ピレネー山岳初日に絞られたマイヨジョーヌ候補たち。この日フランスを包んだのは歓喜と失望。ピーターズの鮮やかな逃げ切り勝利に沸き、ピノとアラフィリップの2人のスターの脱落に泣いた。



スタート直後にアタックを決めた逃げグループスタート直後にアタックを決めた逃げグループ photo:Makoto.AYANO
9日連続の長いツール第1週を締めくくるピレネー2連戦。超級山岳の登場が総合優勝争いの選手たちの脚を試す。序盤から逃げた13人のおかげで頂上のボーナスポイントを争わずに済み、しかしマイヨジョーヌ候補たちが何人もアタックして勝負に挑んだ。

超級山岳バレ峠。果敢にも独走に挑んだジェローム・クザン(フランス、トタル・ディレクトエネルジー)をパスして先頭で通過したイルヌル・ザカリン(ロシア、CCCチーム)とナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール)。登れる「グランツール表彰台経験者」ザカリンだが、難点は下りが苦手なことにある。

ペイルスルード峠を単独で登るナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール)ペイルスルード峠を単独で登るナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO
ペイルスルード峠を2番手で登るイルヌル・ザカリン(ロシア、CCCチーム)ペイルスルード峠を2番手で登るイルヌル・ザカリン(ロシア、CCCチーム) photo:Makoto.AYANO
ピーターズ曰く、マント峠でふらふらと下るザカリンを見て、勝てることを確信したという。ピーターズはバレス峠の長い下りでも攻め続けてザカリンを置き去りにし、そのままペイルスルード峠も独走でクリア。身体を揺らす独特のペダリングでフィニッシュのルダンヴィエルまでのダウンヒルも迷わず攻めた。

ペイルスルード峠をクリアするイルヌル・ザカリン(ロシア、CCCチーム)ペイルスルード峠をクリアするイルヌル・ザカリン(ロシア、CCCチーム) photo:Makoto.AYANO
昨年のジロ・デ・イタリアでは初出場で初ステージ優勝を挙げた。そしてこの初出場のツールでも初ステージ優勝。ともに難関山岳ステージでの勝利というプレミア付きだ。

「キャリア最高の勝利だ。2つ目の勝利なのにも関わらず! 勝利を自分のやり方、つまり山岳ステージで掴みに行った。クレイジーだよ。メイン集団に12分差のをつけた時、勝利を目指して走っていると分っていた。自分に勝つことに集中しろと言い聞かせた。バレ峠の下りで(イルヌル)ザカリンを振り落とした時、決して諦めないと誓ったんだ。昨年ジロでステージ勝利を挙げた時はできなかったから最後の500mは楽しめた」とピーターズ。

独走勝利を飾ったナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール)独走勝利を飾ったナンズ・ピーターズ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:CorVos
フランス人選手の独走勝利、そしてマイヨアポア獲得に沸く山頂。クルマやキャンパーの乗り入れが規制されているにもかかわらず、ペイルスルード頂上付近には例年と変わらないようにさえ見えるほどの多くの観客が詰めかけた。すぐ隣のスペイン、そしてバスクのファンたちも多かった。しかしフランス人が大きく嘆いたのはティボー・ピノとジュリアン・アラフィリップが遅れたことだ。

遅れたティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)らがペイルスルード峠を登る遅れたティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)らがペイルスルード峠を登る photo:Makoto.AYANO
バレ峠で遅れたピノは25分、総合を争うライバルたちからは19分近いタイムを失った。マイヨジョーヌへの夢は消えた。しかも昨年リタイアを喫したときのコピーのようなシーン。ウィリアム・ボネに肩を抱かれてリタイアした昨年のツール第19ステージ。今年はシュテファン・キュングに肩に手を回され、5人のチームメイトに率いられて静かにペイルスルード峠を越えた。

ピノはニースでの雨の第1ステージで落車した際に背中を痛めていたのだ。ここまでの平坦ステージはこなせても、超級山岳は無理だった。この日は時折ハンドルから手を離し、痛む背中を擦る仕草を見せたピノ。昨年のシーンと違って見えるのは、泣き崩れるかのような様子は見られず、現実を受け入れているかのように淡々と走り続けたこと。

マルク・マディオGMは言う。「ピノはまだ背中に痛みが続いていて山岳をこなすには問題があったんだ。これがレースだ。仕方がないこと。良くない状態でも受け入れるしか無いんだ」。チームはあの日以来、毎日ピノに対して2時間に渡る治療を続けてきたという。

レース後のインタビューでは容赦なく向けられるマイクに対して真摯に応じたピノ。「背中がとても痛み、ペダルを踏む力がなかった。今年は本当に混乱した年だったし、今の僕はとても混乱している。でもレースを諦めるつもりはない。たぶんこれが僕にとってのキャリアの大きなターニングポイントになる」。失望や悲しみを表情には出さないが、重い言葉だ。

大きく遅れてペイルスルード峠を登るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)	大きく遅れてペイルスルード峠を登るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
ペイルスルード峠を登るブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール)ペイルスルード峠を登るブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール) photo:Makoto.AYANO
そしてもうひとつフランス人を失望させのはアラフィリップの脱落だった。マイヨジョーヌ集団からアタックを掛けるも、捕まってからすぐさま失速。そのまま遅れを喫してしまう。遅れてしまった姿に対しても峠の声援は大きく、アラフィリップは申し訳無さそうに手を振りながら峠をクリアしていった。

ピノとアラフィリップ、フランスの期待を集めた2人の総合狙いの夢はここで潰えた。フィニッシュのルダンヴィエルには大事な瞬間を見届けようとジャン・カステックス首相がやってきていた。昨年は超級山岳トゥールマレー峠でのピノの大勝利をエマヌエル・マクロン大統領が見届けたが、カステックス首相はフランス人としての歓喜と嘆きの両方を味わったことだろう。



数々のアタックに落ち着いて対処したAイェーツの賢い走り

マイヨジョーヌ集団を引くギヨーム・マルタン(フランス、コフィディス・ソルシオンクレディ)マイヨジョーヌ集団を引くギヨーム・マルタン(フランス、コフィディス・ソルシオンクレディ) photo:Makoto.AYANO
ペイルスルード峠では、11人の総合争いの集団でアタックが頻発した。わずか13秒のタイム差でマイヨジョーヌを着るアダム・イェーツに対してタイム差をつけ、マイヨジョーヌを奪おうかというばかりに。好調のギョーム・マルタン(コフィディス)、ロマン・バルデ(アージェードゥーゼール)、ナイロ・キンタナ(アルケア・サムシック)らが次々と仕掛けた。

少し遅れながら登るアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)少し遅れながら登るアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Makoto.AYANO
ライバルたちの加速のたびに遅れを見せたAイェーツだったが、乱れること無く自分のペースを保ちながら再び差を詰め、ペイルスルード峠頂上ではグループに再合流した。ログリッチやバルでのアタックも封じ、自分のペースを崩さないインテリジェントな走りでマイヨジョーヌを守りきった。

ペイルスルード峠を登るタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)ペイルスルード峠を登るタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ) photo:Makoto.AYANO
ペイルスルード峠を登るリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード)ペイルスルード峠を登るリッチー・ポート(オーストラリア、トレック・セガフレード) photo:Makoto.AYANO
「バレ峠の登りはすごく厳しかった。最初からのアタックは行かせ、ユンボ・ヴィズマのコントロールするペースは速かった。なるべく長く着いていこうとしたけど、トム・デュムランの上げたペースはさらに速く、僕はグループから離れてマイペースで走らざるを得なくなった。自分の走りをして、頂上でなんとか彼らに追いついたんだ。毎日様子を見ながら走るしか無いんだ。リードを手放すのはつらいけど、ツール・ド・フランスを毎日リードすることはもっと難しい。でも投げ出さず、なるべく長い間マイヨジョーヌを守りたいね」。

イェーツは総合争いから脱落することに対してもすでに想定している。「ジャージを失うその時が来たら、タイムを大きく失ったとしたら、ステージ狙いに切り替えるよ」。



ダブルエースの座を捨てたデュムランの献身

ペイルスルード峠への登りでハイペースを刻んだユンボ・ヴィズマ。ライバルたちをふるいにかけた速いペースをつくったトム・デュムランは、アシストを終えると2分近く遅れて峠をクリアした。プリモシュ・ログリッチの影に隠れたセカンドエースとして控えていたと思われていたデュムランの、以外な脱落。

遅れたトム・デュムラン(オランダ、ユンボ・ヴィスマ)遅れたトム・デュムラン(オランダ、ユンボ・ヴィスマ) photo:Makoto.AYANO
そのとき先頭を引いていたジョージ・ベネットは、デュムランからの予想しなかった一声を受け取ったという。「デュムランは無線で調子が良くないと伝えてきたんだ。そしてチームのために働くと」。「この日は総合争いに向けての動きをすることがミッションだったけれど、それ(デュムランがアシストに回ること)はプランになかったんだ」。

今日は苦しんだ山岳アシストのセップ・クスは言う「トムは喜んでその仕事をしていた。チームの皆が自身の体調がどこにあるかは知っている。僕は昨日の疲れが残っていて苦しんでいたんだ。これからも厳しい日はある。でも僕らの願いは一つ。パリでマイヨジョーヌを手に入れていることだ」。

ロベルト・ヘーシンクは言う。「ツールはこの先まだ長いから、もちろんこの状況は理想的じゃない。でもプリモシュは好調であることを示しているし、トムが素晴らしいチームプレイヤーであることを見せてくれたんだ。チームの皆がトムが何処から来たか知っている。トムがその働きができたということは、これから先のチャンスが約束されたようなものだよ」。

ユンボ・ヴィズマの「プランB」、ダブルエース体制はこれで無くなり、どのチームもシングルエースでの戦いになった。

ペイルスルード峠を登るグルペットペイルスルード峠を登るグルペット photo:Makoto.AYANO
峠への立ち入りが大きく制限された超級山岳のバレ峠に対し、最後の勝負どころとなったペイルスルード峠は麓の街からアクセスが良いこと、スペインが近いこともあって多くの観客が詰めかけ、頂上付近の沿道にはファンの人垣ができた。選手が通過するときの応援も例年通りの様相で、コロナ対策がされたツールでもっとも盛況なステージとなったようだ。しかしなかにはマスクをしていないファンも少なからず居て、選手やチームのSNSではマスク着用を呼びかける投稿が目立った。

text&photo:Makoto AYANO in Pau FRANCE

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