2015/09/20(日) - 09:13
平年より2日早い梅雨明け宣言が関東地方に出された7月19日。ジメジメした空気が去ったハズの編集部に重苦しい空気が漂う。言うまでもない、「走ってみっぺ南会津」の取材準備にいそしむ編集部に朝一で乗りこんできたあの男の爆弾発言のおかげである。
この緑の中を走る走ってみっぺ南会津。それは行きたくなる気持ちはわかる。でも、物事には準備というものがあるのだ 7月19日朝、午前9時。編集部の始業と同時に勢いよくドアが開かれる。一斉にそちらを振り返る編集部員たちの目に飛び込んできたのは、満面の笑みを浮かべるメタボ会長だった。「今日って、"走ってみっぺ南会津"の取材に行く日だったよな?」
うーん。この後に起こることが目に見えるようだ。十中八九、「今年もエントリーしてあるからハイエースに一緒に乗っけてってくれ!」なんて言い出すのだろう。しかし、そんな急な話を振られても困る。決定的な一言が出る前に、やんわりと断るより方法は無い。
悪い予感に震える編集部員達を制し、年長者たる余裕を見せながら極力地雷を踏みぬかないよう、慎重な対応をする。「はい、その通りです。今年は前夜祭も豪華だということなので、私たちは編集部を早めに出発する予定です。これから会長が準備されるにも少し時間が足りないのではありませんか?」前向きな返答を見せつつ、少し牽制を織り交ぜた我ながら完璧な返答だ。
しかし、その程度の牽制が効く会長ではない。「そうなのか、それは楽しみだな!もちろんハイエースは空いているんだろ?」私の返答の後半部分を華麗にスルーして話が進んでいってしまう。「もちろん空いていますが、私たちは編集部を14時には出発するつもりです。会長の準備が間に合いませんよね?」と食い下がる私を袈裟切りにするように、オヤジは言葉を返してきた。
「ガハハ!そんなことは心配に及ばんよ!組織の長たるもの、現場で何かあった時のために常日頃から準備は万全なんだよ。むしろ君たちがこんな直前になって取材の準備をしているほうが問題じゃないかな?」あわわ、とんでもない角度からカウンターを食らってしまった。
マズイ、この流れはお説教モードに入ろうとしているのでは?「いえいえ、滅相もないです、それでは14時に一緒に出発ということで・・・」「ん?そうか、わかった。じゃあ14時な!」すんでのところで破局を回避した私だが、結局今年もこのオヤジと南会津を走ることと相成った。
さて、14時までに準備を済ませた安岡と私は、荷物と自転車を積み込んだ車内でお騒がせオヤジの到着を待つことに。しかし待てど暮らせど当の本人が来ない。1時間弱が経過し、これ以上は待てない、置いていくか?と考え始めたところでやっと会長が現れた。「わりーわりー、なかなか仕事が終わんなくて・・・」と謝りつつも、まったく悪びれた様子のない会長。本当に仕事なのか?との疑念がフツフツと湧きあがってくるのもの、「まだギリギリ間に合いますので大丈夫ですよ。」とだけ言って編集部を発った。
彼らを救助したことで、思わぬとばっちりを食う羽目に、、 しかし、その後の道中で起こったことはこちらのレポートを読んだ方ならご存知だろう。山中をトボトボ歩く遭難寸前の高校生コンビを救助し、彼らのペンション探しにまで付き合った私たちが会場に辿りついた時には、前夜祭は既にお開きになっていたのだ。当然取材も出来ずにいた私たちに会長から怒声が浴びせられる。
「取材に遅れるなんざ言語道断!もっと余裕をもってスケジュールを組みなさい!」いやいや、元をただせば1時間遅刻してきたアンタが原因だろ!
理不尽極まりない叱責を甘んじて受けるしかない自らの身の上に涙しつつも、でもおかげで高校生を救助出来たから良しとすると自分に言い聞かせる。もうこんな会社イヤだ!私のベッドを奪ったメタボ会長の代わりに、ハイエースのヘッドレストを濡らしながら、ひとときの幸せを求めて夢の世界へと逃げ込んだ私を誰が責められよう。
ずらりとならんだ参加者のみなさん。昨年よりも増えたような??
急きょ選手宣誓をする宇都宮ブリッツェンの堀選手
MCの棚橋さん、ブリッツェンフェアリー競技部の杏寿沙さん
そうして迎えた大会当日。会場に集まった参加者の皆さんそろって楽しげな表情で、そんな様子をみていると昨夜の理不尽な扱いも忘れてこちらまで楽しい気分になってしまう。そんな参加者さん達の中には昨夜の高校生たちも元気そうな様子で混ざっている。どうやら、ペンションでぐっすりと眠ることが出来たようだ。しかし彼らのおかげで受けたとばっちりを考えると素直に良かったとも思えない。
「天気予報では午後から雷雨の恐れがあります!レインウエアの準備を忘れないように!」という絹代さんの暖かいアナウンスを聞いて、それはマズい!と慌ててリュックに雨具を詰め込む私たち。それを見て「ん?雨が降るのか?そんな感じはしないけどな?一応オレの分も持って行ってくれ!」とちゃっかり自分のウェアを渡してくる横暴なオヤジ。正直、リュックにそれほどの余裕は無いのだが、断る訳にも行かず無言で服を受け取った私は、せめてもの抗議の意思を込めて一番底にパッキング。これで雨が降ってきた時、一番濡れるのは会長という寸法である。
さて、スタートの写真を収めた私たちが編集部内での打ち合わせ通り、100kmの部と共にスタートしようとすると会長の姿が見当たらない。さてはどこかでタバコでも吸っているんじゃねーの?まったく、昨日に引き続き、大会当日まで振り回されちゃかなわん!と思いながら安岡と手分けして黄色いジャージを探すことに。
両手に花のオヤジである。顔がゆるんでますよ!
悪魔おじさんもスタートラインに立っている
紆余曲折あったものの60kmコースでスタート
「先輩!見つけました!」という安岡の声が上がったのは、なぜか60kmコースのスタート列の中。隠れて喫煙していないだけマシだが、なぜそんなところに?という疑問を代弁するように、安岡が問いを発する。「会長、100kmのスタートが終わっちゃいますよ?」うん。その通りだ。写真を抑えるために一刻も早く出発したいのに、この男は何を悠然としているのだろう?
「何を言っているんだい?今年は60kmコースに決まってんだろ!」予想外のセリフがオロオロとする私たちに浴びせられる。「全く、君たちは去年何を見ていたんだ?女性ライダーは60kmコースのほうが多かっただろ?じゃあ当然答えは一つだよな?」何を言っているのかサッパリわからないが、とりあえずこのオヤジがテコでも100kmコースを走らないという固い決意だけは伝わってくる。
そんな話をしている間にもう100kmのスタート終わっちゃったし、もう腹を括るしかない。60kmコースの参加者さんたちと一緒にスタートを切って走りだすことに。スタート地点からしばらくは、かなりの斜度の下りとなる。先導の宇都宮ブリッツェンの選手を抜かないように気をつけながら、慎重に下っていくと国道352号線にぶつかる交差点に出る。
舘岩川に沿って、しばらく走っていくと姿を現すのが”前沢曲屋集落”だ。曲屋(まがりや)と書いている通り、上から見るとL字に曲がっている造りが特徴の古民家の集落なのである。まるで時間の流れから取り残されているかのようなノスタルジックな佇まいは昨年訪れた時から変わっていない。会長もなんともいえないこの雰囲気が気に入っているようで、昨年に引き続きのんびりと集落の雰囲気を楽しんでいるようだ。
60kmコースは女性比率が高い!
昨日救助した高校生たちも南会津の景観を楽しんでいるようです。
水車の回る姿に心癒されます
今年も前沢集落で記念写真を撮影しました
ゆったりとした時間を楽しんだ後、再び大会のコースに戻った私たち。舘岩川が伊南川に合流する地点に設けられた”内川AS”に駆け込んだ私たちは、”ばんでい餅”とキンキンに冷えたトマトを戴く。どんどん暑くなってくる中走っていると、瑞々しいトマトの酸味がスーッと身体に沁み込んでいくる。その芳醇さを味わった後に、この大会のハイライトである”屏風岩AS"へと向かっていく。
しかし、朝の天気予報では確かに雷雨だと言っていたのにも関わらず、雨が落ちてくる気配は微塵もない。それどころか、薄くかかっていた雲もいつの間にやらどこかへと行ってしまい、太陽の光が燦々と降り注いでいる。そう言えば、富士ヒルクライムの時だって雨予報だったのに走っている時は一滴も降ることも無かったことを思い出す。ここ最近薄れてきた会長の晴れ男伝説だが、まだまだ終わることは無さそうだ。
そんなことを考えながら走っていると、ついに屏風岩ASに到着だ。待ちに待ったマトン丼のお出ましである。会長はとみれば、私たちが少し取材をしている間にちゃっかりと行列に並んでいる。流石グルメに関しては抜け目ない男である。「おう!代わりに並んどいてやるから、君たちは取材をしっかりするんだぞ!」と、真っ先に行列に並んでいた理由を正当化しているが、実際のところそうしている間にもどんどん列は長くなっていたので、確かにありがたいことはありがたい。
クルマは皆無。ほぼ貸切状態の林間道を北上して行きます。
真面目に取材に取り組むフリをする安岡。
川を上流に向かって走っていきます
マトン丼が待つ屏風岩パーキングまであと少し!
屏風岩どーん!
ブリッツェンフェアリーも清流と戯れる。
会長が全員分のマトン丼を持ってきてくれたおかげで、少し時間に余裕が出来た。「会長、折角ですし水辺で昼ごはんにしませんか?」とたずねると「君にしては良い提案じゃないか!採用!」ということでマトン丼を手に屏風岩の近くまで下りていくことに。
ごうごうと音を立てて流れる伊南川の急流が作り出した白い岩肌の縁に腰かけ、今年もボリュームたっぷりのマトン丼に食らいつく。甘辛い味付けのマトンがどっさりと乗っかった丼の量はやはり半端ではない。60kmコースだとカロリーオーバーなんじゃ?と思ってしまうほどだ。
「いやー、しかしここは何度来ても絶景だね。川の水も澄んでいるし、取材じゃなかったら飛び込んで暫く泳ぎたいくらいだよ!こうも暑いとまいっちまうからな!」と、全然参った様子もなくマトン丼をパクつくメタボ会長。それは重畳、ぜひ飛び込んで戴きたい。できればそのまま流されて行方不明になって欲しいもんだ。
圧巻の景観を誇る屏風岩をバックに黄昏れる男がひとり。
なぜか一緒に肉を焼く謎のオヤジが一人
今年も豪快に盛られたマトン丼。変わらない美味しさでした!
少年ライダーと記念撮影。こんな大人になっちゃダメだよ。
セルフィーに協力してもらってスミマセン
そんな儚い願いを胸に隠しつつ、マトン丼でお腹を一杯にした私たちは屏風岩を出発。60kmコースは屏風岩がちょうど折り返しポイントになっており、ゴールまでは来た道を引き返すだけとなる。伊南川に沿ってのんびりと下っていくのは本当に気持ちのいいひと時。これぞサイクリング!という趣きである。
それにしても、走っていて目立つのは女性ライダーの多さである。会長と取材に行くと、女性ライダーを見つけるたびに写真を撮るハメになるのだが、その機会が抜群に多いのだ。昨年参加した100kmコースもそれなりに女性ライダーは参加されていたが、60kmコースは輪をかけて多い印象である。そのあたりを見抜くとは、黄色いオヤジの嗅覚もなかなかに侮れない。
伊南川を渡って、舘岩川沿いの道へと戻ると30kmコースのゼッケンをつけた人達もちらほらと見かけるようになってくる。かなり小さいお子さんを連れて参加している家族連れも多い。一所懸命にペダルをこぐチビッコを見ていると、こちらまで頑張ろうという気持ちになってくる。
綺麗な川を覗きこむ黄色い弾丸
親子で参加された二人。小さい子が多かったのも驚きでした。
こんな小さなキッズも走ってました
折り返しの復路を行く。雨が降る気配はない!
常にコースに沿って流れる清流に心癒されます。
「左だっぺ!」から最後の難関が始まります。
子どもたちの姿に元気をもらいつつ、コース最後のエイド”舘岩物産館AS”の山菜ソバで最後のエネルギーを補給した私たちは、”たかつえスキー場登坂”へと差しかかる。距離3.5km、獲得標高197mとちょっとした峠であるこの坂こそ、オヤジにとってこの大会唯一の鬼門なのだ。苦しみもがくオヤジの姿を見られればこそ、前日からの理不尽な仕打ちにも耐えられようというものである。
「ぐおぉぉ!やっぱりこの坂は厳しいな!」案の定、坂が始まった瞬間から弱音を吐いているメタボ会長。先ほどまでの余裕っぷりはまるで嘘のように見事な失速を見せている。「このためにタイヤを25cのエクステンザに変えてきたんだけど、つらいもんはつらいな!」見れば、確かにいつもその乗り心地を称賛している28cのグラベルキングからタイヤが交換されている。
しかし、その程度の小細工でどうこうなるくらいならそもそも苦労はしていない。ついに蛇行し始めた会長が早々とギブアップ宣言。「暑いし、もう駄目だ。あそこの日陰までいったら休憩な!」富士ヒルクライムで炸裂した、”インターバルヒルクライム”のレストタイムに突入だ。
笑顔で登坂をこなす女性陣に付いていけない男がいますね。
軽やかな走りで会長を抜き去って行ったブリッツェンフェアリー
あ‘‘-もうだめだ!
この坂を越えれば、もうゴールはすぐそこ!
木陰で休むこととなった我々の前をどんどんと参加者さんたちが登っていく。ひときわ良いペースでブリッツェンフェアリー達が登っていく。その速さに感動したのか、「あの娘たちは選手だったのか?」なんてとぼけたことを言い出すオヤジが一人。確かに彼女たちはかなり速いけれど、基本的にはアンタがダメ過ぎるだけだ!
フェアリーに触発されたのか、なんとか休憩を切り上げるもやはり少し進んでは止まってしまう会長。そうこうしているうちに、坂に入る前に抜かした子どもたちが迫ってきているではないか。「会長!このままじゃあのチビッコたちに抜かされちゃいますよ?」「なにい!?流石にこんな無様な姿を見せるわけにはいかん!夢を壊しちまうといけないからな!」
どこにその余力を隠していたのか、猛然と踏みだすオヤジ。誰もアンタにそんな夢を抱いていないよ、と思いながらもこれで登ってくれるならしめたものである。ただ、そんなスピードが長続きするはずもなく直ぐにフラフラになるものの、残りはあと200mほど。気合いで登り切った会長をMCの棚橋さんと杏寿沙さんがハイタッチで迎えてくれるが、それに応える元気は既に残されていなかったようだ、してやったり。
登り切った達成感で思わず笑顔に
そそくさと着替えようとするメタボ会長を制して、ヒアリングに取り掛かる。息が上がっているところに追い打ちをかけているわけでは、多分ない。「会長、初めての60kmコースはどうでしたか?恒例の本音トークでお願いします。」
「この大会に文句は出ないな!メシはうまいし、車も来ないし、信号も無い。去年走った100kmコースも良かったけど、60kmコースは一番おいしいところを走れる最高のカテゴリーだな。しかも、ゲストライダーが要所要所でサポートしてくれるだろ?ブリッツェンの廣瀬くんは、応援してくれる地元の人たちに出来る恩返しがこんなことしかない、なんて言ってたけど、これが素晴らしいんだよ!」確かに、他の大会にくらべても、サポートライダーと参加者の距離が近いように感じられたのは事実だ。
「憧れの選手との交流っていうのは、ファンにとっては他の何にも代えがたい体験な訳だからね。そして、これだけ満足度が高いのに参加費が安い!こんな利潤度外視の大会こそ、君たちにはしっかり報道してもらいたいな。じゃあ、そろそろ風呂行ってくるわ!」そう言い放ち、温泉へと向かう会長。
会長の言う通り、最高の大会だというのは間違いない。その背中を見送りながら、胸の中でひとりごちる。ただ一つ欠点があるとすれば、この大会の取材に来るたびにこのオヤジの相手をする必要があるということくらいだろう。
こうして、今後もメタボ会長の迷惑極まりない取材参加は続くのだった。
今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"走ってみっぺ南会津"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。 <編集部一同>
メタボ会長連載のバックナンバーは こちら です
メタボ会長
身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 6年
当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。
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うーん。この後に起こることが目に見えるようだ。十中八九、「今年もエントリーしてあるからハイエースに一緒に乗っけてってくれ!」なんて言い出すのだろう。しかし、そんな急な話を振られても困る。決定的な一言が出る前に、やんわりと断るより方法は無い。
悪い予感に震える編集部員達を制し、年長者たる余裕を見せながら極力地雷を踏みぬかないよう、慎重な対応をする。「はい、その通りです。今年は前夜祭も豪華だということなので、私たちは編集部を早めに出発する予定です。これから会長が準備されるにも少し時間が足りないのではありませんか?」前向きな返答を見せつつ、少し牽制を織り交ぜた我ながら完璧な返答だ。
しかし、その程度の牽制が効く会長ではない。「そうなのか、それは楽しみだな!もちろんハイエースは空いているんだろ?」私の返答の後半部分を華麗にスルーして話が進んでいってしまう。「もちろん空いていますが、私たちは編集部を14時には出発するつもりです。会長の準備が間に合いませんよね?」と食い下がる私を袈裟切りにするように、オヤジは言葉を返してきた。
「ガハハ!そんなことは心配に及ばんよ!組織の長たるもの、現場で何かあった時のために常日頃から準備は万全なんだよ。むしろ君たちがこんな直前になって取材の準備をしているほうが問題じゃないかな?」あわわ、とんでもない角度からカウンターを食らってしまった。
マズイ、この流れはお説教モードに入ろうとしているのでは?「いえいえ、滅相もないです、それでは14時に一緒に出発ということで・・・」「ん?そうか、わかった。じゃあ14時な!」すんでのところで破局を回避した私だが、結局今年もこのオヤジと南会津を走ることと相成った。
さて、14時までに準備を済ませた安岡と私は、荷物と自転車を積み込んだ車内でお騒がせオヤジの到着を待つことに。しかし待てど暮らせど当の本人が来ない。1時間弱が経過し、これ以上は待てない、置いていくか?と考え始めたところでやっと会長が現れた。「わりーわりー、なかなか仕事が終わんなくて・・・」と謝りつつも、まったく悪びれた様子のない会長。本当に仕事なのか?との疑念がフツフツと湧きあがってくるのもの、「まだギリギリ間に合いますので大丈夫ですよ。」とだけ言って編集部を発った。
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理不尽極まりない叱責を甘んじて受けるしかない自らの身の上に涙しつつも、でもおかげで高校生を救助出来たから良しとすると自分に言い聞かせる。もうこんな会社イヤだ!私のベッドを奪ったメタボ会長の代わりに、ハイエースのヘッドレストを濡らしながら、ひとときの幸せを求めて夢の世界へと逃げ込んだ私を誰が責められよう。
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「天気予報では午後から雷雨の恐れがあります!レインウエアの準備を忘れないように!」という絹代さんの暖かいアナウンスを聞いて、それはマズい!と慌ててリュックに雨具を詰め込む私たち。それを見て「ん?雨が降るのか?そんな感じはしないけどな?一応オレの分も持って行ってくれ!」とちゃっかり自分のウェアを渡してくる横暴なオヤジ。正直、リュックにそれほどの余裕は無いのだが、断る訳にも行かず無言で服を受け取った私は、せめてもの抗議の意思を込めて一番底にパッキング。これで雨が降ってきた時、一番濡れるのは会長という寸法である。
さて、スタートの写真を収めた私たちが編集部内での打ち合わせ通り、100kmの部と共にスタートしようとすると会長の姿が見当たらない。さてはどこかでタバコでも吸っているんじゃねーの?まったく、昨日に引き続き、大会当日まで振り回されちゃかなわん!と思いながら安岡と手分けして黄色いジャージを探すことに。
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「何を言っているんだい?今年は60kmコースに決まってんだろ!」予想外のセリフがオロオロとする私たちに浴びせられる。「全く、君たちは去年何を見ていたんだ?女性ライダーは60kmコースのほうが多かっただろ?じゃあ当然答えは一つだよな?」何を言っているのかサッパリわからないが、とりあえずこのオヤジがテコでも100kmコースを走らないという固い決意だけは伝わってくる。
そんな話をしている間にもう100kmのスタート終わっちゃったし、もう腹を括るしかない。60kmコースの参加者さんたちと一緒にスタートを切って走りだすことに。スタート地点からしばらくは、かなりの斜度の下りとなる。先導の宇都宮ブリッツェンの選手を抜かないように気をつけながら、慎重に下っていくと国道352号線にぶつかる交差点に出る。
舘岩川に沿って、しばらく走っていくと姿を現すのが”前沢曲屋集落”だ。曲屋(まがりや)と書いている通り、上から見るとL字に曲がっている造りが特徴の古民家の集落なのである。まるで時間の流れから取り残されているかのようなノスタルジックな佇まいは昨年訪れた時から変わっていない。会長もなんともいえないこの雰囲気が気に入っているようで、昨年に引き続きのんびりと集落の雰囲気を楽しんでいるようだ。
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ゆったりとした時間を楽しんだ後、再び大会のコースに戻った私たち。舘岩川が伊南川に合流する地点に設けられた”内川AS”に駆け込んだ私たちは、”ばんでい餅”とキンキンに冷えたトマトを戴く。どんどん暑くなってくる中走っていると、瑞々しいトマトの酸味がスーッと身体に沁み込んでいくる。その芳醇さを味わった後に、この大会のハイライトである”屏風岩AS"へと向かっていく。
しかし、朝の天気予報では確かに雷雨だと言っていたのにも関わらず、雨が落ちてくる気配は微塵もない。それどころか、薄くかかっていた雲もいつの間にやらどこかへと行ってしまい、太陽の光が燦々と降り注いでいる。そう言えば、富士ヒルクライムの時だって雨予報だったのに走っている時は一滴も降ることも無かったことを思い出す。ここ最近薄れてきた会長の晴れ男伝説だが、まだまだ終わることは無さそうだ。
そんなことを考えながら走っていると、ついに屏風岩ASに到着だ。待ちに待ったマトン丼のお出ましである。会長はとみれば、私たちが少し取材をしている間にちゃっかりと行列に並んでいる。流石グルメに関しては抜け目ない男である。「おう!代わりに並んどいてやるから、君たちは取材をしっかりするんだぞ!」と、真っ先に行列に並んでいた理由を正当化しているが、実際のところそうしている間にもどんどん列は長くなっていたので、確かにありがたいことはありがたい。
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ごうごうと音を立てて流れる伊南川の急流が作り出した白い岩肌の縁に腰かけ、今年もボリュームたっぷりのマトン丼に食らいつく。甘辛い味付けのマトンがどっさりと乗っかった丼の量はやはり半端ではない。60kmコースだとカロリーオーバーなんじゃ?と思ってしまうほどだ。
「いやー、しかしここは何度来ても絶景だね。川の水も澄んでいるし、取材じゃなかったら飛び込んで暫く泳ぎたいくらいだよ!こうも暑いとまいっちまうからな!」と、全然参った様子もなくマトン丼をパクつくメタボ会長。それは重畳、ぜひ飛び込んで戴きたい。できればそのまま流されて行方不明になって欲しいもんだ。
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そんな儚い願いを胸に隠しつつ、マトン丼でお腹を一杯にした私たちは屏風岩を出発。60kmコースは屏風岩がちょうど折り返しポイントになっており、ゴールまでは来た道を引き返すだけとなる。伊南川に沿ってのんびりと下っていくのは本当に気持ちのいいひと時。これぞサイクリング!という趣きである。
それにしても、走っていて目立つのは女性ライダーの多さである。会長と取材に行くと、女性ライダーを見つけるたびに写真を撮るハメになるのだが、その機会が抜群に多いのだ。昨年参加した100kmコースもそれなりに女性ライダーは参加されていたが、60kmコースは輪をかけて多い印象である。そのあたりを見抜くとは、黄色いオヤジの嗅覚もなかなかに侮れない。
伊南川を渡って、舘岩川沿いの道へと戻ると30kmコースのゼッケンをつけた人達もちらほらと見かけるようになってくる。かなり小さいお子さんを連れて参加している家族連れも多い。一所懸命にペダルをこぐチビッコを見ていると、こちらまで頑張ろうという気持ちになってくる。






子どもたちの姿に元気をもらいつつ、コース最後のエイド”舘岩物産館AS”の山菜ソバで最後のエネルギーを補給した私たちは、”たかつえスキー場登坂”へと差しかかる。距離3.5km、獲得標高197mとちょっとした峠であるこの坂こそ、オヤジにとってこの大会唯一の鬼門なのだ。苦しみもがくオヤジの姿を見られればこそ、前日からの理不尽な仕打ちにも耐えられようというものである。
「ぐおぉぉ!やっぱりこの坂は厳しいな!」案の定、坂が始まった瞬間から弱音を吐いているメタボ会長。先ほどまでの余裕っぷりはまるで嘘のように見事な失速を見せている。「このためにタイヤを25cのエクステンザに変えてきたんだけど、つらいもんはつらいな!」見れば、確かにいつもその乗り心地を称賛している28cのグラベルキングからタイヤが交換されている。
しかし、その程度の小細工でどうこうなるくらいならそもそも苦労はしていない。ついに蛇行し始めた会長が早々とギブアップ宣言。「暑いし、もう駄目だ。あそこの日陰までいったら休憩な!」富士ヒルクライムで炸裂した、”インターバルヒルクライム”のレストタイムに突入だ。




木陰で休むこととなった我々の前をどんどんと参加者さんたちが登っていく。ひときわ良いペースでブリッツェンフェアリー達が登っていく。その速さに感動したのか、「あの娘たちは選手だったのか?」なんてとぼけたことを言い出すオヤジが一人。確かに彼女たちはかなり速いけれど、基本的にはアンタがダメ過ぎるだけだ!
フェアリーに触発されたのか、なんとか休憩を切り上げるもやはり少し進んでは止まってしまう会長。そうこうしているうちに、坂に入る前に抜かした子どもたちが迫ってきているではないか。「会長!このままじゃあのチビッコたちに抜かされちゃいますよ?」「なにい!?流石にこんな無様な姿を見せるわけにはいかん!夢を壊しちまうといけないからな!」
どこにその余力を隠していたのか、猛然と踏みだすオヤジ。誰もアンタにそんな夢を抱いていないよ、と思いながらもこれで登ってくれるならしめたものである。ただ、そんなスピードが長続きするはずもなく直ぐにフラフラになるものの、残りはあと200mほど。気合いで登り切った会長をMCの棚橋さんと杏寿沙さんがハイタッチで迎えてくれるが、それに応える元気は既に残されていなかったようだ、してやったり。

そそくさと着替えようとするメタボ会長を制して、ヒアリングに取り掛かる。息が上がっているところに追い打ちをかけているわけでは、多分ない。「会長、初めての60kmコースはどうでしたか?恒例の本音トークでお願いします。」
「この大会に文句は出ないな!メシはうまいし、車も来ないし、信号も無い。去年走った100kmコースも良かったけど、60kmコースは一番おいしいところを走れる最高のカテゴリーだな。しかも、ゲストライダーが要所要所でサポートしてくれるだろ?ブリッツェンの廣瀬くんは、応援してくれる地元の人たちに出来る恩返しがこんなことしかない、なんて言ってたけど、これが素晴らしいんだよ!」確かに、他の大会にくらべても、サポートライダーと参加者の距離が近いように感じられたのは事実だ。
「憧れの選手との交流っていうのは、ファンにとっては他の何にも代えがたい体験な訳だからね。そして、これだけ満足度が高いのに参加費が安い!こんな利潤度外視の大会こそ、君たちにはしっかり報道してもらいたいな。じゃあ、そろそろ風呂行ってくるわ!」そう言い放ち、温泉へと向かう会長。
会長の言う通り、最高の大会だというのは間違いない。その背中を見送りながら、胸の中でひとりごちる。ただ一つ欠点があるとすれば、この大会の取材に来るたびにこのオヤジの相手をする必要があるということくらいだろう。
こうして、今後もメタボ会長の迷惑極まりない取材参加は続くのだった。
今回、編集部チームが実走取材にお伺いした"走ってみっぺ南会津"を支えて下さった大会関係者並びにサポートスタッフの皆様に心より御礼申し上げます。 <編集部一同>
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身長 : 172cm 体重 : 82kg 自転車歴 : 6年
当サイト運営法人の代表取締役。平成元年に現法人を設立、平成17年に社長を辞し会長職に退くも、平成20年に当サイトが属するメディア事業部の責任者兼務となったことをキッカケに自転車に乗り始める。豊富な筋肉量を生かした瞬発力はかなりのモノだが、こと登坂となるとその能力はべらぼうに低い。日本一登れない男だ。
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