2016/06/24(金) - 09:03
6月第2週に、長野県駒ヶ根市で初開催された「中央アルプス・ヒルクライム」の実走レポートを紹介。「まだ誰も自転車で走ったことのない道」とは?その魅力をお届けします。
突然だが、自転車の楽しみとは何だろうか。レース派なら誰よりも先にゴールに飛び込むことかもしれないし、ロングライド派ならもっと遠くへ辿り着くことかもしれない。
どちらの考えも染み付いている筆者ではあるが、個人的に最も大きな楽しみとは、知らない道や場所を走ること、だと思う。それは何もキャンプ道具を積まなくとも、一日に300kmも走らなくても良い。いつもの分岐をそれてみたり、忘れ去られた旧道を見つけてみたり。冒険とは言えないレベルではあるけれど、そうやってペダルを回して初めての道、土地を訪れた時、自分の中の小さな世界が広がった気がして、たまらなく楽しく感じるのだ。
それが「まだ誰も自転車で走ったことのない道を走れる」と聞いたら、どうだろうか?きっと多くのサイクリストは走ってみたい!と思うだろうし、私は実際にそう思った。例えそれがおよそ10km登りっぱなしのヒルクライムであっても、だ。そして山深い地域の峠道というものは、そのほとんどがそういう冒険欲を満たしてくれる場所でもある。
前置きが長くなってしまった。とにもかくにも、そうして私は6月11日、カメラを積み込んで長野県は駒ヶ根市に向けてクルマを走らせた。名峰木曽駒ヶ岳に据え付けられた登坂を走る、初開催の「中央アルプス・ヒルクライム」を取材するためである。
標高2956mの頂を持ち、長野県上松町・木曽町・宮田村の境界にそびえる木曽駒ヶ岳。今回のヒルクライムイベントの舞台に選ばれたのは、この中腹にある駒ヶ岳ロープウェイのしらび平駅を目指す県道75号線だ。
記事タイトルでも先にも触れた通り、この県道75号線は「まだ誰も自転車で走ったことのない道」である。その理由は、ロープウェイ駅まで観光客を運ぶ大型路線バスが走る道でありながら、あまりにも狭隘ですれ違いが難しいから。県道でありながら、路線バスとタクシー、ロープウェイ関係者のクルマを除く全ての車両の通行が禁止されているという道なのだ。
道が開通した直後に一瞬だけ自家用車の通行が認められたけれど転落事故が頻発してすぐ通行禁止になった、とか、ここを運転するバスのドライバーは軒並み神業の持ち主だとか、一つだけあるトンネルの高さが低く、ロープウェイの索道を運ぶトレーラーを通す時に苦労したとか、ロープウェイ会社の部長さんが運転する横で面白い話を聞きながら、シャッターポイントを押さえるべく下見をした。
なるほど。その道幅は全て1.5車線以下だし、目が回りそうなほどつづら折れが続いているし、この辺りは崩れやすい地盤なのか山肌のあちこちに落石予防の工事箇所が目につく。「険道」とはよく言ったもので、よくこんな所に道を据え付けたもんだ、と感心させられてしまうほど。でもプチ冒険好きの自転車乗り目線からすれば、こんな道を登るヒルクライムイベントは他に無いし、何よりアルプスを感じさせる壮大な自然が素晴らしい。明日ここを走れるのかと思うとワクワクしてしまった。
そして翌日、晴れ渡った空の下で行われた開会セレモニーには、213名の参加者が集った。同日に開催されていた8000人の富士ヒルクライムとは比べるべくもないが、地方ローカルイベントならではの、少しのんびりした雰囲気が心地良い。ゲストの挨拶と1kmのパレードランを終え、朝7時にスタートの号砲が打ち鳴らされた。
勢いよく飛び出していく参加者たち……とは言っても、5人ずつのウェーブが30秒間隔でスタートを切っていくため、コース脇で撮影していても、1人、また1人、今度は3人パック……とバラバラ。写真映り的には少し寂しいけれど、走る選手にとってはコースを思う存分使える上、他の人とラインが交錯してしまう心配も皆無。急かされるプレッシャーも全く感じないので、ビギナーやマイペースで完走を目指す方にとってもおすすめしやすい。
10km弱の平均勾配は8.4%となかなかのものだが、10%が続く急勾配区間と、ところどころ傾斜が緩む区間や微妙に下っている区間が交互に現れるため、休みどころもあってリズムが取りやすい。ひび割れている路面もあるが、あまりひどい部分はこの日のために補修を行ったそう。登りだけ(下山は安全に配慮してバスとトラック輸送)なのでそのままでも落車の心配はほとんど無いはずだが、気持ち良く走ってほしいという心配りを感じる。
高原らしい夏虫の音と、沢を流れる水、瑞々しい緑を楽しみながら(撮影という脚休めがあるからこそだが)登りを駆け上がっていく。急カーブに取り付けられている番号がゴールに近づくほどいい加減になっていくことに気づいたりしながら(笑)。
道幅は最後まで狭いまま、雪解け水が流れる沢を小さな橋で越え、右カーブを曲がった先がゴール地点である駒ヶ岳ロープウェイのしらび平駅だ。平均タイムは50分強くらい。ちなみに優勝した加藤大貴選手は33分08秒という圧倒的なタイムを記録するも、「コースを覚えたので次回は30分を切れると思います」と鼻息荒いコメントを残してくれた。
標高2611.5m地点の千畳敷駅前での表彰式
表彰式はさらにそこから標高差950mをロープウェイで登った先、雪渓を望む標高2611.5m地点の千畳敷駅で行われた。アルプホルンの演奏や、名物のソースカツ丼(普通はロースだが、サイクリストのために脂身の少ないヒレ肉に変更されていた!)がふるまわれるなど、地元のおもてなしも十分。なお来年の開催もほぼ決まっており、前日土曜日には別のヒルクライムを登る2ステージ制にする構想もあるんだとか。こちらも実現が楽しみだ。
表彰式を終えるとロープウェイとバスを乗り継ぎ、ゆっくりと麓のスタート地点に戻ってきても、まだ時刻は10時前。そういえば参加賞にすぐ近くの早太郎温泉郷の割引チケットが入っていたんだった。ゆっくりと浸かって帰るとしよう。それとももう少し周辺を走ってみたり、もう一つの名物である蕎麦を食べに行くのも良いな……。
とにもかくにも、初開催の中央アルプス・ヒルクライムは、未知の道を既知へと変えるイベントだったわけである。しかもコースはなかなかに走り応えがあり、自然の雄大さは言わずもがな。大きなヒルクライムイベントに何度か出ている方は、こういうローカル大会を走ると新しい発見があるかもしれない。
text:So.Isobe
突然だが、自転車の楽しみとは何だろうか。レース派なら誰よりも先にゴールに飛び込むことかもしれないし、ロングライド派ならもっと遠くへ辿り着くことかもしれない。
どちらの考えも染み付いている筆者ではあるが、個人的に最も大きな楽しみとは、知らない道や場所を走ること、だと思う。それは何もキャンプ道具を積まなくとも、一日に300kmも走らなくても良い。いつもの分岐をそれてみたり、忘れ去られた旧道を見つけてみたり。冒険とは言えないレベルではあるけれど、そうやってペダルを回して初めての道、土地を訪れた時、自分の中の小さな世界が広がった気がして、たまらなく楽しく感じるのだ。
それが「まだ誰も自転車で走ったことのない道を走れる」と聞いたら、どうだろうか?きっと多くのサイクリストは走ってみたい!と思うだろうし、私は実際にそう思った。例えそれがおよそ10km登りっぱなしのヒルクライムであっても、だ。そして山深い地域の峠道というものは、そのほとんどがそういう冒険欲を満たしてくれる場所でもある。
前置きが長くなってしまった。とにもかくにも、そうして私は6月11日、カメラを積み込んで長野県は駒ヶ根市に向けてクルマを走らせた。名峰木曽駒ヶ岳に据え付けられた登坂を走る、初開催の「中央アルプス・ヒルクライム」を取材するためである。
標高2956mの頂を持ち、長野県上松町・木曽町・宮田村の境界にそびえる木曽駒ヶ岳。今回のヒルクライムイベントの舞台に選ばれたのは、この中腹にある駒ヶ岳ロープウェイのしらび平駅を目指す県道75号線だ。
記事タイトルでも先にも触れた通り、この県道75号線は「まだ誰も自転車で走ったことのない道」である。その理由は、ロープウェイ駅まで観光客を運ぶ大型路線バスが走る道でありながら、あまりにも狭隘ですれ違いが難しいから。県道でありながら、路線バスとタクシー、ロープウェイ関係者のクルマを除く全ての車両の通行が禁止されているという道なのだ。
道が開通した直後に一瞬だけ自家用車の通行が認められたけれど転落事故が頻発してすぐ通行禁止になった、とか、ここを運転するバスのドライバーは軒並み神業の持ち主だとか、一つだけあるトンネルの高さが低く、ロープウェイの索道を運ぶトレーラーを通す時に苦労したとか、ロープウェイ会社の部長さんが運転する横で面白い話を聞きながら、シャッターポイントを押さえるべく下見をした。
なるほど。その道幅は全て1.5車線以下だし、目が回りそうなほどつづら折れが続いているし、この辺りは崩れやすい地盤なのか山肌のあちこちに落石予防の工事箇所が目につく。「険道」とはよく言ったもので、よくこんな所に道を据え付けたもんだ、と感心させられてしまうほど。でもプチ冒険好きの自転車乗り目線からすれば、こんな道を登るヒルクライムイベントは他に無いし、何よりアルプスを感じさせる壮大な自然が素晴らしい。明日ここを走れるのかと思うとワクワクしてしまった。
そして翌日、晴れ渡った空の下で行われた開会セレモニーには、213名の参加者が集った。同日に開催されていた8000人の富士ヒルクライムとは比べるべくもないが、地方ローカルイベントならではの、少しのんびりした雰囲気が心地良い。ゲストの挨拶と1kmのパレードランを終え、朝7時にスタートの号砲が打ち鳴らされた。
勢いよく飛び出していく参加者たち……とは言っても、5人ずつのウェーブが30秒間隔でスタートを切っていくため、コース脇で撮影していても、1人、また1人、今度は3人パック……とバラバラ。写真映り的には少し寂しいけれど、走る選手にとってはコースを思う存分使える上、他の人とラインが交錯してしまう心配も皆無。急かされるプレッシャーも全く感じないので、ビギナーやマイペースで完走を目指す方にとってもおすすめしやすい。
10km弱の平均勾配は8.4%となかなかのものだが、10%が続く急勾配区間と、ところどころ傾斜が緩む区間や微妙に下っている区間が交互に現れるため、休みどころもあってリズムが取りやすい。ひび割れている路面もあるが、あまりひどい部分はこの日のために補修を行ったそう。登りだけ(下山は安全に配慮してバスとトラック輸送)なのでそのままでも落車の心配はほとんど無いはずだが、気持ち良く走ってほしいという心配りを感じる。
高原らしい夏虫の音と、沢を流れる水、瑞々しい緑を楽しみながら(撮影という脚休めがあるからこそだが)登りを駆け上がっていく。急カーブに取り付けられている番号がゴールに近づくほどいい加減になっていくことに気づいたりしながら(笑)。
道幅は最後まで狭いまま、雪解け水が流れる沢を小さな橋で越え、右カーブを曲がった先がゴール地点である駒ヶ岳ロープウェイのしらび平駅だ。平均タイムは50分強くらい。ちなみに優勝した加藤大貴選手は33分08秒という圧倒的なタイムを記録するも、「コースを覚えたので次回は30分を切れると思います」と鼻息荒いコメントを残してくれた。
標高2611.5m地点の千畳敷駅前での表彰式
表彰式はさらにそこから標高差950mをロープウェイで登った先、雪渓を望む標高2611.5m地点の千畳敷駅で行われた。アルプホルンの演奏や、名物のソースカツ丼(普通はロースだが、サイクリストのために脂身の少ないヒレ肉に変更されていた!)がふるまわれるなど、地元のおもてなしも十分。なお来年の開催もほぼ決まっており、前日土曜日には別のヒルクライムを登る2ステージ制にする構想もあるんだとか。こちらも実現が楽しみだ。
表彰式を終えるとロープウェイとバスを乗り継ぎ、ゆっくりと麓のスタート地点に戻ってきても、まだ時刻は10時前。そういえば参加賞にすぐ近くの早太郎温泉郷の割引チケットが入っていたんだった。ゆっくりと浸かって帰るとしよう。それとももう少し周辺を走ってみたり、もう一つの名物である蕎麦を食べに行くのも良いな……。
とにもかくにも、初開催の中央アルプス・ヒルクライムは、未知の道を既知へと変えるイベントだったわけである。しかもコースはなかなかに走り応えがあり、自然の雄大さは言わずもがな。大きなヒルクライムイベントに何度か出ている方は、こういうローカル大会を走ると新しい発見があるかもしれない。
text:So.Isobe
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