ジロ・デ・イタリア100周年大会も残すところ5ステージ。第17ステージは難関ブロックハウスに至る83kmのショートコースだ。勝利をラクイラ地震の被災者に捧げると公言していたダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)に、ブロックハウスの観客は沸いた!

丘上のキエーティをスタート

入り組んだキエーティの街をスタート入り組んだキエーティの街をスタート photo:Kei Tsujiキエーティは標高330mほどの丘の上に佇む街。イタリアの中でもトップクラスの古い街として知られ、その起源はローマよりも5世紀ほど古いという(沿道のおじさん談)。記念すべきジロ第1回大会にも登場しており、当時はボローニャをスタートする第2ステージのゴール地点で、その走行距離なんと378km! 東京〜名古屋間より長い。

スタート地点の旧市街に向かうためには、360度どこからアクセスしても壁のような上り坂を越えなければならない。勾配20%はあるであろう激坂が突然現れたりしたりして面食らった。サイドブレーキ無しではとてもじゃないけど発進出来ない。

アブルッツォ州出身のダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)は英雄だアブルッツォ州出身のダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)は英雄だ photo:Kei Tsuji街中も細く曲がりくねった道が縦横無尽に走り、しかも上りと下りの繰り返し。旧市街は“人間サイズ”なのでクルマで入っていくのは苦労した。

イタリアには全部で20の州があるが、今日のステージはスタートからゴールまで全てアブルッツォ州。同州の州都ラクイラを、4月6日午前3時32分に震度5強(マグニチュード6.3)の大地震が襲ったことはまだ記憶に新しい。

このラクイラ地震(日本ではイタリア中部地震)は、耐震とは無縁のラクイラ旧市街を直撃し、実に299名の命を奪った。今も多くの人が避難所生活を強いられており、昨日の休息日にはパオロ・ベッティーニ(イタリア)やマリオ・チポッリーニ(イタリア)らが仮設テントを訪問。元プロ選手vsジャーナリストのサッカーの試合も行なわれた。

第4ステージの現地レポートで紹介した募金活動の一環である1つ1ユーロのピンクバンドは、今やかなり多くの選手&スタッフが身につけている。スポンサーの一つ「LIVESTRONG」のイエローバンドも販売されているため、ピンクとイエローの組み合わせが今年のトレンド。ランス・アームストロングもダブルで手首にはめている。


ジロの歴史を刻む難関ブロックハウス

ランチャーノ峠を過ぎ、木々を縫って進むランチャーノ峠を過ぎ、木々を縫って進む photo:Kei Tsuji「ブロックハウス」という名前は明らかにイタリア語ではない。ドイツ語で「要塞」という意味で、軍事要塞があったことからその名が付けられたという。

標高2064mの上りは、1967年にあのエディ・メルクス(ベルギー)が自身初のグランツールステージ優勝を手にした場所だ。1984年には標高1600m地点にゴールが設定され、モレーノ・アルジェンティン(イタリア)が優勝。このステージで2位だったフランチェスコ・モゼール(イタリア)が総合優勝に輝いている。

視界の広い景色の中を進む視界の広い景色の中を進む photo:Kei Tsujiちなみにこの1984年の総合平均時速は38.6km/h。歴代最高記録として未だに破られていないが、今年はここまでの平均スピードが40.0km/h。逃げが決まりにくいことと、逃げグループの人数が多いことが原因だろう。残りのステージの特性を考えても、記録を塗り替える可能性は高い。

2006年には中腹のランチャーノ峠にゴールするステージでイヴァン・バッソ(イタリア)がマリアローザを獲得。当時バッソは総合首位の座をミラノまで守り抜いた。

麓の街は連日気温30度を超える暑さに襲われているというのに、見上げると、標高2000mオーバーの山々にはしっかりと雪が残っている。ブロックハウスも例外ではなく、冬の間に溜め込んだ雪を溶かしきれずにいる。

人員を投入すれば残雪の除去、ならびにコースの確保は可能だったのだろう。しかし主催者はラクイラ地震の被災地復興の妨げになってはならないと、ブロックハウス頂上に固執しなかった。加えて主催者は10万ユーロ(約1320万円)を復興に寄付している。

これにより、ブロックハウスの上りは登坂距離が23.5kmから17.4kmに、標高差が1630mから1197mに短縮されることとなった。平均勾配は6.9%で変わりはない。


暑苦しい街を抜け出して快適な山へ

カッフェ・モカンボの看板を掲げたバールが多数カッフェ・モカンボの看板を掲げたバールが多数 photo:Kei Tsuji昨日の休息日は、雷とともに夕立のような単発的な雨が降った。雨でレンタカーがちょっとはキレイになるかと思ったら、降雨が少なくて逆に汚れた。まるでアフリカ縦断中のような姿だ。こりゃ返却前に洗車した方がいいかも。洗車代としてエキストラチャージを取られそう。

地元紙はアブルッツォ出身選手の代表格、総合2位につけるダニーロ・ディルーカ(イタリア、LPRブレークス)の活躍を大々的に取り上げている。各紙とも「メンショフを崩すにはどうすればいいか」ということに執着。街中はスタート地点キエーティの街もディルーカ一色だ。

新人賞ジャージ奪取に期待が集まるフランチェスコ・マシャレッリ(イタリア、アックア・エ・サポーネ)新人賞ジャージ奪取に期待が集まるフランチェスコ・マシャレッリ(イタリア、アックア・エ・サポーネ) photo:Kei Tsuji他にも新人賞2位のフランチェスコ・マシャレッリ(イタリア、アックア・エ・サポーネ)も地元出身選手。しかもスポンサーのアックア・エ・サポーネとカフェモカンボはアブルッツォ州の企業で、街の至る所に「カフェモカンボ」の看板を掲げるバールがある。どうりでアックア・エ・サポーネジャージの一般サイクリストが多いわけだ。

2時間強で終わってしまうショートステージは、スタート地点で粘っているとゴールまで辿りつけない可能性がある。現地カメラマンに「スタート前に出発しないとゴールまで行けないぞ」と釘を打たれていたので早めに出発。観客をかき分け、草原に囲まれたプレスセンターに着いた。

辺りは晴れ。しかし山頂の向こうには黒い雲が広がっている。そう言えばホテルを出るとき、カウンターのオヤジが「今日は午後から雨が降るぞ。ブロックハウス頂上は寒いから用心しとけ。あそこはいつでも寒いから着込んでいけよ」って言ってたっけ。

実際は半袖でもOK。久々の山の爽やかな空気が清々しい。霧がゴール地点を覆うが、雨の心配は無さそうだ。


ディルーカのアタックに観客は熱狂

ゴール後、前に進めず立ちすくむデニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク)ゴール後、前に進めず立ちすくむデニス・メンショフ(ロシア、ラボバンク) photo:Kei.Tsujiゴール地点もディルーカのファンで埋め尽くされていた。誰に聞いても「今日はディルーカだ!」と自信満々に答えてくれる。その期待に応えるように、ポーカーフェイスのマリアローザ・メンショフに対して、スイッチが入った表情のマリアチクラミーノ・ディルーカがアタック!

地元の期待を一身に背負ったディルーカのアタックに観客は大盛り上がり! しかしアタックは最後まで決まらず、ハイペースにもメンショフは千切れない。ディルーカはスプリントでメンショフを下したが、総合成績をかき回すような大逆転劇は起こらなかった。

ゴール後、マリアローザのメンショフが前に進めず目の前で立ちすくむ。勢い良くゴールしたディルーカより、明らかに消耗している。“たられば”の話になるが、ディルーカが諦めずにアタックを繰り返していれば、メンショフは千切れていたかもしれない。メンショフはポーカーフェイスでマリアローザを守った。


リクイガスはペッリツォッティの表彰台狙いにスイッチか

片手を挙げてゴールするフランコ・ペッリツォッティ(イタリア、リクイガス)片手を挙げてゴールするフランコ・ペッリツォッティ(イタリア、リクイガス) photo:Kei.Tsuji立ちこめる霧を切り裂き、単独でゴールにやってきたのはフランコ・ペッリツォッティ(イタリア、リクイガス)。昨年プラン・デ・コロネスを制したペッリツォッティが再び難関頂上ゴールを制した。

カルロス・サストレ(スペイン)が遅れたため、ペッリツォッティは総合3位にジャンプアップ。念願のジロ表彰台(総合3位)獲得に王手をかけ、チームメイトのイヴァン・バッソ(イタリア)は総合4位で続いている。スタッフは「あくまでもダブルエース」と言い続けていたが、そろそろペッリツォッティの表彰台キープに戦略を切り替えるだろう。

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