2013/08/31(土) - 21:46
神は、趣味で自転車を楽しんでいる愛好者であれ、日本のトップ選手であれ、実に様々な喜怒哀楽の人生を演出する。それは幾多のチャンピオンの称号とオリンピック代表という輝かしい実績を持つ鈴木真理選手にとっても同じこと。ひとつの落車から始まった試練と苦悩の日々が続く中で彼が得た幸せとは。そして今の心境とは。
今季より宇都宮ブリッツェンで走る鈴木真理 photo:Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS
2012年8月6日、神奈川で合宿初日を迎えていた。雨のなかトレーニングを開始した。下りカーブで前方の選手が転倒して、私も避けようとしたが落車。大した事故ではなかったが、大腿骨小転子を粉砕骨折してしまう。
全治3カ月と言われたが、実際には歩けるようになるまでが3カ月だった。2012年のシーズンは絶望的。それどころか2013年シーズンを選手として迎えられるかどうかも微妙な状況となった…。
以前の状態に戻れるかすらわからない。この先どうなるかは、誰にもわからない状況。私のなかでは選手を続けたいと言う気持ちが強かったが、現実的に考えると、引退という選択をしなければならないと覚悟した。
これまで全日本ロードチャンピオンやJツアー/Jサイクルツアー(現Jプロツアー)総合3連覇など、数々のタイトルを手にしてきた鈴木真理 photo:Hideaki.TAKAGI
2012年、新チームのキャノンデール・スペースゼロポイントに加入し、一時Jプロツアーリーダーとなるなど活躍を見せた鈴木真理だが、骨折により厳しい選択を迫られる photo:HIdeaki.TAKAGI
その後、苦しみながらもなんとかリハビリを開始できるまで回復したが、今度は脚に血栓ができてしまい、主治医の先生に「一生薬を飲まなければいけなくなるかもしれない」と告げられる。
病室で過ごす日々。復帰への道のり。どうするか悩んだあげく、新たなチームを探すことになった。
病院のロビーから電話をする。電話先は栗村監督だった。
心境を話し、状況を聞いてもらったことで悩んでいた私の心は明るくなった。
この時点では宇都宮ブリッツェンに加入できるかはまだわからなかったが、栗村監督の前向きな対応に何故か気持ちが明るくなった。
チームミヤタ時代、共に戦った栗村監督の元で再び走り出した鈴木真理 photo(c):Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS実は以前にも同じような心境で栗村監督に電話をしたことがある。
2005年の秋。ブリヂストンアンカーでヨーロッパをまわっていた年、怪我が重なり成績を出せず、2006年のチームを探す事になった。
この時はある程度走れていたので、「何とかお願いします!」と強気で相談したことを覚えている。
しかし、今回はそもそもまともに走れるようになるかすらわからない状況だったので、とても強気にはなれなかった。
2006年シーズンはそのまま話がまとまり、チームミヤタへの加入が決まる。実は、この時初めてパナレーサーのタイヤと出会い、“メイドインジャパン”の凄さを知ることになった。
海外メーカーのタイヤは、不満があっても改良の要望など出すことはできなかったが、国産メーカーは道路事情に合わせて意見を伝えるとすぐに改良品を送ってくれる。
その結果、みるみるタイヤの性能が上がっていった。温かいミヤタの社員の方々、そしてパナレーサーの宮路さんとの出会い。結局、2007年に名門チームミヤタは解散となったが、自転車の楽しさを改めて知る事ができた貴重な2年間だった。
2013年1月、宇都宮市内にあるチームの寮へ入り、沢山の方から激励の言葉をいただき、昨年まではライバルチームであった宇都宮ブリッツェンのメンバーとして新たなシーズンがはじまった。
ほんの半年前までは敵として走っていたのに、ブリッツェンのサポーターの皆さんは本当に温かく私を迎え入れてくれた。
2013年1月、レース復帰とその後の勝利を見据え、宇都宮ブリッツェンの一員としてチームキャンプに参加 photo:Tatsuya.Sakamoto/STUDIO NOUTIS
怪我からの復帰レースとなった5月の2days race in 木祖村を走る鈴木真理(TEAM BLITZEN) (c)Chiho.Iwasa
10ヶ月のブランクにも関わらず、2days race in 木祖村ステージ1bのスプリントを制した (c)Chiho.Iwasa
怪我をして、全てはイチからの再スタート。新たな鈴木真理を、ファンの皆さんに再生してもらっている気分です。現在、レースでもある程度は走れるようになってきました。
しかし、自分のなかではここまでに納得できる走りはできていません。目標であるジャパンカップまでに、納得いく走りがしたい。それが今の願いです。
ジャパンカップに向けて、一つ一つのレースでトップクラスの感覚を取り戻していきたいと思います。全ては恩返しのために。
シマノ鈴鹿にて、笑顔でファンのハイタッチに応じる鈴木真理(宇都宮ブリッツェン) (c)Makoto.Ayano
骨折、絶望的なシーズンからの選択

2012年8月6日、神奈川で合宿初日を迎えていた。雨のなかトレーニングを開始した。下りカーブで前方の選手が転倒して、私も避けようとしたが落車。大した事故ではなかったが、大腿骨小転子を粉砕骨折してしまう。
全治3カ月と言われたが、実際には歩けるようになるまでが3カ月だった。2012年のシーズンは絶望的。それどころか2013年シーズンを選手として迎えられるかどうかも微妙な状況となった…。
以前の状態に戻れるかすらわからない。この先どうなるかは、誰にもわからない状況。私のなかでは選手を続けたいと言う気持ちが強かったが、現実的に考えると、引退という選択をしなければならないと覚悟した。


その後、苦しみながらもなんとかリハビリを開始できるまで回復したが、今度は脚に血栓ができてしまい、主治医の先生に「一生薬を飲まなければいけなくなるかもしれない」と告げられる。
病室で過ごす日々。復帰への道のり。どうするか悩んだあげく、新たなチームを探すことになった。
病院のロビーから電話をする。電話先は栗村監督だった。
心境を話し、状況を聞いてもらったことで悩んでいた私の心は明るくなった。
この時点では宇都宮ブリッツェンに加入できるかはまだわからなかったが、栗村監督の前向きな対応に何故か気持ちが明るくなった。
チームミヤタ時代の経験、メイドジャパンの凄さを知る

2005年の秋。ブリヂストンアンカーでヨーロッパをまわっていた年、怪我が重なり成績を出せず、2006年のチームを探す事になった。
この時はある程度走れていたので、「何とかお願いします!」と強気で相談したことを覚えている。
しかし、今回はそもそもまともに走れるようになるかすらわからない状況だったので、とても強気にはなれなかった。
2006年シーズンはそのまま話がまとまり、チームミヤタへの加入が決まる。実は、この時初めてパナレーサーのタイヤと出会い、“メイドインジャパン”の凄さを知ることになった。
海外メーカーのタイヤは、不満があっても改良の要望など出すことはできなかったが、国産メーカーは道路事情に合わせて意見を伝えるとすぐに改良品を送ってくれる。
その結果、みるみるタイヤの性能が上がっていった。温かいミヤタの社員の方々、そしてパナレーサーの宮路さんとの出会い。結局、2007年に名門チームミヤタは解散となったが、自転車の楽しさを改めて知る事ができた貴重な2年間だった。
再スタート
そして、2012年の秋。正式に宇都宮ブリッツェンへの移籍が決定した。落車後、宇都宮ブリッツェン以外には相談していなかったので、もし加入が決まらなければそのまま引退することになっていたはずだ。2013年1月、宇都宮市内にあるチームの寮へ入り、沢山の方から激励の言葉をいただき、昨年まではライバルチームであった宇都宮ブリッツェンのメンバーとして新たなシーズンがはじまった。
ほんの半年前までは敵として走っていたのに、ブリッツェンのサポーターの皆さんは本当に温かく私を迎え入れてくれた。



怪我をして、全てはイチからの再スタート。新たな鈴木真理を、ファンの皆さんに再生してもらっている気分です。現在、レースでもある程度は走れるようになってきました。
しかし、自分のなかではここまでに納得できる走りはできていません。目標であるジャパンカップまでに、納得いく走りがしたい。それが今の願いです。
ジャパンカップに向けて、一つ一つのレースでトップクラスの感覚を取り戻していきたいと思います。全ては恩返しのために。

プロフィール
Panaracer「RACE C(classic)EVO2」tubular
ヨーロッパの荒れた路面に対応する「RACE A Evo2 」チューブラーのミックスパターンバージョン。
パナレーサー RACE C EVO2チューブラー (c)パナレーサーヨーロッパのレースで使用されるコースには、その歴史の積み重ねによって表面が削れ、砂が浮き、荒れている路面も多々存在する。「RACE C (classic) EVO2」は、そんな荒れた路面に対応するため、昔から愛され続けているミックストレッドパターンを採用。
「RACE A EVO2」チューブラー同様に「ZSGデュアルコンパウンド」「PTベルト」「R'AIRチューブ」のテクノロジーが活かされており、パナレーサーサポートチーム「ソジャサン」も、この「RACE C EVO2」で「ツール・ド・フランス」に参戦した。
また「RACE C EVO2」には、世界で最も過酷なレースとして名高い「パリ〜ルーベ」を闘うために26mm幅もラインナップされており、ブルベにチューブラーで挑まれる方にもオススメのタイヤだ。
関連ニュース:パナレーサー RACE C EVO2 杉目トレッドを採用した欧州仕様のチューブラータイヤ

「RACE A EVO2」チューブラー同様に「ZSGデュアルコンパウンド」「PTベルト」「R'AIRチューブ」のテクノロジーが活かされており、パナレーサーサポートチーム「ソジャサン」も、この「RACE C EVO2」で「ツール・ド・フランス」に参戦した。
また「RACE C EVO2」には、世界で最も過酷なレースとして名高い「パリ〜ルーベ」を闘うために26mm幅もラインナップされており、ブルベにチューブラーで挑まれる方にもオススメのタイヤだ。
商品名 | 「Panaracer RACE C(classic)EVO2」tubular |
サイズ及び重量 | 700×23mm(280g)、700×26mm(320g) |
税込参考価格 | 9,890円 |
関連ニュース:パナレーサー RACE C EVO2 杉目トレッドを採用した欧州仕様のチューブラータイヤ
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