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スペイン、ビルバオをスタートしたプロトンは21日間の長い日程を終え、フランスの首都パリへとフィニッシュ。いくつものドラマを生み出した激闘は幕を下ろした。シマノがスポンサードするグローバルサポートチームも多くの勝利を挙げ、ヤスペル・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク)がマイヨヴェールを獲得。

そんな3週間の旅路をシマノは影に日向に支えてきた。特にこの数年間、ツールとの関係を深めてきたシマノは、レース全体へのサポート活動により力を入れてきた。その象徴となるのが、レース時に発生するメカトラブルに対処する最後の砦となるニュートラルサポートカーだ。この節では、ツール現地でオフィシャルカーに同乗した磯部のレポートをお届けしよう。

184人の走りを支えるシマノニュートラルサポートカー

あのときニュートラルサポートがなかったらヘルマンスは集団復帰できなかったかもしれないし、あのときニュートラルサポートがなかったら、ランパールトは脱水症状に陥っていたかもしれない。

絶えず近くを飛ぶヘリコプターの騒音に、一言一句聞き逃さないよう最大音量にセットしたラジオツール。

1.5車線の峠を100km/hオーバーで下り、タイヤからは常にスキール音が鳴り響く。

熱狂してクルマを叩きまくる観客と、サイレンを鳴らして人垣を切り開くジャンダルマリーのバイク。

レース状況は目の前で刻一刻と変わり、力を使い果たした選手は遅れ、一方で復帰を試みる選手たちが鬼気迫る表情で迫りくる。選手の要求にいち早く対応しようと追い抜くチームカーの群れ、決定的瞬間を逃すまいと我先に位置を上げるメディアモト。前後左右に入り乱れるクルマとクルマの間隔は50cmもない。

それでも、シマノニュートラルサポートのチーフディレクターを務めるブルーノ・マレットは的確に状況を把握し、選手の些細な動きを見逃さず、後部座席のメカニックと先行モトに指示を出しながらクルマを走らせ続けた。ふと彼が口にした「ときどき、胸に十字を切る時もあるけれど」というセリフは、レース内がいかにカオスなのかを如実に表していた。

シマノニュートラルサポートの責任者を務めるブルーノ・マレット氏。彼のドライブする車に同乗する機会を得た photo:So Isobe

筆者はツール・ド・フランス第14ステージで、シマノのニュートラルサポートカーに同乗する機会を得た。それも3台配置されるサポートカーのうち、ディレクターカーの後ろを走る指揮車両。つまりメイングループ直後という特等席から、アルプスを駆ける重要ステージの舞台裏を見た。

選手たちが集うパドックと違って、レース前のシマノチームの雰囲気は穏やかだった。コーヒーを飲みながらサンドイッチをつまみ、冗談を言い合いながら思い思いにレースまでの時間を過ごしている。しかしそれも束の間、「そろそろ行こうか」というブルーノ氏の声がけでスタートラインに移動すると、そこにはすでにヴィンゲゴーとポガチャル、ヒンドレーのためにセットアップしたバイクを乗せ、準備万端のサポートカーが並べられていた。

ブルーノ氏が運転席に座り、後ろに乗るのはコンビを組むベテランメカニックのジェラール・フレイ氏。彼の隣には5本ほどのホイールが詰め込まれ、その前には長年の経験から厳選したという工具が吊られている。僅かな隙間にはスタッフ自身のおやつと飲料水を押し込んだ。
「ニュートラルサポート」とはその名の通り、中立な立場で選手を手助けするサービスのこと。レースファンであれば、一度はプロトンを追うシマノブルーのクルマを見たことがあるだろう。同社は2001年にヨーロッパでニュートラルサポートを開始し、主要クラシックレースをはじめ、世界選手権、オリンピック、ジロ・デ・イタリア、ブエルタ・ア・エスパーニャをカバーしてきた。ツール・ド・フランスには同社創設100周年の節目となった2021年からサービスを始め、今年で3年目。シマノのニュートラルサポートは世界のあらゆるレースで欠かせない存在となっている。

基本的にレース中の機材トラブルは各チームが対応するが、例えばレースが活性化して集団が細かく分断した時、あるいは集団に続くチームカーの並び順が後ろ(総合成績などによって変わる)の場合など、助けを求める選手とチームカーが大きく離れている場面は少なくない。スペアバイクとホイールを積んだ3台のステーションワゴンと2台のモーターバイクを適材適所に配置。選手がすぐ復帰できるよう手助けを行うのだ。

今年のツールでは4チームがシマノ以外のコンポーネントを使ったが、当然それにも対応。同じシマノでも11速を使うチームもあれば、ペダルブランドも、ディスクローター径もバラバラ。シマノスタッフは毎日スタート前に各チームの機材をチェックし、メカニックと言葉を交わしてて情報を集める。スペアバイクの数は21台に及び(サポートカーに6台ずつ載せ、レースの前後を走るオフィシャルカーにも3台をセット)、予備ホイール51個、カセットスプロケット30個を準備してあらゆる状況に備えている。

なお、この日は総合成績が動くことを予想して、ルーフ上のスペアバイクのうち3台は、総合トップ3人のサイズ、サドルハイト、ペダルに合わせてセット。「これはいい例だと思うよ」と見せてくれたのは、出場選手全員分のサドルハイトが記されたメモだった。
この日は序盤の大落車でレースが一時中断し、再開後も逃げ切りを狙う選手が次々とアタックを続け、メイン集団も異常なペースで山岳をこなした末に総合争いが起こる熾烈な状況だった。レース無線が終始落ち着くことはない。登りでは選手たちが遅れ、下りでは1秒でも早く集団復帰しようと猛烈な速さと近さでクルマを追い抜いていく。テレビに映らない後方であっても、顔を歪めながらとてつもない速さで登る選手に尊敬の念をを禁じ得ない。

選手にとって1メートルたりとも遅れたくない状況で、一番近くを走るニュートラルサポートカーにボトルを求める選手が現れはじめた。選手の小さなアクションにブルーノ氏が気づき、後部座席のフレイ氏がボトルを準備して素早く手渡す。そう、これもシマノカーに求められる大切な仕事の一つ。ジェルとボトルの要求はホイール交換以上に多く、この日は10本以上を手渡した。ニュートラルサポートとはつまり、機材だけではなく選手自身をも支えているのだ。

最後の山岳が近づいたタイミングで、アルペシン・フェニックスのクィンティン・ヘルマンスが前輪パンク。ディレクターカーからはチームカーが対処するよう指示が出たものの、走る位置が悪かったため急遽ニュートラルサポートの出番がやってきた。この事態を先読みしていた2人が素早く飛び出し、15秒程度の交換作業で送り出す。ヘルマンスは暫しの追走の末に集団復帰を果たしたが、後ろのチームカーを待っていたら戻れなかった可能性は大いにある。

最終山岳に入るとポガチャルとヴィンゲゴーの一騎討ちが始まった。後続グループがすぐ後ろに迫っていたため、ブルーノ氏はニュートラルモトに先頭2人のフォローを任せ、ヴィンゲゴーを再びアシストするために復帰を目指す4番手セップ・クスの後ろで頂上を越え、まさに息を呑む速さのダウンヒルを経てフィニッシュへ。3時間58分45秒に及ぶ「フルガス」の一日が終わった。
「何しろ危険だし、難しい判断を迫られることも多い。でも選手を助けるのは僕らの使命。それに僕自身のパッションでもある」とブルーノ氏は言う。サポートチームの責任者として2021年にシマノ入りしたという彼だが、もともとは20年以上前から本業(カルフールでスポーツ自転車のバイヤーを務めていたという)の傍ら個人でニュートラルサポート活動を始め、ツールのニュートラル初参加は1997年に遡る。かつてはロードレース主催なども行い、人生のほとんどを自転車と共に過ごしてきた。今回帯同したスタッフは全員が自転車競技に愛を注ぐメンバーばかりだ。

愛があるからこそ、あらゆる場面でブルーノ氏はきめ細やかな配慮を忘れない。選手や他のクルマの邪魔をしないように気を配ることはもちろん、補給エリアのあちこちに転がるボトルは「できる限りファンのお土産にしたいから」タイヤで踏まないようハンドルを操作し(構わず踏みつけていくクルマが大半だ)、ファンの声援にクラクションで応える。ニュートラルサポートのプロ意識は本物だった。

決して目立つことはない影の存在。しかしシマノのニュートラルサポートがなかったら、ヘルマンスは集団復帰できなかったかもしれないし、ランパールトは脱水症状に陥っていたかもしれない。淀みなく進むツールの裏側には、プロフェッショナルな仕事人たちのサポートがあったのだった。

会場を彩るファンパーク サイクリングへの愛を深めるブースを展開

ツールの主要ステージにて展開されたファンパーク photo:So ISOBE

ニュートラルサポートに加え、シマノは今ツールにおいてファンパークの設置もサポートしている。スタート地点のビルバオをはじめ、ボルドー、クレルモンフェラン、ブール・アン・ブレスの4か所にて展開されるファンパークは、サイクリングにまつわる様々なグッズや情報、さまざまなグルメ、そしてツール・ド・フランスそれ自体の魅力を伝えるためのエキスポ的な存在だ。

シマノはその中で、選手たちが用いるDURA-ACE DI2を装備したバイクでのバーチャルライド体験やS-PHYREシューズの試着、マチュー・ファンデルプール(オランダ、アルペシン・ドゥクーニンク)が昨年使用したマイヨジョーヌ仕様の実車の展示など、様々な企画を実施している。

Zwiftを利用したバーチャルサイクリングを通して、選手らが使うDURA-ACE DI2の性能を体感できる企画を楽しむ親子 photo:So ISOBE

最新バイクについて説明するシマノスタッフ photo:So ISOBE
シマノがツールで行うサポートを簡潔に示したインフォグラフィックボード photo:So ISOBE


かつてツールを走ったバイクと、今ツールを走っているバイク。機材の進化を目の当たりに出来る photo:So ISOBE

選手、そして大会運営だけでなく、観客たちもツール・ド・フランスに欠かせない存在であり、その一部であることは誰もが認めることだろう。シマノのこの取り組みは、その三位一体を深く理解し、ツール、そしてサイクリングという文化へのリスペクトに溢れていることの証左と言えるはずだ。

アルプス連戦、そしてフィナーレのシャンゼリゼへ

第16ステージ 1時間以上に渡りホットシートを温めたレミ・カヴァニャ(フランス、スーダル・クイックステップ) photo:CorVos

2度目の休息日を終えた選手らを迎えた第16ステージは今大会唯一のタイムトライアルステージ。タイムトライアルとなるものの、コースの後半は2級山岳への登りとなる山岳TTとなり、各チーム機材戦略が問われるステージとなった。

好タイムをマークし、1時間以上に渡りホットシートを温めたレミ・カヴァニャ(スーダル・クイックステップ)や数少ないTTスペシャリストであるシュテファン・キュング(スイス、グルパマFDJ)など、シマノグローバルサポートチームライダーも力走で魅せた。

続く17ステージは獲得標高差5,405mのクイーンステージ。総合争いが大きく動くと思われたこのステージで、ジュリアン・アラフィリップ(フランス、スーダル・クイックステップ)らが勝利を目指して果敢に逃げた。

第18ステージ 三つ巴スプリントを制したカスパー・アスグリーン(デンマーク、スーダル・クイックステップ) photo:So Isobe

長丁場となるグランツールの最終週、蓄積した疲労もありこのステージからはプロトンの思惑を振り切る逃げ切り勝利が続くことになる。中でも象徴的だったのが第18ステージだろう。

シャンゼリゼを除けば最後となるスプリントフィニッシュが濃厚であった平坦コースで、4名の精鋭たちによる逃げ切りが決まる大番狂わせ。少人数のスプリントを制したカスパー・アスグリーン(デンマーク、スーダル・クイックステップ)が、今大会初勝利をチームへともたらした。

第18ステージ 区間5勝目を狙うヤスペル・フィリプセン photo:So Isobe
第18ステージ レース後半からDSM・フィルメニッヒも集団牽引に加わった photo:CorVos


第18ステージ チームにようやくとなる勝利をもたらしたカスパー・アスグリーン(デンマーク、スーダル・クイックステップ) photo:So Isobe

一方、既にステージ4勝を挙げ、スプリントポイントで首位に立っているヤスペル・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク)もメイン集団のスプリントで頭を獲り、ポイントを加算。深い緑のマイヨヴェールを盤石なものとした。

丘陵コースとして逃げ切りの可能性が濃厚とされていた翌19ステージでも、スプリンターに機会は与えられず。18ステージで勝利を掴んだアスグリーンは惜しくもスプリントに敗れステージ2位となったものの、2日連続でプロトンから逃げ切り、その強さと勇気を世界に印象づけた。

第20ステージ 最後から2つ目の山岳で単独となったティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ) photo:CorVos

そして、実質的な最終ステージとなる第20ステージでは、地元の期待を一身に背負ったティボー・ピノ(フランス、グルパマFDJ)が飛翔。今年で引退を表明しているフランスのスターを応援すべく、1級山岳プチ・バロンに集った観客の前で力強いエスケープを見せた。

路面に自身の名前が数多くペイントされ、数えきれないほどの応援バナーが翻り、割れんばかりの歓声の中を進んだピノ。プチ・バロンを先頭で通過し最終山岳プラツァーヴァーゼルの頂上手前まで逃げ続け、ステージ優勝こそ果たせなかったものの、敢闘賞を獲得した。

第21ステージ 凱旋門に向かってシャンゼリゼ通りを駆け上がる photo:CorVos

迎えた最終ステージのパリ。21日間の激走を繰り広げたプロトンは、パリ・シャンゼリゼへフィニッシュする。ここまで厳しい山岳を耐え抜いてきたスプリンター達にとって、この最終ステージの勝利は特別な意味を持つもの。

優勝候補最右翼とみられていたマイヨヴェール、フィリプセンのスプリントに真っ向勝負を挑んだのは同じくベルギー出身のヨルディ・メーウス(ボーラ・ハンスグローエ) 。お互いがハンドルを投げてタイヤ差を争う緊迫のスプリントの末、勝利の女神はメーウスに微笑んだ。

勝利を告げられ、チームメイトと喜ぶヨルディ・メーウス(ベルギー、ボーラ・ハンスグローエ) photo:CorVos

大差でマイヨヴェールを獲得したヤスペル・フィリプセン(ベルギー、アルペシン・ドゥクーニンク) photo:So Isobe

シャンゼリゼでの勝利という美酒をメーウスに譲ることとなったフィリプセンだが、今大会最強のスプリンターであったことは間違いない。既に盤石であったスプリントポイントを更に加算し、2位に119ポイントという圧倒的な差をつけてマイヨヴェールを手中に収めた。

今年も大きな成功を収めたシマノグローバルサポートチーム、そして選手らと共に3週間の戦いを終えたシマノ。ツール・ド・フランスは大団円を迎えたが、女子レースであるツール・ド・フランス・ファム・アヴェック・ズイフトが、また始まっている。もちろんシマノはそちらも全力でサポート中だ。サイクルロードレースへの情熱と愛に満ちたシマノの活動はレースシーンに欠かせないものとなっている。これまでも、そしてこれからも。
提供:シマノセールス 制作:シクロワイアード編集部