2016/01/23(土) - 12:55
観客の自転車を借りてのゴール。ツアー・ダウンアンダー第3ステージの落車事故でバイクを破損したタイラー・ファラーに、沿道の観客から一台のバイクとシューズが差し出された。心温まるエピソードを紹介したい。
ビーチタウンのグレネルグをスタートしたツアー・ダウンアンダー第3ステージ photo:Kei Tsuji
内陸部の丘陵地帯を進むメイン集団 photo:Kei Tsuji
観客から差し出されたバイクとシューズでゴールするタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ) ツアーダウンアンダー第3ステージ。グルネルグの美しいビーチからスタートしたこの日も、アデレードには真夏の太陽が照りつける。順調にレースが進んでいったものの、残り20km地点、山岳ポイントが置かれた「コークスクリュー」と呼ばれる登り口の前の下りで落車が発生した。
選手は時速100kmものスピードで下っていく。そんな中で発生した落車には、タイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)も巻き込まれた。
ファラーは擦過傷を負ったが、幸い大事には至らず、すぐにバイクにまたがり、再スタートを切った。しかしそこから5kmを過ぎたところでリアディレーラーが壊れていることが発覚。もうこの自転車に乗ることは不可能、ということも分かったという。だが、この時すでにチームカーやニュートラルサポートは「タイラーは大丈夫」と判断し、先に行ってしまった後だった。
サポートは無い、自転車は乗れない。しかも「コークスクリュー」の山がまだ待っている。このままでは棄権となってしまう。そんなタイラーに、道路をはさんで逆方向にいた観客の二人が声をかけた。「ホイールが要るか!?」タイラーは「No」と答えた。ホイールは壊れていなかった。観客から次に出てきた言葉が「ペダルは何を使っている? サイズは? もう、この自転車を持っていって!」
「彼のペダルはスピードプレイ、自分はシマノ。靴のサイズもぴったり合ったわけではなかったけど、スワップが可能な範囲。似たようなサイズだったからよかった。だから、自転車ごと差し出した。自分のバイクを使えるならゴールして欲しかった」とは、ファラーにバイクを差し出したアンソニーさん。隣国のニュージーランドからレースを観戦しに来たなかでのできごとだった。
フィニッシュまではまだ20kmほどあったため、水も渡し、ファラーは「フィニッシュ地点で必ず落ち合おう」と言い、フィニッシュへと向かった。結果的にこの日優勝したサイモン・ゲランス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)から13分7秒遅れでゴールし、棄権は避けられた。
フィニッシュ直後のタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)
コミッセールがレース続行の許可を伝える
落車で破損したタイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)のバイク
タイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)と、バイクとシューズを差し出したアンソニーさん photo:Teamdimensiondata過去にも似たような事例があった。昨年のジロ・デ・イタリア第10ステージでは、パンクしたリッチー・ポート(オーストラリア・当時チームスカイ)は、チームカーのサポートを受けられず、同じオーストラリア人のサイモン・クラーク(オリカ・グリーンエッジ)のアシストを受けホイールを交換したが、ペナルティとして2分が与えられた。2002年のツアー・ダウンアンダーでは、マイケル・ロジャースがモトの事故に巻き込まれ、今回と同じように観客の自転車でゴールをしている。
通常であれば、自チームやニュートラル以外からサポートを受けた場合は失格となる。UCIのレギュレーションには、「タイヤ、自転車の提供、交換、負傷しあるいは集団から遅れた競技者を待つことは、同じチームの競技者間においてのみ許される。他の競技者を押すことは、あらゆる場合に禁止し、違反の場合は失格とする」とあり、このルールと、「特別な不運に見舞われた選手の救済の条項」の拡大解釈がされ、コミッセールは状況を考慮。スポーツ精神と善意が認められ、タイラーのゴールが許された。コミッセール陣は後に「状況を見てフレキシブルに対応するべきである」とコメントしている。
タイラーは、「あの時、二人の観客が声をかけてきて、自転車やシューズのサイズの交換が不可能ではなかったから自転車に飛び乗った。14年のプロ生活の中でこのような経験は初めてだ。ドラマチックで感動的な経験だった」と道路脇にいたアンソニーさんに心からの感謝を示している。そして「(僕が走った)コークスクリューでのSTRAVA(サイクリングアプリ)セグメントデータを楽しんで!」とも。
タイラーに自転車を差し出したアンソニーさんは言う。「あのような状況でも彼(タイラー)は慌てたりする様子もなく、とても冷静、話しかけやすく謙虚で、そしてとてもオープンマインドだった。」と感激した様子だった。
このようなことが成り立つのも、ロードレースというスポーツが、観客と選手の垣根がなく、観客もロードレースの一部である、ということを物語っている。
オーストラリアで活動中の目黒誠子さん プロフィール
目黒誠子(めぐろせいこ)
ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。趣味はバラ栽培と鑑賞。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。3月までオーストラリアで語学留学をしながら現地の自転車事情を取材。各プロチームとの親交を深めるべく活動している。
text:Seiko Meguro in Adelaide, Australia
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選手は時速100kmものスピードで下っていく。そんな中で発生した落車には、タイラー・ファラー(アメリカ、ディメンションデータ)も巻き込まれた。
ファラーは擦過傷を負ったが、幸い大事には至らず、すぐにバイクにまたがり、再スタートを切った。しかしそこから5kmを過ぎたところでリアディレーラーが壊れていることが発覚。もうこの自転車に乗ることは不可能、ということも分かったという。だが、この時すでにチームカーやニュートラルサポートは「タイラーは大丈夫」と判断し、先に行ってしまった後だった。
サポートは無い、自転車は乗れない。しかも「コークスクリュー」の山がまだ待っている。このままでは棄権となってしまう。そんなタイラーに、道路をはさんで逆方向にいた観客の二人が声をかけた。「ホイールが要るか!?」タイラーは「No」と答えた。ホイールは壊れていなかった。観客から次に出てきた言葉が「ペダルは何を使っている? サイズは? もう、この自転車を持っていって!」
「彼のペダルはスピードプレイ、自分はシマノ。靴のサイズもぴったり合ったわけではなかったけど、スワップが可能な範囲。似たようなサイズだったからよかった。だから、自転車ごと差し出した。自分のバイクを使えるならゴールして欲しかった」とは、ファラーにバイクを差し出したアンソニーさん。隣国のニュージーランドからレースを観戦しに来たなかでのできごとだった。
フィニッシュまではまだ20kmほどあったため、水も渡し、ファラーは「フィニッシュ地点で必ず落ち合おう」と言い、フィニッシュへと向かった。結果的にこの日優勝したサイモン・ゲランス(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)から13分7秒遅れでゴールし、棄権は避けられた。
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通常であれば、自チームやニュートラル以外からサポートを受けた場合は失格となる。UCIのレギュレーションには、「タイヤ、自転車の提供、交換、負傷しあるいは集団から遅れた競技者を待つことは、同じチームの競技者間においてのみ許される。他の競技者を押すことは、あらゆる場合に禁止し、違反の場合は失格とする」とあり、このルールと、「特別な不運に見舞われた選手の救済の条項」の拡大解釈がされ、コミッセールは状況を考慮。スポーツ精神と善意が認められ、タイラーのゴールが許された。コミッセール陣は後に「状況を見てフレキシブルに対応するべきである」とコメントしている。
タイラーは、「あの時、二人の観客が声をかけてきて、自転車やシューズのサイズの交換が不可能ではなかったから自転車に飛び乗った。14年のプロ生活の中でこのような経験は初めてだ。ドラマチックで感動的な経験だった」と道路脇にいたアンソニーさんに心からの感謝を示している。そして「(僕が走った)コークスクリューでのSTRAVA(サイクリングアプリ)セグメントデータを楽しんで!」とも。
タイラーに自転車を差し出したアンソニーさんは言う。「あのような状況でも彼(タイラー)は慌てたりする様子もなく、とても冷静、話しかけやすく謙虚で、そしてとてもオープンマインドだった。」と感激した様子だった。
このようなことが成り立つのも、ロードレースというスポーツが、観客と選手の垣根がなく、観客もロードレースの一部である、ということを物語っている。
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目黒誠子(めぐろせいこ)
ツアー・オブ・ジャパンでは海外チームの招待・連絡を担当。2006年ジャパンカップサイクルロードレースに業務で携わってからロードレースの世界に魅了される。ロードバイクでのサイクリングを楽しむ。趣味はバラ栽培と鑑賞。航空会社の広報系の仕事にも携わり、折り紙飛行機の指導員という変わりダネ資格を持つ。3月までオーストラリアで語学留学をしながら現地の自転車事情を取材。各プロチームとの親交を深めるべく活動している。
text:Seiko Meguro in Adelaide, Australia
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