日中の最高気温が30℃を超すという想定外の事態に見舞われた”アルプスあづみのセンチュリーライド”。汗だくになりながらも何とか1本目の登坂を消化したメタボ会長ではあったが、当然のごとくその表情に覇気はない。

「いやぁ~、この暑さには参ったね。汗が目に入って眼を開いていらんないよ。まだ次があるんだよね?」
弱々しい表情で呟くメタボ会長がちょっぴり気の毒には感じるものの、残念ながら2本目の登坂が目前に控えているという事実は揺るがない。

大苦戦の末、何とか1本目の登坂をクリアする。大苦戦の末、何とか1本目の登坂をクリアする。 旧中村邸から2本目の登坂は始まる。旧中村邸から2本目の登坂は始まる。


そんな残念なオヤジを気遣うフリをしながら、悪い笑みを浮かべた編集長が白々しい言葉を掛ける。
「会長、この先は取り敢えず4kmほど下りますから、その間にしっかりとクールダウンしましょう!」もちろん、たった4kmで体力回復など見込める訳が無い事など重々承知の上での助言だ。彼もなかなか悪い男だ。

ものの5分であっさりと下りを終えた私たちは”美麻郵便局”前の交差点に差し掛かる。重要文化財に指定される”旧中村邸”から始まる2本目の登坂は距離3kmほどだが、終盤に10%超えの登坂が控える今大会最大の難所だ。

編集長の後ろに隠れて進む。まだ緩斜面ですよ?編集長の後ろに隠れて進む。まだ緩斜面ですよ? いよいよ今大会最難関の峠越えが始まる。いよいよ今大会最難関の峠越えが始まる。


「いよいよかぁ~、この先はやたらキツかった所だよね。今回の完走はヤバイかもしれんね。」こんなオヤジの非想観漂うボヤキを合図に登坂が始まる。そう! 昨年に引き続き私の至福の時間の幕開けだ!

避ける事のできない登坂に向かい、悲しげな表情で独り言を呟きながら黙々とペダルを廻すメタボ会長。
「まだ5月だっていうのに、なんでこんなに暑いんだよ。こんな事ならいっそ雨でも降ってくれたほうがありがたいくらいだよ。」無いモノねだりとはまさにこの状態である。そもそも晴れ男のアンタが来てるんだから雨なんか降る訳ない事は誰にでも判りそうなものである。

巡航速度は10km/hを下回っている。すでにヘロヘロです。巡航速度は10km/hを下回っている。すでにヘロヘロです。 いまにも止まりそうな立ち漕ぎ。案外しぶとい?いまにも止まりそうな立ち漕ぎ。案外しぶとい?

周囲の皆さんも苦労しながら登っている。周囲の皆さんも苦労しながら登っている。 やっとの思いで峠越えをクリア!ちょっぴり残念である。やっとの思いで峠越えをクリア!ちょっぴり残念である。


ハンドルにしがみつきペダルを踏みしめるその顔が苦痛に歪むたびに、心地よい風が私の心を駆け抜けてゆく。吹き出す大量の汗とともに10%を越える傾斜に悲鳴を上げるメタボ会長と同様に、周囲の皆さんもそこそこ苦労してる様子である。来年の参加を考えている皆さんには、この登坂の終盤2kmに関しては”そこそこ厄介”である事はお伝えしておこう。

「ぬぉぉぉぉ~!終わったあ~!」残り少ない体力の全てを振り絞り、今大会最大の難所を切り抜けたオヤジが吠える。昨年同様、この言葉とともに私の至福の時間も終わりを告げる。

「危なかったけど何とか乗り切ったぜぇ~!これで今年も完走だぜぇ~!」スギちゃんばりのドヤ顔でこちらを振り向くメタボ会長。その顔を流れる汗が美しい。彼の言葉通り、この峠を越えた全ての参加者に完走が約束されたと言っても過言ではない。

冠雪に覆われた後立山連峰が現れる。この壮観こそ今大会のハイライトでしょう。冠雪に覆われた後立山連峰が現れる。この壮観こそ今大会のハイライトでしょう。

難所克服の充実感に浸るメタボ会長を先頭に峠を下る私たちの前に、冠雪に覆われた後立山連峰が現れる。この壮大な景観は何度訪れても飽きる事のない感動を運んでくれる。やはり今年も、白馬ジャンプ競技場までの10km区間こそが”アルプスあづみのセンチュリーライド”の醍醐味を味わえる区間と言い切って間違いない。

無論、この場所は私たち取材班にとってメインの撮影ポイントとなるため、じっくりと腰を据え、参加者の皆さんをカメラに納めてゆく。淡々と業務に勤しむ私たちを待ちくたびれる男が一人いるが、ここでは取材業務が最優先事項である事は明らかであるため、捨て置くこととする。

絶好のポイントで撮影を続ける編集長。時間は20分を超えた。絶好のポイントで撮影を続ける編集長。時間は20分を超えた。 ただただ撮影を待ちくたびれる男がひとり。ただただ撮影を待ちくたびれる男がひとり。


必要かつ十分な撮影をこなした私たちは、都会の喧騒を忘れ、後立山連峰の大自然が繰りなす壮大な景観を味わいながら、白馬ジャンプ競技場エイドに滑り込む。スロープの人工芝が新鮮な印象を与えてくれる。ここでは豚汁と赤飯オニギリが振る舞われる。大勢の参加者さんが豚汁を味わいながら、のんびりと時間を過ごしているが、ここまで来れば間違いなく完走が約束されたという安堵感からか、周囲の皆さんの表情も明るい。

白馬ジャンプ競技場へのアプローチ。都会の喧騒とはかけ離れた壮観だ。白馬ジャンプ競技場へのアプローチ。都会の喧騒とはかけ離れた壮観だ。
ここまで来ればもう安心!オヤジの表情も明るい。ここまで来ればもう安心!オヤジの表情も明るい。 11歳で160kmに挑戦、完走した稲川槙志(まきし)君。11歳で160kmに挑戦、完走した稲川槙志(まきし)君。


適度な達成感とともに白馬ジャンプ競技場を後にした私たちを待ち受ける後半のコースは基本的に下り基調。ゴールまで所々に登坂は控えるが、心が折られるほどの難易度は有していない。

後半80kmがド楽勝のレイアウトになっている事を承知のメタボ会長もすっかり元気を回復している様子だ。やはり自転車はメンタルが占める要素がかなり大きいと感じられる。相変わらず気温は高いが、立山連邦をバックに颯爽と走り抜けるオヤジの黄色が抜群に眩しい。実際、”黄色い弾丸”のこのスタイルは写真映えも抜群にイイ。

折り返し後は下り基調で楽チンだ。後立山連峰に黄色いメタボ会長が映える!折り返し後は下り基調で楽チンだ。後立山連峰に黄色いメタボ会長が映える!

ただ、並走する参加者さんの呆れ顔がどうにも気になる。本人はいたって威風堂々と立ち振る舞っているのだが、やっちまった感丸出しの黄色いオヤジに対して注がれる参加者さんの憐れみの視線が、同行する私たちに対しても同様に向けられているような気がしてならない。この無言のプレッシャーに平然としていられるほどの図太い神経は持ち合わせていない私は、意を決して問いかけてみた。

「編集長、やっぱり今日のようなロングライドイベント取材の時は、会長にもCWジャージを着て貰った方が宜しくないですか?一緒に行動している私たちの感性まで疑われ兼ねないと思うんですが・・・。」
覚悟を決めて切り出した私に対し、編集長が他人事のように笑顔でサラリと応える。

「仲間だと思うから恥ずかしんだよ。会長は単なるイベント参加者のひとり。そもそも会長は編集部とは殆ど無関係。あくまでも運営会社のトップというだけで、今の会長には僕たち編集部に対して何の権限も無いんだよ。」

気持ち良く湖畔を駆け抜ける。ちょっと涼しく感じる。気持ち良く湖畔を駆け抜ける。ちょっと涼しく感じる。 仁科三湖のひとつ木崎湖。思わず飛び込みたくなる。仁科三湖のひとつ木崎湖。思わず飛び込みたくなる。


これが随分と乱暴な論破である事は明らかだ。いくらオヤジの人間性に問題があるとはいえ、会長が私たちが属する組織の長には間違いない訳だし、勇退するまでは会長職こそは最終決済権者の筈である。つまり何の権限も有さない訳が無いのでは・・・。こんな思考を巡らせる私に編集長から言葉が続く。

「確かに1年前までは会長がメディア事業部の運営責任者を兼務してたから無関係とは言い難かったけど、昨年4月の事業部編成で、僕たち編集部が属するメディア事業部の責任者から会長は外れたんだよ。だから今の会長には僕たち編集部に対しての人事権すら無いんだよ。ひょっとして知らなかったの?」

知らなかったも何も、そんな情報は与えられなければ自ら知る由も無い事案である。ましてや、こんな重要案件こそは取材現場でサラリと説明されるべきモノではない筈である。私の頭の中は完全にパニックに陥っている。
「人事権すらないって・・・? でも社内で一番偉いのは会長だよな・・・?」私の頭の中を様々な疑問が行き交う。チンプンカンプンとはまさにこの状態だ。

「ここなら写らないだろ?」 いいえ!シッカリ見切れてます。「ここなら写らないだろ?」 いいえ!シッカリ見切れてます。 呆れ顔の参加者さんと談笑するイタイ男がひとり。呆れ顔の参加者さんと談笑するイタイ男がひとり。


錯乱状態の今の私には、前を行く”黄色い物体”を指差しながら編集長に問いかけるのが精一杯だった。
「じゃ、あそこにいる黄色いおじさんは・・・?」こんな私に編集長が笑顔で応える。
「そう! ただのおじさん! 僕たちに対して何の権限も持たないサイクリングが好きなだけの普通のオヤジ!」

呪縛から解き放たれた様な爽やかな表情で応える編集長の笑顔が、全てを物語っていた。そう!彼だけは知っていたのだ! もう会長の顔色を覗いながら、腫れモノに触るように接する必要がなくなった事を!

全てを理解した私の体内を悪寒が走り抜ける。ただのオジサンに振り回され続けた私の1年間の記憶が走馬灯のように走る。家で待つ家族の顔を思い浮かべながら執拗なパワハラにも耐え、理不尽な上司相手に献身的に尽くしてきた私の時間は何だったのだろうか?

こんな私の心中とは裏腹に、眼前には穏やかで長閑な安曇野の情景が拡がっている。私を除く全ての参加者さんの顔が笑顔に溢れている。気が付けばゴールも目前に迫っているではないか。こうして、釈然としない感情とともに私たちの”アルプスあづみのセンチュリーライド”は終わりを迎えた。

今年もスプリントごっこを楽しむ。迷惑ですよ。今年もスプリントごっこを楽しむ。迷惑ですよ。 「いっちょアガリ!」今年もあっさり完走してしまった。「いっちょアガリ!」今年もあっさり完走してしまった。


昨年に引き続きあっさりと160kmを走破してしまったメタボ会長が、充実感に満ちた笑顔とともにゴールに転がり込む。まだまだ体力的な余裕がありそうな彼の不敵な笑みが、この大会が全国でも最も初心者に優しいセンチュリーライドである事を物語っている。

「さすがに募集開始からわずか1週間で締め切りになるだけあって、今年も最高な大会だったな!やっぱサイクリングは楽チンが一番!じゃ、先に風呂入ってるから!後片付けはヨロシク!」満足げな表情で決まり文句を残し、梓水苑大浴場へと向かうメタボ会長。何故だか判らないがその後ろ姿が無性に恨めしく思えてしまう。

コースプロデューサーの鈴木雷太さんと大会責任者の松島さん。お世話になりました。コースプロデューサーの鈴木雷太さんと大会責任者の松島さん。お世話になりました。 おそらく険しい表情を浮かべていたに違いない私に対し、編集長から優しい言葉が掛かる。

「お疲れさん! 僕は参加者のコメント取ってくるから、君は会長と一緒にお風呂行ってていいよ。」

いやいや、今の私はこんな優しい言葉に騙される訳がない。およそ3時間前までの私であれば「ではお言葉に甘えまして」と着替えの準備に取り掛かるのだろうが、今の私は何が大切かを知っている!

私たちサラリーマンにとって最も強大な権力である人事権。これを有さないメタボ会長に用は無い!

「編集長、何を言っているんですか?もちろん私も手伝いますから待って下さいよ~!」
疲労を感じさせないヤル気溢れる笑顔で取り繕った私の目には、”黄色い弾丸”ごときが写る余地は全くない!

サラリーマンとしての社内に於ける確実な保身と家族を養うための強い使命感を胸に、コメント取りに向かう編集長の後ろを子犬のように追いかける私であった。


今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"アルプスあづみのセンチュリーライド2013"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。            編集部一同。



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メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 4年

当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立し平成17年に社長を引退。平成20年よりメディア事業部にて当サイトの運営責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。ゴルフと暴飲暴食をこよなく愛し、タバコは人生の栄養剤と豪語する根っからの愛煙家。


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