2024/07/16(火) - 19:56
「圧倒的なポガチャルとヴィンゲゴー、つまりUAEとヴィスマの戦いが、レースを『食って』いる。本来ステージ優勝を狙える選手が勝てていない、そもそも逃げ切れていないのだ」。今日も現地でツール・ド・フランスを追いかける小俣雄風太氏の現地レポートをお伝えします。
ツールが2週目を終えて、迎えた2度めの休息日のレキップ紙は、タデイ・ポガチャルの恐るべきピレネーでのパフォーマンスを大々的に伝えていた。この2週目はヴィンゲゴー優位とポガチャル優位をいったり来たりしたが、それにも決着がついた印象だ。
その陰でひっそりと掲載されていたコラムには、「逃げにとっては苦難の時」と題されていた。ここまでツールを観てきたひとなら、特にこの2週目のレースを観てきたひとならすぐに理解ができるだろう。
記事はこう始まる。
「かつてツール・ド・フランスに“つなぎのステージ”が存在していた時、総合を狙うトップ選手たちが超級山岳ステージの序盤をゆっくり走ろうとしていた時、選手たちは栄光のステージ勝利を掴める可能性があることを本当に信じて逃げたのだ」
これはつまり、今日のツールでは逃げる選手が山岳ステージで勝てないことを表している。そしてそれは、先週我々がテレビの前で目撃した事実でもある。
中央山塊を走る第11ステージ。ヴィンゲゴーの劇的なスプリント勝利の前に逃げていたのはオイエル・ラスカノ(モビスター)とベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)だった。ピレネー初日の第14ステージではダヴィ・ゴデュ(グルパマFDJ)、そして再びラスカノとヒーリーが逃げに打って出た。ピレネー2日目の第15ステージではジャイ・ヒンドレー(レッドブル)、ローレンス・デプルス(イネオス・グレナディアーズ)、エンリク・マス(モビスター)、トビアス・ヨハンネセン(ウノエックス)、リチャル・カラパス(EFエデュケーション・イージーポスト)が最後の超級山岳プラトー・ド・ベイユまで逃げたが、あっという間にメイン集団に捉えられた。
贔屓目なしにみても、ここに名前の上がった選手はツールのステージ優勝に値する実力者たちだ。総合成績を狙えるクライマーや、ナショナルチャンピオン経験のあるアタッカーたち。彼らが今年ツールのステージで勝てないのには、ポガチャルとヴィンゲゴーの争いがある。
より具体的にはUAEチームエミレーツとヴィスマ・リースアバイクの2チームの争いが、レース全体を「食って」しまっている。もはやお互いを見合う形でレースを進める両チームは、逃げグループに誰がいるか、どんなタイム差かなど気に留めないかのように、お互いだけのレースをしている。高度に増強されたこの2チームには、ステージを狙いに行ければ自身でも勝てるであろう選手たちがアシストとして2-3人は揃っている。エースを含む彼らを、平地や起伏路のスペシャリスト(UAEのポリッツ、ヴィスマのトラトニクの活躍ぶり!)が本格山岳まで快速で運ぶのだから、序盤のアタック合戦をサバイブして逃げ続ける選手たちの分が悪いことは言うまでもない。
とある選手は、山岳ステージのスタート前には両チーム間の緊張感が高まっていることをひしひしと感じるとレキップ紙に漏らしていた。また、自身も逃げを試みては「食われて」しまっているギヨーム・マルタン(コフィディス)も、「自分が彼らでも、同じように(逃げをいじめるかのような)走りをするだろう」と総合争いを包含した容赦ないペーシングに一定の理解を示している。
とはいえ、逃げにステージ優勝の可能性がないとなると、選手たちがこぞって逃げる気力を失う。すでに今年のツールの平坦ステージでは、圧倒的なスプリンターチームの存在と足の差が生まれにくい平坦路によって、奇妙にも誰も逃げようとしないステージがいくつか生まれている(第3、6、10ステージ)。競技をするのは選手たちだから、どんな展開になってもそれはそれでいい。しかし主催者は、こうしたテレビ的に「退屈」なステージや展開を良しとはしないだろう。
ツール第3週目は、ポガチャルが一定のリードを築いたことである程度集団のペースも緩むだろうと見積もられている。ヒーリーやカラパス、ラスカノたちの逃げにもようやくチャンスが巡ってくるかもしれない。しかし個人的には過去2年のトラウマを抱えるポガチャルらUAEがその手を緩めるとは考えにくい。そしてヴィンゲゴー自身が休息日に語ったように、過去2年のディフェンディングチャンピオンチームであるヴィスマがそうそう簡単に白旗を上げるとも思えない。
我々レース観戦者は強欲だから、一方で絶対王者の強い走りを期待しつつ、一方で劇的な逃げ切り勝利を見たいと願っている。しかし、絶対王者が文字通り絶対的な強さで君臨し出すと、逃げ切り勝利はさらに絵に描いた餅となるかもしれない。ポガチャルがここまでに積み上げたツールの勝利数は14。35勝という金字塔を真横で見た今年、ポガチャルがこの数字を意識していないはずはない。
そしてツールに限って言えば、ポガチャルがこの数字にチャレンジできる日数はそう多くない。ポガチャルが眼の前のヴィンゲゴーとの勝負の先に見据えているものがあるとすれば、ますますUAEの攻勢は強まるかもしれない。少なくとも今年のツールの最後の3ステージは、モナコ在住のポガチャルにとって譲れないという大義名分が立つ。そしていくつかはおそらく勝つだろう。
そしてその勝ち方に、35勝への意欲が透けて見えるのではないかと思っている。
Text:Yufta Omata
ツールが2週目を終えて、迎えた2度めの休息日のレキップ紙は、タデイ・ポガチャルの恐るべきピレネーでのパフォーマンスを大々的に伝えていた。この2週目はヴィンゲゴー優位とポガチャル優位をいったり来たりしたが、それにも決着がついた印象だ。
その陰でひっそりと掲載されていたコラムには、「逃げにとっては苦難の時」と題されていた。ここまでツールを観てきたひとなら、特にこの2週目のレースを観てきたひとならすぐに理解ができるだろう。
記事はこう始まる。
「かつてツール・ド・フランスに“つなぎのステージ”が存在していた時、総合を狙うトップ選手たちが超級山岳ステージの序盤をゆっくり走ろうとしていた時、選手たちは栄光のステージ勝利を掴める可能性があることを本当に信じて逃げたのだ」
これはつまり、今日のツールでは逃げる選手が山岳ステージで勝てないことを表している。そしてそれは、先週我々がテレビの前で目撃した事実でもある。
中央山塊を走る第11ステージ。ヴィンゲゴーの劇的なスプリント勝利の前に逃げていたのはオイエル・ラスカノ(モビスター)とベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)だった。ピレネー初日の第14ステージではダヴィ・ゴデュ(グルパマFDJ)、そして再びラスカノとヒーリーが逃げに打って出た。ピレネー2日目の第15ステージではジャイ・ヒンドレー(レッドブル)、ローレンス・デプルス(イネオス・グレナディアーズ)、エンリク・マス(モビスター)、トビアス・ヨハンネセン(ウノエックス)、リチャル・カラパス(EFエデュケーション・イージーポスト)が最後の超級山岳プラトー・ド・ベイユまで逃げたが、あっという間にメイン集団に捉えられた。
贔屓目なしにみても、ここに名前の上がった選手はツールのステージ優勝に値する実力者たちだ。総合成績を狙えるクライマーや、ナショナルチャンピオン経験のあるアタッカーたち。彼らが今年ツールのステージで勝てないのには、ポガチャルとヴィンゲゴーの争いがある。
より具体的にはUAEチームエミレーツとヴィスマ・リースアバイクの2チームの争いが、レース全体を「食って」しまっている。もはやお互いを見合う形でレースを進める両チームは、逃げグループに誰がいるか、どんなタイム差かなど気に留めないかのように、お互いだけのレースをしている。高度に増強されたこの2チームには、ステージを狙いに行ければ自身でも勝てるであろう選手たちがアシストとして2-3人は揃っている。エースを含む彼らを、平地や起伏路のスペシャリスト(UAEのポリッツ、ヴィスマのトラトニクの活躍ぶり!)が本格山岳まで快速で運ぶのだから、序盤のアタック合戦をサバイブして逃げ続ける選手たちの分が悪いことは言うまでもない。
とある選手は、山岳ステージのスタート前には両チーム間の緊張感が高まっていることをひしひしと感じるとレキップ紙に漏らしていた。また、自身も逃げを試みては「食われて」しまっているギヨーム・マルタン(コフィディス)も、「自分が彼らでも、同じように(逃げをいじめるかのような)走りをするだろう」と総合争いを包含した容赦ないペーシングに一定の理解を示している。
とはいえ、逃げにステージ優勝の可能性がないとなると、選手たちがこぞって逃げる気力を失う。すでに今年のツールの平坦ステージでは、圧倒的なスプリンターチームの存在と足の差が生まれにくい平坦路によって、奇妙にも誰も逃げようとしないステージがいくつか生まれている(第3、6、10ステージ)。競技をするのは選手たちだから、どんな展開になってもそれはそれでいい。しかし主催者は、こうしたテレビ的に「退屈」なステージや展開を良しとはしないだろう。
ツール第3週目は、ポガチャルが一定のリードを築いたことである程度集団のペースも緩むだろうと見積もられている。ヒーリーやカラパス、ラスカノたちの逃げにもようやくチャンスが巡ってくるかもしれない。しかし個人的には過去2年のトラウマを抱えるポガチャルらUAEがその手を緩めるとは考えにくい。そしてヴィンゲゴー自身が休息日に語ったように、過去2年のディフェンディングチャンピオンチームであるヴィスマがそうそう簡単に白旗を上げるとも思えない。
我々レース観戦者は強欲だから、一方で絶対王者の強い走りを期待しつつ、一方で劇的な逃げ切り勝利を見たいと願っている。しかし、絶対王者が文字通り絶対的な強さで君臨し出すと、逃げ切り勝利はさらに絵に描いた餅となるかもしれない。ポガチャルがここまでに積み上げたツールの勝利数は14。35勝という金字塔を真横で見た今年、ポガチャルがこの数字を意識していないはずはない。
そしてツールに限って言えば、ポガチャルがこの数字にチャレンジできる日数はそう多くない。ポガチャルが眼の前のヴィンゲゴーとの勝負の先に見据えているものがあるとすれば、ますますUAEの攻勢は強まるかもしれない。少なくとも今年のツールの最後の3ステージは、モナコ在住のポガチャルにとって譲れないという大義名分が立つ。そしていくつかはおそらく勝つだろう。
そしてその勝ち方に、35勝への意欲が透けて見えるのではないかと思っている。
Text:Yufta Omata
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