2019年から5大モニュメント制覇を目指しているウィリエールの日本国内担当者“キット北村さん”から、3つ目のモニュメント"グランフォンド・イル・ロンバルディア"に参加したレポートが届きました。毎度珍道中でヨーロッパのサイクリングライフを体験学習するキット北村さんは、3つの大失敗からタイムオーバー失格のピンチに!?果たしてゴール出来るのでしょうか。



今回はグランフォンド・イル・ロンバルディアに参戦したキット北村さんの参戦記をお届けする (c)Kitto Kitamura

(イル・ロンバルディアは10月7日に行われたプロレース観戦と10月8日に行われたグランフォンドイベントがありました。時系列的に逆にはなりますが、まずは10月8日の参戦記から…)

まずはグランフォンド・イル・ロンバルディアに臨むにあたって、自らレンタルサイクルを用意したくウィリエールにて試乗車を組み立てる。初めて訪れるロンバルディア地方、美しい景色を撮影しながら走ろうと思い今回はEロードバイクで参戦することにした。

現在、ウィリエール社の売り上げの約3割がE-MTBやE-ロードバイクとなり、今まで出荷スペースであったエリアにEバイク部門の生産ラインを増やしていた。沢山のフレームが組み立て準備を待っていて、フレーム台から試乗車に使うフィランテHYのフレームを1本取り上げた。

今回の挑戦にあたってウィリエールのE-BIKE フィランテHYを用意した (c)Kitto Kitamura
フィランテHYの組み付け方をレクチャーしてくれるのは、Eバイク部門のチーフメカニックのファビオ・スカピンさんだ (c)Kitto Kitamura


ファビオさんと共に組み付けをレクチャーしてくれたマッテオ・ザニーニさん (c)Kitto Kitamura
Eバイク部門のコンピューターでは同期が上手く行かなかったので、ノーマルバイク部門のコンピューターで同期 (c)Kitto Kitamura



今回私にフィランテHYの組み付け方をレクチャーしてくれるのは、Eバイク部門のチーフメカニックのファビオ・スカピンさんだ。話を聞きながらハンドルバーにスイッチを通す。ケーブルが沢山通るところなのでケーブルの取り回しには注意したい。

そしてフレームのリヤエンドにモーターへと繋がる極太電動ケーブルとディスクブレーキの油圧ホースを通してから長大なバッテリーをセット。コンピューターを搭載したバッテリーをダウンチューブの下側でねじ止め。バッテリー上部のケーブルとハンドル側スイッチのケーブルを繋ぐ。

一通りコンポーネントとホイールを組み付けたら、バッテリーとモーターとスイッチを同期する。Eバイク部門のコンピューターでは同期が上手く行かなかったので、ノーマルバイク部門のコンピューターで無事に同期出来ました。

ウィリエールのノーマルバイク部門のメカニック全員集合 (c)Kitto Kitamura

完成したフィランテHY試乗車の前で、ウィリエールのノーマルバイク部門のメカニック全員集合して記念撮影。もう17年の付き合いのある仲間達である。

旅路はイル・ロンバルディアへ

急遽ウィリエールの社員の車に同乗させてもらう事になりました! (c)Kitto Kitamura
右からメカニックのニコラ・アントネッロさんとプロダクトマネージャーのマニュエル・ペドロンさん。きれいにバイクを積んで、いざイル・ロンバルディアへ! (c)Kitto Kitamura


多分これがギザッロ教会なのだろうだけど、ちょっと小さい気が… (c)Kitto Kitamura

一応、某ヨーロッパの有名レンタカー会社に日本から3日間のレンタカー予約をしていたが、“イタリアあるある”でレンタカー会社には予約していたオートマ車が無くマニュアル車しかない…。マニュアル車の運転は運転免許の教習所以来なので大変危険なのです。イタリアの狭苦しいローカル道路で、レンタカーを傷つけるトラブルや交通事故を避けたいので、急遽レンタカーをキャンセル!ガソリン代と高速代はキット北村持ちで、急遽イル・ロンバルディアに応援に行くウィリエールの社員の車に同乗させてもらう事になりました!

ウィリエールの生まれた街バッサーノ・デル・グラッパから車で3時間半かけてコモ湖エリアに移動。今回、絶対に訪れたかったマドンナ・デル・ギザッロ教会に!あれっ、多分これがギザッロ教会なのだろうだけど、ちょっと小さい気が…。

教会の中には所狭しと、歴史的遺物が積め込まれていた。想像していたよりも、こじんまりとした小さな教会だった事と平日なのに世界中から沢山のサイクリストが立ち寄っている事に驚いた。[Madonna del Ghisallo 2023 - YouTube https://www.youtube.com/watch?v=d6qFMHrpIJE

ギザッロ教会の隣にあるミュージアム。自転車の歴史博物館になっている (c)Kitto Kitamura

教会の中には所狭しと、歴史的遺物が積め込まれていた (c)Kitto Kitamura
歴代のマリアローザが展示されて、壁一面のピンクのマリアローザ (c)Kitto Kitamura



ギザッロ教会の隣にあるミュージアム。自転車の歴史博物館で、建物からはサイクリストがギザッロ教会に上ってくる様子が見られる。このミュージアムの中が圧巻である。往年の選手のジャージや靴やメダル~近代に至るまでのレーシングバイクが飾られていた。

歴代のマリアローザが展示されて、壁一面のピンクのマリアローザが目にも鮮やか!じっくりと見ていたいが、レースの受付が夜7時までなのでカントゥの街に戻る必要があり、後ろ髪を引かれる思いでミュージアムをあとにした。

今回の決戦に向けたスペシャルな装備を確認

ドイツの友人に送ってもらったジャージと、アトリエあんこの小林さんから頂いた黒須製餡所のクロッサン (c)Kitto Kitamura

ホテルでゼッケンを取り付け、グランフォンド・イル・ロンバルディアの準備。今回、友人のアトリエあんこの小林美穂さんから補給食として黒須製餡所(栃木県)のクロッサンを頂いた。イチゴ味がお気に入りである。アスタナのウェアはジョルダーナ製なのだが、日本にディストリビューターが無いのでドイツ人の友達にお願いして送ってもらった。グローブはもちろんプロロゴのエネルグリップである。今回は撮影が多いのでショートフィンガーグローブを使用した。

キット北村の5大モニュメントを制する旅の第3戦イル・ロンバルディア編のバイクは、ウィリエール・トリエスティーナ社のハイエンドEロードバイク:フィランテHYのMサイズだ。ウィリエールの最新Eロードバイクは、見た目には全く普通のロードバイクにしか見えない。

今回の愛車はウィリエールのハイエンドEロードバイク:フィランテHYのMサイズ (c)Kitto Kitamura

フィランテHYは“フィランテ”と名が付いているがコンフォートジオメトリーなので、レーシングジオメトリーのフィランテSLRとは若干ジオメトリーが異なる。ハンドルバーにはフィランテHY用のハンドルバーでサイズが80-40CC、95-42CC、110-42CC、125-43CCの4種類があり、フレームに合わせて95-42CCとした。

キット北村の5大モニュメントを制する旅の第1戦ロンド・ファン・フラーンデレンと第2戦パリ~ルーベでは石畳対策でディメンションNDR-CPC タイロックスレールを使ったが、今回はヒルクライムのクラシックという事もあり、超軽量なスクラッチM5 ナックカーボンレールを使用。一応ロンド・ファン・フラーンデレンを制した男なので、フランドルライオンをデザインした特別モデルをマイサドルとした。

キット北村はMTB乗りなので、ロードバイク乗る時も(時にはロード用のペダルを使う事もありますが)基本MTB用のSPDペダルである。また靴に関して、去年あたりからビンディングシューズの中敷きにソールスターを使い始めた。最初は違和感があったが、慣れるとかかとの収まりが良くなってお気に入りに。MTBシューズも、ロードシューズも、登山靴もソールスターの中敷きに全交換した。ソールスターの中敷きはツアーとコントロールの両方を持っているがツアーの方が自分には合っている。

一応ロンド・ファン・フラーンデレンを制した男なので、フランドルライオンをデザインした特別モデルを使った (c)Kitto Kitamura
ハンドルバーにはフィランテHY用の95-42CCを使った (c)Kitto Kitamura


キット北村はMTB乗りなので、ロードバイク乗る時も基本MTB用のSPDペダル (c)Kitto Kitamura
予備バッテリーを用意しダウンチューブに取り付けた (c)Kitto Kitamura



快適にイル・ロンバルディアのイベント写真を撮影しながら走るため、予備バッテリーを用意しダウンチューブに取り付けた。計算上メインバッテリーで1000m強UP、予備バッテリー(メインの70%)で700m強UPをこなせるらしいので、体重が85㎏の私がグランフォンド・イル・ロンバルディアの110㎞/1700mUPに対応するバッテリー容量は十分にあるとの計算だ。

いよいよロンバルディア市民レースへ

自分は第4グリッドからのスタートなのでかなり後ろの方であった (c)Kitto Kitamura

メカニックのニコラと一緒にスタート! (c)Kitto Kitamura
午前7時30分、グランフォンド・イル・ロンバルディアがスタートした (c)Kitto Kitamura



朝6時にホテルをチェックアウトし、カントゥのスタート地点に向かう。ホテルで朝食が取れないので、グランフォンド・イル・ロンバルディアの参加者用にホテルが紙袋に簡易朝食を入れて用意してくれました。朝6時30分にはカントゥのショッピングモールの駐車場に停車し準備をする。パリ~ルーベの時も思ったが、どこに駐車して良いのか?私にはよく分からない。スタート地点に2200人もの参加者の熱気で盛り上がっていた。自分は第4グリッドからのスタートなのでかなり後ろの方であった。

午前7時30分、グランフォンド・イル・ロンバルディアがスタートした。メカニックのニコラと一緒にスタート!マニュエルも近くにいるが多くの参加者にもまれて少し離れた位置に!ニコラはゼロSLRでマニュエルはフィランテSLRで参戦である。

周りの参加者達はスタートダッシュを決めるので、ドンドン追い抜かれていく(汗)。制限時間は午後14時30分までなので、持ち時間は7時間もある。十二分に余裕である(はずだった)。

まずはカントゥからソルマーノの上りに向けての平坦基調の道をひたすら走る (c)Kitto Kitamura

美しい景色に参加者の幾人かが足を止めて景色を撮影 (c)Kitto Kitamura
シマノの第1メカニックサポートエリアに到着 (c)Kitto Kitamura



朝焼けの中をひたすら走る。まずはカントゥからソルマーノの上りに向けての平坦基調の道だ。美しい景色に参加者の幾人かが足を止めて景色を撮影。足を止めて撮影するのは、ほぼ海外からの参加者達である。

ソルマーノの上りに差し掛かり、シマノの第1メカニックサポートエリアに到着。さっそくメカトラを起こしていた参加者がシマノのメカニックサービスを受けていた。道路がグランフォンド・イル・ロンバルディアのために封鎖されていないので、車に注意して上っていく。ようやくソルマーノに到着したが、どこに27%もの凶悪な坂があるのだろう?この時はまだ知る由も無かった。

道路がグランフォンド・イル・ロンバルディアのために封鎖されていないので、車に注意して上っていく (c)Kitto Kitamura
ようやくソルマーノに到着したが、どこに27%もの凶悪な坂があるのだろう? (c)Kitto Kitamura


凶悪な坂:ムロ・ディ・ソルマーノに向かう分岐点で、多くの参加者が記念撮影 (c)Kitto Kitamura

凶悪な坂:ムロ・ディ・ソルマーノに向かう分岐点で、多くの参加者が記念撮影。記念撮影している参加者のほとんどがやはり海外からの参加者達であった。参加者はここで選択しなければならない左の『凶悪な坂:ムロ・ディ・ソルマーノ』か、右の『エスケープライン:Noムロ』か…。

一緒に走っていたドイツ人の参加者が“ヘイ!日本人お前はどちらに行くんだ?もちろんムロ・ディ・ソルマーノだよな?”と問いかけられ、2人で凶悪な坂:ムロ・ディ・ソルマーノに向かった。

ムロ・ディ・ソルマーノに向かった海外からの参加者の多くがこの坂で撃沈。後方グループで走っていたグループの中で、イタリア人は迷うことなく『エスケープライン:Noムロ』を選んでいたが、その理由が分かった。写真上部に目を凝らして見て頂きたい!『ロードバイクに乗ったおっちゃんが自転車から降りて、ビンディングシューズを脱いで、靴下で坂を上り始めています!』残念ながら一緒に走っていた後方グループのメンバーの大半がここで脱落した。

写真上部に目を凝らして見て頂きたい!『ロードバイクに乗ったおっちゃんが自転車から降りて、ビンディングシューズを脱いで、靴下で坂を上り始めています!』 (c)Kitto Kitamura

イル・ロンバルディアの補給所は…見ての通り煩雑な感じであった (c)Kitto Kitamura
ムロ・ディ・ソルマーノの看板と記念撮影をしたけれど、ステッカーが貼られまくって、一体全体どこなのか分からない (c)Kitto Kitamura



ムロ・ディ・ソルマーノを上りきった所でようやく第1補給ポイントに。ロンド・ファン・フラーンデレンの補給所は大変大きく整理されていて賑わっていた、パリ~ルーベの補給所はこぎれいでしたがこじんまりとしていた。イル・ロンバルディアの補給所は…見ての通り煩雑な感じであった。

ムロ・ディ・ソルマーノの看板と記念撮影をしたけれど、ステッカーが貼られまくって、一体全体どこなのか分からない。ここまでで計算よりもかなりのバッテリーを消費し、電動アシストされたにも関わらずかなりのダメージを両脚が受けた。節電せねば…!

ムロ・ディ・ソルマーノからベラージョへ向かうダウンヒル (c)Kitto Kitamura

お家がオシャレで、軒先の花がキレイに手入れされて咲いていた (c)Kitto Kitamura
マドンナ・デル・ギザッロまで6.4㎞の所で赤ランプが点灯しバッテリーが切れる (c)Kitto Kitamura



ムロ・ディ・ソルマーノからベラージョへ向かうつづら折りの道をダウンヒル!きれいな場所で撮影をしながら進むが、ここで痛恨のミス!コースのサインボードを見逃し、道を間違えて往復10kmのロス。途中で間違いに気付き、湖沿いの道を北上しベラージョの街へ。

ベラージョからマドンナ・デル・ギザッロへと上るが、この時点でバッテリーはかなり少なくなっていた。コモ湖エリアはお金持ちが多いのであろう、お家がオシャレで、軒先の花がキレイに手入れされて咲いていた。

マドンナ・デル・ギザッロまで6.4kmの所で赤ランプが点灯しバッテリーが切れる。こんなにも赤ランプの点灯をマジマジと見るのは、ウルトラマンのカラータイマー以来である。計算上は予備バッテリーを積んでいるから、最後までバッテリーは持つはずであった。完成車重量約10㎏+予備バッテリー約1.2㎏を積んで重たいEロードバイクのペダルをゴリゴリと踏んでいく。ここからは走りながら写真を撮影する余裕が無くなってしまった。

電動アシストの力を借りることなく、自力でマドンナ・デル・ギザッロの上りを制す (c)Kitto Kitamura

電動アシストの力を借りることなく、自力でマドンナ・デル・ギザッロの上りを制すが、ダメージが大きく両脚が攣ってしまう。それもかなりの激痛!この時点で12時15分、残り2時間15分で40km、この両脚でゴールが出来るのか?焦り始める。

マドンナ・デル・ギザッロを上りきった所から少し進んでようやく第2補給ポイントに。かなりの参加者がここで脱落し時間的にも厳しくなってきたため、ゴールを目指す参加者はまばらとなる。ここからは時間との闘い!残り40kmの孤独な闘いで写真を撮る余裕は全くありませんでした。マップ上ではマドンナ・デル・ギザッロを下ってから、細かなアップダウンがあるようだ。

マドンナ・デル・ギザッロを上りきった所から少し進んでようやく第2補給ポイントに (c)Kitto Kitamura
何とかカントゥの街に戻って来られた (c)Kitto Kitamura



何とかカントゥの街に戻って来られた。ここに至るまで両脚が攣って激痛が走りどうにもこうにもペダルが踏めなくなって2度道路の路肩で休憩した。自分の前を走っていた参加者達も道路脇で倒れ、オフィシャルカーや救急車に回収されていた。残り30kmを残し常に救急車とオフィシャルカーとパトカーが私の後ろに貼り付いていた。

“多分、私が最終走者なのだろう。”嫌が応にも状況を理解させられた。救急車とオフィシャルカーが15分毎に『車に乗るか?』と聞いてくるが“No!”と断固拒否。両脚が攣ってペースが落ちているし、救急車とオフィシャルカーとパトカーが私の後ろに貼り付いているこのレアな状況を撮影したいが雰囲気的に出来ない。サイクルコンピューターを持っていないので、携帯電話でしか時間を確認出来ないのだが、携帯電話を出して見る余裕も雰囲気も無い。多分ギリギリアウトなのだろうという現実をひしひしと感じていた。

何度も私が救急車とオフィシャルカーの『車に乗るか?』という呼びかけを断ったものだから、残り20数km(肌感覚で残り時間は僅か1時間ほど)で救急車とオフィシャルカーとパトカーの動きが大きく変わる。救急車とオフィシャルカーとパトカーが急に私の後ろから離れた。『何とか、この完走を諦めない日本人参加者を回収する作戦会議でもしているのだろうか?』と疲れ切っていて、そんな邪推をしてしまった。

そして、私から離れて5分後に救急車とオフィシャルカーとパトカーが再び私の元へ戻ってきた。突然、パトカーが私を抜き去り、行く手のロータリーを封鎖。そして、オフィシャルカーは私の前で風除けとなり、救急車は私の背後をガッチリとガードしてくれた。回収するのではなく、完走させるために動いてくれていた。

ゴールラインを越えると無意識にフィランテHYを天高く掲げた (c)Kitto Kitamura

そして、いよいよゴールへのラスト100m、自分より少し前に走ってゴールしていた見知った参加者達が叫ぶ。両脚が悲鳴を挙げていたが、タイムリミットまで僅か2分32秒を残しゴールにたどり着いた。思わず今年のジロ・デ・イタリア最終ステージのマーク・カベンディッシュばりのガッツポーズが出て、ゴールラインを越えると無意識にフィランテHYを天高く掲げた。

最終走者だったので大会MCの女性がインタビューしてくれた。

“ベラージョに向かう所でコースを間違えて往復10kmもロスし、最後の40kmでは一緒に走っていた仲間達が次々と脱落。私は知らない道を独りでずっと走っていました。距離と残り時間から、感覚的にもう制限時間内にゴールは出来ないだろうと思っていました。それでもせっかくイタリアまで来たのだから、ゴールまでは自力で行こうと決めました。しかし、救急車のスタッフ、イル・ロンバルディアのオフィシャル、ロンバルディア州警察の皆さんが私をゴールまで導いてくれました。私にとって彼らが『マドンナ・デル・ギザッロから遣わされた神の使い』でした。私がゴールするまで待っていてくれたイル・ロンバルディアに関わる全スタッフの皆さんありがとうございました。皆さんのおかげでマリアネッラ(最下位)を獲得する事が出来ました!ビバ・イタリア!ビバ・イル・ロンバルディア!”

とコメントし、イル・ロンバルディアのマスコットキャラクターや完走記念メダルをくれたスタッフのお姉さんが駆け寄ってきて大歓声が沸いた。私のゴールを見ていた近所の老齢なおばあちゃんが何度も投げキッスをしてくれた。

最終走者だったので大会MCの女性がインタビューしてくれた (c)Kitto Kitamura

中盤まで一緒に走っていた同年代のドイツ人グループとパスタパーティーで合流 (c)Kitto Kitamura

中盤まで一緒に走っていた同年代のドイツ人グループとパスタパーティーで合流。またどこかのグランフォンドで会おうと別れの水盃!グランフォンド・イル・ロンバルディアはドイツ人参加者のグループが大変多かった気がしました。

<3つの大失敗>
大失敗1:イタリアのグランフォンドは、ほぼレースに近い事を忘れていた。

大失敗1:イタリアのグランフォンドは、ほぼレースに近い事を忘れていた (c)Kitto Kitamura

2012年にグランフォンド・フランチェスコ・モゼールに出場した時にも同じ事をチクリッシモ誌(八重洲出版)に執筆していたにも関わらずすっかりこの事実を忘れていた。イタリアのグランフォンドの進行は早くて、回収車が問答無用でグループから遅れた脱落者達を次々と回収していく。ロンバルディアの風景をのんびり撮影している余裕なんて元々無かったのだ。

大失敗2:予備バッテリーはボタンを押さないとチャージされなかった。

大失敗2:予備バッテリーはボタンを押さないとチャージされなかった (c)Kitto Kitamura

計算上、Eロードバイクのメインバッテリーと予備バッテリーが最後まで余裕で持つ計算であったのだが持たなかった。後日分かったのだが、予備バッテリーにはボタンがあり、そのボタンを押さないと予備バッテリーが作動しないのである!予備バッテリーはずっとオートチャージされる物だと思っていたので、今回は結果的にシステム重量1.2㎏ほどの予備バッテリーをマドンナ・デル・ギザッロの上りの途中から使わずに走ったことになる。

大失敗3:ムロ・ディ・ソルマーノか?エスケープか?

大失敗3:ムロ・ディ・ソルマーノか?エスケープか? (c)Kitto Kitamura

ムロはイタリア語で『壁』を意味し、イル・ロンバルディアに来たなら、“そりゃムロを体験しなきゃダメだろう!”と思っていたが、想像以上に凶悪な激坂であった。素直にヘタレなんだからムロを避けたら良かった。しかし、良い経験にはなった。

さてレースを終えて、バッサーノ・デル・グラッパに帰ってきた。深夜、イタリアでいつも遊ぶ友人達と反省会である。反省会ではキット北村がマリアネッラ(最下位)を獲得した事で皆ずっと大爆笑。『グランフォンド・イル・ロンバルディアの大会スタッフはマリアネッラを用意していなかったの?今度、私達がマリアネッラをデザインして作ってあげるよ!』と皆に終始いじられた。“マドンナ・デル・ギザッロの第2補給ポイントではもう完走出来ないと諦めていたから、本当にゴール出来た事が嬉しくて!嬉しくて!もう笑い話のネタでも何でも好きにして!”と思っていました。

反省会の最後に“皆が作ってくれるマリアネッラを着るから、数年後に挑戦するであろうグランフォンド・ミラノ・サンレモで一緒に走ってよ!300kmもの長距離を集団走行しないとゴール出来ないだろうから…”とお願いして宴を締めくくった。

レースを終えて、バッサーノ・デル・グラッパに帰ってきた。友人と反省会 (c)Kitto Kitamura

5大モニュメントの3つを制覇!?

100年以上前から続くクラシックと呼ばれるレースのうち、“クラシックの王様と言われるロンド・ファン・フラーンデレン”、“クラシックの女王と言われるパリ~ルーベ”、そして“落ち葉のクラシックと言われるイル・ロンバルディア”を走り終えた。5大モニュメント制覇まで残り2つ、“ミラノ〜サンレモ”、“リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ”である。

“グランフォンド・ミラノ〜サンレモ”はアマチュアでもプロと同じコースで300kmの距離を平均時速36kmで走らなければならないので、今のキット北村には難易度が高い!一緒に走ってくれる仲間だとか、練習もかなり念入りにして、周到な準備しなければ到底無理。自動的に次の目標は“リエージュ・バストーニュ・リエージュチャレンジ”となる。

第117回イル・ロンバルディア観戦に続く…

Special Thanks to
Ambulanza il Lombardia
Ufficiale il Lombardia
Polizia Locale
Nicola Antonello (Wilier Triestina Mechanic)
Manuel Pedron (Wilier Triestina Project Manager)
Fabio Scapin (Wilier Triestina E-Bike Mechanic)
Matteo Zanini (Wilier Triestina E-Bike Mechanic)
David Marx (Sole Star Japan)
Miho Kobayashi (Atelier Anco)