で賄える点は、他国に対するアドバンテージと言えよう。
8月のパリ五輪本番では、ほぼ全選手がTCMを使用する予定だという。2モデルの使い分けについては筆者の想像になるが、大半のレースでTCM-2が選ばれるのではと予想する。トラックの種目は短距離と中長距離に大別されるが、バイクを2モデル用意することが通例だ。一見するとTCM-1がスプリント寄りのマシンに見えるが、興味深いことに、短距離種目のケイリンでもTCM-2に乗る選手の姿を確認できた。
TCM-1と2で具体的な比較データは公開されていないが、より空力に優れる2を選ぶメリットが勝るのだろうか(選手の好みによっては、Sサイズ展開のある1が選ばれる可能性もあるが)。パリ五輪当日を楽しみに待ちたいところだ。
伊豆ベロドロームでの日本人レーサーたちの活躍は、完全勝利と呼べるほどの圧倒的なものであり、新型機の優位性を示す絶好の舞台となった。勢いそのままに、パリ五輪でのジャパンチームの活躍にぜひ注目してほしいところだ。メイドインジャパンの”最速”傑作は、間違いなく日本にメダルをもたらすカギとなるはず。バイクの各種ディティールは以下フォトギャラリーをご覧あれ。市販も受け付ており、TCM-2の価格は完成車パッケージで1,985万円だ。
text&photo : Ryota Nakatani
”TORAY” のレターが入るダウンチューブ、左側に配されたクランク、日の丸を模したディスクホイール。一目見て、市販のバイクとは全く異なる1台であることが瞬時に理解できた。
5月9日から4日間、トラックレースの国際大会「ジャパントラックカップ2024」が伊豆ベロドロームにて開催された。その最終日、2台の新型国産トラックバイクが報道陣にお披露目され、パリ五輪に投入されることがアナウンスされた。
ブランドごとのフレーム形状差が薄まりつつあるロードレースシーンに対して、トラックバイクの進化はドラスティックだ。先例として、イギリスチームのHope&ロータス社製トラックバイクをウェブ上で目にした読者も多いだろう。全てはコンマ1秒、1mmを削減するためにデザインされ、シビアな競技ゆえの独特な世界観を成している。近年のトラックバイク開発競争はすなわちメダル争いへと直結し、まさに国の威信をかけたプロジェクトという様相を呈している。
言うなれば、トラック強豪国ニッポンにも、最速のバイクが求められて然るべき状況なのだ。
ブリヂストン社からバトンを引き継ぎ、新型バイク開発を担ったのが「東レカーボンマジック(TCM)」だ。同社は、航空機やレーシングカー開発をバックボーンに持つエンジニア集団。彼らの卓越した技術をベースに、東レの最先端カーボン素材、HPCJC(ハイパフォーマンスセンター・オブ・ジャパンサイクリング)のフィードバック、そしてJKAからの資金を結集。2年間という短期間で、全く新しいトラックバイク開発に漕ぎ着けた。記者会見では開発のキーマンが顔を揃え、オールジャパンでのプロジェクトであることを印象づけた。
新型機の名は「V-IZU TCM」。ヴィクトリー、ヴェロドロームを表すV、そして開発拠点の伊豆がネーミングに込められているという。初号機の「TCM-1」は比較的オーソドックスな形状であるが、これはブリヂストン社製バイクTS9、TE9のコンセプトを継承したプロトタイプであることによる。TCM-1は開発チームに数々のフィードバックをもたらし、空気抵抗削減を叶えた2号機「TCM-2」へと大幅に進化。グラスゴー世界選手権から黒塗りのプロトタイプが目撃され、謎のバイクとして話題となっていた。
TCM-2の外見上の特徴は大きく2つ。1つ目はライダーの下肢に生じる気流を最適化する独創的なV字型フロントフォークだ。これまでトラックバイクといえば極限まで前方投影面積を減らしたデザインが主流だったが、Hope&ロータスのトラックバイクが出現したことでトレンドが急激に変化。V-IZUの基本デザインもこれに準じ、さらに昇華させたものだと思われる。なお、ハンドルとサドルは汎用品が使用でき、フィッティングの自由度も確保されている。実際、選手のバイクは1台づつ異なるハンドルが装備されていた。
次点はバイク左側に搭載されたドライブトレインで、コーナリング時の気流を比較分析した上で採用されたもの。過去にはフェルトが左側ドライブトレインのトラックバイクを投入したが、V-IZUは近代トラックバイクでそれに続くもの。クランク自体はルックだが、左右反転させた上でスギノのZENチェーンリングを取り付けている。
サイドから見ると非常にマッシブだが、前方からは刀のように薄く鋭く仕上げられたフレーム。横風のない室内、かつ左周回で争われるトラックレースの環境を考慮しつつ、マネキン込みの風洞実験で「人車一体」での最速形状を追求。トライアンドエラーの結果、目標値以上の空気抵抗削減を実現したという。
投入される素材についても妥協はなく、東レの高性能カーボンが適材適所に配置される。高強度タイプのT1100G、高弾性タイプのM40X、 M46Xが採用され、フレーム、フォーク、エアロホイールを形成している。スプリントに耐えうる高剛性を達成しつつ、バイク重量はUCI規定の6.8kg+15%程度に抑えられ、十分な軽量性も備えた。最先端素材の調達を国内企業で賄える点は、他国に対するアドバンテージと言えよう。
8月のパリ五輪本番では、ほぼ全選手がTCMを使用する予定だという。2モデルの使い分けについては筆者の想像になるが、大半のレースでTCM-2が選ばれるのではと予想する。トラックの種目は短距離と中長距離に大別されるが、バイクを2モデル用意することが通例だ。一見するとTCM-1がスプリント寄りのマシンに見えるが、興味深いことに、短距離種目のケイリンでもTCM-2に乗る選手の姿を確認できた。
TCM-1と2で具体的な比較データは公開されていないが、より空力に優れる2を選ぶメリットが勝るのだろうか(選手の好みによっては、Sサイズ展開のある1が選ばれる可能性もあるが)。パリ五輪当日を楽しみに待ちたいところだ。
伊豆ベロドロームでの日本人レーサーたちの活躍は、完全勝利と呼べるほどの圧倒的なものであり、新型機の優位性を示す絶好の舞台となった。勢いそのままに、パリ五輪でのジャパンチームの活躍にぜひ注目してほしいところだ。メイドインジャパンの”最速”傑作は、間違いなく日本にメダルをもたらすカギとなるはず。バイクの各種ディティールは以下フォトギャラリーをご覧あれ。市販も受け付ており、TCM-2の価格は完成車パッケージで1,985万円だ。
text&photo : Ryota Nakatani
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