「キャリアの中で最も苦しい1kmだった」。テイラー・フィニー(アメリカ)から稼いだ僅かなリードを守り抜くため、カウベルグを登り終えたトニ・マルティン(ドイツ)はゴールに向かって突進した。昨年コペンハーゲン大会に続くタイムトライアル連覇を達成。フィニーとのタイム差は5秒だった。

選手たちの頭上を雲が流れていく選手たちの頭上を雲が流れていく photo:Kei Tsuji2012年の世界最速男、つまりアルカンシェルの持ち主を決めるエリート男子タイムトライアル。TTスペシャリストにとって最高のタイトルを懸け、今年は世界各国から58名が集った。

リンブルフ州の丘陵地帯を駆ける45.7kmのコースはアップダウンの繰り返し。石畳が敷かれたヘールレンの街中を飛び出し、3つの丘を越えてファルケンブルフを目指す。常にアップダウンとコーナーを繰り返すそのコースは「ローラーコースター」に例えられるほど。

トニ・マルティン(ドイツ)の優勝バイクトニ・マルティン(ドイツ)の優勝バイク photo:Kei Tsuji風はコンスタントに強く、45.7kmコースの大半は向かい風もしくは横風。気温12度ほどの寒空には、水分をたっぷり含んだ灰色の雲が流れる。

第1走者がスタートする時間帯は晴れ間がのぞいたが、やがて雨雲の一団が一帯を覆う。土砂降りと形容していいほどの雨が前半スタートの選手たちに降り注いだ。レース後半にかけて暖かな太陽が降りそそいたが、どの選手も雨によって濡れたコースでのレースを余儀なくされる。終盤にかけて路面が乾いていくコンディション。

9位・2分30秒差 アルベルト・コンタドール(スペイン)9位・2分30秒差 アルベルト・コンタドール(スペイン) photo:Kei Tsuji最後から3番手にスタートしたテイラー・フィニー(アメリカ)は、3つの計測ポイント(14.3km、29.7km、37.9km地点)全てでトップタイムを塗り替える。続くアルベルト・コンタドール(スペイン)は14.3km地点で16位、29.7km地点で17位と伸びない。

最終走者マルティンは、14.3km地点でフィニーから4秒遅れたものの、29.7km地点と37.9km地点で逆にリードを得る。58Tのチェーンリングを踏むマルティンは、ゴールまで13kmも残して、2分先にスタートした優勝候補の一角コンタドールを勢い良く追い抜いていく。

2位・5秒差 テイラー・フィニー(アメリカ)2位・5秒差 テイラー・フィニー(アメリカ) photo:Kei Tsuji下位を大きく引き離す、フィニーとマルティンの一騎打ち。この勝負は最大勾配12%・平均勾配5.8%のカウベルグと、頂上通過後の向かい風が吹き付ける平坦路に委ねられた。

フィニーは3日前のチームタイムトライアルで敗因となったカウベルグをテンポ良く登る。対してマルティンは、カウベルグの登り始めの時点で15秒ほどのリードを得ていたが、登り区間でタイム差を詰められてしまう。

フィニーは、それまでヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ)がマークしていた暫定トップタイムを1分39秒も塗り替える58分44秒という圧倒的なタイムでゴール。しかし、平坦路で最後まで追い込んだマルティンがこれを上回った。

58分38秒のトップタイムで連覇を達成したトニ・マルティン(ドイツ)58分38秒のトップタイムで連覇を達成したトニ・マルティン(ドイツ) photo:Kei Tsuji

マルティンはフィニーのタイムを5秒37更新。58分38秒・平均スピード46.755km/hで、フィニーとの接戦を制した。

連覇をアピールしてゴールするトニ・マルティン(ドイツ)連覇をアピールしてゴールするトニ・マルティン(ドイツ) photo:Cor Vos「110%の力を使った」というマルティンは、ゴール後、地面に倒れ込み、しばらく立ち上がれない。プレッシャーから解放された安堵感から生まれるはにかんだ笑みを浮かべ、表彰台の頂上でアルカンシェルと金メダルを受け取った。ドイツはエリート女子とエリート男子のダブルタイトルを達成。

アルカンシェルと金メダルを受け取ったトニ・マルティン(ドイツ)アルカンシェルと金メダルを受け取ったトニ・マルティン(ドイツ) photo:Kei Tsujiコペンハーゲン大会に続く大会連覇を達成したマルティンは、レース後の優勝者会見で「プレッシャーが肩にずっしりと乗っかっていた。カンチェラーラやウィギンズは欠場したけど、それでも強い選手が揃っていることに変わりはなかった。特にフィニーの走りはエクセレントだった。彼とのタイム差はずっと10秒以内だったけど、パニックになることなく、自分のリズムで、自分の作戦通り走り続けた」と話す。「ゴールの1km手前は、キャリアで一番苦しい1kmだったと言ってもいい。カウベルグを越えた時点で乳酸が貯まりきっていたけど、そこから踏んでいくしかなかった」。

左から2位テイラー・フィニー(アメリカ)、優勝トニ・マルティン(ドイツ)、3位ヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ)左から2位テイラー・フィニー(アメリカ)、優勝トニ・マルティン(ドイツ)、3位ヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ) photo:Kei Tsujiマルティンは4月のトレーニング中に車との接触事故で負傷。7月ツール・ド・フランスでは、第1ステージで落車して手首を骨折した。ロンドン五輪タイムトライアルはウィギンズに敗れ2位。「今シーズンはアップダウンと不運の連続だった。このタイトルを守ることこそ、悪いシーズンを締めくくる唯一の手段だったんだ」。マルティンは2013年シーズンもアルカンシェルを着てタイムトライアルを走る。

僅差でビッグタイトルを逃したフィニーは、悔しい表情を浮かべながら表彰台に登る。チームタイムトライアルでは3秒差で敗れて銀メダル。個人タイムトライアルでは金メダルに5秒届かなかった。

「今シーズンはニアミスの連続だ。本当にうんざりしている。あと少しだった。この銀メダルは、冬のオフに向けて大きなモチベーションを与えてくれる」。今年ジロ・デ・イタリアの第1ステージで優勝してマリアローザを着た22歳のサラブレッドは、オフシーズンとその先にある2013年シーズンを見据えている。

「表彰台は驚きの結果。夢が叶った」と話すのは、混戦の表彰台争いを制したキリエンカ。来シーズン、31歳遅咲きのベラルーシ人は3年契約でチームスカイへと移籍する。

その他、選手の走行写真はフォトギャラリーにて!


ロード世界選手権2012エリート男子タイムトライアル結果
1位 トニ・マルティン(ドイツ)               58'38"
2位 テイラー・フィニー(アメリカ)              +05"
3位 ヴァシル・キリエンカ(ベラルーシ)           +1'44"
4位 ティージェイ・ヴァンガーデレン(アメリカ)       +1'49"
5位 フレデリック・ケシアコフ(スウェーデン)        +1'50"
6位 デミトリ・グルージェフ(カザフスタン)         +1'56"
7位 ヤン・バルタ(チェコ)                 +2'12"
8位 アレックス・ダウセット(イギリス)           +2'26"
9位 アルベルト・コンタドール(スペイン)          +2'30"
10位 アドリアーノ・マローリ(イタリア)          +2'40"
11位 アンドレー・グリブコ(ウクライナ)          +2'43"
12位 スヴェイン・タフト(カナダ)             +2'56"
13位 タネル・カンゲルト(エストニア)           +2'57"
14位 リカルド・ゾイドル(オーストリア)          +2'57"
15位 シルヴァン・シャヴァネル(フランス)         +2'58"
16位 キャメロン・マイヤー(オーストラリア)        +2'59"
17位 クリスティアン・コレン(スロベニア)         +3'05"
18位 ジェレミー・ロワ(フランス)             +3'08"
19位 グスタフエリック・ラーション(スウェーデン)     +3'11"
20位 トーマス・デヘント(ベルギー)            +3'15"

text&photo:Kei Tsuji in Limburg, Netherlands

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