到着した気仙沼駅のホームは広くて立派でしたが、この先の鉄路はすべて失われてバスに転換されてしまいました(泣)
河井孝介の輪行サイクリング紀行 vol.12 南東北前編
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途中駅から人が乗って来ることも無く、乗客のあまりいない車内でひとり調子に乗るテツ店長なのでした…
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炭火で焼かれた厚切りの牛たんは、駅弁とは思えないクオリティの高さで、見た目もお味も思い出に残る一品でした
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仙台駅の牛たん駅弁屋で仕入れた"たんや善次郎"のお弁当は、高級感あるフタと掛け紙からして期待が高まります♪♪
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今どきまずお目にかかれない灰皿がまだ現役なのには驚き!もちろん車内は全面禁煙ですのでご安心を(笑)
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顔は原型を留めていませんが、もとは由緒正しい国鉄型気動車であることをこれが証明しています
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車内は余裕のある座席配置で、輪行バッグが置けそうな場所が多すぎて迷ってしまうくらい…
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キハ58"Kenji"車両を使用した"直通快速"気仙沼行きは、仙台~気仙沼ノンストップというムチャなダイヤで運行されました
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帰宅ラッシュの時間帯に現れた奇妙な奇妙な列車、"直通快速"という列車種別ははじめて見ました…
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牛たん専門の駅弁屋があるとはさすが仙台!と言うことで、こちらで夕食を調達することに…
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日も暮れかけてきた駅ホームに仙台行きの普通列車がやってきました
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サイクリングはここで終了。内陸に移転した常磐線は高架となり、新たに建て替えられた駅舎はまだピカピカでした。
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ようやく見つけた線路跡に沿って走ってゆくと、まもなく橋梁の遺構が現れました
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津波被害により放棄された常磐線の線路跡をようやく発見!"工"マークの鉄道境界標が唯一の手がかりでした
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この標識より下はすべて津波で呑み込まれてしまったのですね…初めて見る光景に息を呑みます
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海岸沿いは津波被害で一面更地のところも多く、海側では防潮堤の再建工事が延々と続いてました
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廃道となった海岸沿いの県道は断崖ごとごっそりと崩落していました
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津波の塩害でしょうか?海岸沿いの立枯れた木々が寂しそうに佇んでいました
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主のいなくなった住宅は時間の経過とともに風化が進んでいるようで痛々しいものがありました
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あたりに点在する放射線モニタリングポストに、原発事故の深刻な影響が見て取れました
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せっかく浪江町まで来たら、名物"浪江やきそば"は外すことのできませんね(笑)
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このあたりで唯一と言っても良い商業施設"まち・なみ・まるしぇ"でランチとさせていただきます♪♪
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ここまで来るのにけっこう時間がかかってしまいましたが、"浪江駅"からようやくサイクリングがスタートできます
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完全復旧まであとわずかなところまできていることが分かる路線図。2019年度中には全線運転再開の予定だそう
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浪江駅から北は常磐線が復活していますが、利用客の姿はあまり見かけられず閑散としていました
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国道に面した大きな交差点には警備員が詰めていて、車両の出入りはすべてチェックするという厳重な警備体制が今も続いています
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巨大なクレーンが林立するのが廃炉作業中?の"福島第一原発"です、思いのほか近い距離にありました
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帰還困難区域内の国道6号線は自動車のみ通行を許されていますが、脇道はすべてゲートで遮断されてます
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バス車内には放射線のモニターが付いていて、ものものしい雰囲気に緊張感が高まります
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竜田駅からは列車代行バスによる輪行になります。運転手さんも自転車の扱いには慣れたものでした