グランデパールを迎えたブレスト。昨日、天気予報が晴れに変わったと喜ばせてくれたはずが空はどんより鉛色。小雨が降るもブルターニュの人たちに言わせれば「雨のうちに入らない」ということらしく、傘を指す人も居ない。正午の気温は16度と半袖では肌寒いぐらい。

観客の友人らと話すダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ)観客の友人らと話すダヴィド・ゴデュ(グルパマFDJ) photo:Makoto AYANOチームピットでセットアップされるチームイネオスのバイクチームピットでセットアップされるチームイネオスのバイク photo:Makoto AYANO


今年はキャラバンも復活。観客たちも沿道に戻ってきた今年はキャラバンも復活。観客たちも沿道に戻ってきた photo:A.S.O. Aurélien Vialatte
昨日チームプレゼンテーションが行われた港の周辺に設置されたスタート地点。ツールを何度も迎え入れている土地だけに係員の誘導もスムーズで、チーム側も馴れたもの。1時間半前の到着でテキパキと出走準備が進む。

もともとブルターニュは2022年にツールのグランデパールの名乗りを上げていた。しかしパンデミックの影響を受けたサッカーのユーロ2020のしわ寄せで2021年に予定されていたデンマークのコペンハーゲンでのグランデパールが開催不可能に。そのため急遽1年の前倒しでのツール開幕の受け入れを決めたという経緯がある。

ブルターニュ出身のダヴィド ・ゴデュ(フランス、グルパマFDJ)を応援ブルターニュ出身のダヴィド ・ゴデュ(フランス、グルパマFDJ)を応援 photo:Makoto AYANOステージ優勝の期待がかかるジュリアン・アラフィリップ(フランス,ドゥクーニンク・クイックステップ)ステージ優勝の期待がかかるジュリアン・アラフィリップ(フランス,ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO


ツールに戻ってきたマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ)ツールに戻ってきたマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANOマーク・カヴェンディッシュのバーテープは2重巻きだマーク・カヴェンディッシュのバーテープは2重巻きだ photo:Makoto AYANO


ブルターニュは数々の自転車の英雄、べルナール・イノー、ルイゾン・ボベらを生み出してきた土地だけに、A.S.O.のSOSリクエストに24時間以内のほぼ即答でグランデパール受け入れを決めたという柔軟さを発揮したという。

B&Bホテルズ・KTMのジェローム・ピノーGMとブルターニュ地域圏議長ロイック・シェネジラール氏B&Bホテルズ・KTMのジェローム・ピノーGMとブルターニュ地域圏議長ロイック・シェネジラール氏 photo:Makoto AYANO
朝のビラージュにはB&Bホテルズ・KTMのジェローム・ピノーGMとともにグランデパール開催を喜ぶブルターニュ地域圏議長ロイック・シェネジラール氏の姿があった。今回のブルターニュ開幕の立役者は陽気な情熱家で自転車競技好き。ツールを愛する氏は交通手段としての自転車の利用促進も進めており、おかげで街はバイクレーンが整備され、市民が自転車で通勤通学、買い物する姿も盛んに見られる。環境保護と脱炭素経済を目指しており、「私の好きな炭素は自転車のカーボンフレームだけ。それ以外の化石炭素は排除せねばならない!」と言うほど。

昨日、チームプレゼンテーションでレトロなMERCI POU POUジャージを披露したアルペシン・フェニックスがこの日も同じジャージで登場した。「着用はチームプレゼンのときだけ」とされていたのに、朝になってUCIから第1ステージに限ってこのジャージの着用を許可するというプレスリリースでの発表があったのだ。

第1ステージのみMERCI POU POUジャージの着用が許可されたアルペシン・フェニックスとマチュー・ファンデルプールら第1ステージのみMERCI POU POUジャージの着用が許可されたアルペシン・フェニックスとマチュー・ファンデルプールら photo:Makoto AYANO
今までのツールで特別デザインのジャージを着用して興味を惹こうとした数々の例は、いずれもUCIによって罰金の制裁を受けてきた。しかしこのジャージは昨年亡き人となった故レイモン・プリドール氏への追悼の意と、フランス人に愛された「ププ」への敬意を表し、お祖父さんへの想いともに走るマチュー・ファンデルプールのために特別に許可された。

注目を集める初出場のマチュー。アルペシン・フェニックスはフィニッシュ地点に近いランデルノーに宿をとり、何度もフィニッシュへの3級山岳フォス・オ・ルー(全長3km・平均5.7%)を登る試走を行ったというほど「お祖父さんがついに着ることがなかった」マイヨジョーヌ獲得への意欲は高い。

UCI会長のダヴィ・ラパルティアン氏がブレストに来ており、ビラージュにも姿を見せた。その愛のある粋な計らいはフランス人の会長による即決だったのだろうと想像できる。UCIのSNS発表には「UCIやるじゃん」といったコメントが多数寄せられた。

ブレスト出身のヴァランタン・マデュアス(フランス,グルパマFDJ)ブレスト出身のヴァランタン・マデュアス(フランス,グルパマFDJ) photo:Makoto AYANOブルターニュ出身のダヴィド ・ゴデュ(フランス、グルパマFDJ)ブルターニュ出身のダヴィド ・ゴデュ(フランス、グルパマFDJ) photo:Makoto AYANO


グランデパールのブレストのスタートラインにつく選手たちグランデパールのブレストのスタートラインにつく選手たち photo:A.S.O. Pauline Ballet
フランスからの独立を目指したほどの地元愛に溢れた土地だけに、ブレスト出身のヴァランタン・マデュアスと、第2ステージのフィニッシュの激坂ミュール・ド・ブルターニュ近郊の村出身のダヴィド ・ゴデュのグルパマFDJコンビ、ブルターニュにチーム拠点をもつアルケア・サムシックとワレン・バルギル、B&BホテルズKTMは地元ファンの人気の的だ。

古い石造りのブルターニュの街を走り抜けるプロトン古い石造りのブルターニュの街を走り抜けるプロトン photo:A.S.O. Charly Lopez
そんな自転車に熱い都市ブレストで走り出したツール。先住のケルトの文化が色濃く残された古い石造りの街並みはどこか神秘的な雰囲気が漂う。そしてアップダウンが絶えず繰り返す特有の地形による獲得標高差は3,000mと、開幕ステージとしては異例の厳しさのコース。開幕2日間はブルターニュの急坂を制するパンチャーが輝くステージとなる。

ケルトの色を残すブルターニュの街を走り抜けるプロトンケルトの色を残すブルターニュの街を走り抜けるプロトン photo:A.S.O. Pauline Ballet
コースに出てみると沿道に観客が戻ってきたことに気づく。キャラバン隊も規模は小さくても従来どおりの賑やかさとグッズをバラ撒くスタイルを取り戻した。

坂のある街なかを抜けていく追走メイン集団坂のある街なかを抜けていく追走メイン集団 photo:Makoto AYANO
バイクエクスチェンジの宮島正典マッサーがサコッシュを持って選手を待つバイクエクスチェンジの宮島正典マッサーがサコッシュを持って選手を待つ photo:Makoto AYANO
緑豊かなブルターニュ地方を走るプロトン緑豊かなブルターニュ地方を走るプロトン photo:Makoto AYANO
新型コロナが収束に向かうフランス。屋外でのマスクは義務ではなくなり、ツールでも昨年のような厳格な「ステイホーム」は呼びかけられず、ファンたちはまだ一昨年の密度には及ばないものの沿道での観戦は容認されている。ツールを愛するファンたちの姿に喜びを感じていたら、ツールよりも自分を愛するだけの人物の行為が第1ステージを台無しにしてしまった。

プロトンがすごそこに近づくのに路上にとどまり、選手のほうは観ずにTVカメラに向かって看板ごと映り込もうとする愚かな観客。避けきれないトニー・マルティン(ドイツ)がぶつかって転ぶと、プロトンの約半数と言っていいほど多くの選手が巻き込まれて落車した。

「ALLEZ OPI・OMI」と書かれたその看板の意味は「 がんばれ、おじいちゃん、おばあちゃん(愛情を込めた呼び方)」というものだったのも、どこか切ない。その人物は立ち去ってしまったため、A.S.O.と審判団、フィニステール県憲兵隊は司法調査の開始の一環として探し出すべく、証人の呼びかけを開始した。

怪我をした多くの選手を気遣ってのスロー走行が続いたプロトン。そして位置取り争いが激化し、レースに火がついた終盤の残り8kmでも2度めの集団大落車が発生した。下り坂のハイスピードでのクラッシュはメイン集団を50人にまで絞ることに。

独走を決めてフィニッシュに飛び込むジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)独走を決めてフィニッシュに飛び込むジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
獲得標高3,000mの最後に14%の急勾配区間を含む「狼の穴」3級山岳フォス・オ・ルーの上りフィニッシュ。「あのアタックはロケットのようだった」とワウト・ファンアールトが言ったアリフィリップの加速には、誰も追従できなかった。勾配が緩むフィニッシュまでの最終区間でもそのスピードは落ちず、赤ちゃんが親指をくわえるおしゃぶりポーズでフィニッシュ。パンチャーの優勝候補と言われていたマチューもワウトも、サガンも為すすべがなかった。

集団の先頭はマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ)が取り2位に集団の先頭はマイケル・マシューズ(オーストラリア、バイクエクスチェンジ)が取り2位に photo:Makoto AYANO
アシストしてくれたチームメイトを待つジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)アシストしてくれたチームメイトを待つジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
つい先日、妻のマリオン・ルッスさんとの間に息子ニーノを授かったアラフィリップ。虹色のジャージで登壇し、黄色、緑に着替えた。

「もっとも美しい方法で一日を終え、このツールのスタートを切ることができた。僕のスィートハートでパーフェクトなママにも感謝してるよ」

「息子の誕生直後に勝利とマイヨジョーヌを獲得できるなんて信じられない。もしスタート前にこの結果を言われていたとしても、きっと信じなかっただろう。このレースには高いモチベーションで臨み、勝利と再びマイヨジョーヌを着ることが目標だった。だが、こんなに早く達成できるなんて思わなかった。とても嬉しいよ」(アラフィリップ)。

3年連続でマイヨジョーヌを着るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)3年連続でマイヨジョーヌを着るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto AYANO
フランスじゅうが期待したとおりのパナシェに溢れた勝利。ステージ通算6勝目、そしてキャリア通算36勝目。ツールでは3年連続のマイヨジョーヌ獲得で、今年は開幕と同時の第1ステージからマイヨジョーヌだ。ドゥクーニンク・クイックステップとしてはこれがグランツール100勝目にあたる。いつにも増してギリギリまで絞りきった身体のアラフィリップ。2019年に14日間、2020年に3日間着たマイヨジョーヌ。今回も黄色いLOULOU(ルル)が長く見られそうだ。「もしかすると今回は最後まで」というフランスの期待がさっそく盛り上がるだろう。

昨年のニースでの雨の開幕ステージも落車で多くの選手が傷ついた。一握りの先頭グループの後は、ジャージを汚し、傷を負った選手たちがバラバラとフィニッシュにたどり着いた。

ヤシャ・ズッタリン(ドイツ、チームDSM)は手を骨折。ボワチュール・バレ(最終回収車)を伴ってフィニッシュにたどり着いたマルク・ソレル(スペイン、モビスター)は両腕の橈骨頭と左尺骨頭を骨折してリタイアを決めたほか、イグナタス・コノヴァロヴァス(リトアニア、グルパマFDJ)は頭を強く打ってトラウマ状態に。シリル・ルモワンヌ(フランス、B&Bホテルズ・KTM)はあばら4本を折った。

アージェードゥーゼール・シトロエンは8人中7人が落車したアージェードゥーゼール・シトロエンは8人中7人が落車した photo:Makoto AYANO怪我をおして続々フィニッシュにたどり着く選手たち怪我をおして続々フィニッシュにたどり着く選手たち photo:Makoto AYANO


片足ペダリングでフィニッシュする選手も片足ペダリングでフィニッシュする選手も photo:Makoto AYANO大きく遅れたマイケル・ウッズ(カナダ、イスラエル・スタートアップネイション)大きく遅れたマイケル・ウッズ(カナダ、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO


レース後のコミュニケの負傷者リストに名前を連ねたのは21人と今までにない数。チームDSMのセーアン・クラーウアナスン(デンマーク)とカスパー・ピーダスン(デンマーク)、アルペシン・フェニックスのクリスティアン・ズバラーリ(イタリア)とクサンドロ・ムーリッセ(ベルギー)、
トレック・セガフレードのマッズ・ピーダスン(デンマーク)、ドリス・デヴェナインス(ベルギー、ドゥクーニンク・クイックステップ)、ヤン・バークランツ(ベルギー、アンテルマルシェ・ワンティ・ゴベールマテリオ)、オレリアン・パレパントル(フランス、アージェードゥーゼール・シトロエン)たちなど、もちろん負傷者はもっと多く居る。

いつもカオスと言われるツール第1ステージは、今年もまた同じような惨状が繰り返されることになった。何も無かった年がもはや思い出せない。

初日にして大きなタイム差がつき、総合争いを諦めなければならない有力選手たち、そしてチームも。4人の総合優勝候補がいる無敵艦隊イネオス・グレナディアースもリッチー・ポートがポートとテイオ・ゲイガンハートの二人が大きく遅れ、事実上総合リーダーはゲラント・トーマスと、13秒遅れを喫したリチャル・カラパスに絞られることに。

落車で大きく遅れたクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション)落車で大きく遅れたクリストファー・フルーム(イギリス、イスラエル・スタートアップネイション) photo:Makoto AYANO
クリストファー・フルームは2度めの落車の犠牲に。しばらく路上で動けずにいたが、14分37秒遅れでフィニッシュにたどり着いた。直行した病院で診察の結果、「骨折は見つからなかったが身体中を怪我しており、まずよく休んでから翌朝に走るかどうかを判断する」とSNSでコメント。2年前の大怪我からのカムバックに、ツールは早くも再びの非常に試練を突きつけた。

text&photo:Makoto AYANO in Bretagne, FRANCE

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