2015/07/09(木) - 18:30
雨に濡れたステージはスタートからフィニッシュまで断続的に落車が起こった。昨日のパヴェのステージが明けて平穏を取り戻すはずだった一日は一転、危険いっぱいの神経質なステージになった。
この日は朝から雨模様。スタートのアラスの石造りの街を、降りしきる雨がしとどに濡らす。選手たちはチームバスから出てこない。おそらくは雨に向けてのレインギアの用意と、チームミーティングのためだろう。スタート時刻が20分後に迫っているというのに、選手の姿が無い。おそらく今日が危険な一日になることを悟っていたのかもしれない。
今年、オーガナイザーたちはツールに春のクラシックのテイストを取り入れた。ゼーラントの海の道、フレーシュ・ワロンヌのユイの坂、そしてパリ〜ルーベ...。エシュロンの形成される横風区間、短くパンチの効いた登り、北の地獄のパヴェ、それらの難所をどうにか越えてきた選手たち。本当なら、この日は大集団スプリントに持ち込まれる公算が高いステージで、終盤までは平坦で平穏なトランジションステージになるはずだった。それを、雨と風が変えることに。
開幕の暑さが恋しくなるような気温の低さ。空は薄暗く、風が吹いている。気温は16度。スタートの街アラスの石造りの美しい街並み、そして石畳の広場をスタートしていく選手たち。コースプロフィールは細かく波打っている。そして北へ、東へ、南へ、西へとコースは方向を変える。つまり風向きには注意を払うことが必要だ。
11km地点で最初の大落車が発生。チームメイト4人が一度に転んだコフィディスは、山岳のエースダニエル・ナバーロとスプリンターのナセル・ブアニを含んでいた。ブアニは肘、膝、あばらを痛め、救急車に乗り込んだ。ツイていないブアニ。ツール前のフランス選手権でのゴールスプリントで落車し、まだその傷も癒えぬ間にゼーラントでも落車。12日間に4度の落車を経て、勝利を切望していたツールを去ることに。
もっともブアニはツールとの相性が良くない。FDJ.frに所属した過去2年、コルシカ島で開幕した2013年ツールは消化器系の不調で集団から遅れ、リタイア。昨年はジロで大活躍するも、ツールにはフランス人スプリンター、アルノー・デマールで勝負するとチームから言われ、出場できなかった。その不満がコフィディスへの移籍につながった。そしてここまで、一度もスプリントできずにまたツールを去ることに。
集団内ではその後も落車が相次いだ。安全に見えるのは、たったひとりで逃げるピエールリュック・ペリション(フランス、ブルターニュ・セシェ)だけだ。
コースが進路を変える度に風向きが変わるこのステージ。路面が雨に濡れていようが、位置取りは激しく、選手たちはめまぐるしくポジションを変えて動き回る。道幅が細くなると集団が詰まり、路肩の草むらに追い出される。随行する警察のモトでさえ転倒したほどだ。
レース映像を魅力的にしようとはじめられた、バイクに取り付けられたGoProのオンボードカメラに残されたのは、選手たちがスケートリンクの上で滑るように転ぶ様子、あるいはストライクが決まったボーリングのピンのように鮮やかになぎ倒されていく様子だ。
有力どころではグレッグ・ファンアフェルマート(ベルギー、BMCレーシング)、バウク・モレマ(オランダ、トレックファクトリーレーシング)、ニコラス・ロッシュ(アイルランド、チームスカイ)、ブライアン・コカール(フランス、ユーロップカー)、そして今日の覇者グライペルでさえ落車した。しかし今日はニュートラルは発令されなかった。
しかしそんな状況のなかでも奇跡と言えるのが、まだ「ファンタスティック・フォー」(フルーム、コンタドール、ニーバリ、キンタナ)は、まだ誰も深刻な怪我を負っていないということ。繰り返される言葉「ツール第1週目はどう闘うかというより、どう落車なく乗り切るかが重要だ」というフレーズがリフレインされる。
レース中は第2チームカーがプロトンから先行しながらコースの状況をチェックしながら走っている。そして第1チームカーに伝えられ、選手に指示が出される。加えて主催者のラジオツールの情報もある。
「この先のコーナーが危ない」「右に曲がるとすぐ風向きが変わる」「狭くなっているから気をつけろ」「前に位置どれ!」
無線のおかげで、必要な情報が伝わる。しかし、皆に同じ情報が伝わると、皆が同じ動きになるというデメリットがある。つまり道幅の狭い区間が近づくと、皆が前に上がってくる。選手たちが監督の無線指令通りに動くなら、そうなるのは当然だ。当然、来るべき危険箇所に向けて集団前方に殺到することになるのだ。
多くの優勝候補、有力選手が欠けていない今の状況なら、それらのチームはリーダーを守るために固まり、前へ上がってくる。それが危険を防ぎ、中切れから身を守る常套手段だとしても、ティンコフ・サクソのようなチームが何チームも「我も我も」と揃って前に上がってくれば? しかし道幅は狭いままだ!
ティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)は言う。「一瞬リラックスしたら終わりだ。0kmからフィニッシュまで全神経を集中させるんだ。リラックスできるのは2日有る休息日だけ!」
7つの第一次世界大戦の戦跡をたどったプロトン
このステージは、昨年に続き、第一次世界大戦の戦跡やゆかりの地7つをたどるようコースが組まれた。カナダ、オーストラリア、南アフリカの戦没者墓地の脇も通過。そのひとつ、コース半ばのデルヴィルの森にある南アフリカの戦没者墓地の前では、南アフリカとMTNキュベカの旗をもった関係者たちが集い、プロトンを待った。アフリカの音楽にのって、少し陽気に踊りながらMTNキュベカの選手たちの通過を待っていた。
第一次世界大戦当時の1916年の7月、1,085人の命がここに散ったという。この日、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー、MTNキュベカ)は5位に。そして同時にイタリアで開催されたジロ・ローザで、南アフリカの女子選手、チームBigraのアシュリー・ムールマン・パシオがで5位になったという。
ゴール前80km地点から始まった集団分断のためのペースアップ。風向きを読んだBMCやティンコフ・サクソが仕掛けた。集団は60人ほどに人数を減らし、大聖堂の待つフィニッシュのアミアンへ。残り25kmでまた大きな落車に見舞われるが...。
最終盤に向けて、エティックス・クイックステップのミカル・クヴィアトコウスキー(ポーランド)やマイヨジョーヌのトニ・マルティンによる強力なペースセッティング。目指すはマーク・カヴェンディッシュの2年越しの勝利だ。
しかし、落車で、中切れで、数を減らした選手たちのトレインはいつもと様子が異なっていた。どのチームもまともな状態で牽引列車が組めず、カオスなスプリントに。しかしエティックスはカヴのためにポジションを死守した。ゼーラントでの第2ステージのスプリントが速すぎたと揶揄されたカヴとチームは、ツール26勝目に向けて必勝体制だった。
アシスト無しでやむなく先行したアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ)。カヴが抜きにかかるが、伸びたのは遅れて左端から飛び出してきたアンドレ・グライペル(ロット・ソウダル)だった。
いつもと違った牽引列車。なかでもロット・ソウダルはアダム・ハンセンとグレッグ・ヘンダーソンが負傷した状況で、通常のトレインが組めない。グライペルはゴールして真っ先にマルセル・シーベルグの姿を探した。見つけると感謝のハグ。
「今日勝てたのはマルセルのアシストのおかげだ。本当に素晴らしい仕事だった。マルセルにとても助けられたし、彼はキャリアの中でも絶好調だ!」。グライペルは中間スプリントも意欲的に取り、マイヨヴェールを目指す意思を明らかにしている。一方で、クリストフはゴール後、すでにマイヨヴェールを目指す意志が無いことをメディアに語った。
またも2位のペーター・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ)。マイヨブランを手にするが、今年はゴールで昨年以上に苦戦する。4年連続のマイヨヴェールは当初から目標にない。今年のサガンはアルベルト・コンタドールがマイヨジョーヌを取るためのアシストを主な仕事として、自分の目標は二の次だとしている。自分のための列車は用意されず、ゴールはひとりで闘う。しかし調子は昨年よりも良さそうだ。
「ラスト5kmになったらフリーになって自分のレースが出来るんだ。自分の力だけで位置取りしていくけれど、たくさんの選手が後ろから押し寄せてくる。最後の100mは後ろから行かなくてはならないから、大変だね」と、サガンは淡々と話す。
明日のルアーブルへのステージは、ゴール前の850m、勾配7%の短い上りがスパイスになり、とくにサガン向けだと言われる。他にはジョン・デゲンコルブなどにも適していると。しかし海沿いの道は横風で集団が分断する心配もある。
「明日を楽しみにしていて欲しい。風などの状況にもよるけど、もちろん明日もコンタドールを護りたい。そしてフィナーレはいいリザルトが残せると思っているよ」とサガン。
この日の敢闘賞はマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)に贈られた。見るからに身体を動かすのがやっとという状態でポディウムに上ったマシューズ。全身の打撲と、背中いっぱいの擦過傷、そして2つの小さな骨折を抱えている。
アミアンのポディウムには清水勇人さいたま市長が登壇した。清水氏は表彰者たちと握手を交わし、さいたまクリテリウムの存在をアピールした。明日のステージでもスタートを見届けるようだ。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos
この日は朝から雨模様。スタートのアラスの石造りの街を、降りしきる雨がしとどに濡らす。選手たちはチームバスから出てこない。おそらくは雨に向けてのレインギアの用意と、チームミーティングのためだろう。スタート時刻が20分後に迫っているというのに、選手の姿が無い。おそらく今日が危険な一日になることを悟っていたのかもしれない。
今年、オーガナイザーたちはツールに春のクラシックのテイストを取り入れた。ゼーラントの海の道、フレーシュ・ワロンヌのユイの坂、そしてパリ〜ルーベ...。エシュロンの形成される横風区間、短くパンチの効いた登り、北の地獄のパヴェ、それらの難所をどうにか越えてきた選手たち。本当なら、この日は大集団スプリントに持ち込まれる公算が高いステージで、終盤までは平坦で平穏なトランジションステージになるはずだった。それを、雨と風が変えることに。
開幕の暑さが恋しくなるような気温の低さ。空は薄暗く、風が吹いている。気温は16度。スタートの街アラスの石造りの美しい街並み、そして石畳の広場をスタートしていく選手たち。コースプロフィールは細かく波打っている。そして北へ、東へ、南へ、西へとコースは方向を変える。つまり風向きには注意を払うことが必要だ。
11km地点で最初の大落車が発生。チームメイト4人が一度に転んだコフィディスは、山岳のエースダニエル・ナバーロとスプリンターのナセル・ブアニを含んでいた。ブアニは肘、膝、あばらを痛め、救急車に乗り込んだ。ツイていないブアニ。ツール前のフランス選手権でのゴールスプリントで落車し、まだその傷も癒えぬ間にゼーラントでも落車。12日間に4度の落車を経て、勝利を切望していたツールを去ることに。
もっともブアニはツールとの相性が良くない。FDJ.frに所属した過去2年、コルシカ島で開幕した2013年ツールは消化器系の不調で集団から遅れ、リタイア。昨年はジロで大活躍するも、ツールにはフランス人スプリンター、アルノー・デマールで勝負するとチームから言われ、出場できなかった。その不満がコフィディスへの移籍につながった。そしてここまで、一度もスプリントできずにまたツールを去ることに。
集団内ではその後も落車が相次いだ。安全に見えるのは、たったひとりで逃げるピエールリュック・ペリション(フランス、ブルターニュ・セシェ)だけだ。
コースが進路を変える度に風向きが変わるこのステージ。路面が雨に濡れていようが、位置取りは激しく、選手たちはめまぐるしくポジションを変えて動き回る。道幅が細くなると集団が詰まり、路肩の草むらに追い出される。随行する警察のモトでさえ転倒したほどだ。
レース映像を魅力的にしようとはじめられた、バイクに取り付けられたGoProのオンボードカメラに残されたのは、選手たちがスケートリンクの上で滑るように転ぶ様子、あるいはストライクが決まったボーリングのピンのように鮮やかになぎ倒されていく様子だ。
有力どころではグレッグ・ファンアフェルマート(ベルギー、BMCレーシング)、バウク・モレマ(オランダ、トレックファクトリーレーシング)、ニコラス・ロッシュ(アイルランド、チームスカイ)、ブライアン・コカール(フランス、ユーロップカー)、そして今日の覇者グライペルでさえ落車した。しかし今日はニュートラルは発令されなかった。
しかしそんな状況のなかでも奇跡と言えるのが、まだ「ファンタスティック・フォー」(フルーム、コンタドール、ニーバリ、キンタナ)は、まだ誰も深刻な怪我を負っていないということ。繰り返される言葉「ツール第1週目はどう闘うかというより、どう落車なく乗り切るかが重要だ」というフレーズがリフレインされる。
レース中は第2チームカーがプロトンから先行しながらコースの状況をチェックしながら走っている。そして第1チームカーに伝えられ、選手に指示が出される。加えて主催者のラジオツールの情報もある。
「この先のコーナーが危ない」「右に曲がるとすぐ風向きが変わる」「狭くなっているから気をつけろ」「前に位置どれ!」
無線のおかげで、必要な情報が伝わる。しかし、皆に同じ情報が伝わると、皆が同じ動きになるというデメリットがある。つまり道幅の狭い区間が近づくと、皆が前に上がってくる。選手たちが監督の無線指令通りに動くなら、そうなるのは当然だ。当然、来るべき危険箇所に向けて集団前方に殺到することになるのだ。
多くの優勝候補、有力選手が欠けていない今の状況なら、それらのチームはリーダーを守るために固まり、前へ上がってくる。それが危険を防ぎ、中切れから身を守る常套手段だとしても、ティンコフ・サクソのようなチームが何チームも「我も我も」と揃って前に上がってくれば? しかし道幅は狭いままだ!
ティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ、BMCレーシング)は言う。「一瞬リラックスしたら終わりだ。0kmからフィニッシュまで全神経を集中させるんだ。リラックスできるのは2日有る休息日だけ!」
7つの第一次世界大戦の戦跡をたどったプロトン
このステージは、昨年に続き、第一次世界大戦の戦跡やゆかりの地7つをたどるようコースが組まれた。カナダ、オーストラリア、南アフリカの戦没者墓地の脇も通過。そのひとつ、コース半ばのデルヴィルの森にある南アフリカの戦没者墓地の前では、南アフリカとMTNキュベカの旗をもった関係者たちが集い、プロトンを待った。アフリカの音楽にのって、少し陽気に踊りながらMTNキュベカの選手たちの通過を待っていた。
第一次世界大戦当時の1916年の7月、1,085人の命がここに散ったという。この日、エドヴァルド・ボアッソンハーゲン(ノルウェー、MTNキュベカ)は5位に。そして同時にイタリアで開催されたジロ・ローザで、南アフリカの女子選手、チームBigraのアシュリー・ムールマン・パシオがで5位になったという。
ゴール前80km地点から始まった集団分断のためのペースアップ。風向きを読んだBMCやティンコフ・サクソが仕掛けた。集団は60人ほどに人数を減らし、大聖堂の待つフィニッシュのアミアンへ。残り25kmでまた大きな落車に見舞われるが...。
最終盤に向けて、エティックス・クイックステップのミカル・クヴィアトコウスキー(ポーランド)やマイヨジョーヌのトニ・マルティンによる強力なペースセッティング。目指すはマーク・カヴェンディッシュの2年越しの勝利だ。
しかし、落車で、中切れで、数を減らした選手たちのトレインはいつもと様子が異なっていた。どのチームもまともな状態で牽引列車が組めず、カオスなスプリントに。しかしエティックスはカヴのためにポジションを死守した。ゼーラントでの第2ステージのスプリントが速すぎたと揶揄されたカヴとチームは、ツール26勝目に向けて必勝体制だった。
アシスト無しでやむなく先行したアレクサンダー・クリストフ(ノルウェー、カチューシャ)。カヴが抜きにかかるが、伸びたのは遅れて左端から飛び出してきたアンドレ・グライペル(ロット・ソウダル)だった。
いつもと違った牽引列車。なかでもロット・ソウダルはアダム・ハンセンとグレッグ・ヘンダーソンが負傷した状況で、通常のトレインが組めない。グライペルはゴールして真っ先にマルセル・シーベルグの姿を探した。見つけると感謝のハグ。
「今日勝てたのはマルセルのアシストのおかげだ。本当に素晴らしい仕事だった。マルセルにとても助けられたし、彼はキャリアの中でも絶好調だ!」。グライペルは中間スプリントも意欲的に取り、マイヨヴェールを目指す意思を明らかにしている。一方で、クリストフはゴール後、すでにマイヨヴェールを目指す意志が無いことをメディアに語った。
またも2位のペーター・サガン(スロバキア、ティンコフ・サクソ)。マイヨブランを手にするが、今年はゴールで昨年以上に苦戦する。4年連続のマイヨヴェールは当初から目標にない。今年のサガンはアルベルト・コンタドールがマイヨジョーヌを取るためのアシストを主な仕事として、自分の目標は二の次だとしている。自分のための列車は用意されず、ゴールはひとりで闘う。しかし調子は昨年よりも良さそうだ。
「ラスト5kmになったらフリーになって自分のレースが出来るんだ。自分の力だけで位置取りしていくけれど、たくさんの選手が後ろから押し寄せてくる。最後の100mは後ろから行かなくてはならないから、大変だね」と、サガンは淡々と話す。
明日のルアーブルへのステージは、ゴール前の850m、勾配7%の短い上りがスパイスになり、とくにサガン向けだと言われる。他にはジョン・デゲンコルブなどにも適していると。しかし海沿いの道は横風で集団が分断する心配もある。
「明日を楽しみにしていて欲しい。風などの状況にもよるけど、もちろん明日もコンタドールを護りたい。そしてフィナーレはいいリザルトが残せると思っているよ」とサガン。
この日の敢闘賞はマイケル・マシューズ(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)に贈られた。見るからに身体を動かすのがやっとという状態でポディウムに上ったマシューズ。全身の打撲と、背中いっぱいの擦過傷、そして2つの小さな骨折を抱えている。
アミアンのポディウムには清水勇人さいたま市長が登壇した。清水氏は表彰者たちと握手を交わし、さいたまクリテリウムの存在をアピールした。明日のステージでもスタートを見届けるようだ。
text:Makoto.AYANO
photo:Makoto.AYANO,Kei Tsuji,Tim de Waele,CorVos
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