2018/04/03(火) - 05:43
春のベルギーで続く「クイックステップショー」は、”クラシックの王様”ロンド・ファン・フラーンデレンでも。一度逃がせば捕まえることのできないテルプストラがアタックし、後方集団では脚を残した昨年覇者ジルベールがライバルたちに目を光らせる。強者揃いの「狼の群れ」がロンドを支配した。
鉛色の曇り空に低い気温。時おり冷たい雨の降る天気のなか走り出した第102回ロンド・ファン・フラーンデレン。もう4月だというのに気温は最高でも6℃までしか上がらず。もっとも好天の続いたここ数年以上にフランドルに似つかわしい気候だ。
ロンドがアントワープにスタート地点を移してから2度めの開催。ホスト初年度は違和感もあった市街中心部のプレゼンテーションだが、詰めかける観客たちの多さはブルージュと変わらないどころか、むしろ増加しているように思えるのはさすが大都市アントワープならでは。ステージも豪華な仕立てで華やかさを増している。フランダース・クラシックスが春のクラシック連戦をシリーズとしてまとめて以来、興行規模は毎年のように大きくなっているという。今年のフィニッシュ地点には巨大なVIP席を備えた建造物がお目見えした。
ベルギーでも絶大な人気を誇る世界チャンピオンのペテル・サガンとボーラ・ハンスグローエは最後から2番めのプレゼン登壇。昨年はウィリーで人々の前に現れたが、今年のサガンは特別にしつらえられた金色のバイクに跨って登場した。キングと呼ばれることが定着しそうなサガンは、ワイルドな髪型と髭により風格も増してきた。
しかしサガン以上にプレゼンの主役はクイックステップ・フロアーズだ。昨年はトム・ボーネンの引退を惜しむ一大セレモニーのようになったが、今年はジルベールがディフェンディングチャンピオンとして最後に華やかに迎えられた。ニューズブラッド紙が配る白と青の帽子を観衆たちが振って大きなウェーブでPhilの登場を迎えた。ジルベールはワロン出身だからか、主張しすぎない性格だからか、照れながら手短に挨拶を済ませようとする。「ミニ・ロンド」と呼ばれる前哨戦、E3ハーレルベーケを独走勝利で飾ったニキ・テルプストラももちろん主役級の扱いだ。
アントワープをタイムテーブル通り10時半に旅立ったプロトンは南西に進路を取りつつ距離を稼いだ。どんよりと暗い空にはに明るい箇所は見当たらず、断続的に冷たい霧雨が吹き付ける。こんな寒い日は身体を温めたいという欲求からレースのスピードが上がるもの。スタートしてからアタックが続き、なかなか逃げが決まらなかったのはそのためもあるだろう。
イースターの日曜日と、国民の最大の関心事の一つであるロンドの開催でベルギーでもっとも大事なお祭りの日。冷たい雨が降るというのにロンドの通る街はどこも沿道に人だかりができている。そして寒いなかでもビールのグラスを片手に飲みながら立ち見する姿が多い。手にはベルギーのソウルフード、フリッツ(フライドポテト)が。
ロンドのコンボイに今年ひとつ小さな変化があった。先導車は時計メーカーの「ロダニア」の宣伝音声を鳴らしながら走っているが、人気だったこのファンファーレが、今年に入ってからついに今風のポップなメロディーに変わった。しかし旧音声の熱心なファンは多く居るようで、通過する沿道のあちこちに、かつての「ロ・ダ・ニ・ア〜、パパパパーン(※)」を録音したものを流すファンたちが各地点に居た。企業イメージをモダンなものにアップデートしていくことは避けて通れないことだが、ファンたちのささやかな抵抗はしばらく続くのだろう。ロンドの風物詩とも言えたファンファーレなのだから。※参考音声はこちら(YOUTUBE)
1度目のオウデクワレモントを経て、フランドルの聖地ミュール・カペルミュールへ。頂上付近の丘には鈴なりの観客たち。早くからここに陣取り、ビールをあおりながらプロトンの到着を待つ。TVレポーターとして頂上付近に登場したトル・フースホフトの姿にコアな観客たちは大喜び。
昨年コースに戻ってきたカペルミュールはゴールまで95kmを残してトム・ボーネンとフィリップ・ジルベールらが早い段階でのアタックを仕掛け、レースの大きなターニングポイントになった。先行するグループに続き激坂を駆け上がる有力選手たちの集団は、アタックへの警戒をしながらも全体にキレがなく、消耗している印象だった。ここまでの寒さとハイペースが影響しているのだろう。濡れたパヴェは滑りやすく、それだけで難易度が倍増するのもひとつの要因。
近年は好天に恵まれてきたロンド。過去の悪天候のレースを振り返れば、雨とみぞれ混じりの雪が降った2008年からちょうど9年は好天が続いたことになる。厳しい気候で走れば好天時より確実に体力の消耗度は増すのだろう。ロンドにおいて天候は勝負を左右する大きな要因の一つだ。約270km、6時間オーバーのレースで寒さに耐性の無い選手は勝つことはできない。
ロンド9日前のE3ハーレルベーケで落車して左膝を痛めたオリバー・ナーセン(ベルギー、アージェードゥーゼール)は、水曜のドワーズ・ドール・フラーンデレンでも落車し、再び膝を負傷。ロンド出場が危ぶまれていたが、出場にこぎつけた。しかしカペルミュール前にまたしても落車に巻き込まれた。完治しない膝を抱えていたベルギーナショナルチャンピオンはここでも手負いとなった。ミュールを遅れてこなしたが、その後有力集団に復帰。しかし追走に脚を使ってしまい、最後の勝負に挑む余裕を失っていた。
クルイスベルグでのゼネク・スティバルのアタック、そして続くヴィンチェンツォ・ニバリのアタックに同調したテルプストラ。緩やかな勾配のホトンドの舗装路の登りで、テルプストラはなんとミラノ〜サンレモでの勝利を引っさげてロンドデビューを果たしたニバリを振り落としてしまう。ツール・ド・フランスのパリ~ルーベステージの予行演習としてパヴェのロンドを走ろうとしたニバリはロンドデビューの上にモチベーションのうえで低かったことは否めないが、テルプストラは「ここで行くと決めたタイミングではフルガスだ。ちょうど勾配も距離も、自分が得意にこなせる勾配と時間帯だった」とレース後に話したとおり、逃げグループにまで追いつくという明確な意思をもってのアタックだった。
「登りでニバリを振り切ったなんてクールだ」と笑うテルプストラ。しかしその後の展開で後悔も。前を行く3人になかなか追いつかない。有力選手で構成されたグループから飛び出したはいいが、前との差が詰まらなかったのだ。
計算が違ったのは前の3人にディラン・ファンバールレ(チームスカイ)とセバスチャン・ラングフェルド(EFエデュケーションファースト・ドラパック)というかつてのチームメイトかつオランダの同郷の友人2人が含まれていたこと。テルプストラの手の内を知る2人を含む3人はペースを上げ、テルプストラの追従を許すまじと抵抗した。一方のテルプストラはひとりで走るには向かい風が苦しすぎる区間だったこと、そして2人がそう結託しているのだろうことも感じていたという。
オウデクワレモントの登りで逃げる3人に追いついたが幸いと、今度は追いつきざまにそのままのスピードで3人を抜き去ったテルプストラ。慌ててマッズ・ペデルセン(デンマーク、トレック・セガフレード)が追いすがるが、頂上を越えてからのフラットなパヴェ区間でも力強く踏み続けたテルプストラに追いつくことはできなかった。舗装路ではさらにタイムトライアルモードで踏み続けるテルプストラ。
3度めのオウデクワレモントを越え、最後の激坂となる2度めのパテルベルグへ。脅威の22歳ペデルセンの追従を許さず、得意の逃げパターンへ。テルプストラは今春、ベルギーの石畳のクラシック、ル・サミンとE3ハーレルベーケでともに独走逃げ切りを決めて2勝している。2014年のパリ~ルーベでも見せた独走は得意な勝ちパターンであると同時に、その翌年の2015年ロンドの「2位の失敗」から学んだ戦法だ。テルプストラはそのときアレクサンドル・クリストフを伴ってラストの平坦区間へ。そこで為す術もなくゴールスプリント勝負に持ち込まれ、スプリンターとしても名を成すクリストフに(当然のように)敗れた。
だからル・サミンでもE3でもロンドでも、ここが勝負を決めると感じたポイントでは力の限りを尽くしてペダルを踏んだ。
「2015年のロンドから学んだんだ。振り返ると、あの時クリストフを振り落とすために全力を振り絞るべきだったんだ。クリストフが全開で行ったところで自分もさらに仕掛けるべきだった。あの時のクリストフは非常に強かったから、たぶん振り落とすことができなかっただろうけれども」。ニバリを振り切ったホトンドの緩斜面の登りでのハイペースも、「レースを決定づける瞬間」だからこその走りだったとも。
昨年は落車による怪我の影響で不振に陥ったテルプストラ。冬季にはトレーニングコーチから体重を1kg落とせばロンドに勝てると言われて、それに従って体重を落としたという。パワーウェイトレシオが向上し、それは正しかったことがわかった。2月のル・サミンはワールドツアーチームが3つしか出場しない小さなレースだが、独走勝利したことで歓喜のフィニッシュ。自身の復活を実感したレースは、ジルベールとともに逃げ、さらにアタックして掴んだ勝利だった。
「E3よりも少し楽な独走になるかも」と感じていたのもラスト3kmまで。追いすがるペデルセンから逃げるべく、全力で追い込むことに。12秒離してフィニッシュに飛び込むテルプストラのフィニッシュポーズは、ル・サミンとE3のそれよりもずっと控えめなものだった。ちょうどレースの価値と反比例するように。
ジルベールはE3で見せたように有力集団からの抜け出しに成功して表彰台の末席をゲット。ロンドではちょうど昨年とは逆の立場に。つまり2017年はジルベールが優勝でテルプストラが3位だった。
ジルベールやGMのパトリック・ルフェーブル氏らと抱き合って喜びを分かち合うと、表彰台へ連れられるためにバックヤードへ。そのとき足取りがもつれた。「本当に力を出し切ったんだ。レース後は危うく地面に倒れ込むところだった」。
クイックステップの支配再び。これまでの春のワンディクラシック11戦においてじつに8つで勝利を収めるという、かつてない快進撃だ。昨年までの近年をトム・ボーネンをエースにクラシックを闘ってきたクイックステップが、絶対的リーダーが引退して居なくなってもなお、いや、むしろ以前にも増してチームとしてうまく機能しているようだ。
今年のクイックステップのテーマは”WolfPack”(ウルフパック=狼の群れ)だ。各選手のフレームにはスローガン「THE WOLF PACK, NEVER GIVES UP」を記した光るステッカーが貼られている。誰もがそれぞれ勝負できる力を持ち、単独でも闘える。しかし群れになるとさらに力を増す狼たち。クイックステップはまさに狼の群れだ。絶対的なリーダーに尽くすだけでなく、それぞれが一匹狼としても闘える牙を持っている。ロンドではジルベール、テルプストラ、ランパールト、スティバルの4人が勝者になるポテンシャルを持っていた。明確なエースひとりを決めずに走るクイックステップは展開に応じたアドリブを重視したレースをする。
「ギブ・アンド・テイクがキーだ」とテルプストラは言う。「無線でチームが僕のためにすごい仕事をしていると聴いた。それが自分にもっとエネルギーを注いでくれたんだ。チームメイトたちがライバルたちを完全にブロックしていると。それはこれまでの数レースと同じ結果だ。ライバルたちは僕らが火のなかを歩いているのを見ただろう。僕の仲間たち(ジルベールら)が集団の動きを封じるよう立ち回るんだ。それは大きなフラストレーションになったに違いない」。
テルプストラは日曜のパリ〜ルーベのメンバーにもちろん入っている。2014年の覇者として走るテルプストラだが、ジルベールもまだモノにしていないパリ〜ルーベのタイトルを輝かしいモニュメントレースの優勝歴にぜひとも加えたいと表明している。そしてテルプストラは続く(ジルベールが大の得意とする)アムステルゴールドレースにも開催国オランダの選手として出場することは毎年のこととして決まっている。
2014年パリ〜ルーベは、絶対エースのトム・ボーネンのジョーカーとしてアタックして独走、勝利を手にしたと言われている。そして今年のロンドはディフェンディングチャンピオンのジルベールの後方支援を受けての優勝。記者の質問を受けてテルプストラは応える。
「ボーネンとジルベールだけじゃない。後ろに控えるチーム全員がそれ(自己犠牲)ができるんだ。ある時は誰かのために尽くし、あるときは見返りを受け取る。例えば昨年は僕が3位で、前にいるジルベールの支援に回った。僕は一年中良いチームメイトであろうとしているよ。今回は運が僕の側にあった。チームのために働き、そして僕が見返りを受け取ったんだ。でもワガママではいけないんだ。ワガママを通せば、次にそれを取り返すのに時間もかかるんだ」。
「もし次の日曜にチームメイトにお返しができるなら、僕はそれをするよ」。
クラシックの王様に続いて、女王のパリ〜ルーベをクイックステップフロアーズが再び制圧したとしても、もはや誰も驚かないだろう。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk, BELGIUM
鉛色の曇り空に低い気温。時おり冷たい雨の降る天気のなか走り出した第102回ロンド・ファン・フラーンデレン。もう4月だというのに気温は最高でも6℃までしか上がらず。もっとも好天の続いたここ数年以上にフランドルに似つかわしい気候だ。
ロンドがアントワープにスタート地点を移してから2度めの開催。ホスト初年度は違和感もあった市街中心部のプレゼンテーションだが、詰めかける観客たちの多さはブルージュと変わらないどころか、むしろ増加しているように思えるのはさすが大都市アントワープならでは。ステージも豪華な仕立てで華やかさを増している。フランダース・クラシックスが春のクラシック連戦をシリーズとしてまとめて以来、興行規模は毎年のように大きくなっているという。今年のフィニッシュ地点には巨大なVIP席を備えた建造物がお目見えした。
ベルギーでも絶大な人気を誇る世界チャンピオンのペテル・サガンとボーラ・ハンスグローエは最後から2番めのプレゼン登壇。昨年はウィリーで人々の前に現れたが、今年のサガンは特別にしつらえられた金色のバイクに跨って登場した。キングと呼ばれることが定着しそうなサガンは、ワイルドな髪型と髭により風格も増してきた。
しかしサガン以上にプレゼンの主役はクイックステップ・フロアーズだ。昨年はトム・ボーネンの引退を惜しむ一大セレモニーのようになったが、今年はジルベールがディフェンディングチャンピオンとして最後に華やかに迎えられた。ニューズブラッド紙が配る白と青の帽子を観衆たちが振って大きなウェーブでPhilの登場を迎えた。ジルベールはワロン出身だからか、主張しすぎない性格だからか、照れながら手短に挨拶を済ませようとする。「ミニ・ロンド」と呼ばれる前哨戦、E3ハーレルベーケを独走勝利で飾ったニキ・テルプストラももちろん主役級の扱いだ。
アントワープをタイムテーブル通り10時半に旅立ったプロトンは南西に進路を取りつつ距離を稼いだ。どんよりと暗い空にはに明るい箇所は見当たらず、断続的に冷たい霧雨が吹き付ける。こんな寒い日は身体を温めたいという欲求からレースのスピードが上がるもの。スタートしてからアタックが続き、なかなか逃げが決まらなかったのはそのためもあるだろう。
イースターの日曜日と、国民の最大の関心事の一つであるロンドの開催でベルギーでもっとも大事なお祭りの日。冷たい雨が降るというのにロンドの通る街はどこも沿道に人だかりができている。そして寒いなかでもビールのグラスを片手に飲みながら立ち見する姿が多い。手にはベルギーのソウルフード、フリッツ(フライドポテト)が。
ロンドのコンボイに今年ひとつ小さな変化があった。先導車は時計メーカーの「ロダニア」の宣伝音声を鳴らしながら走っているが、人気だったこのファンファーレが、今年に入ってからついに今風のポップなメロディーに変わった。しかし旧音声の熱心なファンは多く居るようで、通過する沿道のあちこちに、かつての「ロ・ダ・ニ・ア〜、パパパパーン(※)」を録音したものを流すファンたちが各地点に居た。企業イメージをモダンなものにアップデートしていくことは避けて通れないことだが、ファンたちのささやかな抵抗はしばらく続くのだろう。ロンドの風物詩とも言えたファンファーレなのだから。※参考音声はこちら(YOUTUBE)
1度目のオウデクワレモントを経て、フランドルの聖地ミュール・カペルミュールへ。頂上付近の丘には鈴なりの観客たち。早くからここに陣取り、ビールをあおりながらプロトンの到着を待つ。TVレポーターとして頂上付近に登場したトル・フースホフトの姿にコアな観客たちは大喜び。
昨年コースに戻ってきたカペルミュールはゴールまで95kmを残してトム・ボーネンとフィリップ・ジルベールらが早い段階でのアタックを仕掛け、レースの大きなターニングポイントになった。先行するグループに続き激坂を駆け上がる有力選手たちの集団は、アタックへの警戒をしながらも全体にキレがなく、消耗している印象だった。ここまでの寒さとハイペースが影響しているのだろう。濡れたパヴェは滑りやすく、それだけで難易度が倍増するのもひとつの要因。
近年は好天に恵まれてきたロンド。過去の悪天候のレースを振り返れば、雨とみぞれ混じりの雪が降った2008年からちょうど9年は好天が続いたことになる。厳しい気候で走れば好天時より確実に体力の消耗度は増すのだろう。ロンドにおいて天候は勝負を左右する大きな要因の一つだ。約270km、6時間オーバーのレースで寒さに耐性の無い選手は勝つことはできない。
ロンド9日前のE3ハーレルベーケで落車して左膝を痛めたオリバー・ナーセン(ベルギー、アージェードゥーゼール)は、水曜のドワーズ・ドール・フラーンデレンでも落車し、再び膝を負傷。ロンド出場が危ぶまれていたが、出場にこぎつけた。しかしカペルミュール前にまたしても落車に巻き込まれた。完治しない膝を抱えていたベルギーナショナルチャンピオンはここでも手負いとなった。ミュールを遅れてこなしたが、その後有力集団に復帰。しかし追走に脚を使ってしまい、最後の勝負に挑む余裕を失っていた。
クルイスベルグでのゼネク・スティバルのアタック、そして続くヴィンチェンツォ・ニバリのアタックに同調したテルプストラ。緩やかな勾配のホトンドの舗装路の登りで、テルプストラはなんとミラノ〜サンレモでの勝利を引っさげてロンドデビューを果たしたニバリを振り落としてしまう。ツール・ド・フランスのパリ~ルーベステージの予行演習としてパヴェのロンドを走ろうとしたニバリはロンドデビューの上にモチベーションのうえで低かったことは否めないが、テルプストラは「ここで行くと決めたタイミングではフルガスだ。ちょうど勾配も距離も、自分が得意にこなせる勾配と時間帯だった」とレース後に話したとおり、逃げグループにまで追いつくという明確な意思をもってのアタックだった。
「登りでニバリを振り切ったなんてクールだ」と笑うテルプストラ。しかしその後の展開で後悔も。前を行く3人になかなか追いつかない。有力選手で構成されたグループから飛び出したはいいが、前との差が詰まらなかったのだ。
計算が違ったのは前の3人にディラン・ファンバールレ(チームスカイ)とセバスチャン・ラングフェルド(EFエデュケーションファースト・ドラパック)というかつてのチームメイトかつオランダの同郷の友人2人が含まれていたこと。テルプストラの手の内を知る2人を含む3人はペースを上げ、テルプストラの追従を許すまじと抵抗した。一方のテルプストラはひとりで走るには向かい風が苦しすぎる区間だったこと、そして2人がそう結託しているのだろうことも感じていたという。
オウデクワレモントの登りで逃げる3人に追いついたが幸いと、今度は追いつきざまにそのままのスピードで3人を抜き去ったテルプストラ。慌ててマッズ・ペデルセン(デンマーク、トレック・セガフレード)が追いすがるが、頂上を越えてからのフラットなパヴェ区間でも力強く踏み続けたテルプストラに追いつくことはできなかった。舗装路ではさらにタイムトライアルモードで踏み続けるテルプストラ。
3度めのオウデクワレモントを越え、最後の激坂となる2度めのパテルベルグへ。脅威の22歳ペデルセンの追従を許さず、得意の逃げパターンへ。テルプストラは今春、ベルギーの石畳のクラシック、ル・サミンとE3ハーレルベーケでともに独走逃げ切りを決めて2勝している。2014年のパリ~ルーベでも見せた独走は得意な勝ちパターンであると同時に、その翌年の2015年ロンドの「2位の失敗」から学んだ戦法だ。テルプストラはそのときアレクサンドル・クリストフを伴ってラストの平坦区間へ。そこで為す術もなくゴールスプリント勝負に持ち込まれ、スプリンターとしても名を成すクリストフに(当然のように)敗れた。
だからル・サミンでもE3でもロンドでも、ここが勝負を決めると感じたポイントでは力の限りを尽くしてペダルを踏んだ。
「2015年のロンドから学んだんだ。振り返ると、あの時クリストフを振り落とすために全力を振り絞るべきだったんだ。クリストフが全開で行ったところで自分もさらに仕掛けるべきだった。あの時のクリストフは非常に強かったから、たぶん振り落とすことができなかっただろうけれども」。ニバリを振り切ったホトンドの緩斜面の登りでのハイペースも、「レースを決定づける瞬間」だからこその走りだったとも。
昨年は落車による怪我の影響で不振に陥ったテルプストラ。冬季にはトレーニングコーチから体重を1kg落とせばロンドに勝てると言われて、それに従って体重を落としたという。パワーウェイトレシオが向上し、それは正しかったことがわかった。2月のル・サミンはワールドツアーチームが3つしか出場しない小さなレースだが、独走勝利したことで歓喜のフィニッシュ。自身の復活を実感したレースは、ジルベールとともに逃げ、さらにアタックして掴んだ勝利だった。
「E3よりも少し楽な独走になるかも」と感じていたのもラスト3kmまで。追いすがるペデルセンから逃げるべく、全力で追い込むことに。12秒離してフィニッシュに飛び込むテルプストラのフィニッシュポーズは、ル・サミンとE3のそれよりもずっと控えめなものだった。ちょうどレースの価値と反比例するように。
ジルベールはE3で見せたように有力集団からの抜け出しに成功して表彰台の末席をゲット。ロンドではちょうど昨年とは逆の立場に。つまり2017年はジルベールが優勝でテルプストラが3位だった。
ジルベールやGMのパトリック・ルフェーブル氏らと抱き合って喜びを分かち合うと、表彰台へ連れられるためにバックヤードへ。そのとき足取りがもつれた。「本当に力を出し切ったんだ。レース後は危うく地面に倒れ込むところだった」。
クイックステップの支配再び。これまでの春のワンディクラシック11戦においてじつに8つで勝利を収めるという、かつてない快進撃だ。昨年までの近年をトム・ボーネンをエースにクラシックを闘ってきたクイックステップが、絶対的リーダーが引退して居なくなってもなお、いや、むしろ以前にも増してチームとしてうまく機能しているようだ。
今年のクイックステップのテーマは”WolfPack”(ウルフパック=狼の群れ)だ。各選手のフレームにはスローガン「THE WOLF PACK, NEVER GIVES UP」を記した光るステッカーが貼られている。誰もがそれぞれ勝負できる力を持ち、単独でも闘える。しかし群れになるとさらに力を増す狼たち。クイックステップはまさに狼の群れだ。絶対的なリーダーに尽くすだけでなく、それぞれが一匹狼としても闘える牙を持っている。ロンドではジルベール、テルプストラ、ランパールト、スティバルの4人が勝者になるポテンシャルを持っていた。明確なエースひとりを決めずに走るクイックステップは展開に応じたアドリブを重視したレースをする。
「ギブ・アンド・テイクがキーだ」とテルプストラは言う。「無線でチームが僕のためにすごい仕事をしていると聴いた。それが自分にもっとエネルギーを注いでくれたんだ。チームメイトたちがライバルたちを完全にブロックしていると。それはこれまでの数レースと同じ結果だ。ライバルたちは僕らが火のなかを歩いているのを見ただろう。僕の仲間たち(ジルベールら)が集団の動きを封じるよう立ち回るんだ。それは大きなフラストレーションになったに違いない」。
テルプストラは日曜のパリ〜ルーベのメンバーにもちろん入っている。2014年の覇者として走るテルプストラだが、ジルベールもまだモノにしていないパリ〜ルーベのタイトルを輝かしいモニュメントレースの優勝歴にぜひとも加えたいと表明している。そしてテルプストラは続く(ジルベールが大の得意とする)アムステルゴールドレースにも開催国オランダの選手として出場することは毎年のこととして決まっている。
2014年パリ〜ルーベは、絶対エースのトム・ボーネンのジョーカーとしてアタックして独走、勝利を手にしたと言われている。そして今年のロンドはディフェンディングチャンピオンのジルベールの後方支援を受けての優勝。記者の質問を受けてテルプストラは応える。
「ボーネンとジルベールだけじゃない。後ろに控えるチーム全員がそれ(自己犠牲)ができるんだ。ある時は誰かのために尽くし、あるときは見返りを受け取る。例えば昨年は僕が3位で、前にいるジルベールの支援に回った。僕は一年中良いチームメイトであろうとしているよ。今回は運が僕の側にあった。チームのために働き、そして僕が見返りを受け取ったんだ。でもワガママではいけないんだ。ワガママを通せば、次にそれを取り返すのに時間もかかるんだ」。
「もし次の日曜にチームメイトにお返しができるなら、僕はそれをするよ」。
クラシックの王様に続いて、女王のパリ〜ルーベをクイックステップフロアーズが再び制圧したとしても、もはや誰も驚かないだろう。
photo&text:Makoto.AYANO in Kortrijk, BELGIUM
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