2021/07/26(月) - 09:21
「フィニッシュラインを越えても勝利が信じられなかった」と語るのは、東京五輪女子ロードレースで逃げ切り勝利を挙げたアンナ・キーセンホーファー(オーストリア)。一時は勝利と勘違いしながらも銀メダルを喜ぶファンフルーテンや3位のロンゴボルギーニ、21位でフィニッシュした與那嶺恵理などのコメントを紹介します。
第1位 アンナ・キーセンホーファー(オーストリア)
ただただ信じられない。フィニッシュラインを越えた後も ”これで本当に終わり?もうこれ以上走らなくてもいいの?"と何が起きているのか分からなかった。0km地点からアタックしようと考えており、プロトン(メイン集団)で走るのが苦手な自分にとって、逃げ集団に入ることができて嬉しかった。
一緒に逃げた選手たちと協力して走ることができた。だけど集団のなかで私が一番強いと思い、長い下りの前に登り(籠坂峠)があることも分かっていた。下りは得意なのでタイム差を広げ、その後はフィニッシュまでタイムトライアル状態だった。
権威あるものを過度に信じるべきではなく、自分で全てを管理していた。私はペダルを踏むだけの選手ではなく、自分を支える参謀でもある。それが結果に現れて誇りに思う。(メイン集団との)タイム差がボードで示されていたが、その数字を信じるべきかさえも半信半疑だった。
若くて何も知らない選手には "これをすれば上手くいく” とコーチや周りの人間に言われる危険がつきまとう。私も一時それを信じ、そして被害者の1人だった。だがいま30歳になり、何かを知っている人なんていないことを学んだ。なぜなら本当に何かを知っている人は「知らない」と言うからだ。
私はアマチュア選手だが、頭の中は自転車のことで占められている。この1年半を今日のレースに向けて取り組んできて、良い結果を得るために生活の全てを捧げてきた。私にとって良い結果とは25位程度で、たとえその順位でも十分だった。だから勝利できたなんて信じられないご褒美だ。
今後についてはわからない。だけどいまの仕事を続け、これまでと同じように走るつもりだ。もちろん自信という面では、この勝利は私を違う人間に変えるだろう。
第2位 アネミエク・ファンフルーテン(オランダ)
(フィニッシュの瞬間)優勝したと思い喜んだ。その直後、自分の愚かさに気づき、そんな表情の私を見た他の選手たちが不思議がっていた。いつもなら情報が共有されるところで、監督の持つ機器の電波が悪く、状況が把握できていなかった。
残り10km地点で(逃げ集団とのタイム差が)45秒だと聞いていて、混乱していたのはオランダチームではなく他の国の選手たちも同様だった。最も重要なレースで、いつも使っている無線が禁止されていた。それはレースを面白くするかもしれないが、同時に混乱も生んでしまう。
先頭に1人飛び出してから(映像を撮る)TVバイクに状況を聞く以外、後ろとのタイム差を知る方法がなかった。4年に一度の大切なレースなのに、プロのレースからはかけ離れた状況だった。しかしこれは物語の一面にすぎず、美しい銀メダルを獲得することができた。
自分が負けたと知った瞬間こそ喜べなかったものの、メダル獲得という目標は達成することができた。オランダチームとしてアンナ・キーセンホーファーという選手を過小評価してしまい、今日はみんなで反省会を開きたい。だけど、初めて獲得した五輪のメダルを誇りに思うし、この気持ちが時が経つにつれて増していくことを願っている。
第3位 エリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア)
作戦などはなく、自分の感覚に従い飛び出した。それが正しい瞬間だと思ったので、決して後ろは振り返らなかった。オランダが全てを掌握していると思っていたが、強すぎるあまりに策に溺れ、負けてしまうこともある。
オランダチームの考えは分からなかったが、私は自分のレースに集中するまでだった。逃げ集団を追う責任はオランダにあり、スプリント力のない私やマルタ(バスティアネッリ)ではなかった。イタリアチームとしては控えめな走りで、苦しみを越えなければメダルには届かないと思っていた。
また、実は(メイン集団が)逃げていた2人を吸収し、あと1人残っていることは知っていた。
このメダルは母、父、兄弟、甥とボーイフレンドに捧げる。私たちはともに多くの犠牲を払い、彼女たちは私を見捨てずそばにいてくれた。またイタリア自転車協会や、トレック・セガフレードに感謝したい。彼らなしでこのメダルは不可能だった。
第7位 コリン・リヴェラ(アメリカ)
当然ながら、求めていた結果ではない。だが懸命に走り、脚が痙攣するなか力いっぱい踏んだ。今日のチームメイトは素晴らしい働きをしてくれ、ともにベストを尽くした。初めての五輪にしてはかなり満足している。
第10位 セシリーウトラップ・ルドヴィグ(デンマーク)
正直、最悪なレースと言わざるを得ない。普段私たちが行う女子自転車競技は素晴らしい。そこにこの五輪という世界が注目する大会があり、女子レースがどれだけクールであるかを示すチャンスだった。しかし、そこで頭を抱えてしまうほど酷いレースを見せてしまった。
第15位 アンナ・ファンデルブレッヘン(オランダ)
逃げを吸収し、優勝を目指し走っていると思っていた。そうではなかったと知り、残念だった。あのオーストリア人が1人先頭にいるとは知らず、ポーランド人(アンナ・プリフタ)が逃げている最後の1人だと伝えられていた。無線のないレースで、序盤から逃げ集団と10分差がつく展開だった。何人捕まえたのかを数えておくべきだった。途中までチームカーの元へ行き情報をもらっていたのだが、最終局面でそれをしなかった。正しい情報さえあればもっと違った走りができただろう。
序盤から逃げたオメル・シャピーラ(イスラエル)
ナショナルジャージをTVに映すためにレースをしたわけではない。逃げることが良い結果を得る最良の方法だと思った。アンナ・プリフタとともに力いっぱい走ったのだが、私たちは疲れ切っていた。だが今日のレースを誇りに思う。
第21位 與那嶺恵理(チームティブコSVB)
全てを掛けて、この日のために。 あと一歩でした。 世界で戦い続ける、その意味と厳しさと喜びを日本の皆様へ伝えることが出来たと思います。
最高の舞台、最高の観客の中でレースを戦えたこと。人と人の輪を広げることが、こんなにも心強く感じることは有りませんでした。
帰国とオリンピック準備に際し多くのサポートをしてくださったTeam Eriの皆さん 、そして武井コーチ、ありがとうございます。 金子選手、厳しいレースの中、ボトルを運んで頂きありがとうございました。酷暑の中、とても助かりました。
タイムトライアル、どんなPerformanceに成るかは分かりませんが、自分のベストを出します。
全てを力に変えて。
text:Sotaro.Arakawa
photo:CorVos
第1位 アンナ・キーセンホーファー(オーストリア)
ただただ信じられない。フィニッシュラインを越えた後も ”これで本当に終わり?もうこれ以上走らなくてもいいの?"と何が起きているのか分からなかった。0km地点からアタックしようと考えており、プロトン(メイン集団)で走るのが苦手な自分にとって、逃げ集団に入ることができて嬉しかった。
一緒に逃げた選手たちと協力して走ることができた。だけど集団のなかで私が一番強いと思い、長い下りの前に登り(籠坂峠)があることも分かっていた。下りは得意なのでタイム差を広げ、その後はフィニッシュまでタイムトライアル状態だった。
権威あるものを過度に信じるべきではなく、自分で全てを管理していた。私はペダルを踏むだけの選手ではなく、自分を支える参謀でもある。それが結果に現れて誇りに思う。(メイン集団との)タイム差がボードで示されていたが、その数字を信じるべきかさえも半信半疑だった。
若くて何も知らない選手には "これをすれば上手くいく” とコーチや周りの人間に言われる危険がつきまとう。私も一時それを信じ、そして被害者の1人だった。だがいま30歳になり、何かを知っている人なんていないことを学んだ。なぜなら本当に何かを知っている人は「知らない」と言うからだ。
私はアマチュア選手だが、頭の中は自転車のことで占められている。この1年半を今日のレースに向けて取り組んできて、良い結果を得るために生活の全てを捧げてきた。私にとって良い結果とは25位程度で、たとえその順位でも十分だった。だから勝利できたなんて信じられないご褒美だ。
今後についてはわからない。だけどいまの仕事を続け、これまでと同じように走るつもりだ。もちろん自信という面では、この勝利は私を違う人間に変えるだろう。
第2位 アネミエク・ファンフルーテン(オランダ)
(フィニッシュの瞬間)優勝したと思い喜んだ。その直後、自分の愚かさに気づき、そんな表情の私を見た他の選手たちが不思議がっていた。いつもなら情報が共有されるところで、監督の持つ機器の電波が悪く、状況が把握できていなかった。
残り10km地点で(逃げ集団とのタイム差が)45秒だと聞いていて、混乱していたのはオランダチームではなく他の国の選手たちも同様だった。最も重要なレースで、いつも使っている無線が禁止されていた。それはレースを面白くするかもしれないが、同時に混乱も生んでしまう。
先頭に1人飛び出してから(映像を撮る)TVバイクに状況を聞く以外、後ろとのタイム差を知る方法がなかった。4年に一度の大切なレースなのに、プロのレースからはかけ離れた状況だった。しかしこれは物語の一面にすぎず、美しい銀メダルを獲得することができた。
自分が負けたと知った瞬間こそ喜べなかったものの、メダル獲得という目標は達成することができた。オランダチームとしてアンナ・キーセンホーファーという選手を過小評価してしまい、今日はみんなで反省会を開きたい。だけど、初めて獲得した五輪のメダルを誇りに思うし、この気持ちが時が経つにつれて増していくことを願っている。
第3位 エリーザ・ロンゴボルギーニ(イタリア)
作戦などはなく、自分の感覚に従い飛び出した。それが正しい瞬間だと思ったので、決して後ろは振り返らなかった。オランダが全てを掌握していると思っていたが、強すぎるあまりに策に溺れ、負けてしまうこともある。
オランダチームの考えは分からなかったが、私は自分のレースに集中するまでだった。逃げ集団を追う責任はオランダにあり、スプリント力のない私やマルタ(バスティアネッリ)ではなかった。イタリアチームとしては控えめな走りで、苦しみを越えなければメダルには届かないと思っていた。
また、実は(メイン集団が)逃げていた2人を吸収し、あと1人残っていることは知っていた。
このメダルは母、父、兄弟、甥とボーイフレンドに捧げる。私たちはともに多くの犠牲を払い、彼女たちは私を見捨てずそばにいてくれた。またイタリア自転車協会や、トレック・セガフレードに感謝したい。彼らなしでこのメダルは不可能だった。
第7位 コリン・リヴェラ(アメリカ)
当然ながら、求めていた結果ではない。だが懸命に走り、脚が痙攣するなか力いっぱい踏んだ。今日のチームメイトは素晴らしい働きをしてくれ、ともにベストを尽くした。初めての五輪にしてはかなり満足している。
第10位 セシリーウトラップ・ルドヴィグ(デンマーク)
正直、最悪なレースと言わざるを得ない。普段私たちが行う女子自転車競技は素晴らしい。そこにこの五輪という世界が注目する大会があり、女子レースがどれだけクールであるかを示すチャンスだった。しかし、そこで頭を抱えてしまうほど酷いレースを見せてしまった。
第15位 アンナ・ファンデルブレッヘン(オランダ)
逃げを吸収し、優勝を目指し走っていると思っていた。そうではなかったと知り、残念だった。あのオーストリア人が1人先頭にいるとは知らず、ポーランド人(アンナ・プリフタ)が逃げている最後の1人だと伝えられていた。無線のないレースで、序盤から逃げ集団と10分差がつく展開だった。何人捕まえたのかを数えておくべきだった。途中までチームカーの元へ行き情報をもらっていたのだが、最終局面でそれをしなかった。正しい情報さえあればもっと違った走りができただろう。
序盤から逃げたオメル・シャピーラ(イスラエル)
ナショナルジャージをTVに映すためにレースをしたわけではない。逃げることが良い結果を得る最良の方法だと思った。アンナ・プリフタとともに力いっぱい走ったのだが、私たちは疲れ切っていた。だが今日のレースを誇りに思う。
第21位 與那嶺恵理(チームティブコSVB)
全てを掛けて、この日のために。 あと一歩でした。 世界で戦い続ける、その意味と厳しさと喜びを日本の皆様へ伝えることが出来たと思います。
最高の舞台、最高の観客の中でレースを戦えたこと。人と人の輪を広げることが、こんなにも心強く感じることは有りませんでした。
帰国とオリンピック準備に際し多くのサポートをしてくださったTeam Eriの皆さん 、そして武井コーチ、ありがとうございます。 金子選手、厳しいレースの中、ボトルを運んで頂きありがとうございました。酷暑の中、とても助かりました。
タイムトライアル、どんなPerformanceに成るかは分かりませんが、自分のベストを出します。
全てを力に変えて。
text:Sotaro.Arakawa
photo:CorVos
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