2019/05/20(月) - 19:25
ほぼ100%イタリア国内を走るジロ・デ・イタリアがサンマリノ共和国に入国。「1時間のスペシャリスト」カンペナールツのチェーン落ちと容赦ない大雨と、そしてログリッチェの勝利と。休息日前日の、マリアローザ候補が明確になった第9ステージの雑感レポートです。
エミリア=ロマーニャ州とマルケ州に挟まれた山の上に、今大会最長34.8km個人タイムトライアルの目的地サンマリノ共和国はある。4世紀にキリスト教の迫害から逃れるためにマリノさんが標高739mのティターノ山に立てこもったことが国の始まりで、1631年に独立を承認された世界最古の共和国として知られている。
イタリアにはかつてサンマリノのような城塞都市が各地にそれこそ無数にあり、かつてはそれぞれ国として機能していた(だから街意識が強い)が、今日まで独立を保っているのはサンマリノだけ。面積は61平方キロメートル(世界で5番目に小さい)しかなく、世田谷区より少し大きいぐらい。個人タイムトライアルの待ち時間にあらゆる地元サンマリノ人と話をしたが、彼らは枕詞のように「小さい国でしょ」と必ず言ってから、サンマリノ国民であることに誇りをもちながら話すのが印象的だった。
国際問題にならないことを祈りながら誤解を恐れずに言うながら、国が違うとは言え、サンマリノはほぼイタリアの一部だ。使用されているのはイタリア語で、正式なEU加盟国ではないが通貨もイタリアと同じユーロ。国際電話の国番号もイタリアと同じ39で、イタリアの携帯キャリアが問題なく入る。いつ国境をまたいだかも分からないぐらい何もコントロールはなく、交通標識や道の作りはほぼイタリアと一緒。制限速度がイタリアよりも低めな設定なのと、横断歩道がサンマリノ国旗の色(青と白)に塗られていることを除けば、一見するだけではイタリアと区別がつかない。
人口は3万人ちょっと。国民一人当たりのGDPは約5万ドルで、日本の約4万ドル、イタリアの約3万5000ドルを凌ぐ。イタリアでは最大22%の消費税(付加価値税)が設定されているが(生活必需品は軽減税率として4%もしくは10%)、サンマリノには消費税がない。そのためイタリアから買い物客がしっかり整備された幹線道路を通って買い物にやってくる。ガソリンも安く、イタリアで1リットル1.5ユーロ(184円)程度する軽油がサンマリノでは1リットル1.4ユーロ(171円)を切る。
意外にもジロがサンマリノを訪れるのは21年ぶり。ジロに不慣れなため、コースの警備にあたる警察は極めて厳格で融通が利かなかった。
夏のバカンスシーズンを前に国内外にビーチの美しさを発信したいリッチオーネからサンマリノまでの34.8km。ほぼ標高0mのビーチ脇から、標高648mのサンマリノ旧市街まで登る個人タイムトライアル。1時間弱のレースで強さを発揮したのは「1時間のスペシャリスト」であるヴィクトール・カンペナールツ(ベルギー、ロット・スーダル)だった。
アワーレコードに特化した体づくりを行い、4月に55.089km/hの新記録を樹立したカンペナールツ。勾配のある登りを含むコースは100%カンペナールツ向きとは言えないが、前半からトップタイムを連発。しかし残り1.5km地点でチェーン落ちに見舞われてしまい、バイク交換を強いられた。
最初は「登りのためにTTバイクからノーマルバイクに乗り換えた」と伝わったものの、カンペナールツは最初から最後までTTバイクで走りきる予定だった。自分の目の前で繰り広げられたバイク後半の様子を世界一正確に記しておくと、チェーンが落ちる、止まる、メカニックがノーマルバイクをチームカーから下ろす、カンペナールツがTTバイクから下りてノーマルバイクを受け取る、まだ跨ってないのにメカニックが背中を押してしまう、カンペナールツがシクロクロス選手並みの鮮やかな飛び乗りで跨る、ペダルがはまらない、しかもアウターチェーンリング(53x17Tぐらい)に入っていたため勾配6〜7%ほどの登りで加速できない、直前に抜いた選手が迫っていたため道を塞ぐように横たわっていたTTバイクをメカニックが回収、観客がカンペナールツの背中を押す、という感じ。
さらに確実な数字をお伝えしておくと、チェーンを落としたカンペナールツがストップしたのが14時06分58秒で、ノーマルバイクに飛び乗ったのが14時07分09秒(いずれも写真データから)。つまりバイク交換だけで11秒を失っている。ストップするまでの減速と、再スタート後の鈍い加速を考えると、カンペナールツは確実に合計11秒以上のタイムを失っていることになる。残り1.5kmの登りをノーマルバイクで走ることで確かにTTバイクより数秒取り戻したかもしれないが、それを差し引いても11秒以上のタイムを失ったと言える。
カンペナールツはアワーレコード並みの緊張感を持って最終日ヴェローナでのリベンジを狙うはず。そしてメカニックとのバイク交換の練習も忘れずに。
ツアー・オブ・カリフォルニアではタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)が総合優勝し、ジロではプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ユンボ・ヴィズマ)が総合優勝に大きく躍進。つい数日前にはドーピング関与疑惑でクリスティアン・コレン(スロベニア、バーレーン・メリダ)とボルト・ボジッチ(スロベニア、同監督)が暗い影を落としたが、そんなことどこ吹く風で、スロベニアンフィーバーがロードレース界を駆け巡っている。
サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)とミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)の失速で、ログリッチェvsヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)の様相を呈してきたジロ。翌日のガゼッタ紙はこの2人による一騎打ちにフォーカスしているが、現実としてログリッチェはニバリより平坦区間で47秒、登坂区間で27秒速いタイムを出している。最終日ヴェローナでさらにログリッチェがリードすることを考えると、ニバリが勝つためには現在の1分44秒差をひっくり返すだけでなく、1分ほどのリードを奪っておく必要がある。
ログリッチェの懸念材料は、直前のツール・ド・ロマンディで総合優勝するなど「前半から調子が良すぎる」ことと、山岳アシストのローレンス・デプルス(ベルギー)が体調不良でリタイアしたこと。ログリッチェの総合優勝は、第9ステージ当日にユンボ・ヴィズマと2年間(2021年末まで)契約延長を発表したアントワン・トールク(オランダ)とクーン・ボウマン(オランダ)という昨年のジャパンカップ出場コンビとセップ・クス(アメリカ)の3人にかかっている。
大雨、しかも雷を伴う強雨に包まれたサンマリノでの決戦を終えて、ジロはようやく1回目の休息日を迎える。1週目は例年よりもイージーなステージが続くと予想されたが、連日の悪天候によって選手の顔には疲れの色が浮かぶ。
山岳個人タイムトライアルでタイムオーバーになるスプリンターたちも出てくるのではと見られたが、最下位ヤコブ・マレツコ(イタリア、CCCチーム)も2分以上の猶予を持って完走。163名の選手たちが2週目へと駒を進めている。
休息日に行う初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)のインタビューを後ほど掲載します。
text&photo:Kei Tsuji in Rimini, Italy
エミリア=ロマーニャ州とマルケ州に挟まれた山の上に、今大会最長34.8km個人タイムトライアルの目的地サンマリノ共和国はある。4世紀にキリスト教の迫害から逃れるためにマリノさんが標高739mのティターノ山に立てこもったことが国の始まりで、1631年に独立を承認された世界最古の共和国として知られている。
イタリアにはかつてサンマリノのような城塞都市が各地にそれこそ無数にあり、かつてはそれぞれ国として機能していた(だから街意識が強い)が、今日まで独立を保っているのはサンマリノだけ。面積は61平方キロメートル(世界で5番目に小さい)しかなく、世田谷区より少し大きいぐらい。個人タイムトライアルの待ち時間にあらゆる地元サンマリノ人と話をしたが、彼らは枕詞のように「小さい国でしょ」と必ず言ってから、サンマリノ国民であることに誇りをもちながら話すのが印象的だった。
国際問題にならないことを祈りながら誤解を恐れずに言うながら、国が違うとは言え、サンマリノはほぼイタリアの一部だ。使用されているのはイタリア語で、正式なEU加盟国ではないが通貨もイタリアと同じユーロ。国際電話の国番号もイタリアと同じ39で、イタリアの携帯キャリアが問題なく入る。いつ国境をまたいだかも分からないぐらい何もコントロールはなく、交通標識や道の作りはほぼイタリアと一緒。制限速度がイタリアよりも低めな設定なのと、横断歩道がサンマリノ国旗の色(青と白)に塗られていることを除けば、一見するだけではイタリアと区別がつかない。
人口は3万人ちょっと。国民一人当たりのGDPは約5万ドルで、日本の約4万ドル、イタリアの約3万5000ドルを凌ぐ。イタリアでは最大22%の消費税(付加価値税)が設定されているが(生活必需品は軽減税率として4%もしくは10%)、サンマリノには消費税がない。そのためイタリアから買い物客がしっかり整備された幹線道路を通って買い物にやってくる。ガソリンも安く、イタリアで1リットル1.5ユーロ(184円)程度する軽油がサンマリノでは1リットル1.4ユーロ(171円)を切る。
意外にもジロがサンマリノを訪れるのは21年ぶり。ジロに不慣れなため、コースの警備にあたる警察は極めて厳格で融通が利かなかった。
夏のバカンスシーズンを前に国内外にビーチの美しさを発信したいリッチオーネからサンマリノまでの34.8km。ほぼ標高0mのビーチ脇から、標高648mのサンマリノ旧市街まで登る個人タイムトライアル。1時間弱のレースで強さを発揮したのは「1時間のスペシャリスト」であるヴィクトール・カンペナールツ(ベルギー、ロット・スーダル)だった。
アワーレコードに特化した体づくりを行い、4月に55.089km/hの新記録を樹立したカンペナールツ。勾配のある登りを含むコースは100%カンペナールツ向きとは言えないが、前半からトップタイムを連発。しかし残り1.5km地点でチェーン落ちに見舞われてしまい、バイク交換を強いられた。
最初は「登りのためにTTバイクからノーマルバイクに乗り換えた」と伝わったものの、カンペナールツは最初から最後までTTバイクで走りきる予定だった。自分の目の前で繰り広げられたバイク後半の様子を世界一正確に記しておくと、チェーンが落ちる、止まる、メカニックがノーマルバイクをチームカーから下ろす、カンペナールツがTTバイクから下りてノーマルバイクを受け取る、まだ跨ってないのにメカニックが背中を押してしまう、カンペナールツがシクロクロス選手並みの鮮やかな飛び乗りで跨る、ペダルがはまらない、しかもアウターチェーンリング(53x17Tぐらい)に入っていたため勾配6〜7%ほどの登りで加速できない、直前に抜いた選手が迫っていたため道を塞ぐように横たわっていたTTバイクをメカニックが回収、観客がカンペナールツの背中を押す、という感じ。
さらに確実な数字をお伝えしておくと、チェーンを落としたカンペナールツがストップしたのが14時06分58秒で、ノーマルバイクに飛び乗ったのが14時07分09秒(いずれも写真データから)。つまりバイク交換だけで11秒を失っている。ストップするまでの減速と、再スタート後の鈍い加速を考えると、カンペナールツは確実に合計11秒以上のタイムを失っていることになる。残り1.5kmの登りをノーマルバイクで走ることで確かにTTバイクより数秒取り戻したかもしれないが、それを差し引いても11秒以上のタイムを失ったと言える。
カンペナールツはアワーレコード並みの緊張感を持って最終日ヴェローナでのリベンジを狙うはず。そしてメカニックとのバイク交換の練習も忘れずに。
ツアー・オブ・カリフォルニアではタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツ)が総合優勝し、ジロではプリモシュ・ログリッチェ(スロベニア、ユンボ・ヴィズマ)が総合優勝に大きく躍進。つい数日前にはドーピング関与疑惑でクリスティアン・コレン(スロベニア、バーレーン・メリダ)とボルト・ボジッチ(スロベニア、同監督)が暗い影を落としたが、そんなことどこ吹く風で、スロベニアンフィーバーがロードレース界を駆け巡っている。
サイモン・イェーツ(イギリス、ミッチェルトン・スコット)とミゲルアンヘル・ロペス(コロンビア、アスタナ)の失速で、ログリッチェvsヴィンチェンツォ・ニバリ(イタリア、バーレーン・メリダ)の様相を呈してきたジロ。翌日のガゼッタ紙はこの2人による一騎打ちにフォーカスしているが、現実としてログリッチェはニバリより平坦区間で47秒、登坂区間で27秒速いタイムを出している。最終日ヴェローナでさらにログリッチェがリードすることを考えると、ニバリが勝つためには現在の1分44秒差をひっくり返すだけでなく、1分ほどのリードを奪っておく必要がある。
ログリッチェの懸念材料は、直前のツール・ド・ロマンディで総合優勝するなど「前半から調子が良すぎる」ことと、山岳アシストのローレンス・デプルス(ベルギー)が体調不良でリタイアしたこと。ログリッチェの総合優勝は、第9ステージ当日にユンボ・ヴィズマと2年間(2021年末まで)契約延長を発表したアントワン・トールク(オランダ)とクーン・ボウマン(オランダ)という昨年のジャパンカップ出場コンビとセップ・クス(アメリカ)の3人にかかっている。
大雨、しかも雷を伴う強雨に包まれたサンマリノでの決戦を終えて、ジロはようやく1回目の休息日を迎える。1週目は例年よりもイージーなステージが続くと予想されたが、連日の悪天候によって選手の顔には疲れの色が浮かぶ。
山岳個人タイムトライアルでタイムオーバーになるスプリンターたちも出てくるのではと見られたが、最下位ヤコブ・マレツコ(イタリア、CCCチーム)も2分以上の猶予を持って完走。163名の選手たちが2週目へと駒を進めている。
休息日に行う初山翔(NIPPOヴィーニファンティーニ・ファイザネ)のインタビューを後ほど掲載します。
text&photo:Kei Tsuji in Rimini, Italy
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