第9ステージの終了後にシチリアのメッシーナを発ったフェリーは、定刻通り、朝8時半にサレルノに到着した。特に打ち合わせしたわけじゃないのに、フェリーの中は関係者だらけ。暖かく、眼下のティレニア海は穏やかだったので、知り合いのフォトグラファーと「今日は休息日だから、早くテルモリに着いたら泳ごうぜ」と話していた。

荒れ模様のテルモリのビーチ荒れ模様のテルモリのビーチ photo:Kei Tsujiしかしテルモリに向かってクルマを進めるにつれて天候は悪化。イタリア半島を横断してアドリア海に出ると、風が吹き付ける強い雨に見舞われた。しかも気温は10℃ちょっとしかない。とてもじゃないけど泳げる状態ではない。

閑散としたリゾートホテルを切り盛りするお姉さんは「いつも5月は30℃ぐらいあって泳げるの。この時期は観光客が少ないから、ビーチは貸し切り状態よ」と言ってくれたが、窓の外に広がるのは白波の立った茶色い大洋。1週目はずっと好天続きだったのに、休息日に合わせたように悪天候がイタリアを覆う。

歌手のパオロ・ベッリの前で日本の歌を求められる別府史之(日本、レディオシャック)歌手のパオロ・ベッリの前で日本の歌を求められる別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji悪天候のためローラー台で1時間ほど走ったと言うフミのインタビューを終え、天気の回復を祈りながら、ゆったりと休息日を過ごした。

そして迎えた第10ステージ当日。どんよりとした雲が空を覆っていて、パラパラと雨が落ちてくる。でも、天気予報のお姉さん曰く、天候は回復傾向にあり、午後は晴れ間も覗くとのこと。風の強さは多少マシになったとは言え、レースの進行方向から吹き付けている。

別府史之(日本、レディオシャック)のバイクにも「I RIDE FOR WOUTER WEYLANDT」のステッカーが別府史之(日本、レディオシャック)のバイクにも「I RIDE FOR WOUTER WEYLANDT」のステッカーが photo:Kei Tsuji出走サインにやってきたフミは、RAI(イタリア国営放送)のジロ番組に出演している歌手のパオロ・ベッリに捕まった。「日本の歌」をリクエストされ、カメラの前で楽しそうに歌うフミ。リラックスした表情でスタート位置についた。

翌日の第11ステージは起伏に富んだアップダウンコース。ガゼッタ紙の記者が「第11ステージはみんなが考えているよりも厳しいステージだ。総合が動く可能性を秘めている」と語っていたことを思い出し、そのことを告げると、フミはしばらく考え込んだ。

バイクを掛けて観客にサインする別府史之(日本、レディオシャック)バイクを掛けて観客にサインする別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsujiこの日もスタート前にクルマを走らせる。するとラジオコルサ(競技無線)が「早速アタックがかかる。ヌーメロ・ドゥエチェント・クアットルディチ(214番)フミユーキベプー」と告げる。スタート後にしばらく続くアップダウン区間でフミが飛び出した。

雨雲がかかったアドリア海から、風は一方的に吹き付けている。海の香りを含んだ湿っぽい北風だ。逃げグループにとっては決して宜しくないコンディション。しかも逃げの人数は3名と、平坦コースで大集団を相手に回すには寂しい数字だ。

積極的に逃げグループを引く別府史之(日本、レディオシャック)積極的に逃げグループを引く別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsujiゴールまでの間に2回撮影したが、フミはどちらも逃げグループの先頭を引いていた。他のフォトグラファーたちも「ベップが一番長い時間逃げを率いていた」と証言する。

フミはヴァストの4級山岳と中間スプリントポイントを先頭通過。それまでずっとアドリア海沿いを走っていたコースは、ラスト24km地点で内陸に90度方向を変える。それに伴って向かい風から追い風基調になるのだが、天候の回復とともに風の強さもダウン。結局風は最後まで逃げグループに味方してくれず、フミの逃げはラスト11km地点で終わった。

ゴール地点の大型スクリーンにフミが逃げる姿が映し出されるゴール地点の大型スクリーンにフミが逃げる姿が映し出される photo:Kei Tsuji「ダメだった」という笑みをこちらに投げかけてゴールしたフミ。レースの大半を逃げていたのに予想以上にケロッとしている。

レース後、JSPORTSのスタジオと繋がった携帯電話を片手に、フミを追ってチームバスの駐車場へと走る。エキモフ監督に頼んでフミを呼んでもらい、バスから降りてきたフミに携帯電話をパス。

ゴール地点でスクリーンに見入る観客たちゴール地点でスクリーンに見入る観客たち photo:Kei Tsujiすると、チームスタッフがティッシュに包まれた怪しげな物体をフミに手渡した。怪しく輝きを放つ小粒の物体。

何かのタブレットかと思ったら、歯の詰め物だった。奥歯に詰めていたものがレースの序盤に外れ、それをチームカーの監督に託したという。幸い翌日のステージのスタートが遅めなので、午前中に歯医者に行って治療するそうだ。

レースレポートにある通り、フミは147kmを逃げ、プレミオ・デッラ・フーガ(逃げ賞)を獲得した。プレミオ・コンバッティヴィタ(敢闘賞)ではカヴェンディッシュとベントソに次いで3位(選考基準がよく分からない)。

「スプリンターにとっては数少ないチャンスのステージだったので、逃げ切るのは難しいのはわかっていたけど、第9ステージで総合成績も大きく遅れていたので、集団が逃げを容認してくれ大きなタイム差がつくだろうと思いました。そうなればチャンスありと思い、アタックしました。ラスト50kmからペースを上げたけど、集団を振り切ることはできなかった」。

前日のインタビューにもあるように、暑さを嫌うフミは涼しいこの日を勝負の日に選んだのだろう。第13ステージから始まる山岳3連戦の前に脚を使い切ってしまわないかと心配したが、フミは「まだ脚は残っている。ゴール後も疲労困憊というよりも、まだまだ行ける感じです」という頼もしいコメントを残す。

1回目のチャレンジは失敗に終わったが、これで終わりではない。「またチャンスを見つけて、もう一度、見せ場を作りたいと思います」。山岳3連戦に向けて、そして次のチャンスを見据えて、フミは続く2ステージをリカバリーに充てる。

最終ストレートでスプリントを繰り広げるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、HTC・ハイロード)とアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD)最終ストレートでスプリントを繰り広げるマーク・カヴェンディッシュ(イギリス、HTC・ハイロード)とアレッサンドロ・ペタッキ(イタリア、ランプレ・ISD) photo:Kei Tsuji逃げ吸収後、集団内でゴールした別府史之(日本、レディオシャック)逃げ吸収後、集団内でゴールした別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsujiレース中に外れた歯の詰め物を見せる別府史之(日本、レディオシャック)レース中に外れた歯の詰め物を見せる別府史之(日本、レディオシャック) photo:Kei Tsuji


text&photo:Kei Tsuji in Tortoreto, Italy

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