ひどく退屈な一日だった。6時間もの間プロトンからはアタック無し。フィニッシュが近づいてイネオス勢が横風分断を試みるも失敗。結局フィニッシュまで逃げらしい逃げは生じなかった。ギャップから下り基調のナポレオン街道を行くプロトンはまったくのお休みモードだった。しかし退屈の後にはカオスが待っていた。



第5ステージは非常に穏やかにレースが進む一日となった第5ステージは非常に穏やかにレースが進む一日となった (c)CorVos
バロニー地方自然公園の渓谷をいくプロトン。逃げも生まれず穏やかに1日が進んでいくバロニー地方自然公園の渓谷をいくプロトン。逃げも生まれず穏やかに1日が進んでいく photo:Makoto.AYANO
近代ツールにおいて逃げらしい逃げが生じなかったステージの記録は、公式側でも把握できないようで、1990年代以降ツール・ド・フランスの記録にはないようだ。例外的には1995年に事故死した故ファビオ・カザルテッリの追悼のためのニュートラル、1998年のチームへのドーピング強制捜査への抗議のためのレースボイコットがあるが、最終シャンゼリゼステージを除いて逃げが発生しなかったステージはこの30年間には無いという。

原因はと言えば、おそらくここまでのステージが厳しかったから。落車で傷ついた選手が多く、休めるときに休みたいから。第2ステージから最後まで山岳を詰め込みすぎた超難度の今年のツールの走り方?...etc。理由は定かでないが、ともかく、今日は序盤から積極的にはアタックして攻めないと、すべてのチームと選手が考えたようだ。

マスクを着用して応援するキッズマスクを着用して応援するキッズ (c)CorVos
アルケア・サムシック応援団のみなさま。お揃いのジャージできまっていますアルケア・サムシック応援団のみなさま。お揃いのジャージできまっています photo:Makoto.AYANO
静かで退屈なレース。沿道で迎える観客も少ないが、点在する応援の人たちもマスクをして静かに楽しんでいる。11歳以下の子どもたちのみマスクは義務でなく、元気な声を張り上げて声援を飛ばす。ツールに対する熱が冷めてしまったわけじゃない。ルル=アラフィリップがマイヨジョーヌを着ているのだから。海外からの観客が居ないぶん、応援はすべてフランス人選手とチームに向いてはいるけれど。

マイヨアポアを着たブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール)にとっては、ポイントはしっかり稼ぎつつもいい休みになった。「イージーな一日だったから、僕にとっては良かった。ツールがスタートしてからマイヨアポアを守るのにずっと努力を続けてきたからいい脚安めになった。2ポイントも取れたし。次からの数日が大事なんだ」。

マイヨアポアに身を包むブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール)も集団内でにこやかに談笑するマイヨアポアに身を包むブノワ・コヌフロワ(フランス、アージェードゥーゼール)も集団内でにこやかに談笑する (c)CorVos
アンドレ・グライペル(ドイツ、イスラエル・スタートアップネイション)とジャコモ・ニッツォーロ(イタリア、NTTプロサイクリング)ものんびりと過ごしているアンドレ・グライペル(ドイツ、イスラエル・スタートアップネイション)とジャコモ・ニッツォーロ(イタリア、NTTプロサイクリング)ものんびりと過ごしている (c)CorVos
しかしレースは平穏からカオスへ。プリヴァへの狭くてテクニカルな道でスプリントに向けて完璧なリードアウトを見せたのはサンウェブ。カスパー・ピーダスン(デンマーク)の強力な牽引にケース・ボル(オランダ)が続き、その後ろにワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)がピタリと付けた。その後ろは間が空くほど強力な「(アルカンシェルじゃない)もうひとりのピーダスン」のリードアウト。

テクニカルなスプリントで、サンウェブを完璧に利用したのがファンアールトだった。ボルの後ろで余裕を見せ、ボルとは反対のラインで飛び出し、チームの助けを借りずにすべてを一人でやりきった。

前日に山岳でのユンボトレインを2kmに渡ってハイスピードで牽引し続けたファンアールトがスプリントで勝つとは。「ワウトはチームプレイに徹する」というチームの話だったけれど、チャンスがあればすかさず狙う。サンウェブトレインは強力だったし、ボルも今大会でもっとも注目すべきスプリンターのひとりであることをまたしても見せた。しかしファンアールトはサム・ベネットやペテル・サガンを尻目に、サンウェブ列車を利用する余裕のパワーとポジション取りをみせた。しかも重労働の翌日に、たったひとりで勝ちに来た。

ファンアールトと競り合うケース・ボル(オランダ、サンウェブ)ファンアールトと競り合うケース・ボル(オランダ、サンウェブ) photo:CorVos
前日強力なアシストをみせたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)はこの日はスプリントで勝利を収めた。トム・デュムラン(オランダ)が祝福する前日強力なアシストをみせたワウト・ファンアールト(ベルギー、ユンボ・ヴィスマ)はこの日はスプリントで勝利を収めた。トム・デュムラン(オランダ)が祝福する (c)CorVos
昨日はクライマー、今日はスプリンター。あるときはワンデイクラシックを制し、パヴェを制する元シクロクロス選手。自分の日でなければボトルを人数分運ぶことを厭わないヘルパーとしてチームのために献身的に働く。

脚質や走りのタイプでも単純に分類できないワウトとはいったい何者だろう。まさに怪物。ベルギー人はついにトム・ボーネンに続くヒーローを見つけたことだろう。

そして、それにしてもユンボ・ヴィスマは強い選手が多すぎる。総合狙いのログリッチとデュムランを何もケアする必要が無ければ、ワウトは自分のレースをするべく動く。その日のコースが自分向きでありさえすれば。しかもその「自分向きのレース」のタイプが無数にあるのだ。ステフェン・クライスヴァイクが欠けたとしても、ユンボには何の問題もなかった。

表彰台にやってきたものの登壇すること無くチームバスに戻るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ)表彰台にやってきたものの登壇すること無くチームバスに戻るジュリアン・アラフィリップ(フランス、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
マイヨジョーヌの表彰を待つ間、アラフィリップに20秒のペナルティが課されたことだけが伝わった?なぜ? ルール違反の補給があったとは、後で判明したこと。残り20kmを切ってから路上のチームスタッフから補給のボトルを受け取ったことでペナルティタイム+20秒が課された。その結果アダム・イェーツ(ミッチェルトン・スコット)がマイヨジョーヌ。 ルルは4秒リードで守っていたマイヨをイェーツに明け渡し、16秒差の16位まで転落した。

イェーツもチームバスに帰ってシャワーを浴びていたから、表彰台に戻ってくるまで時間がかかった。スタッフに付き添われ、不満そうに表彰台にやってきた。マイヨジョーヌだと言うのに。この時点ではメディアも観客も何が起きたか分かっていない状況。

残り20kmを切ってからの補給はUCI規則2.3.027で厳しく禁止されている。罰則は2.12.007 4.10.4に。映像でしかわからない違反。しかし放送ソースのカメラ映像を審判は見ていて、違反があると随行審判がその目で確認していなくとも判断を下す。

モビスターのカルロス・ヴェローナ、ユンボ・ヴィズマのセップ・クスら2選手も数秒前に同じことをして、同じペナルティを課されている。アラフィリップのわずか200m手前のこと。

マイヨヴェールを手に入れたサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ)マイヨヴェールを手に入れたサム・ベネット(アイルランド、ドゥクーニンク・クイックステップ) photo:Makoto.AYANO
チームスタッフや選手が当然知っているルールであり、補給がどこまで許されるかはいつものレースなら大きな関心ごとだ。「もうすぐ残り20km切るぞ、その前に補給を」は、スタッフからも無線で飛ぶ指示だ。しかし今日のスローレースは残り距離をカウントするような必要がないような雰囲気で、スタッフも仕事の手を余らせていた。プロトンが一日中のんびりだらだらと走ったことも気の緩みを招いたのかもしれない。

違反の原因のTV映像が出回ったのは後のこと。ドゥクーニンク・クイックステップはチームtwitterにマイヨヴェール姿とマイヨジョーヌ姿を「あなたのスクラップブックに」とすでに投稿済みだった。しかし、それを消すことはなかった。その夜の荒れ具合は想像に難くない。

転がり込んだマイヨジョーヌを着用したアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)転がり込んだマイヨジョーヌを着用したアダム・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット) photo:Makoto.AYANO
イェーツは初のマイヨジョーヌ。クリテリウム・デュ・ドーフィネでは昨年着用したが、ツールでのマイヨジョーヌは初。2016ツールでは荒天のため短縮になり、マイヨジョーヌのフルームを含む3人が観客の人混みにストップしたオートバイとぶつかったモンヴァントゥーのステージでフルームへのタイム救済がなければマイヨを着ていたが、救済処置でフルームがそのままマイヨを着用した。予想もしないイギリス人で9人目のマイヨジョーヌ。

マイヨジョーヌを受け取る表彰台でのイェーツは困惑を隠さなかった。フォトグラファーの求めに応じて両手を上げるも、頭を左右に振って「こんなのは本意じゃない」とマスクの下の口が言っているようだった。「思っていたジャージの手に入れ方ではない。ジュリアン(アラフィリップ)に何が起こったのかまだ分からないが、補給を取るのが遅れたからペナルティを受けたとかだと聞いた。このような状況でイエロージャージを着たい選手はいないと思う。ペナルティよりも自分の脚で着る方がいい」。

アラフィリップとアダム・イェーツの間で移動したマイヨ。2016年のツール第7ステージではラスト1kmのバルーンアーチが落下し、逃げていたイェーツが突っ込む形で落車、タイム救済措置でマイヨブランはアラフィリップからアダムの手に。2018年ツールの第16ステージでは初のステージ優勝へと走っていたアダムが落車し、勝利はアラフィリップのものになった。そして今回のマイヨジョーヌの「意図せぬバトンタッチ」。ツールと2人の間には不思議な因縁が続く。

肋骨骨折中のワウト・プールス(オランダ、バーレーン・マクラーレン)肋骨骨折中のワウト・プールス(オランダ、バーレーン・マクラーレン) photo:Makoto.AYANO
最後に迎えたカオスな展開。しかし困ったのは敢闘賞の行方。アラフィリップに対してフランス人すべてを敵に回すような、勇敢な判決を下したUCIこそ敢闘賞にふさわしかったのか?

しかし選考委員が選んだのは初日の落車であばらを骨折したまま走っているワウト・プールスだった。のんびりの展開でもフィニッシュに7分遅れでたどり着いたプールスの、怪我を負っていてもプロトンにとどまって走り続ける勇気をたたえて敢闘賞が贈られたのだった。

text&photo:Makoto AYANO in Privas FRANCE

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