2019/05/26(日) - 14:46
ヴァッレ=ダオスタ州の山と谷を往復する過酷なステージ。しかも131kmという距離の短さからグルペットにとっては鬼門とされたが、初山を含めて149名がモンブランの麓に辿り着いている。エクアドル出身の新マリアローザが誕生したジロ第14ステージを振り返ります。
イタリアの北西の端に位置し、フランスとスイスと国境を接するヴァッレ=ダオスタ州。イタリアに5つある特別自治州の1つで、最も小さく、最も人口が少なく、最も人口密度が低い州として知られている。州名にヴァッレ(渓谷)を使っていることからも、山がちであることがよくわかる。州の人口の大部分はドーラバルテア川が作り出したアオスタ谷の底近くに暮らしていて、その周りを急峻な山が囲んでいる。
ヴァッレ=ダオスタ州はフランスへの通り道でもある。州の真ん中を高速道路が貫いており、1965年に完成した「モンブラントンネル」を通過するとそこはもうフランス。開通前はプティサンベルナール峠もしくはグランサンベルナール峠を通ってフランスに向かわねばならなかった。
みな流暢にフランス語を話す。それもそのはずヴァッレ=ダオスタ州ではイタリア語だけでなくフランス語も公用語として使われている。あくまでもネイティブ言語はイタリア語だが、小学校に入る前からフランス語の教育が始まるという。地名などはむしろフランス語色が強く、スタート地点の町の名前もイタリア語読みのサンヴィンチェンテよりもフランス語読みのサンヴァンサンがしっくりくる。
サンヴァンサンは18世紀から温泉地として栄えた山あいの町で、現在は温泉とカジノのセットで観光客を呼び込んでいる。古くからフランスとイタリアを結ぶ交通の要所であったため、谷を見下ろす山の上に要塞が点在する風景は独特だ。
グルペット完走者にとって最大の山場になると目されたこの第14ステージ。距離の短さに比例して猶予が少なく、スタート直後から登りが始まり、「平坦区間は合計14kmしかない」と言われるジェットコースターのようなステージは鬼門とされた。
タイムカットの時間はステージ優勝者の優勝タイムと平均スピード、そしてステージの難易度と距離によって決まる。第14ステージのタイムカット基準は以下の通り。
ステージ優勝者の平均スピードが30km/h以下 = 優勝タイムの19%
ステージ優勝者の平均スピードが30km/h〜34km/h = 優勝タイムの21%
ステージ優勝者の平均スピードが34km/h以上 = 優勝タイムの22%
優勝したカラパスの優勝タイムが4時間02分23秒で、平均スピードが32.437km/hだったため4時間02分23秒の21%、つまり50分54秒より遅れるとタイムカットとしてリタイア扱いとなる。逆に言えば50分遅れても大丈夫であり、ざっくり言って5つのカテゴリー山岳でそれぞれ10分ずつ遅れてもレースに残ることができる。
もちろんそんな机上の計算ではじき出せるほど簡単なことではなく、スタート直後から総合争いに関する動きが生まれたためレースは高速化。誰もがこの序盤のハイペースに危機を感じていたため、スタート前のチームバス駐車場ではローラー台でウォーミングアップする音があちこちで鳴っていた。
「アップしていればよかった。反省してます」という初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)は最初の2級山岳で脱落し、さらに一緒に遅れた最後尾の相棒エンリーコ・バルビン(イタリア、バルディアーニCSF)がリタイアしたため窮地に陥ったが、平坦区間でレースが落ち着きを見せたため集団に復帰している。「最初の高強度には付いていけないが、(初山)翔は中強度のペースであれば対応できる」と長年初山の走りを見ている水谷監督が言うように、そこから初山はピュアスプリンターよりも前のグルペットで走行。40分55秒遅れでモンブランの麓に辿り着いている。
リチャル・カラパス(エクアドル、モビスター)がエクアドル人として初めてマリアローザに袖を通した。2018年第8ステージと2019年第4ステージに続くステージ通算3勝目。カラパスはエクアドル人で唯一のステージ優勝経験者でもある。ロードレースにおいてエクアドルはどうしてもコロンビアの影に隠れてしまいがち(国旗も似ている)だが、ジロにはカラパスの他にもヨナタン・カイセド(EFエデュケーションファースト)とジョナタン・ナルバエス(チームイネオス)が出場中だ。
アンデス山脈を有するエクアドルにあって、カラパスは標高2,980mの高地出身。コロンビア国境まで数キロのトゥルカンという人口6万人の街で生まれ、ジュニア時代からコロンビア国内で自転車競技に打ち込んだ。100年以上前の記録まで遡ることはできていないが、マリアローザを着た選手の中で最も標高の高い場所出身である。
40年前のジュゼッペ・サロンニ、25年前のエフゲニ・ベルツィン、10年前のアルベルト・コンタドール、1年前のクリストファー・フルーム、これらの選手は5月25日に総合首位に立って、最終日までマリアローザを着続けた。2019年は大会開催が概ね1週間遅いため同じ状況とは言えないが、カラパスはこのまま最後まで行ってしまえるんじゃないかと思うほど登れている。2週目が終わるこのタイミングでのマリアローザ着用は、もう「総合にあまり関係のない選手にマリアローザを預ける」というものではない。
カラパスと「ログラ」プリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ユンボ・ヴィズマ)のタイム差は7秒。このままのタイム差であればヴェローナの個人タイムトライアルで逆転することは想像に容易い。カラパスは第1ステージのボローニャ個人タイムトライアルをログリッチェから47秒遅れで終え、第3ステージ終盤の落車でさらに46秒遅れている。第9ステージのサンマリノ個人タイムトライアルではログリッチェから1分55秒遅れ。
これらの遅れを合計すると両者のタイム差は3分16秒まで広がっていたが、アルプスの山岳に突入するとカラパスの逆襲が始まり、第13ステージで1分19秒奪うと、この第14ステージで1分54秒+ボーナスタイム10秒を稼ぎ出した。ログリッチェとニバリが互いをマークし合うライバル関係をうまく利用することでタイム差を奪うことに成功。ここからは必然的に「逃してはいけない選手」として激しくマークを受けることになる。
まだ25歳と若いが、カラパスは3週間走りきる術を知っている。2018年はフルームが独走勝利した第19ステージで2位。最終的に総合4位でジロを終えている。
第14ステージの終了から2時間ほど経って、大会ディレクターのマウロ・ヴェーニ氏がプレスセンターで会見を開き、第16ステージに登場する予定だった標高2,618mの『チーマコッピ(大会最高地点)』ガヴィア峠をコースから省くことを正式に発表した。
頂上付近には高さ10mもの雪の壁があり、スタッフが数週間前から懸命に除雪作業を進めていたが、最終的な判断はNO。車両が通行できる状態ではあるものの、さらなる天候の悪化や雪崩、路面の凍結の危険性、冷たい雪解け水に覆われた下り区間などをキャンセルの要因にあげる。
ジロはガヴィア峠を回避し、代わりに標高1,173mの3級山岳アプリカを迂回して1級山岳モルティロー峠に向かう。それではステージの難易度が大幅に下がってしまうとして、中盤に3級山岳チェーヴォ(距離10.6km/平均5.9%)を追加している。これによりレース距離は226kmから194kmに。グルペット常連客にとってこのコース変更は歓迎だが、それでも獲得標高差が4,800mあるので厳しいことに変わりはない。そして休息日明けという危険性は変わらない。
アルプス2連戦を終えてジロはピエモンテ州ならびにヴァッレ=ダオスタ州を脱出。イル・ロンバルディアのコースをなぞる難易度4つ星の第15ステージを終えると最後の休息日がやってくる。
text&photo:Kei Tsuji in Courmayeur, Italy
イタリアの北西の端に位置し、フランスとスイスと国境を接するヴァッレ=ダオスタ州。イタリアに5つある特別自治州の1つで、最も小さく、最も人口が少なく、最も人口密度が低い州として知られている。州名にヴァッレ(渓谷)を使っていることからも、山がちであることがよくわかる。州の人口の大部分はドーラバルテア川が作り出したアオスタ谷の底近くに暮らしていて、その周りを急峻な山が囲んでいる。
ヴァッレ=ダオスタ州はフランスへの通り道でもある。州の真ん中を高速道路が貫いており、1965年に完成した「モンブラントンネル」を通過するとそこはもうフランス。開通前はプティサンベルナール峠もしくはグランサンベルナール峠を通ってフランスに向かわねばならなかった。
みな流暢にフランス語を話す。それもそのはずヴァッレ=ダオスタ州ではイタリア語だけでなくフランス語も公用語として使われている。あくまでもネイティブ言語はイタリア語だが、小学校に入る前からフランス語の教育が始まるという。地名などはむしろフランス語色が強く、スタート地点の町の名前もイタリア語読みのサンヴィンチェンテよりもフランス語読みのサンヴァンサンがしっくりくる。
サンヴァンサンは18世紀から温泉地として栄えた山あいの町で、現在は温泉とカジノのセットで観光客を呼び込んでいる。古くからフランスとイタリアを結ぶ交通の要所であったため、谷を見下ろす山の上に要塞が点在する風景は独特だ。
グルペット完走者にとって最大の山場になると目されたこの第14ステージ。距離の短さに比例して猶予が少なく、スタート直後から登りが始まり、「平坦区間は合計14kmしかない」と言われるジェットコースターのようなステージは鬼門とされた。
タイムカットの時間はステージ優勝者の優勝タイムと平均スピード、そしてステージの難易度と距離によって決まる。第14ステージのタイムカット基準は以下の通り。
ステージ優勝者の平均スピードが30km/h以下 = 優勝タイムの19%
ステージ優勝者の平均スピードが30km/h〜34km/h = 優勝タイムの21%
ステージ優勝者の平均スピードが34km/h以上 = 優勝タイムの22%
優勝したカラパスの優勝タイムが4時間02分23秒で、平均スピードが32.437km/hだったため4時間02分23秒の21%、つまり50分54秒より遅れるとタイムカットとしてリタイア扱いとなる。逆に言えば50分遅れても大丈夫であり、ざっくり言って5つのカテゴリー山岳でそれぞれ10分ずつ遅れてもレースに残ることができる。
もちろんそんな机上の計算ではじき出せるほど簡単なことではなく、スタート直後から総合争いに関する動きが生まれたためレースは高速化。誰もがこの序盤のハイペースに危機を感じていたため、スタート前のチームバス駐車場ではローラー台でウォーミングアップする音があちこちで鳴っていた。
「アップしていればよかった。反省してます」という初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)は最初の2級山岳で脱落し、さらに一緒に遅れた最後尾の相棒エンリーコ・バルビン(イタリア、バルディアーニCSF)がリタイアしたため窮地に陥ったが、平坦区間でレースが落ち着きを見せたため集団に復帰している。「最初の高強度には付いていけないが、(初山)翔は中強度のペースであれば対応できる」と長年初山の走りを見ている水谷監督が言うように、そこから初山はピュアスプリンターよりも前のグルペットで走行。40分55秒遅れでモンブランの麓に辿り着いている。
リチャル・カラパス(エクアドル、モビスター)がエクアドル人として初めてマリアローザに袖を通した。2018年第8ステージと2019年第4ステージに続くステージ通算3勝目。カラパスはエクアドル人で唯一のステージ優勝経験者でもある。ロードレースにおいてエクアドルはどうしてもコロンビアの影に隠れてしまいがち(国旗も似ている)だが、ジロにはカラパスの他にもヨナタン・カイセド(EFエデュケーションファースト)とジョナタン・ナルバエス(チームイネオス)が出場中だ。
アンデス山脈を有するエクアドルにあって、カラパスは標高2,980mの高地出身。コロンビア国境まで数キロのトゥルカンという人口6万人の街で生まれ、ジュニア時代からコロンビア国内で自転車競技に打ち込んだ。100年以上前の記録まで遡ることはできていないが、マリアローザを着た選手の中で最も標高の高い場所出身である。
40年前のジュゼッペ・サロンニ、25年前のエフゲニ・ベルツィン、10年前のアルベルト・コンタドール、1年前のクリストファー・フルーム、これらの選手は5月25日に総合首位に立って、最終日までマリアローザを着続けた。2019年は大会開催が概ね1週間遅いため同じ状況とは言えないが、カラパスはこのまま最後まで行ってしまえるんじゃないかと思うほど登れている。2週目が終わるこのタイミングでのマリアローザ着用は、もう「総合にあまり関係のない選手にマリアローザを預ける」というものではない。
カラパスと「ログラ」プリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ユンボ・ヴィズマ)のタイム差は7秒。このままのタイム差であればヴェローナの個人タイムトライアルで逆転することは想像に容易い。カラパスは第1ステージのボローニャ個人タイムトライアルをログリッチェから47秒遅れで終え、第3ステージ終盤の落車でさらに46秒遅れている。第9ステージのサンマリノ個人タイムトライアルではログリッチェから1分55秒遅れ。
これらの遅れを合計すると両者のタイム差は3分16秒まで広がっていたが、アルプスの山岳に突入するとカラパスの逆襲が始まり、第13ステージで1分19秒奪うと、この第14ステージで1分54秒+ボーナスタイム10秒を稼ぎ出した。ログリッチェとニバリが互いをマークし合うライバル関係をうまく利用することでタイム差を奪うことに成功。ここからは必然的に「逃してはいけない選手」として激しくマークを受けることになる。
まだ25歳と若いが、カラパスは3週間走りきる術を知っている。2018年はフルームが独走勝利した第19ステージで2位。最終的に総合4位でジロを終えている。
第14ステージの終了から2時間ほど経って、大会ディレクターのマウロ・ヴェーニ氏がプレスセンターで会見を開き、第16ステージに登場する予定だった標高2,618mの『チーマコッピ(大会最高地点)』ガヴィア峠をコースから省くことを正式に発表した。
頂上付近には高さ10mもの雪の壁があり、スタッフが数週間前から懸命に除雪作業を進めていたが、最終的な判断はNO。車両が通行できる状態ではあるものの、さらなる天候の悪化や雪崩、路面の凍結の危険性、冷たい雪解け水に覆われた下り区間などをキャンセルの要因にあげる。
ジロはガヴィア峠を回避し、代わりに標高1,173mの3級山岳アプリカを迂回して1級山岳モルティロー峠に向かう。それではステージの難易度が大幅に下がってしまうとして、中盤に3級山岳チェーヴォ(距離10.6km/平均5.9%)を追加している。これによりレース距離は226kmから194kmに。グルペット常連客にとってこのコース変更は歓迎だが、それでも獲得標高差が4,800mあるので厳しいことに変わりはない。そして休息日明けという危険性は変わらない。
アルプス2連戦を終えてジロはピエモンテ州ならびにヴァッレ=ダオスタ州を脱出。イル・ロンバルディアのコースをなぞる難易度4つ星の第15ステージを終えると最後の休息日がやってくる。
text&photo:Kei Tsuji in Courmayeur, Italy
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