2010/03/31(水) - 11:35
3年前の夏、一人のドイツ人選手がツール・ド・フランスでステージ優勝を飾り、マイヨジョーヌに袖を通した。その男の名はリーナス・ゲルデマン。ドイツのロードレース界に旋風を巻き起こしたジャーマンは今年、スポンサー撤退の可能性が高いチームミルラムを率いてグランツールに挑む。
2007年7月14日、ゲルデマンは「狩り」に出た。その日、ゲルデマンは序盤の逃げグループに入り、コロンビエール峠で独走態勢に。2004年にランス・アームストロング(アメリカ)がアンドレアス・クレーデン(ドイツ)に対して「ノー・ギフト(贈り物は無し)」の姿勢を示した時と同じル・グラン・ボルナンのゴールに、ゲルデマンは独走で飛び込んだ。
ツールでステージ初優勝を飾ったゲルデマンは、ファビアン・カンチェラーラ(スイス)を総合首位の座から引きずり降ろすことに成功。栄光のマイヨジョーヌに袖を通したのだ。
結果的にその翌日にマイヨジョーヌを失うことになるのだが、ゲルデマンは夢のような一日を堪能したと言う。「あの時は何とかイエロージャージを守ろうと懸命に闘った。決して重荷ではなく、喜びの方が大きかった。本当にプライスレスな体験だった」。
タフな数シーズンを乗り越え、2010年、ゲルデマンは再びその存在感を見せている。ゲルデマンはチャレンジ・マヨルカとティレーノ〜アドリアティコでステージ優勝。しかも両日とも春の過酷な悪天候に見舞われた中での勝利だった。
勝利数はゲルデマンにとって生命線だ。ドイツ国内唯一のプロツアーチームとして活動しているチームミルラムは、現在チーム存続の危機を迎えている。新スポンサーが見つからない場合は、チーム消滅の可能性が高い。他チームとの契約において、勝利数が大きな意味を成すことは言うまでもない。
「まだスポンサーが撤退することは確定していない。でも確かなことは、来年以降の契約がまだ無いということ。レースで活躍することで、投資する価値があることをスポンサーに見せつける必要がある。来年もドイツのプロツアーチームを継続させたい」。ゲルデマンは母国のチームへの想いをそう語る。
ステージ優勝を飾ったティレーノ〜アドリアティコ後、ゲルデマンはミラノ〜サンレモに出場し、最後の難所であるポッジオを最前線で闘った。
「ゲルデマンはポッジオの上りに全てを懸けていた。だがあまりにもスピードが速すぎて、何も出来ないまま集団内に埋もれてしまった。ステファノ・ガルゼッリのペースが完全にアタックを阻止していた。マイケル・ロジャースやフィリップ・ジルベールのアタックも不毛に終わったぐらいだ」。そう語るのはチームミルラムのヴィットーリオ・アルジェーリ監督。
ゲルデマンの次戦は、4月5日に開幕するブエルタ・アル・パイスバスコ(UCIプロツアー)。リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(UCIヒストリカル)と地元ドイツのエシュボルン・フランクフルト(UCI1.HC)に出場し、その後はグランツールの2戦、ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスに挑む。
「ジロ・デ・イタリアは単に(ツールの)準備レースとして出場するわけじゃない。重要なレースの一つであり、総合成績を狙っていきたい。当然ステージ優勝を飾るほどのコンディションは整っているはず」。ジロではマリアローザを着るゲルデマンの姿が見られるかも知れない。
ではツールはどうか。ゲルデマンは再びマイヨジョーヌに袖を通すことが出来るだろうか?そして、ツールで総合優勝に輝く可能性は?
その問いにアルジェーリ監督は「ノー」と即答。「マイヨジョーヌを着ることと総合優勝は大きく異なる。運に恵まれていれば、トップ10に入ることは出来るだろうけど」。
「ツールでの総合優勝は別の話。常にレース先頭で走る努力はするけど、総合優勝を果たすためには相当な運が必要だろう。総合優勝候補に挙げられない限り『ツールで勝ってみせる。ツールで勝ちたい』なんて大それたことは言えないよ」。ゲルデマン本人もアルジェーリ監督に同意している。
「有力グループの中で走るポテンシャルはあるけど、そこから飛び出して勝利するのはかなり難しい。でも最大限の努力はしてみせる。闘いでは何が起こるか分からない。不可能なことは何も無いと思う」。
そう、決して不可能なことではない。ゲルデマンは2007年にそのことを証明し、今シーズンすでに2勝。そして、ドイツのロードレース界を背負ってツール・ド・フランスに挑むという高い信念を持っている。
「数年前までドイツ国内のロードレースは大盛り上がりだった。観客数も多いし、開催レースも多かった。今でも観客は多いけど、メディアの反応が明らかに変わってしまったんだ。これからロードレースに対する悪いイメージを払拭していきたい。メディアを相手にした闘いはロードレースよりも厳しいよ」。
今年ゲルデマンはチームリーダーとしてグランツールを闘う。現実的には、ジロ・デ・イタリアでステージ優勝とトップ5フィニッシュが目標。ツール・ド・フランスでもステージ優勝を狙う。アルベルト・コンタドール(スペイン)やアンディ・シュレク(ルクセンブルク)、ランス・アームストロング(アメリカ)らと真っ向勝負を繰り広げるのは少し非現実的だが、山岳で大崩れすることが無ければ、総合トップ10に入ることは可能だろう。ゲルデマンは2007年総合36位、2009年総合24位だった。
今シーズンのゲルデマンの活躍は、すでにチームミルラムの首脳陣を満足させている。「彼の2勝はいずれも格式ある勝利だった。彼はチャンピオンだ」。アルジェーリ監督は若きチームリーダーの走りに期待を込める。
text:Gregor Brown
photo:Cor Vos
translation:Kei Tsuji
Gregor.Brown (グレゴー・ブラウン)
イタリア・レッコ在住のアメリカ人プロサイクリング・ジャーナリスト。2005、2006年ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランス、春のクラシック等で綾野 真(シクロワイアード編集長/フォトジャーナリスト)に帯同し、取材活動を行う。2007年よりサイクリングニュース(イギリス)の主筆ジャーナリストとして活躍後、フリーランスに。2009年12月よりシクロワイアード契約ジャーナリストとなる。今後、主にイタリア・英語圏プロサイクリングメディアに活動の舞台を移す。
2007年7月14日、ゲルデマンは「狩り」に出た。その日、ゲルデマンは序盤の逃げグループに入り、コロンビエール峠で独走態勢に。2004年にランス・アームストロング(アメリカ)がアンドレアス・クレーデン(ドイツ)に対して「ノー・ギフト(贈り物は無し)」の姿勢を示した時と同じル・グラン・ボルナンのゴールに、ゲルデマンは独走で飛び込んだ。
ツールでステージ初優勝を飾ったゲルデマンは、ファビアン・カンチェラーラ(スイス)を総合首位の座から引きずり降ろすことに成功。栄光のマイヨジョーヌに袖を通したのだ。
結果的にその翌日にマイヨジョーヌを失うことになるのだが、ゲルデマンは夢のような一日を堪能したと言う。「あの時は何とかイエロージャージを守ろうと懸命に闘った。決して重荷ではなく、喜びの方が大きかった。本当にプライスレスな体験だった」。
タフな数シーズンを乗り越え、2010年、ゲルデマンは再びその存在感を見せている。ゲルデマンはチャレンジ・マヨルカとティレーノ〜アドリアティコでステージ優勝。しかも両日とも春の過酷な悪天候に見舞われた中での勝利だった。
勝利数はゲルデマンにとって生命線だ。ドイツ国内唯一のプロツアーチームとして活動しているチームミルラムは、現在チーム存続の危機を迎えている。新スポンサーが見つからない場合は、チーム消滅の可能性が高い。他チームとの契約において、勝利数が大きな意味を成すことは言うまでもない。
「まだスポンサーが撤退することは確定していない。でも確かなことは、来年以降の契約がまだ無いということ。レースで活躍することで、投資する価値があることをスポンサーに見せつける必要がある。来年もドイツのプロツアーチームを継続させたい」。ゲルデマンは母国のチームへの想いをそう語る。
ステージ優勝を飾ったティレーノ〜アドリアティコ後、ゲルデマンはミラノ〜サンレモに出場し、最後の難所であるポッジオを最前線で闘った。
「ゲルデマンはポッジオの上りに全てを懸けていた。だがあまりにもスピードが速すぎて、何も出来ないまま集団内に埋もれてしまった。ステファノ・ガルゼッリのペースが完全にアタックを阻止していた。マイケル・ロジャースやフィリップ・ジルベールのアタックも不毛に終わったぐらいだ」。そう語るのはチームミルラムのヴィットーリオ・アルジェーリ監督。
ゲルデマンの次戦は、4月5日に開幕するブエルタ・アル・パイスバスコ(UCIプロツアー)。リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(UCIヒストリカル)と地元ドイツのエシュボルン・フランクフルト(UCI1.HC)に出場し、その後はグランツールの2戦、ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランスに挑む。
「ジロ・デ・イタリアは単に(ツールの)準備レースとして出場するわけじゃない。重要なレースの一つであり、総合成績を狙っていきたい。当然ステージ優勝を飾るほどのコンディションは整っているはず」。ジロではマリアローザを着るゲルデマンの姿が見られるかも知れない。
ではツールはどうか。ゲルデマンは再びマイヨジョーヌに袖を通すことが出来るだろうか?そして、ツールで総合優勝に輝く可能性は?
その問いにアルジェーリ監督は「ノー」と即答。「マイヨジョーヌを着ることと総合優勝は大きく異なる。運に恵まれていれば、トップ10に入ることは出来るだろうけど」。
「ツールでの総合優勝は別の話。常にレース先頭で走る努力はするけど、総合優勝を果たすためには相当な運が必要だろう。総合優勝候補に挙げられない限り『ツールで勝ってみせる。ツールで勝ちたい』なんて大それたことは言えないよ」。ゲルデマン本人もアルジェーリ監督に同意している。
「有力グループの中で走るポテンシャルはあるけど、そこから飛び出して勝利するのはかなり難しい。でも最大限の努力はしてみせる。闘いでは何が起こるか分からない。不可能なことは何も無いと思う」。
そう、決して不可能なことではない。ゲルデマンは2007年にそのことを証明し、今シーズンすでに2勝。そして、ドイツのロードレース界を背負ってツール・ド・フランスに挑むという高い信念を持っている。
「数年前までドイツ国内のロードレースは大盛り上がりだった。観客数も多いし、開催レースも多かった。今でも観客は多いけど、メディアの反応が明らかに変わってしまったんだ。これからロードレースに対する悪いイメージを払拭していきたい。メディアを相手にした闘いはロードレースよりも厳しいよ」。
今年ゲルデマンはチームリーダーとしてグランツールを闘う。現実的には、ジロ・デ・イタリアでステージ優勝とトップ5フィニッシュが目標。ツール・ド・フランスでもステージ優勝を狙う。アルベルト・コンタドール(スペイン)やアンディ・シュレク(ルクセンブルク)、ランス・アームストロング(アメリカ)らと真っ向勝負を繰り広げるのは少し非現実的だが、山岳で大崩れすることが無ければ、総合トップ10に入ることは可能だろう。ゲルデマンは2007年総合36位、2009年総合24位だった。
今シーズンのゲルデマンの活躍は、すでにチームミルラムの首脳陣を満足させている。「彼の2勝はいずれも格式ある勝利だった。彼はチャンピオンだ」。アルジェーリ監督は若きチームリーダーの走りに期待を込める。
text:Gregor Brown
photo:Cor Vos
translation:Kei Tsuji
Gregor.Brown (グレゴー・ブラウン)
イタリア・レッコ在住のアメリカ人プロサイクリング・ジャーナリスト。2005、2006年ジロ・デ・イタリアとツール・ド・フランス、春のクラシック等で綾野 真(シクロワイアード編集長/フォトジャーナリスト)に帯同し、取材活動を行う。2007年よりサイクリングニュース(イギリス)の主筆ジャーナリストとして活躍後、フリーランスに。2009年12月よりシクロワイアード契約ジャーナリストとなる。今後、主にイタリア・英語圏プロサイクリングメディアに活動の舞台を移す。