2022/02/08(火) - 09:31
新型シマノULTEGRAでオールロードライドへと出かけよう。ワイドレシオにワイドタイヤ、新しい「今日(こんにち)」のロードバイクで、舗装路以上・グラベル未満の路を行く、浪漫いっぱいの自転車逍遥へ。奥武蔵の山間部を走り、これからのロードバイクのあり方を考察する。
ロードバイクの「ロード」が指すものは時代によって変わる。いま、カタカナ日本語として「ロード」と称した時に、訳として最も自然なものは「舗装路」だろう。サイクリングの世界に限らず、ランニングの世界でもこれは共通している。
しかし、舗装路の対義語が「未舗装路」というのには同意できない。「未だに」舗装されていない路とは、まるで路という路がいずれ舗装されるのが前提であるかのようだ。
ツール・ド・フランスを走る選手たちのことを、今でもフランスでは「路上の囚人(Forcats de la Route)」と称すことがある。1920年代の新聞記事からの借用表現だが、この「路上」という言葉は、未舗装路を多分に含んでいた。なんといっても、当時のピレネー山脈は砂利道の峠だったのだから。
オービスク峠を越えしなに、選手が主催者に向かって「あんたらは人殺しだ!」と糾弾したことは、伝説的なエピソードとして今に語り継がれている。
舗装路と未舗装路の分化以前から存在していたロードバイクは、本来的にはどんな路でも走れる自転車だった。いつしかロードバイクは最新テクノロジーを投入した最高効率を求めた乗り物となり、空力を突き詰めたエアロロードで乗り物としてひとつの極点に到達したかに見える。
そんな2020年代初頭、揺り戻しのようにロードバイクの定義が再拡張しつつある。その気運を高めた立役者のひとつはグラベルカルチャーであろう。アメリカを発祥地とするグラベルには、黎明期のツール・ド・フランスが駆け抜けた未分化な舗装路/未舗装路への憧憬を感じる、と言ったら拡大解釈し過ぎだろうか。
そこにきて、2021年の新型デュラエースと新型アルテグラの同時発表は象徴的な出来事だったと言えるだろう。それはレーシングエアロロードバイクに適合する最高性能のデュラエースと、「今日の」ロードバイクの定義をそのまま体現するようなアルテグラという、いい意味で2者のキャラクター分けが明確になった瞬間でもあった。では、「今日の」ロードバイクがもたらすライド体験とはどんなものなのか。新型アルテグラはいかにしてそれを実現するのだろうか。
ライドに出て、それを確かめに行こう。
「今日の」ロードバイクに乗りたくて、2021年に僕が買った新しい一台は、サーヴェロのCaredonia(カレドニア:右)だった。レース用を謳っていないのに、あらゆる路面で速く走れるという触れ込みのハイエンドバイク。「舗装路とか未舗装路とか、細かいことはいいからとりあえずバイクに乗ろうよ!」というブランドからのメッセージにいたく共感したのだった。
そんな経緯だったから、コンポも少しヒネリを入れて組んでみたのだった。ブレーキレバーはシマノのブラケットの中でも異彩を放つGRXにしてグラベルのテイストを入れつつ、ハイテンポなロードライドを想定してディレーラーは前後ともR8050系アルテグラ。これで何の不満なくライドを楽しんだ2021年だった。……のだが。
2021年の秋口に発表された新型R8100系アルテグラ、そこに提示された「ロード」の世界観こそ、僕がカレドニアというバイクで走りたい路と風景があった。本企画で、実際に新型アルテグラを用いてもう一台のカレドニア(左)を組んだのだ。
普段乗る白のカレドニアから、新型アルテグラを組み込んだ黒のカレドニアに乗り換えて、奥武蔵の峠道に向かった。皆さんを僕のお気に入りの道へとご案内しよう。
今回組み込んだのはDI2で油圧ブレーキ仕様の新型R8170系アルテグラ。ホイールは36mmハイトのWH-R8170-C36-TLに、32Cのシュワルベ PRO ONEを装着。太くともレースグレード最高峰のチューブレスタイヤだ。電動シフトに油圧ディスクブレーキと、その恩恵であるワイドタイヤという、まごうことなき「今日の」ロードバイクだ。
メインロードを離れ、クルマがほとんど来ない山道へと分け入っていく。関東近郊のサイクリストにあまりに有名な奥武蔵グリーンラインは、その洒落た名前に反して舗装が悪く、アップダウンが繰り返し、勾配も厳しい「酷道」と称される細道だ。さらに山域に伸びるマイナーな林道をつなぎ、彷徨うように走る。静けさと自然、あがる自分の息遣いを感じつつ、路面と対話する時間だ。
走り始めてまず驚いたのは、ブラケットの握りやすさ。ブラケットは数少ない自転車とライダーの接点であることは言うまでもないが、手を置くだけで吸い付くような握り心地は感動を覚えた。比較対象がGRXという、角張ったブラケットなだけにその感動が大きいことはあるだろうが、アルテグラの角のないスリムなブラケットの馴染みの良さはロングライドで使いたくなる。そしてこのブラケットの真価は激坂に至って改めて感じさせられた。
激坂。ある種のライダーを敬遠させたかと思えば、ある種のライダーを喜ばせもする難所ではあるが、この新型アルテグラはより多くのライダーを激坂に誘うことになるだろう。勾配20%を超えると、もはやブラケットは握るというよりもしがみつく場所になるが、手馴染みの良い形状のおかげで体重をかけた引き腕のパワーもしっかりと受け止めてくれる。
20%を超えるような激坂は、アスファルトではなくコンクリート路面で、荒れていることも多い。ライダーはハンドルにしがみつきながらも、前後輪のトラクションをコントロールするという難儀な走りを強いられるが、いつも苦しめられる激坂は、今回、意外なほどスムーズにこなせてしまった。奥武蔵エリアでは悪名高い勾配28%の激坂、子の権現を苦にせず登れたのは初めての体験だった。
これにはいくつかの要因がありそうだが、一番はきっとギア比にある。フロント50x34に、リア11-34Tというワイドレシオのギアは、インナーローでは1✕1という軽いギア。勾配が増していってもまだギアに余裕があるというのは幸せなことだ。
もうひとつは、32Cという太く低気圧にしたチューブレスタイヤの存在。荒れた路面でのグリップもよく、太いおかげで激坂にありがちな路面のヒビにタイヤが嵌ることもなく、定まりづらいライン取りに四苦八苦する必要なくペダリングに集中できる。上り坂の多い奥武蔵エリア、まずは登坂における新型アルテグラの恩恵にあずかった。
登りあれば下りあり。激坂があれば自然と下りも急勾配になるもので、しかもこの日は雨上がりで路面がところどころ濡れた状態。リムブレーキのバイクだと、こんな時ちょっと気が重くなるものだ。
そうそうクルマも通らない裏道的な峠道は落ち葉や枝、細かな砂利などが散乱していて、濡れた路面ではもれなくリムから「いまブレーキかけてますので」という甲高いブレーキ音が聞こえてきたものだ。個人的にはディスクブレーキは制動力やコントロール性よりも、リムにダメージがないことが嬉しかったりする。とはいえ、濡れた路面ではローターもそれなりに悲鳴を上げがちではあるけれど……。
残念ながら真冬の今、10km以上の高速ダウンヒルに臨めるだけの余裕はなかったが、短い距離のハードブレーキングで下りきった後にローターがパッドと擦れるあのシャリシャリ音を聞くことはなかった。パッドのクリアランス拡大、熱膨張に強いMTB用ローター採用のメリットはもう少し乗り込んで真価を見極めたい。
それにしても32Cタイヤでの下りの愉悦はというと、言葉にならない。それこそ路面状況が悪かろうが、どんな下りもエンターテイメントにしてしまう魔力がある。エアボリュームは、正義である。今回走ったルートにはグラベル区間が数箇所あったが、だからといって丈夫なグラベルタイヤを装着するのではなく、一線級の性能をもつハイエンドロードタイヤで走るのが僕のこだわり。走りの良さこそを愉しみたいから。
いきなり激坂に至るというルート進行こそ、僕の愛する奥武蔵エリアのライドの常であったりするのだが、下ってようやく平坦路へ入るのもまた常。ここでようやくアウターギアに入れて、さらなる驚きがあった。
フロントディレイラーの変速スピードが明確に向上している。前モデルでは「ウィィン」と変速していたのが、本モデルでは「ッゥン」と、音がした時には変速が終わっている。重たいワイヤーをよいしょと引いていた時代はともかく、電動変速でも隔世の感すら覚える、そんな進歩ぶりだ。前モデルの変速に不満があったわけではない。むしろ今作の変速に触れたことで前作が遅いと感じるようになってしまっただけのことだ。進歩とは過去を対照することでしか記述しえないものだ。
ゆるやかな下り基調の幹線道路でスピードは上がっていく。時速40km以上、いよいよロードレースの速度域となった巡航にも、なんの違和感もない。激坂を余裕を持ってこなし、テクニカルな下りを一切の不安なく楽しみ、平坦路の高速巡航で感覚を研ぎ澄まし集中する。
「今日の」ロードバイクの面目躍如と言うべきか、どんな路面でも、どんなコンディションでも、毎秒毎秒にライドの楽しさが濃縮されている。
vol.1で話をうかがった小西さんの印象的な言葉がある。「昔はみんなロードレーサーだったのが、今はロードバイクになりましたね」。
僕たちが愛してやまないドロップハンドルの自転車の呼称が、ロードレーサーからロードバイクになったのはいつのことからだろう。昔はロードレーサー=レースのための自転車だった。その意味では、ロードに舗装路という訳語を当てることは至極まっとうだ。競技は、平滑で安定した路面でなければ成立しない。ツーリングにはパスハンターやランドナーという、また違うジャンルがあった。
しかしあまりに加速度的にロードレーサーが進化を遂げる中で、最速の追求のその傍らでは、バイクの性能の進化は別方向にも向かっていた。「速く」よりも「広く」というロードバイクの方向性は、テクノロジーの恩恵はもちろんだが、この不確かな時代にあって、自転車という乗り物の自由さを謳歌しようというサイクリストたちの気分が色濃く反映されているように思えてならない。
それがグラベルライドなのかもしれないし、「オールロード」と呼ばれる流れだっていい。僕のように古いツール・ド・フランスへの憧れをこじらせて、過去の英雄を気取ってあえて砂利道の登りを走ったっていいだろう。そんな自由な走り方をしていると、ロードバイクの「ロード」が指すものは、どんな路でもあるのだと、すとんと腑に落ちる。舗装路といったって色々あることがわかる。未舗装路にも、いろんな未舗装路があるように。ちょっとした砂利道をことさら未舗装路と強調するのもナンセンスだ。ロードバイクで走れば、そこが路になる。それでいい。
逍遥(しょうよう)とは、気ままにあちこちを歩き回ること。気の向くままにルートを見つけ、路面の荒れを気にすることなく入り込んでいく。いや、むしろ寂れた小径にこそ浪漫がある。奥武蔵はそんな自転車逍遥にぴったりのエリア。僕の普段のライドが、ふさわしいエキップメントを得たことでより一層深められる愉悦。
新型アルテグラがそんなライドにぴったりのスペックなことに驚くと同時に、グローバルリーダーのシマノがこのコンポで示そうとしたものは、ロードバイクという乗り物がもつ自由と広さなのでないかと思えてくる。レーススペックのデュラエースが限られた人のためのコンポであることを考えると、シマノがロードサイクリングのあり方としてメッセージを出すのに、アルテグラほど適したコンポもないだろう。
一介のサイクリストとして、レーススペックの先鋭的なプロダクトには感嘆こそすれ、優れたテクノロジーがこうした方向性に拡張していったことの方が率直に嬉しい。今日のロードバイクは、自由をキーワードにさらにその定義は広いものになっていくだろう。より多くのサイクリストが、より多くの路へと浸透していく2020年代。新型アルテグラは、どんなロードバイクの地平をこれから見せてくれるのか、楽しみでならない。
ロードバイクの「ロード」が指すものは時代によって変わる。いま、カタカナ日本語として「ロード」と称した時に、訳として最も自然なものは「舗装路」だろう。サイクリングの世界に限らず、ランニングの世界でもこれは共通している。
しかし、舗装路の対義語が「未舗装路」というのには同意できない。「未だに」舗装されていない路とは、まるで路という路がいずれ舗装されるのが前提であるかのようだ。
ツール・ド・フランスを走る選手たちのことを、今でもフランスでは「路上の囚人(Forcats de la Route)」と称すことがある。1920年代の新聞記事からの借用表現だが、この「路上」という言葉は、未舗装路を多分に含んでいた。なんといっても、当時のピレネー山脈は砂利道の峠だったのだから。
オービスク峠を越えしなに、選手が主催者に向かって「あんたらは人殺しだ!」と糾弾したことは、伝説的なエピソードとして今に語り継がれている。
舗装路と未舗装路の分化以前から存在していたロードバイクは、本来的にはどんな路でも走れる自転車だった。いつしかロードバイクは最新テクノロジーを投入した最高効率を求めた乗り物となり、空力を突き詰めたエアロロードで乗り物としてひとつの極点に到達したかに見える。
そんな2020年代初頭、揺り戻しのようにロードバイクの定義が再拡張しつつある。その気運を高めた立役者のひとつはグラベルカルチャーであろう。アメリカを発祥地とするグラベルには、黎明期のツール・ド・フランスが駆け抜けた未分化な舗装路/未舗装路への憧憬を感じる、と言ったら拡大解釈し過ぎだろうか。
そこにきて、2021年の新型デュラエースと新型アルテグラの同時発表は象徴的な出来事だったと言えるだろう。それはレーシングエアロロードバイクに適合する最高性能のデュラエースと、「今日の」ロードバイクの定義をそのまま体現するようなアルテグラという、いい意味で2者のキャラクター分けが明確になった瞬間でもあった。では、「今日の」ロードバイクがもたらすライド体験とはどんなものなのか。新型アルテグラはいかにしてそれを実現するのだろうか。
ライドに出て、それを確かめに行こう。
「今日の」ロードバイクに乗りたくて、2021年に僕が買った新しい一台は、サーヴェロのCaredonia(カレドニア:右)だった。レース用を謳っていないのに、あらゆる路面で速く走れるという触れ込みのハイエンドバイク。「舗装路とか未舗装路とか、細かいことはいいからとりあえずバイクに乗ろうよ!」というブランドからのメッセージにいたく共感したのだった。
そんな経緯だったから、コンポも少しヒネリを入れて組んでみたのだった。ブレーキレバーはシマノのブラケットの中でも異彩を放つGRXにしてグラベルのテイストを入れつつ、ハイテンポなロードライドを想定してディレーラーは前後ともR8050系アルテグラ。これで何の不満なくライドを楽しんだ2021年だった。……のだが。
2021年の秋口に発表された新型R8100系アルテグラ、そこに提示された「ロード」の世界観こそ、僕がカレドニアというバイクで走りたい路と風景があった。本企画で、実際に新型アルテグラを用いてもう一台のカレドニア(左)を組んだのだ。
普段乗る白のカレドニアから、新型アルテグラを組み込んだ黒のカレドニアに乗り換えて、奥武蔵の峠道に向かった。皆さんを僕のお気に入りの道へとご案内しよう。
今回組み込んだのはDI2で油圧ブレーキ仕様の新型R8170系アルテグラ。ホイールは36mmハイトのWH-R8170-C36-TLに、32Cのシュワルベ PRO ONEを装着。太くともレースグレード最高峰のチューブレスタイヤだ。電動シフトに油圧ディスクブレーキと、その恩恵であるワイドタイヤという、まごうことなき「今日の」ロードバイクだ。
メインロードを離れ、クルマがほとんど来ない山道へと分け入っていく。関東近郊のサイクリストにあまりに有名な奥武蔵グリーンラインは、その洒落た名前に反して舗装が悪く、アップダウンが繰り返し、勾配も厳しい「酷道」と称される細道だ。さらに山域に伸びるマイナーな林道をつなぎ、彷徨うように走る。静けさと自然、あがる自分の息遣いを感じつつ、路面と対話する時間だ。
走り始めてまず驚いたのは、ブラケットの握りやすさ。ブラケットは数少ない自転車とライダーの接点であることは言うまでもないが、手を置くだけで吸い付くような握り心地は感動を覚えた。比較対象がGRXという、角張ったブラケットなだけにその感動が大きいことはあるだろうが、アルテグラの角のないスリムなブラケットの馴染みの良さはロングライドで使いたくなる。そしてこのブラケットの真価は激坂に至って改めて感じさせられた。
激坂。ある種のライダーを敬遠させたかと思えば、ある種のライダーを喜ばせもする難所ではあるが、この新型アルテグラはより多くのライダーを激坂に誘うことになるだろう。勾配20%を超えると、もはやブラケットは握るというよりもしがみつく場所になるが、手馴染みの良い形状のおかげで体重をかけた引き腕のパワーもしっかりと受け止めてくれる。
20%を超えるような激坂は、アスファルトではなくコンクリート路面で、荒れていることも多い。ライダーはハンドルにしがみつきながらも、前後輪のトラクションをコントロールするという難儀な走りを強いられるが、いつも苦しめられる激坂は、今回、意外なほどスムーズにこなせてしまった。奥武蔵エリアでは悪名高い勾配28%の激坂、子の権現を苦にせず登れたのは初めての体験だった。
これにはいくつかの要因がありそうだが、一番はきっとギア比にある。フロント50x34に、リア11-34Tというワイドレシオのギアは、インナーローでは1✕1という軽いギア。勾配が増していってもまだギアに余裕があるというのは幸せなことだ。
もうひとつは、32Cという太く低気圧にしたチューブレスタイヤの存在。荒れた路面でのグリップもよく、太いおかげで激坂にありがちな路面のヒビにタイヤが嵌ることもなく、定まりづらいライン取りに四苦八苦する必要なくペダリングに集中できる。上り坂の多い奥武蔵エリア、まずは登坂における新型アルテグラの恩恵にあずかった。
登りあれば下りあり。激坂があれば自然と下りも急勾配になるもので、しかもこの日は雨上がりで路面がところどころ濡れた状態。リムブレーキのバイクだと、こんな時ちょっと気が重くなるものだ。
そうそうクルマも通らない裏道的な峠道は落ち葉や枝、細かな砂利などが散乱していて、濡れた路面ではもれなくリムから「いまブレーキかけてますので」という甲高いブレーキ音が聞こえてきたものだ。個人的にはディスクブレーキは制動力やコントロール性よりも、リムにダメージがないことが嬉しかったりする。とはいえ、濡れた路面ではローターもそれなりに悲鳴を上げがちではあるけれど……。
残念ながら真冬の今、10km以上の高速ダウンヒルに臨めるだけの余裕はなかったが、短い距離のハードブレーキングで下りきった後にローターがパッドと擦れるあのシャリシャリ音を聞くことはなかった。パッドのクリアランス拡大、熱膨張に強いMTB用ローター採用のメリットはもう少し乗り込んで真価を見極めたい。
それにしても32Cタイヤでの下りの愉悦はというと、言葉にならない。それこそ路面状況が悪かろうが、どんな下りもエンターテイメントにしてしまう魔力がある。エアボリュームは、正義である。今回走ったルートにはグラベル区間が数箇所あったが、だからといって丈夫なグラベルタイヤを装着するのではなく、一線級の性能をもつハイエンドロードタイヤで走るのが僕のこだわり。走りの良さこそを愉しみたいから。
いきなり激坂に至るというルート進行こそ、僕の愛する奥武蔵エリアのライドの常であったりするのだが、下ってようやく平坦路へ入るのもまた常。ここでようやくアウターギアに入れて、さらなる驚きがあった。
フロントディレイラーの変速スピードが明確に向上している。前モデルでは「ウィィン」と変速していたのが、本モデルでは「ッゥン」と、音がした時には変速が終わっている。重たいワイヤーをよいしょと引いていた時代はともかく、電動変速でも隔世の感すら覚える、そんな進歩ぶりだ。前モデルの変速に不満があったわけではない。むしろ今作の変速に触れたことで前作が遅いと感じるようになってしまっただけのことだ。進歩とは過去を対照することでしか記述しえないものだ。
ゆるやかな下り基調の幹線道路でスピードは上がっていく。時速40km以上、いよいよロードレースの速度域となった巡航にも、なんの違和感もない。激坂を余裕を持ってこなし、テクニカルな下りを一切の不安なく楽しみ、平坦路の高速巡航で感覚を研ぎ澄まし集中する。
「今日の」ロードバイクの面目躍如と言うべきか、どんな路面でも、どんなコンディションでも、毎秒毎秒にライドの楽しさが濃縮されている。
vol.1で話をうかがった小西さんの印象的な言葉がある。「昔はみんなロードレーサーだったのが、今はロードバイクになりましたね」。
僕たちが愛してやまないドロップハンドルの自転車の呼称が、ロードレーサーからロードバイクになったのはいつのことからだろう。昔はロードレーサー=レースのための自転車だった。その意味では、ロードに舗装路という訳語を当てることは至極まっとうだ。競技は、平滑で安定した路面でなければ成立しない。ツーリングにはパスハンターやランドナーという、また違うジャンルがあった。
しかしあまりに加速度的にロードレーサーが進化を遂げる中で、最速の追求のその傍らでは、バイクの性能の進化は別方向にも向かっていた。「速く」よりも「広く」というロードバイクの方向性は、テクノロジーの恩恵はもちろんだが、この不確かな時代にあって、自転車という乗り物の自由さを謳歌しようというサイクリストたちの気分が色濃く反映されているように思えてならない。
それがグラベルライドなのかもしれないし、「オールロード」と呼ばれる流れだっていい。僕のように古いツール・ド・フランスへの憧れをこじらせて、過去の英雄を気取ってあえて砂利道の登りを走ったっていいだろう。そんな自由な走り方をしていると、ロードバイクの「ロード」が指すものは、どんな路でもあるのだと、すとんと腑に落ちる。舗装路といったって色々あることがわかる。未舗装路にも、いろんな未舗装路があるように。ちょっとした砂利道をことさら未舗装路と強調するのもナンセンスだ。ロードバイクで走れば、そこが路になる。それでいい。
逍遥(しょうよう)とは、気ままにあちこちを歩き回ること。気の向くままにルートを見つけ、路面の荒れを気にすることなく入り込んでいく。いや、むしろ寂れた小径にこそ浪漫がある。奥武蔵はそんな自転車逍遥にぴったりのエリア。僕の普段のライドが、ふさわしいエキップメントを得たことでより一層深められる愉悦。
新型アルテグラがそんなライドにぴったりのスペックなことに驚くと同時に、グローバルリーダーのシマノがこのコンポで示そうとしたものは、ロードバイクという乗り物がもつ自由と広さなのでないかと思えてくる。レーススペックのデュラエースが限られた人のためのコンポであることを考えると、シマノがロードサイクリングのあり方としてメッセージを出すのに、アルテグラほど適したコンポもないだろう。
一介のサイクリストとして、レーススペックの先鋭的なプロダクトには感嘆こそすれ、優れたテクノロジーがこうした方向性に拡張していったことの方が率直に嬉しい。今日のロードバイクは、自由をキーワードにさらにその定義は広いものになっていくだろう。より多くのサイクリストが、より多くの路へと浸透していく2020年代。新型アルテグラは、どんなロードバイクの地平をこれから見せてくれるのか、楽しみでならない。
text:小俣雄風太、写真:綾野 真、提供:シマノセールス
協力:サーヴェロ(東商会)
協力:サーヴェロ(東商会)