2009/07/23(木) - 17:39
シュレッッキーズの"ファミリーウィン"
最後のコロンビエール峠を待たずして、ロム峠での数度のアタックを成功させ、ライバルたちのふるい落としに成功したアンディとフランクの"シュレックブラザース"。自らを"シュレッキーズ"と呼ぶこの2人は間違いなくこのステージの勝者。総合の躍進とフランクのツールのステージ通算2勝目をものにした。
コンタドールのアタックを封じ、アームストロングらに対して2分18秒、クレーデンに対しては2分27秒ものタイム差をつけることに成功。翌日の(苦手とするであろう)タイムトライアルを前に十分な差とは言えないが、総合でアームストロングに対してアンディが1分29秒、フランクが30秒のリードを得たことになる。
フランクは自身の総合への希望を持ってはいなかった。ただ、闘い方によってはこのステージで大きな差をつけることが出来るであろうことを知っていた。アンディの表彰台を確実にするために、フランクは自らを犠牲にタイム差を開くことに専念した。下りでアンディがリードしたのは、フランクよりもダウンヒルが得意だからだった。
無線が雨にやられ、情報の分からない2人は、ツーカーの意思で飛ばし続けた。ゴールをフランクに譲ったのは、その献身的な走りに対しての当然の行為。フランクはまた後でそれに報いる方法を知っている。それは再びモンバントゥーで走りによって披露されるだろう。
アンディのシャンゼリゼのポディウムは確約されたのか? 翌日のアヌシーでのタイムトライアルは約40kmの短さ。老兵アームストロングはチームタイムトライアルで強さを見せたが、個人TTの強さは現在未知数。
ステージレーサーへと変貌を遂げたTTスペシャリスト、"ウィッゴ"ウィギンスの本領もここで発揮されるだろう。
TTに弱いという定評のシュレッキーズだが、好調の波に乗っている。すべての選手が蓄積された疲労と闘うグランツール第3週。過去の例を見ても個人タイムトライアルはTTスペシャリストに有利とは必ずしも言えず、上位争いにおいては総合順位に比例する結果が出るものだ。
コンタドールの優位は動じないものに思えるが、シャンゼリゼのポディウム争いの最終結果はモンバントゥーを待つことになるだろう。
フースホフト、驚きのポイント増産
ロズラン峠でカヴェンディッシュが早々に遅れ出すのと裏腹に、マイヨヴェールのフースホフトはロズラン峠を前方のメイン集団内でクリア。ダウンヒルを利用してアタックを掛け、前のグループに追いついた。そして3つある中間スプリントの2つを収穫する単独アタックで逃げ続けた。
中間ポイント2つを獲得した後は集団に戻りゴールを目指すのみ。それも前方集団の65-112位集団でゴールしている。この割り切った走りで、カヴェンディッシュとのポイント差を30点とした。この差はすでにトラブルでも無い限り逆転が難しい差になった。
山岳ステージで独走するマイヨヴェールの選手の姿とは、ツールの歴史においても今までに無い光景だ。フースホフトは言う「マイヨヴヴェールを確実なものにするために、カヴェンディッシュとのポイント差を安全圏まで開いておきたかった。すごく調子が良かったんだ。でもポイントを獲得するだけが目的じゃなかったんだ。楽しんだよ。最良の一日だった」。
一方のカヴはグルペットでゴール。チームコロンビアのアイゼルらアシストに終日助けられながら走ってグルペット内に留まった。
サストレ、メンショフ、エヴァンスのツールは終わった
ジロのチャンピオン、メンショフの悪夢は続く。逃げを打ったセジエー峠で2度の落車。ステージ63位、総合44位に脱落。
エヴァンスはまた今日も遅れ、ステージ81位、総合32位に転落。優勝候補3人はもう完全に上位陣の視界から消えてしまった。
ロム峠で攻撃に出たサストレは、自らのアタックの代償としてコンタドールに対して7分47秒も失った。パンクにも見舞われる不運。7月22日は、2008年ツールのラルプ・デュエズで勝利をものにした幸運の日だったはず。しかし1年の時を経て不運の日になった。昨年献身的なアシストで勝利を支えてくれたシュレックブラザースの攻撃の前に崩れ去ることになろうとは。サストレに残された道は、モンバントゥーでアタックすることのみだ。
ランタンルージュのケニー、完走できず
完走を狙う選手にとってもっとも厳しいコースプロフィールだったのがこのステージだった。ツール流には「ランタン・ルージュ」「ミスター最下位」という有難くないニックネームをもらっていたのがスキル・シマノのケニー・ファンヒュンメル。昨ステージでも最下位ゴール。
スプリンターとして春のレースで輝かしい勝利を多く挙げ、UCIヨーロッパツアーポイントリーダーになるが、山に弱く、上りですぐに遅れる。連日の山岳ステージではいつも最後尾をひとり走る。筋肉質のケニーはこのツールに備えて体重を絞って臨んだ。しかしそれでも軽くは上れなかったようだ。
遅れることで有名になったから、スタート前のケニーの元にはプレスが集まった。完走への意気込みと可能性を訊こうというのだ。
ケニーは語る「目標はシャンゼリゼ。完走することはもちろん、シャンゼリゼのスプリントを狙うのが僕の、そしてチームとしての目標だ」。
毎日なんとか完走してきたのは、来る平坦ステージのチャンスを待つためだ。
今日も最初のロズラン峠から遅れ、ひとり旅に。セジー峠の下りまでを、後方のチームカーの後ろについて一緒に走ることにした。上りのスピードは確かに遅い。しかし一定ペースでときおりダンシングも織り交ぜながら淡々と上る。沿道にはケニーの応援団さえいる。ケニーの長旅を知っている観客にとって、それは応援すべき走りなのだ。ランタンルージュはちょっとした人気者だ。
ケニーの下りは驚くほど速い。上りで遅れるぶんを下りと平坦で挽回するべく踏む。そのためにケニーはディープリムタイプのエアロホイールを使っているのだ。チームカーでラップタイムを取っていると、集団より明らかに速いことが分かるそうだ。ロズラン峠で11分遅れ。セジー峠で差はまた開きだした。タイムアウトとの闘いは厳しくなりそうだ、と思った。先回りするために3つめの峠を前にケニーから離脱して先行する。しかしゴール後、スタッフにケニーが3つめの峠の落車でリタイアしたことを知る。怪我のひどいケニーを救護車に託して先行するスキルシマノのチームカーには「ケニーはどうした?」とファンから悲痛な声がかけられたという。
愛されたランタンルージュ、ケニーはパリにたどり着くことは出来なかった。
最難関をクリアしたフミとユキヤ
フミは29分43秒遅れの中位グループ、65-112位集団の中で77位でゴール。不安を感じさせない位置で淡々と乗り切った。
ユキヤは35分47秒遅れの113-156位のグルペット集団最後尾でゴール。見るからに疲れきった様子だが、ニッコリ笑顔。「疲れました。でも完走できました」とだけ言い残してチームバスに消えた。
チームカーに同乗していた関係者の話で、ユキヤは落車していたことを知る。スタートしてからすぐに掛かり始めたアタック合戦。そして降り出した冷たい雨。集団が分裂し、ユキヤは後方集団になる。チームカーがユキヤ集団を抜きながら前に上がるとき、レインウェアを渡そうとした。それを受け取ろうとしたときにバランスを崩して落車してしまったのだという。
すぐに起き上がり、とくに怪我は無かったが、スポークが折れてホイールを交換。出来るだけ前で上り始めたい最初の上りで最後尾になってしまったという。身体の状態について、チームドクターの話ではとくに問題なさそうだということだ。
このステージはタイムアウトの心配がもっとも大きかったステージだ。まだ手ごわい怪物ステージが残っているが、今後よほどのトラブルが無ければ二人がパリ・シャンゼリゼに到達することはほぼ確約されたといっていいだろう。日本人のツール・ド・フランス初完走。それも二人揃って。二人がとくに意識して目指すものではないが、まずその実現が何より第1ステップ。残りステージでトラブルが無いことを祈ろう。
浅田顕さんからみたフミ&ユキヤ「二人の印象」
フミとユキヤの"育ての親"とも言える浅田顕氏(EQA・梅丹本舗・グラファイトデザイン監督)が昨夜からツールに合流している。この日は関係車両でスタート地点とゴール地点に現れた。浅田さんは今までのステージについてはテレビで数ステージを観て、ネットを中心に情報を追っているという。「よく見れていませんが」と前置きしながらもニ人についてコメントしてくれた。
「ニ人とも経験があるので、最低限はクリアした、という感じでしょうか。それぞれステージ5位、8位にも入って日本の関係者は驚いていますが、フランスのファンや関係者はニ人がアマチュアから強くなってプロになったということを知っているので、日本ほどは驚いては無いようですね。普通に扱ってくれていると思います。
フミはすでに経験があるので今年ツールに出るのはいいチャンスだったな、と思います。ユキヤについては来年ツールに出れるという保証があるんだったら、もうひとつ別のレースを経験してから出たほうがもっと結果は良かったんじゃないでしょうか。あまり過剰な期待をするのもどうかと思います。
3週間走りきるのはたしかに重要なんですが、その前にもうひとつ階段があるかな、という気がしないでも無いですね。例えばプロツアーのレースで入賞したりしてからでもツール(に出るのは)は良かったかな、と思います。来年があればもっといい結果を残せると思います。
ツール初出場というのは難しいことだと思うんです。もちろんそこで得るものは多いと思いますが、フミもユキヤもステージで勝てる選手なので、来年につながるレースにして欲しいと思います。
二人には"ガンバレよ"と声を掛けた程度ですが、今まで見たことが無い顔をしていましたね。やはり2週間走った顔になっていました」。
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