「マウンテンバイクをもっと元気に!」。シマノが主催した『シマノ トレイルライド伊那キャンプ』は、そんなテーマを掲げ、長野県伊那市で開催された。このキャンプには、日頃からマウンテンバイクの啓蒙やビジネスに携わるプロショップ、メーカー、マスコミなどを招待。それぞれの立場から日本のマウンテンバイクを取り巻く現状について意見交換をし、今後の市場の発展、そして、スポーツ文化としての定着を模索しようというのが狙いだ。

眺望、環境、走り応えのあるトレイルと三拍子揃った長野県伊那市のトレイルを舞台に「シマノ トレイルライド伊那キャンプ」は開催された眺望、環境、走り応えのあるトレイルと三拍子揃った長野県伊那市のトレイルを舞台に「シマノ トレイルライド伊那キャンプ」は開催された

シマノセールス代表取締役社長 岡島伸平さんは、冒頭の挨拶で次のように話した。
「ロードバイクのブームは、誰もがすぐに乗ることができる扱いやすい自転車(パーツを含む)として市場を牽引してきました。一方のマウンテンバイクについては、昨年発売したXTRに加え、さらにお求めやすいXTが新登場することで、ビギナーの方でも中指1本で軽々ブレーキ操作をしながらダウンヒルを楽しめる時代が幕を開けました。ひょっとすると、これは局面にきているのかな、と感じます。こんな日が来るなんて夢にも思いませんでした」。

岡島さんは、80年代後半からシマノのマウンテンバイクパーツ開発チームで尽力。北米で市場調査などの仕事をしながら、かのゲイリー・フィッシャーやトム・リッチーらが参加したレースに参戦し4位に入賞した武勇伝を持つ。日本、そして世界のマウンテンバイク史で重責を担った功労者のひとりだ。

MTB復権への強い意気込みを語るシマノ セールス代表取締役社長の岡島伸平さんMTB復権への強い意気込みを語るシマノ セールス代表取締役社長の岡島伸平さん 伊那市からは、産業振興課長の池上直彦さんが出席。MTBを使った観光開発にも力を注いでいる伊那市からは、産業振興課長の池上直彦さんが出席。MTBを使った観光開発にも力を注いでいる シマノ・アドバイザリースタッフで、レーサー、ガイドとして活躍する松本駿さん。乗る側の立場から活発な意見を述べていたシマノ・アドバイザリースタッフで、レーサー、ガイドとして活躍する松本駿さん。乗る側の立場から活発な意見を述べていた


キャンプは1泊2日で行われた。初日はインドアで、日本のマウンテンバイクを取り巻く環境についてのプレゼンテーションを実施。行政とマウンテンバイクの愛好家が共に手を取り、地域の林業と観光の活性化を目指し、トレイル整備を実施している長野県伊那市の例を丁寧に解説してくれた。

長野県伊那市と協力してトレイルを整備、管理するトレイルカッターこと名取将さん。経験に基づき、トレイルが抱える問題点や解決案を提案してくれた長野県伊那市と協力してトレイルを整備、管理するトレイルカッターこと名取将さん。経験に基づき、トレイルが抱える問題点や解決案を提案してくれた 伊那市では、過疎化や林業関係者の高齢化により、山道の整備の滞りやシカやサルによる農作物の獣害に頭を痛めていた。

そんな時に、近隣の富士見町でマウンテンバイクのガイドとトレイル作りをしていた名取将さん(ガイド、トレイル作りのスペシャリスト)が、人づてに伊那市と繋がった。その後、名取さんは伊那市へ移住。いつの間にか使われなくなってしまった林業のための山道を、野獣対策として整備する活動が始まった。

そして、名取さんが、荒れ放題の道を整備するほどに、林業関係者の移動や作業効率が格段に上がったことが報告された。さらに各地から訪れるマウンテンバイカーをガイドして山道を走ることで、その音や気配に危険を察したのか、シカやサルの目撃数も激減したという。同時に、この活動が観光開発にも役立っている。

各地で活躍するガイドの皆さんが、トレイルを取り巻く現状を報告。左からB.C.ポーターの河内仙陽さん、ノーススターからはセツ・マカリスターさんと山口謙さん、そして、トレイルカッターの名取将さんが参加各地で活躍するガイドの皆さんが、トレイルを取り巻く現状を報告。左からB.C.ポーターの河内仙陽さん、ノーススターからはセツ・マカリスターさんと山口謙さん、そして、トレイルカッターの名取将さんが参加 しかし、ここにたどり着くまでに名取さんは、数々の失敗や経験を重ねてきたそうだ。
「以前、別の場所で、地元の人に了解をとって整備した古道を、サイクリングイベントのために100人規模でツーリングをしたんです。その時点で、すでにコースが荒れてしまったなと感じました。ところが、その後、イベントに参加した人が次々リピーターとなって、その古道を自由に走りに来るようになりました。これは予想外の出来事でした。
結果として、人が入りすぎたためコースは荒れてしまいました。
全国のこうしたトレールの中には、深さ80cmほどだった溝が、2m以上に達するほど荒れたところもあります。ブレーキのかけ方、走り方次第でトレイルがどれだけ甚大なダメージを受けるかを痛感させられました。私の苦い経験です。このルートはその後、閉鎖されました」

ルールを無視した走行により深くえぐられたトレイル。一度失ったトレイルは、二度と戻らない。そんな悲しい実例を解説する名取さん。これを繰り返してはならないルールを無視した走行により深くえぐられたトレイル。一度失ったトレイルは、二度と戻らない。そんな悲しい実例を解説する名取さん。これを繰り返してはならない 現在、伊那市では、名取さんだけにトレイルの使用・整備を許可している。ここを走るには、名取さんが主催するガイド・ツアーを利用しなければならない。安全に走ることはもちろん、トレイルを守るために名取さんの過去の辛い経験から出した苦肉の策ともいえる。

このやり方に対して、私はプレゼンテーションの際には正直「少々やりすぎでは?」という感想を持った。

しかし翌日、名取さんが整備したコースを実際に走り、その途中で、どれだけ丁寧に整備をしているかを現場で見聞きすることで、「ルールは当然必要なこと」と理解し、納得できた。

初日のプレゼンテーションは、その後、ディスカッションとなり、ゲストとして参加した伊那市商工振興課長の池上直彦さんをはじめ、各地のマウンテンバイクガイドや現役選手も交え、前向きな話が次々に飛び交い、皆のマウンテンバイク復権にかける情熱を確認することができた。


世界に誇れる極上のトレイル そして、最新機材ニューXTの実力は?

キャンプのベースとなった宿泊施設。目の前には美しい三峰川を望むキャンプのベースとなった宿泊施設。目の前には美しい三峰川を望む
2日目。早朝から気持ちのいい晴天に恵まれた。いよいよトレイル・ライド本番だ。一足早く、谷里の宿舎から、岡島さんと現役選手でありガイドでもある松本駿さんが、自走でツアーのスタート地点を目指した。約1000mのヒルクライムだ。
我々は、名取さんが所有する専用のマイクロバスにマウンテンバイクを積み込み、空の上まで楽々ドライブ。きらりと輝く稲穂や川を眺めたと思ったら、新緑に包まれた長いつづら折れの山道を楽しみながら、あっという間に中央アルプス、南アルプスの雪渓を望む眺望のいい高原へ到着した。

スタート地点までは、トレイルカッターが所有するマイクロバスで楽々移動。この積み方に気分もあがる!スタート地点までは、トレイルカッターが所有するマイクロバスで楽々移動。この積み方に気分もあがる! シマノから発売されたばかりの新型XTの試乗も楽しめたシマノから発売されたばかりの新型XTの試乗も楽しめた 冷却効率を高め、激しいブレーキングを繰り返してもフェードしにくい、アイステック採用のディスクブレーキ。買いやすい価格が魅力的だ冷却効率を高め、激しいブレーキングを繰り返してもフェードしにくい、アイステック採用のディスクブレーキ。買いやすい価格が魅力的だ


ここから標高差1000mのダウンヒルだ。トレイルにダメージを与えにくい走り方のコツなど、簡単なレクチャーを受けたあと、我々は、名古屋市でフレームビルダーをしながらこのトレイルの整備にも参加している加納慎一郎さんと、名取さんの奥様にガイドをしていただいた。

序盤の眺望のいいエリアで走行シーンや、シマノのニューXTが搭載された試乗車で、トレイルの走り方を丁寧に教わり、そこからは痛快なダウンヒルを楽しんだ。カラマツ、ブナ、シラカンバ、ヤマザクラなど、豊かな植生による森の空気は最高に美味い。しかし、そんな森の景色を楽しむことすら忘れさせるかのように、小さなカーブが次々に出現する。

楽しすぎて頭が変になりそうなほど、タイトなコーナーが連続する。しかも後半は、タテの動きが加わり、よりスリリングになる楽しすぎて頭が変になりそうなほど、タイトなコーナーが連続する。しかも後半は、タテの動きが加わり、よりスリリングになる

曲がっては加速し、減速しては曲がる。それも、ほとんどのカーブには、適度なバンクがつけられ、「どうぞ気持ちよく曲がってくださいね」というおもてなしの心が隠れているのだ。そんなおもてなしのはずのカーブが、進むほどに「これでもか!」といわんばかりに繰り返される。自らで操る静かなる絶叫マシンのごとく。

不覚なことに2分も走ると腕があがってしまった。そして、小さな凸凹でチェーンが暴れて何度も外れた。じつは、この日は自前のマウンテンバイクで走った。それも5年落ちのパーツがついたハードテールで。ブレーキは油圧ディスクだが、タッチは決して軽くはない。しかも「コースを傷めないように走ってくださいね」と、トレールの走り方を教わっていたので、普段以上にデリケートな走りを志した。

シマノのニューXTをフル装備した試乗車。これはフロント2段×リア10段仕様シマノのニューXTをフル装備した試乗車。これはフロント2段×リア10段仕様 ニューXTによる、正確かつスムーズなシフトフィーリングが、ストレスのないライディングをサポートしてくれるニューXTによる、正確かつスムーズなシフトフィーリングが、ストレスのないライディングをサポートしてくれる


その後、最新のXTを装着したフルサスモデルを試乗させていただいた。そのブレーキタッチの軽さは夢のようだ。無論、止まることも繊細なスピードコントロールも想いのまま。それは、日頃の運動不足を補って余りあるほど体に優しいとも言える。優秀なリアディレーラーにより、やや強めのテンションがかけられたチェーンは、激しく踊る素振りも見せずに冷静にギアの上を巡り続ける。

そう、それはあの忌々しい、攻めているときのチェーン外れからの解放を意味する。フロント2枚×リア10枚の変速システムは、もはや無敵。スムーズかつワイドレシオ。ボトムブラケットのセンターに絞り込まれたクランクアームの設計のためか、コーナリングの重心移動がスムーズでキレもいい。これ以上、何が必要というのだ。時代の変化をまざまざと見せ付けられた思いだ。XTRなら、その価格からあきらめもつくが、少しがんばれば手が届く価格のニューXT。物欲を刺激するかなり危険な存在である。

ホローテックⅡを採用したフロント2段変速用のクランク。チェーンリングは、40-28Tと38-26Tの2種類から選べる。ほかに3段変速用もラインアップ。カラーはシルバーもある。シューズとペダルの触れる面を広くデザインしたトレイル用のペダルも新登場ホローテックⅡを採用したフロント2段変速用のクランク。チェーンリングは、40-28Tと38-26Tの2種類から選べる。ほかに3段変速用もラインアップ。カラーはシルバーもある。シューズとペダルの触れる面を広くデザインしたトレイル用のペダルも新登場 確実な操作感でシャープな変速を演出するシフトレバー。XTRと比較するとビジュアル的に少々物足りなさを感じるが、少ない力でスピードコントロールができるブレーキレバーの操作フィーリングもなかなか確実な操作感でシャープな変速を演出するシフトレバー。XTRと比較するとビジュアル的に少々物足りなさを感じるが、少ない力でスピードコントロールができるブレーキレバーの操作フィーリングもなかなか



トレイルは人の手で作られている だから大切に走るのだ

長いコースの隅々まで手入れの行き届いたトレイル。ここに限らず、一人ひとりが、つねにダメージを与えないような走りを心がけることでトレイルは守られる長いコースの隅々まで手入れの行き届いたトレイル。ここに限らず、一人ひとりが、つねにダメージを与えないような走りを心がけることでトレイルは守られる さて、報告を忘れてはならないのが、この素晴らしいトレイルが、どのように整備されたかという話。コースの途中で立ちどまり、特徴的な場所で解説してもらった。斜面に沿って崩れてしまった道は、倒木や間伐された材木を切り、それを埋めて平らで走りやすい面を作る。もちろん雨や雪解け水に対する流れを計算することも忘れていない。

道が見えないくらいに倒木が覆った古道と、その一部を整備した場所、その差の大きさに言葉を失った。さらに、思いがけず水が自噴し、トレイルが荒れる可能性が出てしまった場所などを実際に見せていただいた。それは名取さんが仲間と共に整備したトレイルのほんの一例ではあるのだろうが、重機の入れない古道を人力で再生し、マウンテンバイクで走れるようにするために、いったいどれだけの時間と労力を使ったかは、想像すら及ばない。トレイルは決して無料ではない。ただただ感謝するのみだ。

「トレイルは勝手にできるものではない。何百人、何千人にという人がボランティアで時間と力を使って作り出すものなんだ」
 前日のプレゼンテーションの際、乗鞍高原を拠点にガイドをするノーススターのセツ・マカリスターさんが力説した言葉を思い出した。

名取さんは、ガイドの仕事がない時には、ひたすら山に入り、コースの整備に明け暮れているそうだ。また、雨が降ったり、地面がぬかるんでいる時には、コースに大きなダメージを与えるので、たとえ予約があってもトレイルには入らないという。名取さんが仲間と協力して、貴重な時間を使って作った最高のトレイルは、継続的な整備と管理、それに走る人の善意と理解によって守られている。

倒木がふさいだ道を切り開いたトレイル。倒木を1本1本切って避ける重労働の末に開通する倒木がふさいだ道を切り開いたトレイル。倒木を1本1本切って避ける重労働の末に開通する 伊那のトレイルは、景観、規模、楽しさともに、世界に誇れるレベルに達していると素直に感じた。そして、それは「次に来るときには最新の機材を準備しなければもったいない」と心に決めさせるほどの影響力を秘めていた。技術を磨き、慣れ親しんだ機材を大切に使うのは悪いことではない。しかし、最新のフルサスやブレーキは、乗る人だけではなくトレイルにもやさしい走りを実現しやすいのも事実。これを使わない手はないかと。(事実、この直後、約10年ぶりにフルサスの最新機材を導入しちゃいました/筆者)

「日本にはマウンテンバイクで走るところがない」なんていうのは嘘である。たしかに、北米の大規模なマウンテンバイク専用トレイルのように、地元レンジャーの管理のもと、自由に走れる場所は少ない。しかし富士見パノラマやフジテンのような有料コースもあれば、地元に根ざしたガイドも各地に育っている。私有地や林道、そしてハイキング道にまで勝手気ままに走る場所を求めていた1990年代のマウンテンバイク・ブームの時とは、まるで状況が違う。今はルールを守ってマウンテンバイクを楽しむための環境と機材が整っているのだ。

かつてレースやツーリングと、各地のトレイルを飛び回っていた人が、ある程度年齢を重ね、もう一度チャレンジする際には、最新の機材が衰えた体力とテクニックを補ってくれるだろう。そして、ロードやピストで自転車の楽しさを知り、トレイルに楽しみを広げたい人にも、最新の機材とガイドが優しく道を拓いてくれるはずだ。

マウンテンバイク・デビューは、丁寧に教えてくれるガイドを頼り、レンタルバイクを利用して始めるのが手軽で堅い。難しいことを考えず、まずは一度、森を走る気持ち良さを気軽に体感して欲しいマウンテンバイク・デビューは、丁寧に教えてくれるガイドを頼り、レンタルバイクを利用して始めるのが手軽で堅い。難しいことを考えず、まずは一度、森を走る気持ち良さを気軽に体感して欲しい ただし、予算はそれなりにかかる。マシンを極めれば山専用になるのは必至である。それを運ぶにはクルマも必要だし交通費もかかる。限りある時間を快適かつ効率よく使うためには、ガイド料やコースの使用料も当然必要になってくる。

しかし、それ以上に満足できる天国のようなトレイルを誰もが楽しめ準備ができているのだ。それは、スノーボード、ゴルフ、フィッシングと同じように。コンクリートとアスファルトに囲まれた都会の生活から抜け出し、パンッ!とスイッチを切り替え森の匂いや土の感触、そして地球の凸凹を全身で味わってみるもよし。

時に動物に出会ったり、清流の美しさに感動したり、帰りに山里の食や温泉を楽しんだり。じつに贅沢な大人の遊びである。これだけの環境が整った今、マウンテンバイクに乗ってトレイル・ライディングを楽しまないなんて、もったいなさすぎる。そう思いませんか?

text&photo:山本修二 Shuji YAMAMOTO

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