2012/05/27(日) - 14:47
標高2757mの峠には冷たい風が吹く。暖かな太陽が隠れると気温は4度まで急降下。真っ白な雪の反射と熱い観客のサポートを受けて、157名が頂上まで登りきった。最も印象的だったのは、1ポイント差でマリアロッサを失ったマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、チームスカイ)の表情だ。
最難関山岳ステージ、タッポーネ、クイーンステージ…。今日の第20ステージを表現する方法は様々。今年のジロの中で最も厳しいステージが姿を現した。ジロだけではなく、今年のグランツールの中で最も厳しいはずだ。
一日の獲得標高差は5800mオーバー。いま話題の東京スカイツリーのベースから先端まで9回登るのと同じぐらい。ちなみに、去年コネリアーノからガルデッチャ/ヴァル・ディ・ファッサまでの230kmで行なわれたジロ第15ステージの獲得標高差は6320m。気が遠くなるような数字だ。
物理的に「5800」は「6320」より少ない。でも決してそれが簡単なステージを意味しているわけではない。昨日の第19ステージと合計すると獲得標高差は11000mにおよぶ。しかもジロの中でも難関山岳として知られるモルティローロとステルヴィオが組み合わされている。
モルティローロは登坂距離11.4km・平均勾配10.5%で、「ムーロ(壁)」と呼ばれる勾配が22%に達する箇所もある。景色が良い登りとは言えず、狭くて樹々に覆われた急斜面が延々と続いている感じ。別名「パンターニの山」。
一方のステルヴィオは、登坂距離22.4km・平均勾配6.9%というスペック。標高2757mの峠は、標高2770mのイズラン峠に次ぐアルプス第二の高さを誇る。
ステルヴィオ峠の開通は1826年。見上げた稜線の向こうはスイス。頂上付近は思いのほか開けていて、5月下旬にもかかわらずスキー場が営業中。実際に確認は出来なかったが、1956年大会で初めてこの峠を先頭通過した英雄ファウスト・コッピの記念碑が頂上に建っているという。正真正銘の「チーマコッピ」だ。
東側も西側も、石積みのヘアピンカーブの連続で、これぞまさに九十九折りと言った風格ある峠。今回は西側ボルミオからの登坂だったが、「九十九折りの美しさ」に観点から言うと、東側プラート・アッロ・ステルヴィオからのアプローチが美しい。
登りの長さや勾配、そして頂上の標高など、ステルヴィオ峠は乗鞍に近い。乗鞍は頂上の畳平が標高2720m。長野側が登坂距離20.5km・平均6.2%・標高差1260m、岐阜側が登坂距離18.8km・平均勾配7.2%・高低差1342mだ。
さすがに標高2757mの頂上付近は寒く、自走で登ってきた観客たちは震えながらレースを待つ。太陽が出ていると暖かいが、実際の気温は4度前後まで下がっていたそう。
前述した昨年のジロ第15ステージで優勝したミケル・ニエベ(スペイン、エウスカルテル)は、2年連続クイーンステージ制覇を目指して逃げた。「ニエベ」はスペイン語で「雪」。スペイン人フォトグラファーが「雪っていう名前の選手が雪の積もったステージで勝つんだ!」と意気揚々と「雪っぽい」撮影場所を探している。
しかしそんなスペイン勢の目論みを、トーマス・デヘント(ベルギー、ヴァカンソレイユ・DCM)が断つ。総合で5分40秒遅れでありながら、メイン集団に対して5分35秒までリードを広げたデヘントが、失速の兆しを見せないままステルヴィオを登る。
「総合8位を守るための走りだった」と言うが、この動きはガーミン・バラクーダを大いに困らせた。デヘントとのタイム差を詰めると同時に、ヘジダルはスカルポーニらのアタックに目を配らなければならない。ヘジダルにとって大会最大の窮地だった。
結果、ロドリゲスに対して3分22秒差でゴールしたデヘントが総合4位にジャンプアップした。ダークホースという言葉は選手に失礼なのであまり使わないが、デヘントこそダークホースだった。ここまでの山岳ステージの結果を見てみると、第7ステージ・ロッカディカンビオ28位、第8ステージ・ラーゴラチェーノ4位、第14ステージ・チェルヴィニア8位、第15ステージ・レッコ15位、第17ステージ・コルティーナダンペッツォ9位、第19ステージ・パンペアーゴ11位。
静かに、そして確実に山岳ステージで上位に入っていたデヘント。マリアローザを堅守したロドリゲスから、デヘントは総合で2分18秒遅れ。総合3位スカルポーニから27秒しか離れていない。
1位 ホアキン・ロドリゲス
2位 ライダー・ヘジダル +31"
3位 ミケーレ・スカルポーニ +1'51"
4位 トーマス・デヘント +2'18"
5位 イヴァン・バッソ +3'18"
デヘントは昨年ツール・ド・フランスの最終個人タイムトライアルで4位という好成績を残した。当時のコースは登りを含む42.5km。コンディションやモチベーションに違いがあるので単純に比較はできないが、デヘントはカンチェラーラより13秒、バッソより2分18秒、そしてヘジダルより3分27秒も速いタイムを出している。
30kmのフラットなミラノのコースはヘジダルに味方すると見られているし、31秒リードしているロドリゲスも「奇跡が起これば」という発言。となれば実質的な総合争いはヘジダルvsデヘントか。
ジロの「Fight for Pink」というキャッチフレーズが、最終日を前にようやく形になった。ミラノの個人タイムトライアルは文字通りピンクジャージを懸けた闘いになる。秒差で総合優勝の行方が決まるような展開も充分有りだ。
マリアロッサを着るカヴェンディッシュは46分遅れのグルペットでゴール(タイムリミットは1時間2分)し、ジロ完走を決定づけた。しかし、第19ステージを終えた時点で、ポイント賞1位カヴとポイント賞2位ロドリゲスの差は13ポイント。この日、ステージ4位のロドリゲスは14ポイントを獲得した。
僅か1ポイント差のポイント賞逆転。当然ロドリゲスはポイント賞を狙うためにゴール前でスカルポーニをパスしたわけではない。ゴールラインを切った時はポイント賞のことなんて頭に無かったはず。
3週間かけて積み重ねたものが、最終日を前にスルリとカヴの手から離れた。ゴール後、ベルンハルト・アイゼル(オーストリア)やダリオダヴィデ・チオーニ監督に付き添われ、無表情でチームカーへと戻るカヴ。観客からは暖かい拍手が送られた。
「標高のある山岳が得意ではない」と話す別府史之(オリカ・グリーンエッジ)は、喘ぎながらグルペットの最後尾でゴールにやってきた。ゴール後、チームスタッフから清涼飲料水を受け取ってからも、少し朦朧とした表情を浮かべる。
2年連続ジロ完走をほぼ確定させたフミは、眩しい西日の中、主催者が用意した暖かいシャワーに向かって歩き出す。どの選手にも表情が無い。3週間という長い闘いが終わりに近づいている。そんなことをぼんやり考えながら、グルペットでゴールした選手たちがシャワーの列に並ぶ。
選手もスタッフも、その日のうちに終着地ミラノまで3時間かけて移動。いよいよミラノで運命のグランドフィナーレを迎える。
text&photo:Kei Tsuji in Passo dello Stelvio
最難関山岳ステージ、タッポーネ、クイーンステージ…。今日の第20ステージを表現する方法は様々。今年のジロの中で最も厳しいステージが姿を現した。ジロだけではなく、今年のグランツールの中で最も厳しいはずだ。
一日の獲得標高差は5800mオーバー。いま話題の東京スカイツリーのベースから先端まで9回登るのと同じぐらい。ちなみに、去年コネリアーノからガルデッチャ/ヴァル・ディ・ファッサまでの230kmで行なわれたジロ第15ステージの獲得標高差は6320m。気が遠くなるような数字だ。
物理的に「5800」は「6320」より少ない。でも決してそれが簡単なステージを意味しているわけではない。昨日の第19ステージと合計すると獲得標高差は11000mにおよぶ。しかもジロの中でも難関山岳として知られるモルティローロとステルヴィオが組み合わされている。
モルティローロは登坂距離11.4km・平均勾配10.5%で、「ムーロ(壁)」と呼ばれる勾配が22%に達する箇所もある。景色が良い登りとは言えず、狭くて樹々に覆われた急斜面が延々と続いている感じ。別名「パンターニの山」。
一方のステルヴィオは、登坂距離22.4km・平均勾配6.9%というスペック。標高2757mの峠は、標高2770mのイズラン峠に次ぐアルプス第二の高さを誇る。
ステルヴィオ峠の開通は1826年。見上げた稜線の向こうはスイス。頂上付近は思いのほか開けていて、5月下旬にもかかわらずスキー場が営業中。実際に確認は出来なかったが、1956年大会で初めてこの峠を先頭通過した英雄ファウスト・コッピの記念碑が頂上に建っているという。正真正銘の「チーマコッピ」だ。
東側も西側も、石積みのヘアピンカーブの連続で、これぞまさに九十九折りと言った風格ある峠。今回は西側ボルミオからの登坂だったが、「九十九折りの美しさ」に観点から言うと、東側プラート・アッロ・ステルヴィオからのアプローチが美しい。
登りの長さや勾配、そして頂上の標高など、ステルヴィオ峠は乗鞍に近い。乗鞍は頂上の畳平が標高2720m。長野側が登坂距離20.5km・平均6.2%・標高差1260m、岐阜側が登坂距離18.8km・平均勾配7.2%・高低差1342mだ。
さすがに標高2757mの頂上付近は寒く、自走で登ってきた観客たちは震えながらレースを待つ。太陽が出ていると暖かいが、実際の気温は4度前後まで下がっていたそう。
前述した昨年のジロ第15ステージで優勝したミケル・ニエベ(スペイン、エウスカルテル)は、2年連続クイーンステージ制覇を目指して逃げた。「ニエベ」はスペイン語で「雪」。スペイン人フォトグラファーが「雪っていう名前の選手が雪の積もったステージで勝つんだ!」と意気揚々と「雪っぽい」撮影場所を探している。
しかしそんなスペイン勢の目論みを、トーマス・デヘント(ベルギー、ヴァカンソレイユ・DCM)が断つ。総合で5分40秒遅れでありながら、メイン集団に対して5分35秒までリードを広げたデヘントが、失速の兆しを見せないままステルヴィオを登る。
「総合8位を守るための走りだった」と言うが、この動きはガーミン・バラクーダを大いに困らせた。デヘントとのタイム差を詰めると同時に、ヘジダルはスカルポーニらのアタックに目を配らなければならない。ヘジダルにとって大会最大の窮地だった。
結果、ロドリゲスに対して3分22秒差でゴールしたデヘントが総合4位にジャンプアップした。ダークホースという言葉は選手に失礼なのであまり使わないが、デヘントこそダークホースだった。ここまでの山岳ステージの結果を見てみると、第7ステージ・ロッカディカンビオ28位、第8ステージ・ラーゴラチェーノ4位、第14ステージ・チェルヴィニア8位、第15ステージ・レッコ15位、第17ステージ・コルティーナダンペッツォ9位、第19ステージ・パンペアーゴ11位。
静かに、そして確実に山岳ステージで上位に入っていたデヘント。マリアローザを堅守したロドリゲスから、デヘントは総合で2分18秒遅れ。総合3位スカルポーニから27秒しか離れていない。
1位 ホアキン・ロドリゲス
2位 ライダー・ヘジダル +31"
3位 ミケーレ・スカルポーニ +1'51"
4位 トーマス・デヘント +2'18"
5位 イヴァン・バッソ +3'18"
デヘントは昨年ツール・ド・フランスの最終個人タイムトライアルで4位という好成績を残した。当時のコースは登りを含む42.5km。コンディションやモチベーションに違いがあるので単純に比較はできないが、デヘントはカンチェラーラより13秒、バッソより2分18秒、そしてヘジダルより3分27秒も速いタイムを出している。
30kmのフラットなミラノのコースはヘジダルに味方すると見られているし、31秒リードしているロドリゲスも「奇跡が起これば」という発言。となれば実質的な総合争いはヘジダルvsデヘントか。
ジロの「Fight for Pink」というキャッチフレーズが、最終日を前にようやく形になった。ミラノの個人タイムトライアルは文字通りピンクジャージを懸けた闘いになる。秒差で総合優勝の行方が決まるような展開も充分有りだ。
マリアロッサを着るカヴェンディッシュは46分遅れのグルペットでゴール(タイムリミットは1時間2分)し、ジロ完走を決定づけた。しかし、第19ステージを終えた時点で、ポイント賞1位カヴとポイント賞2位ロドリゲスの差は13ポイント。この日、ステージ4位のロドリゲスは14ポイントを獲得した。
僅か1ポイント差のポイント賞逆転。当然ロドリゲスはポイント賞を狙うためにゴール前でスカルポーニをパスしたわけではない。ゴールラインを切った時はポイント賞のことなんて頭に無かったはず。
3週間かけて積み重ねたものが、最終日を前にスルリとカヴの手から離れた。ゴール後、ベルンハルト・アイゼル(オーストリア)やダリオダヴィデ・チオーニ監督に付き添われ、無表情でチームカーへと戻るカヴ。観客からは暖かい拍手が送られた。
「標高のある山岳が得意ではない」と話す別府史之(オリカ・グリーンエッジ)は、喘ぎながらグルペットの最後尾でゴールにやってきた。ゴール後、チームスタッフから清涼飲料水を受け取ってからも、少し朦朧とした表情を浮かべる。
2年連続ジロ完走をほぼ確定させたフミは、眩しい西日の中、主催者が用意した暖かいシャワーに向かって歩き出す。どの選手にも表情が無い。3週間という長い闘いが終わりに近づいている。そんなことをぼんやり考えながら、グルペットでゴールした選手たちがシャワーの列に並ぶ。
選手もスタッフも、その日のうちに終着地ミラノまで3時間かけて移動。いよいよミラノで運命のグランドフィナーレを迎える。
text&photo:Kei Tsuji in Passo dello Stelvio
Amazon.co.jp