今年もイギリス、マンチェスターにおいて開催されたトラック・マスターズ世界選手権で、和地恵美(たかだフレンド)が500m個人TTで2位となり銀メダルを獲得した。2006年大会で2000m個人追い抜きにおいて金を獲って以来、通算10個目のメダルだ。

以下、帰国直後の本人のレポートでお伝えする。同大会には東京都より濱田真子(500mTTとスプリントで銅メダル獲得)、福岡より競輪選手の渡辺満が参加した。



私にとってのマスターズ世界選手権 和地恵美

海外の大会ともなると、行ってみたくても不安があり、躊躇されている方も多いと思います。そこで今回は『いろんなことが起こるけれど、何とかなる!』ということや、競技を通して考えたことなどをお伝えしたいと思います。

イギリス・マンチェスターのトラックで個人TTに臨む和地恵美 イギリス・マンチェスターのトラックで個人TTに臨む和地恵美 

ロストバゲッジ! いきなり自転車が迷子に

イギリスナショナルチームの練習風景。とにかく速い!イギリスナショナルチームの練習風景。とにかく速い! 10月4日夕方、オランダ、スキポール空港でのトランジットを含め、14時間以上かけてようやくマンチェスター空港に到着しました。福岡から初参加の競輪選手、渡辺満さんとも合流できた。あとは、空港内で荷物を開けて、機材の破損がないかどうか確認したら、ベロドロームに行くだけ…。(空港を出てしまうと補償されないので注意です)

ところが、私の荷物が待っても待っても出てこない…。ここまで来て自転車がないとは! 昨年はホイールが割れていて使えず、結局現地で買いました。今年はまさかのニューバイク購入? 仕方なく、紛失の手続きだけ済ませてゲートを出ました。

ゲートを出ると、シャトルバス運転手のポールさんが待っていてくれました。さて、車内で込み入ったお願いをしなければなりません。「自転車が次の便で空港に届いたという連絡があって、もし到着のお迎えで再度空港に行くなら、私を一緒に乗せて行って欲しい。でも、夜遅くホテルに届けられるなら、ホテルで待ちます…」と。頭の中で英作文していると、渡辺さんが『しゃべって翻訳』を取り出しました。おお、こんな便利なものを隠し持っていたのか。これさえあれば乗り切れる!

渡辺さんがiPadに話しかけます。「もし、今夜、自転車が届いたら…」→翻訳機の日本語「文字、本屋でしゃがんで」…全然違〜う!
逆にポールさんの英語が、きちんと日本語になるのか、彼の口元にiPadをかざして、はい、喋ってみて!

喋ろうとする彼、iPadに向かって話しかけるという事に照れて爆笑しつつも、気をとりなおし、「You will in Manchester〜…」。読み取った文章を見てピーターさん再び爆笑!そこには「Yellow Manchester〜…」「黄色いマンチェスター〜…」の文字が。みんなで大笑いしていました。

もし一人だったら、不安で胸がいっぱいで、呼吸が浅くなってしまったことでしょう。でも、ここで大笑いできたことが、その後のストレスに耐え抜く身体と気持ちを確立しました。深い呼吸によって胸が開くと、気持ちが明るくなるのは、皆さんもご経験があると思います。加えて、身体の反射継続は電解質で行われるから、呼吸が上手くいかないと酸素量がすぐに底をつき、スタートからトップスピードに持っていくパワーを出し続けることができなくなるのです。仲間がいるっていいな、と思いました。そしてこの気持ちは、帰国するまで何度も味わうことになりました。

自転車がない不安のなか「成田発が遅れたけん、スキポール空港で飛行機の荷物載せ替えに間に合わんかったっちゃないかいな。たぶん次の便で届けられるんやない? 大丈夫よ」と言ってくれた渡辺さんの言葉に救われていました。

渡辺さんがアンカーを貸してくれて、トレーニングできたのも大きかったです。今乗っているコルナゴのバイクの前にはアンカーに乗っていたので、かつての愛車とまったく同じフレームのように身体に馴染みます。ポジションもほぼ同じ。バイクが届かない最悪のケースでも、このバイクで出場できるという保険が心の支えになりました。

次の日の晩、ホテルのフロントで尋ねると「あ〜、届いてるよ!君の部屋に置いてあるよ」と。そう聞いた時は、涙が出そうなくらい嬉しかったです。

■マヴィック・コメットのディスクホイールに穴が!

マヴィック・コメットのディスクホイールに穴が開いてしまった!マヴィック・コメットのディスクホイールに穴が開いてしまった! 今回、荷物の重量を減らすために大会本部が貸し出してくれるローラーを借りることにしました。一日10ポンド(約1600円)で、固定でも三本ローラーでもOK。私は固定でないとモガけないので、こちらを借りました。
事務所で手続きをした後、連れて行かれた倉庫に嫌な予感がしました。埃をかぶっているような場所から借りたローラーの不具合をもっと丁寧に調べれば良かったのです。

500mTTを終えて、着替えてブースに帰ると、渡辺さんが私のカンパ・ギブリディスクホイールを慌てて外しています。
「ごめん! 和地さん、これ借ります!」と。事情を聞くと、思い切りモガいた時に左の軸が外れ、そのまま横倒しになり、軸がコメットの表面に突き刺さってしまったとのこと…。
私の小ギアは15Tで、彼のは14Tなので交換し、そのまま使ってもらうことにしました。

その時、私たちを助けてくれたのが、たまたま隣のブースにいらしたヘンリー=シバタさんでした。大変面倒な交渉を一手に引き受けてくれ、大会本部長に送る申立書も下書きを作ってくれました。補償についてどうなるかわからないけれど、やれるところまではやった事実は大きいと思います。三本ローラーも貸してくれました。

500mTTの45-49才の部の世界記録保持者ジーア=ジョンソン。日本のエイメイのフレームを駆る500mTTの45-49才の部の世界記録保持者ジーア=ジョンソン。日本のエイメイのフレームを駆る さて、彼との出会いも偶然の神様が連れてきてくれました。
公式練習の日、白髭のヘンリーさんはエイメイのフレームを持って「あなた方は日本人ですか?」と話しかけてくれ、そのままお隣りのブースに。ヘンリーさんは日系アメリカ人だそうで、物凄く強そうな女性と彼女のお母さんの3人でいらっしゃいました。
彼女、ジーア=ジョンソンは、まだ自転車を始めて1年半だけど、世界記録保持者だと言います。大会冊子を見ると、500mTTの45-49才の部にありました。35秒613の記録が。

46歳で35秒! 全身筋肉の塊のようなジーアは、ボブスレーの元オリンピック選手だと聞いて納得しました。ジーアのその気さくな人柄と、出走前の気迫の落差に、国を背負った競技経験の違いを肌で感じ取ることができました。彼らとの出会いが、また次へ向かう気持ちを強めてくれました。

この日、私は500TTで本当に悔しい銀。チャンスだったのです。今季の自己ベストが38秒台だったので、いつも金メダルのアネットがいないなら獲れるかもしれないと…。ただ、夏に肩を脱臼してから、どうも調子が出ない…。テーピングしても、体が防衛反応を起こしていたのかもしれません。トップスピードに乗りきれないまま40秒189.金が40秒156.この優勝タイムに、なんで勝てなかった? と思われる方も多いと思います。私が一番そう思いました。でも、いっぱいいっぱいでした。明暗を分けたこの一瞬0.033秒には、昨年11月に肋骨を7本折り、3月に鎖骨と肩甲骨を折って乗り込めなかった数か月が凝縮しています。今年は出場できただけでも有難く、次回へのモチベーションにします。

表彰式 銀メダルを頂いた 表彰式 銀メダルを頂いた

相棒の渡辺選手のTTのスタート相棒の渡辺選手のTTのスタート 渡辺さんの750mTTはトラブル直後にも関わらず、51秒822のタイムで8位でした。本人は不本意だったようですが、初の板張りバンクは楽しくて、公式練習後ずっと「早く走りたい!」と言っていた彼に、私もこの気持ちを大事にしようと思いました。

ウォームアップする渡辺選手。集中しているウォームアップする渡辺選手。集中している 一日休んで、渡辺さんのスプリント。ハロンのタイムは伸びず11秒542の7番時計。スプリント1回戦は逃げて勝利、2回戦も逃げ勝負、しかしながら差されて敗退。大会に参加する前に、過去の世界マスターズ金メダリストの丸山繁一さん、銀メダリスト矢野賢児さんから「とにかく先行」と言われ、彼も意識していたと思います。でも、250mトラックでの闘い方は難しいものです。その後、敗者復活戦で勝利、3回戦で今回金メダルのキクシス選手に敗れ5-8位決定戦へ。ここで勝利し、5位が決定しました。

渡辺選手の5位の瞬間 渡辺選手の5位の瞬間  彼の幼馴染でロンドン在住の女性の方が応援にいらしていて、カッコいいところが見せられて良かった! 彼女もそれまでは自転車とは無縁だったけれど、彼の走りに感動し、これからも自転車好きの仲間と観に来たいと言ってくれたのは本当に嬉しかったです。同じく日本から出場した濱田真子さんも怪我に関わらず2つのメダルを獲得され、チームのいい雰囲気を味わってもらえたのも嬉しかったです。

■新しいポジション

私のもう一つの種目、2000m個人追い抜き。昨年銀メダルだったので、出走は最終組のホームスタートです。恥ずかしい走りはできないけれど、ここはひとつ賭けにでることにしました。東日本実業団の大会で「あれはロードのポジションや。個人追い抜きはもっと前乗りせんと」と指摘を受け、短期間でフォームを変えてきたのです。ハンドルも違うので、出発3日前に伊豆のベロドロームで個人練習をしました(運動会の代休でした。いつでもバンクに入れる競輪選手の方が、本当に羨ましい…)。

その時連写していただいた写真をぱらぱら漫画のようにしてスタート時のポジションのチェックをしました。背筋をうまく使えていないこと、肩に負担がかかることを発見しましたが、飛躍をするためのチャレンジを選びました。

そして勇気をもって臨んだものの、結果は5位。タイムは2分48秒900。ラスト2周で激タレしました。レース後、自力で自転車を降りられないヘタレぶりは久々で、込み上げてくる血の匂いは酷いものでした。おそらく、今までのポジションだったら55秒近くかかるところを、新しいポジションは実力以上のものを引き出したのだと思います。500mTTと同様に3、4位との差はわずかでしたけれど、これが現状なので次につなげます。

私のマスターズ世界選は、ここで終わりました。結局、闘うときは独りです。

大親友のドイツ人ぺトラと、再会の約束を交わした大親友のドイツ人ぺトラと、再会の約束を交わした 駄目だと思う自分に、どれだけ抗い続けられるのか。何をしたいのか、何ができるのか、道を定めたらどこまで突き進められるのか…。それを阻むのは外的な要因ではなく、自分への言い訳なのかもしれません。何事にも怯まず、立ち向かっていきたいと思いつつも、いつも逃げてしまう私ですが、「勝敗は準備で決まる」「日頃のリズムが競技を調える」など、常に言われ続けてきたことに心から共感できるのが、この世界選手権なのです。

片付け中の筆者 この散らかりようったら…(苦笑)片付け中の筆者 この散らかりようったら…(苦笑) そして一年のうち数日限りの縁というのは、寂しくもあり、潔くもあり…。今日の「さよなら」が永久の別れになるかもしれないマスターズの人たちは、再び会えることを夢見て、また一年頑張るのです。

大親友のドイツ人ぺトラが、夏にオーストリアで開かれるワールドマスターズに誘ってくれました。7年後には京都で開催されるから、その時まで走ろうと言ってくれました。闘いは独りだけど、私にとってのマスターズはたくさんの人の支えに感謝し、希望を共有できる場なのです。

渡辺さんも散らかし屋だ。探しものは見つかったかな?渡辺さんも散らかし屋だ。探しものは見つかったかな? 様々な感慨に浸りながら、片付けをしました。段ボールの中身をいったん全部出してから、フレームやホイールを傷付けないよう、パズルのように詰めていきます。出してから、途方に暮れました。そしてこの惨状は、色々な国の人に笑われました。ごみ箱を持ってきてくれた人もいます(笑)。

相棒の渡辺さんも散らかし屋なので、あまり突っ込まれずに済んでよかった…。(スプリント前、彼は私に2枚目のゼッケンはどこにあるかね? と聞くので、てっきり私がどこかに仕舞い込んだと思い、自分の使わないゼッケンの裏に数字を書くことにしました。
A型の本領発揮! うり二つ模写ゼッケン! 覗き込んだ彼も「ほ〜、こりゃまた見事な!」と(笑)。

完成直前で、彼の「あ!」と言う声が…。「僕のシューズの中にありました」。
なんでこんな所に? と思う方も多いでしょうが、私には分かります。時系列で絶対見つけるところに置いておこうと思って、余計に分からなくなるパターンです。

今回は、日本語をたくさん喋れたので、あまりストレスを感じずに済みました。いつも、帰りの飛行機の中で、手の皮がべろっと剥けるのですけれど、今回はそれもなく、成田から直接出勤して楽しく授業もできました。
「先生!おかえり〜」という子供たちの笑顔に迎えられて、「やっぱり学校っていいな〜」と思いました!

たくさんの励ましとサポートを有難うございました。また上を目指します。

たかだフレンドレーシング  和地恵美

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