2021年の革命記念日にマイヨジョーヌで挙げた勝利、2024年にヴィンゲゴーに屈したル・リオラン。そして2026年7月14日、ポガチャルは同じ場所で独走勝利した。3つの記憶が交差した1日とフランス期待のセクサスの躍動、そして休息日に動いたニュースをレポートする。

第10ステージのスタート地点となったオーリャック photo:Sotaro.Arakawa

マスク姿で現れたセクサス photo:Sotaro.Arakawa 
インタビューに丁寧に答える姿が印象的なクス photo:Sotaro.Arakawa

真っ先に登壇し、ファンに手を振るポガチャル photo:Sotaro.Arakawa
長い長い1週目が終わり、カンタルで最初の休息日を過ごした選手たちは、カンタル県の県都であり「傘の都」オーリャックから再び走り出した。第10ステージはオーリャックからル・リオランまでの166.6km。獲得標高3800mに達し、2つの1級山岳を含む7つのカテゴリー山岳を越える、休息日明けとしては容赦のない山岳ステージだった。
序盤に31名の大きな逃げが形成され、逃げ切りも考えられるメンバーが揃う。しかしUAEチームエミレーツXRGは早い段階から集団先頭でペースを作り、残り約15.5km、1級山岳ペルテュス峠の頂上手前でタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)が動いた。
誰も反応できない加速で、先頭のカラパスを抜き去り、ヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク)やレムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)、ポール・セクサス(フランス、デカトロンCMA CGM)らを置き去りに。そのまま最後の3級山岳を越え、ル・リオランまで独走。エヴェネプールに32秒、セクサスに34秒、ヴィンゲゴーには44秒差をつけ、今大会3勝目を飾った。
強いポガチャルが、いつもように強さを見せつけた。しかしこの日のポガチャルに、フィニッシュ後のガッツポーズもお辞儀もなかった。代わりにマイヨジョーヌの裾を両手で引っ張り、静かにラインを越えたのだ。記者会見で理由を問われたポガチャルは「同じ革命記念日にマイヨジョーヌで勝利した2021年のことが頭をよぎり、このジャージへの誇りを示したかった」と説明した。
2021年7月14日、ポガチャルはマイヨジョーヌを着てポルテ峠を制している。その日も今日と同じ革命記念日。フランス各地で祝祭が行われるこの日に、その中心にある世界最大の自転車レースで、外国人であるポガチャルが見せた最大級の敬意だった。

圧倒的な強さでフィニッシュラインに飛び込んだタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:CorVos
スタート前、このステージを前に注目されていたのは「ポガチャルが2年前の敗北を塗り替えるのか」という点だった。2024年7月10日のツール第11ステージも、終盤に1級ピュイ・マリー・パ・ド・ペイロル、1級ペルテュス峠、そして3級山岳を越えてル・リオランに向かう、ほぼ同じレイアウト。当時のポガチャルはピュイ・マリーでアタック。一度はヴィンゲゴーを引き離したものの、次のペルテュス峠で追いつかれ、ル・リオランでの一騎打ちスプリントをヴィンゲゴーが制す。同年4月に負った大怪我からの復活を印象づける、華々しい勝利を飾った。
2年後の今日、ポガチャルはピュイ・マリーでは動かず、アタックを一つ先のペルテュス峠まで遅らせ、頂上まで1kmという地点から勝負を決めた。ポガチャル自身も、「2年前にヴィンゲゴーに追いつかれた記憶が最後まで頭に残っていた」と認めているものの、前日の休息日にはコースを試走し、知り尽くした登りを最後まで踏み続けた。

1級山岳コル・デュ・ペルテュでアタックを仕掛けたタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:A.S.O.

44秒遅れでフィニッシュするヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク) photo:A.S.O.
一方、2年前の勝者ヴィンゲゴーは44秒遅れの区間7位。ポガチャルが飛び出した瞬間に追走を諦め、自分のペースへ切り替えたという。「僕たちにとっては悪くない日だった。でももっと悪い結果になっていた可能性もある」。短く急勾配の登りは自身に最も適した条件ではなく、失ったタイムをこの程度に抑えられたことに満足していると語った。総合ではポガチャルから3分36秒差の2位を守ったが、3位エヴェネプールとの差は30秒まで縮まっている。

3位でフィニッシュしたポール・セクサス(フランス、デカトロンCMA CGM) photo:Sotaro.Arakawa
そして、革命記念日にフランスの観客を沸かせたのがセクサスだった。ペルテュス峠でポガチャルが飛び出した後も、ヴィンゲゴーら追走グループに残った。最後の3級山岳でも失速することはなく、フィニッシュスプリントで区間3位に食い込み、今大会最高順位を記録した。
また総合順位でも5位に浮上。マイヨブラン争いではフアン・アユソ(スペイン、リドル・トレック)に13秒差の2位に入り、フランス期待の新星が、革命記念日に初めてツールの表彰台へ上がった。これはフランス国民がセクサスに対し寄せる2週目、そして3週目への期待感をさらに高める結果だった。

独走でル・リオランのフィニッシュ地点に到着したタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG) photo:Sotaro.Arakawa

1分31秒遅れの区間8位でフィニッシュし、マイヨブランを失ったイサーク・デルトロ(メキシコ、UAEチームエミレーツXRG) photo:Sotaro.Arakawa
最後に、休息日にあったいくつかのニュースを紹介して、2週目の初日の現地レポートを締めくくりたい。
まず報じられたのが、第9ステージのフィニッシュ地点で起きた事故だった。先頭を走るファンデルプールたちが到着する前、フィニッシュまで500mを切った地点で、フランスのレキップ紙の運転手が体調を崩しコース脇のフェンスに衝突。フェンスの後ろにいた観客8名が負傷し、うち1名が重傷を負った。ただし命に別状はなく、残る7名は軽傷と発表されている。事故の詳しい経緯については続報を待っている状態だが、毎日プレスセンターを出発し、数台で連なって走るレキップ紙の車列を目にしているので、決して遠い場所の出来事には感じられなかった。
2つ目は、ヴィンゲゴーがデンマークのテレビ局に明かした、自身の選手生活に関する告白だ。毎年ツールを中心に同じ準備を繰り返し、長期間の高地合宿などで家族から離れる生活を続ける中、幸福感と意欲を失っていたという。「昨年、もしこれからも同じ状況が続くのなら、もうプロ選手を続けることはできないと伝えた」。そのためチームは2026年は長期間の高地合宿を減らした。そして初出場したジロ・デ・イタリアで総合優勝。ツール開幕直前の記者会見でも「調子はよく、より強くなっている。それに精神的な状態も良いよ」と話していた。
最後はスーダル・クイックステップのスポンサーに関するニュースだ。24年間にわたってチーム名を支えてきた床材ブランド「クイックステップ」が、2026年限りで共同タイトルスポンサーから退くことが発表された。ただしクイックステップは完全に撤退するわけではなく、2030年までスポンサーを継続。チームウェアにもブランド名を残す。代わって2027年から、ベルギーの保護具ブランド「セーフティジョガー」が共同タイトルスポンサーへ昇格し、チーム名は「スーダル・セーフティジョガー」となる。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Clermont-Ferrand, France




長い長い1週目が終わり、カンタルで最初の休息日を過ごした選手たちは、カンタル県の県都であり「傘の都」オーリャックから再び走り出した。第10ステージはオーリャックからル・リオランまでの166.6km。獲得標高3800mに達し、2つの1級山岳を含む7つのカテゴリー山岳を越える、休息日明けとしては容赦のない山岳ステージだった。
序盤に31名の大きな逃げが形成され、逃げ切りも考えられるメンバーが揃う。しかしUAEチームエミレーツXRGは早い段階から集団先頭でペースを作り、残り約15.5km、1級山岳ペルテュス峠の頂上手前でタデイ・ポガチャル(スロベニア、UAEチームエミレーツXRG)が動いた。
誰も反応できない加速で、先頭のカラパスを抜き去り、ヨナス・ヴィンゲゴーハンセン(デンマーク、ヴィスマ・リースアバイク)やレムコ・エヴェネプール(ベルギー、レッドブル・ボーラ・ハンスグローエ)、ポール・セクサス(フランス、デカトロンCMA CGM)らを置き去りに。そのまま最後の3級山岳を越え、ル・リオランまで独走。エヴェネプールに32秒、セクサスに34秒、ヴィンゲゴーには44秒差をつけ、今大会3勝目を飾った。
強いポガチャルが、いつもように強さを見せつけた。しかしこの日のポガチャルに、フィニッシュ後のガッツポーズもお辞儀もなかった。代わりにマイヨジョーヌの裾を両手で引っ張り、静かにラインを越えたのだ。記者会見で理由を問われたポガチャルは「同じ革命記念日にマイヨジョーヌで勝利した2021年のことが頭をよぎり、このジャージへの誇りを示したかった」と説明した。
2021年7月14日、ポガチャルはマイヨジョーヌを着てポルテ峠を制している。その日も今日と同じ革命記念日。フランス各地で祝祭が行われるこの日に、その中心にある世界最大の自転車レースで、外国人であるポガチャルが見せた最大級の敬意だった。

スタート前、このステージを前に注目されていたのは「ポガチャルが2年前の敗北を塗り替えるのか」という点だった。2024年7月10日のツール第11ステージも、終盤に1級ピュイ・マリー・パ・ド・ペイロル、1級ペルテュス峠、そして3級山岳を越えてル・リオランに向かう、ほぼ同じレイアウト。当時のポガチャルはピュイ・マリーでアタック。一度はヴィンゲゴーを引き離したものの、次のペルテュス峠で追いつかれ、ル・リオランでの一騎打ちスプリントをヴィンゲゴーが制す。同年4月に負った大怪我からの復活を印象づける、華々しい勝利を飾った。
2年後の今日、ポガチャルはピュイ・マリーでは動かず、アタックを一つ先のペルテュス峠まで遅らせ、頂上まで1kmという地点から勝負を決めた。ポガチャル自身も、「2年前にヴィンゲゴーに追いつかれた記憶が最後まで頭に残っていた」と認めているものの、前日の休息日にはコースを試走し、知り尽くした登りを最後まで踏み続けた。


一方、2年前の勝者ヴィンゲゴーは44秒遅れの区間7位。ポガチャルが飛び出した瞬間に追走を諦め、自分のペースへ切り替えたという。「僕たちにとっては悪くない日だった。でももっと悪い結果になっていた可能性もある」。短く急勾配の登りは自身に最も適した条件ではなく、失ったタイムをこの程度に抑えられたことに満足していると語った。総合ではポガチャルから3分36秒差の2位を守ったが、3位エヴェネプールとの差は30秒まで縮まっている。

そして、革命記念日にフランスの観客を沸かせたのがセクサスだった。ペルテュス峠でポガチャルが飛び出した後も、ヴィンゲゴーら追走グループに残った。最後の3級山岳でも失速することはなく、フィニッシュスプリントで区間3位に食い込み、今大会最高順位を記録した。
また総合順位でも5位に浮上。マイヨブラン争いではフアン・アユソ(スペイン、リドル・トレック)に13秒差の2位に入り、フランス期待の新星が、革命記念日に初めてツールの表彰台へ上がった。これはフランス国民がセクサスに対し寄せる2週目、そして3週目への期待感をさらに高める結果だった。


最後に、休息日にあったいくつかのニュースを紹介して、2週目の初日の現地レポートを締めくくりたい。
まず報じられたのが、第9ステージのフィニッシュ地点で起きた事故だった。先頭を走るファンデルプールたちが到着する前、フィニッシュまで500mを切った地点で、フランスのレキップ紙の運転手が体調を崩しコース脇のフェンスに衝突。フェンスの後ろにいた観客8名が負傷し、うち1名が重傷を負った。ただし命に別状はなく、残る7名は軽傷と発表されている。事故の詳しい経緯については続報を待っている状態だが、毎日プレスセンターを出発し、数台で連なって走るレキップ紙の車列を目にしているので、決して遠い場所の出来事には感じられなかった。
2つ目は、ヴィンゲゴーがデンマークのテレビ局に明かした、自身の選手生活に関する告白だ。毎年ツールを中心に同じ準備を繰り返し、長期間の高地合宿などで家族から離れる生活を続ける中、幸福感と意欲を失っていたという。「昨年、もしこれからも同じ状況が続くのなら、もうプロ選手を続けることはできないと伝えた」。そのためチームは2026年は長期間の高地合宿を減らした。そして初出場したジロ・デ・イタリアで総合優勝。ツール開幕直前の記者会見でも「調子はよく、より強くなっている。それに精神的な状態も良いよ」と話していた。
最後はスーダル・クイックステップのスポンサーに関するニュースだ。24年間にわたってチーム名を支えてきた床材ブランド「クイックステップ」が、2026年限りで共同タイトルスポンサーから退くことが発表された。ただしクイックステップは完全に撤退するわけではなく、2030年までスポンサーを継続。チームウェアにもブランド名を残す。代わって2027年から、ベルギーの保護具ブランド「セーフティジョガー」が共同タイトルスポンサーへ昇格し、チーム名は「スーダル・セーフティジョガー」となる。
text&photo:Sotaro.Arakawa in Clermont-Ferrand, France