2009/07/26(日) - 21:57
この日プレスには「モンヴァントゥーに上るなら出来る限り早く頂上へ直行すること」というお達しが出ていた。「ボクー・プブリク(観客がたくさん)!」とラジオツールも驚きを伝えて注意を促す。
魔の山ヴァントゥーに詰め掛けた観客たちの多さ!
麓の町を通過するときから異様な雰囲気はあった。沿道にいる観客が途切れないのだ。街と街をつなぐ小さなローカル道にも人垣が続く。観客が多い! 上り始めてしばらくは樹林帯の中を進む。そこからすでに観客が何重もの人垣を作ってびっしりひしめいている。
アメリカ人、ルクセンブルグ人、スペイン人、チェコ人、日本人....各国から詰めかけた多彩な顔ぶれはまさに人種のるつぼ。コース脇の人の多さは尋常でなく、恐怖を覚えるほどだ。人並みを掻き分けて進むプレスカーのギアは1速固定。急勾配にクラッチを焼き、エンジンを唸らせつつ上っていると、ロックンローラーにニワトリ、宇宙飛行士、スモウレスラー...まるで仮装大会のようなヤツらに次々励まされる。
月面のような山肌が見えだすと、その斜面にも人がびっしり貼りついている。頂上まで観客の多さにとにかく驚く。モンヴァントゥーはひとつの巨大なスタジアムになったかのようだ。ツール最後の、そして最大のショーをひと目見ようとこんなに観客が集まっているなんて!
ドーピング騒動もあって観客数は近年減りがちだった。しかしこの日見た人の多さは今まで自分が知っている12年のツールのなかで最高の人出だったように思う。プリュドムさんも驚きのコメントを発表していた。正確な数なんて知る由も無いだろうが、動員数の発表はいかに?。
ともかく、最終日前日にスペクタクルな舞台を用意するという主催者の狙いはみごとに的中。ここまで役者が揃い、しかも最後まで結果の分からないツールなんて、そうあるもんじゃない。
麓で吹き荒れていたミストラルは、肌に冷たく、北から南に向けて吹く。ラスト6kmの森林限界を超えたらどうなるかと心配したが、頂上付近は幸いにもそれほど影響のある強風にはならなかった。
ヴァントゥー山頂上からはプロヴァンスの乾いた大地の絶景が見渡せる。頂上付近の乳白色の山肌と抜けるような青空のコントラストが美しい。頂上の電波塔には歴代のステージ優勝者たちが写真入で紹介される。
麓の樹林帯で自然発火の火事があったようで、煙が立ち上っている。
円熟ガラーテ 失望マルティン
駆け引きを繰り広げるマイヨジョーヌ集団の隙を突き、ゴールまで逃げ切ったフアンマヌエル・ガラーテ(ラボバンク)とトニ・マルティン(チームコロンビア・HTC)。頂上ゴール直前の最後の鋭角コーナーは急勾配になっていて、最後のダッシュがものを言う。常に表情険しく走ってきたマルティンを、終始冷静なベテランのガラーテがゴール直前ダッシュで先制した。
失望マルティン。気休めの敢闘賞を獲得するも、モンヴァントゥーの歴史に名前を刻むには若すぎた?
しかしマルティンがこの日見せたクライミング能力の素晴らしさは確かなもの。第16ステージではクラックしたものの、タイムトライアル能力、カヴをアシストするスピードとチームプレイに徹するプロフェッショナルな走りで連日魅せたパフォーマンスは、将来ツールの上位争いに絡んでくるであろう逸材であることを証明した。ドイツ人最高位はクレーデン。ゲルデマン、チオレックらドイツのスター選手が輝けなかったこのツールで、新しい期待の星になった。
ポディウムに変動は無かった
第17ステージで炸裂した"シュレッキーズ"の兄弟アタックも、この日はフランクの冴えが無かったことで決定的な差とならなかった。しかしこの日アンディのかけたアタックは数えて8回。そのすべてにコンタドールはことごとく反応し、逃がさなかった。
そして驚くべきはアームストロングの今ツールにおけるベストな走りだろう。レジェンドは遅れなかったばかりか、ウィギンスを振り落としてシャンゼリゼの表彰台の一角のポジションを譲らなかった。年齢を重ねても衰えないその驚くべきパフォーマンス。来年のツールに「十分な準備をして」戻ってくるなら、8度目のマイヨジョーヌはありえる話だ。
攻撃する必要の無いコンタドールは定石どおり守りの走りに徹した。ゴール直前、フランクとウィギンスを落としたことを確認したコンタドールが、アームストロングに片手で何かのゼスチャーをしながら甲高い声で話しかける。アンディの攻撃を防ぎきったこと、自身の優勝を確実なものにしたこと、そしてアームストロングの3位を確定したこと...。怒りなのか、喜びなのかは分からない。
クレーデンが力尽きて遅れたのを除いては、アスタナにとってはほぼ理想的な結末になった。
アームストロングに22秒離され、表彰台を逃したウィギンス。しかしこのツールをもってタイムトライアルのスペシャリストからステージレーサーとしても通用することを証明した。総合4位フィニッシュは、イギリス人のツールにおける歴史という観点では1984年のロバート・ミラーのイギリス人最高位記録を塗り替えるものになる。
果敢なアタックを続けたマイヨ・アポアのペッリツォッティ(リクイガス)。モンヴァントゥーを制すると言う夢は叶わなかったが、全ステージを通じての攻めの走りが「スーパー・コンバティフ」=総合敢闘賞にふさわしいとして評価された。
終わってみれば結局は表彰台に入れ替えはなし。大逆転の無い、ほぼ想定どおりの結果。シュレック兄弟によるドラマチックな逆転劇も、コンタドールに対するアームストロングの奇襲もなかった。波乱の結末を期待したメディアを喜ばせはしなかったが、終わってみればやはり最強の選手が勝ったことになる。
「もっとも強い選手がツール・ド・フランスに勝つ」という格言じみた名言は、今年も正しかった。
力を出し切ったフミ シャンゼリゼに向けセーブしたユキヤ
14分40秒遅れ、ステージ92位でフミが上ってきた。スキルシマノのチームカーを従え、ひとりダンシングしながら上る。急ぐ必要は無いはずだ。しかし喜びとも苦痛ともとれる表情を浮かべ、躍動感ある走りでゴールを目指して賢明にペダルを踏んでいた。モンヴァントゥーに対してすべてのもてる力を振り絞ろうとしているかのように。
百戦錬磨のツールのベテランたちの走りとは明らかに違うが、情熱的な走りを見た。それは日本人だから贔屓目に見えたということではないはずだ。
ユキヤは最近の山岳ステージの定位置であるグルペットの最後尾で上ってきた。ゴールして立ち止まらずにすぐチームバスへと向かう。コメントはなし。その素振りから力を出し切らずにステージを消化することを不本意に感じているというユキヤの熱い思いが伝わってくる。
ツールの完走が確実になった点は満足はしているはずだが、すでに明日のシャンゼリゼステージが視野にあるのだ。
シャンゼリゼで2人を祝福したい
パリステージは「パレード」と形容される前半のパリ市街到着までと、シャンゼリゼを周回する後半部が、まるで違うレースになる。世界で最も美しい大通りは、同時に春のクラシックのような過酷なパヴェ(石畳)との闘いでもある。レースに火が点いてからのスピードは高まり続け、世界最高のクリテリウムの様相をなす。
世界中の注目を浴びるシャンゼリゼでの勝利は特別なもの。残ったトップスプリンターたちがすべての力を出して勝利を狙う。カヴェンディッシュとフースホフトの対決も、まだ決着がついているとは言いがたい。
パンクや落車でレースに復帰することが出来ず、シャンゼリゼで完走を逃す事態もまま発生する。二人の日本人が最後まで無事に完走できるかを見届けたい。
二人揃ってシャンゼリゼに日の丸を翻らせることができれば、日本のサイクリング界に新たな時代がやってくるだろう。日の丸は我々ジャーナリスト仲間でしっかり用意してきている。シャンゼリゼで祝福できることを願いつつ、アヴィニョンからパリまで大移動しよう。
魔の山ヴァントゥーに詰め掛けた観客たちの多さ!
麓の町を通過するときから異様な雰囲気はあった。沿道にいる観客が途切れないのだ。街と街をつなぐ小さなローカル道にも人垣が続く。観客が多い! 上り始めてしばらくは樹林帯の中を進む。そこからすでに観客が何重もの人垣を作ってびっしりひしめいている。
アメリカ人、ルクセンブルグ人、スペイン人、チェコ人、日本人....各国から詰めかけた多彩な顔ぶれはまさに人種のるつぼ。コース脇の人の多さは尋常でなく、恐怖を覚えるほどだ。人並みを掻き分けて進むプレスカーのギアは1速固定。急勾配にクラッチを焼き、エンジンを唸らせつつ上っていると、ロックンローラーにニワトリ、宇宙飛行士、スモウレスラー...まるで仮装大会のようなヤツらに次々励まされる。
月面のような山肌が見えだすと、その斜面にも人がびっしり貼りついている。頂上まで観客の多さにとにかく驚く。モンヴァントゥーはひとつの巨大なスタジアムになったかのようだ。ツール最後の、そして最大のショーをひと目見ようとこんなに観客が集まっているなんて!
ドーピング騒動もあって観客数は近年減りがちだった。しかしこの日見た人の多さは今まで自分が知っている12年のツールのなかで最高の人出だったように思う。プリュドムさんも驚きのコメントを発表していた。正確な数なんて知る由も無いだろうが、動員数の発表はいかに?。
ともかく、最終日前日にスペクタクルな舞台を用意するという主催者の狙いはみごとに的中。ここまで役者が揃い、しかも最後まで結果の分からないツールなんて、そうあるもんじゃない。
麓で吹き荒れていたミストラルは、肌に冷たく、北から南に向けて吹く。ラスト6kmの森林限界を超えたらどうなるかと心配したが、頂上付近は幸いにもそれほど影響のある強風にはならなかった。
ヴァントゥー山頂上からはプロヴァンスの乾いた大地の絶景が見渡せる。頂上付近の乳白色の山肌と抜けるような青空のコントラストが美しい。頂上の電波塔には歴代のステージ優勝者たちが写真入で紹介される。
麓の樹林帯で自然発火の火事があったようで、煙が立ち上っている。
円熟ガラーテ 失望マルティン
駆け引きを繰り広げるマイヨジョーヌ集団の隙を突き、ゴールまで逃げ切ったフアンマヌエル・ガラーテ(ラボバンク)とトニ・マルティン(チームコロンビア・HTC)。頂上ゴール直前の最後の鋭角コーナーは急勾配になっていて、最後のダッシュがものを言う。常に表情険しく走ってきたマルティンを、終始冷静なベテランのガラーテがゴール直前ダッシュで先制した。
失望マルティン。気休めの敢闘賞を獲得するも、モンヴァントゥーの歴史に名前を刻むには若すぎた?
しかしマルティンがこの日見せたクライミング能力の素晴らしさは確かなもの。第16ステージではクラックしたものの、タイムトライアル能力、カヴをアシストするスピードとチームプレイに徹するプロフェッショナルな走りで連日魅せたパフォーマンスは、将来ツールの上位争いに絡んでくるであろう逸材であることを証明した。ドイツ人最高位はクレーデン。ゲルデマン、チオレックらドイツのスター選手が輝けなかったこのツールで、新しい期待の星になった。
ポディウムに変動は無かった
第17ステージで炸裂した"シュレッキーズ"の兄弟アタックも、この日はフランクの冴えが無かったことで決定的な差とならなかった。しかしこの日アンディのかけたアタックは数えて8回。そのすべてにコンタドールはことごとく反応し、逃がさなかった。
そして驚くべきはアームストロングの今ツールにおけるベストな走りだろう。レジェンドは遅れなかったばかりか、ウィギンスを振り落としてシャンゼリゼの表彰台の一角のポジションを譲らなかった。年齢を重ねても衰えないその驚くべきパフォーマンス。来年のツールに「十分な準備をして」戻ってくるなら、8度目のマイヨジョーヌはありえる話だ。
攻撃する必要の無いコンタドールは定石どおり守りの走りに徹した。ゴール直前、フランクとウィギンスを落としたことを確認したコンタドールが、アームストロングに片手で何かのゼスチャーをしながら甲高い声で話しかける。アンディの攻撃を防ぎきったこと、自身の優勝を確実なものにしたこと、そしてアームストロングの3位を確定したこと...。怒りなのか、喜びなのかは分からない。
クレーデンが力尽きて遅れたのを除いては、アスタナにとってはほぼ理想的な結末になった。
アームストロングに22秒離され、表彰台を逃したウィギンス。しかしこのツールをもってタイムトライアルのスペシャリストからステージレーサーとしても通用することを証明した。総合4位フィニッシュは、イギリス人のツールにおける歴史という観点では1984年のロバート・ミラーのイギリス人最高位記録を塗り替えるものになる。
果敢なアタックを続けたマイヨ・アポアのペッリツォッティ(リクイガス)。モンヴァントゥーを制すると言う夢は叶わなかったが、全ステージを通じての攻めの走りが「スーパー・コンバティフ」=総合敢闘賞にふさわしいとして評価された。
終わってみれば結局は表彰台に入れ替えはなし。大逆転の無い、ほぼ想定どおりの結果。シュレック兄弟によるドラマチックな逆転劇も、コンタドールに対するアームストロングの奇襲もなかった。波乱の結末を期待したメディアを喜ばせはしなかったが、終わってみればやはり最強の選手が勝ったことになる。
「もっとも強い選手がツール・ド・フランスに勝つ」という格言じみた名言は、今年も正しかった。
力を出し切ったフミ シャンゼリゼに向けセーブしたユキヤ
14分40秒遅れ、ステージ92位でフミが上ってきた。スキルシマノのチームカーを従え、ひとりダンシングしながら上る。急ぐ必要は無いはずだ。しかし喜びとも苦痛ともとれる表情を浮かべ、躍動感ある走りでゴールを目指して賢明にペダルを踏んでいた。モンヴァントゥーに対してすべてのもてる力を振り絞ろうとしているかのように。
百戦錬磨のツールのベテランたちの走りとは明らかに違うが、情熱的な走りを見た。それは日本人だから贔屓目に見えたということではないはずだ。
ユキヤは最近の山岳ステージの定位置であるグルペットの最後尾で上ってきた。ゴールして立ち止まらずにすぐチームバスへと向かう。コメントはなし。その素振りから力を出し切らずにステージを消化することを不本意に感じているというユキヤの熱い思いが伝わってくる。
ツールの完走が確実になった点は満足はしているはずだが、すでに明日のシャンゼリゼステージが視野にあるのだ。
シャンゼリゼで2人を祝福したい
パリステージは「パレード」と形容される前半のパリ市街到着までと、シャンゼリゼを周回する後半部が、まるで違うレースになる。世界で最も美しい大通りは、同時に春のクラシックのような過酷なパヴェ(石畳)との闘いでもある。レースに火が点いてからのスピードは高まり続け、世界最高のクリテリウムの様相をなす。
世界中の注目を浴びるシャンゼリゼでの勝利は特別なもの。残ったトップスプリンターたちがすべての力を出して勝利を狙う。カヴェンディッシュとフースホフトの対決も、まだ決着がついているとは言いがたい。
パンクや落車でレースに復帰することが出来ず、シャンゼリゼで完走を逃す事態もまま発生する。二人の日本人が最後まで無事に完走できるかを見届けたい。
二人揃ってシャンゼリゼに日の丸を翻らせることができれば、日本のサイクリング界に新たな時代がやってくるだろう。日の丸は我々ジャーナリスト仲間でしっかり用意してきている。シャンゼリゼで祝福できることを願いつつ、アヴィニョンからパリまで大移動しよう。
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