2024/06/30(日) - 17:30
もうすでに、この大会はポガチャルのものではないか、そう思わされるチームプレゼンテーションだった。ツールの122年の歴史の中で初めてイタリアがグランデパールに選ばれた。さぞかしフィレンツェの町は黄色に染まっているかと思ったが、さにあらず。昨年のビルバオと比べても、町を上げてのお祭りという雰囲気はこの古都にはない。
フィレンツェはいつも通りに、ツーリストタウンであるようだった。街中には、大勢の観光客に混じって、時おりツール・ド・フランスのロゴ入りTシャツを来た人がいるくらいのもの。ヴェッキオ宮殿には申し訳程度にマイヨジョーヌやマイヨアポアが飾られていた。
しかしチームプレゼンテーション会場のミケランジェロ広場にはたくさんのティフォージたちが集まっていた。フィレンツェの象徴であるサンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂を見下ろす高台には、トップスター選手たちを待ちわびるファンで溢れかえっていた。
チームプレゼンテーションが始まると、イタリア人たちの自転車目利きぶりがうかがえた。まず最初に登場したEFエデュケーション・イージーポストのアルベルト・ベッティオルがイタリアチャンピオンジャージで登場して大歓声を浴びたのは当然として、各チームのチャンピオンたちには盛大な拍手が送られた。とりわけイタリア語を操るマーク・カヴェンデュッシュへの声援は温かだった。
ジェイコ・アルウラーで大きな声援を集めていたのは、チームエースのマイケル・マシューズに並んでルカ・メズゲッツだった。唐突な盛り上がりに会場を見渡すと、スロベニア国旗がそこかしこにはためいている。今年はポガチャルだけでなく、ログリッチも再びマイヨジョーヌを狙う。立地もあってかスロベニアのファンはすでにして去年以上に多い印象を持った。
5月には圧勝を果たしたイタリアの地で、やはり最も大きな声援を集めたのはタデイ・ポガチャルだった。騒ぎ立てる観衆をさらに焚きつけるような仕草をしたかと思うと、ステージ上では観客を巻き込んでのセルフィー。明らかに元気のなかった去年のスタート地点とはまるで別人みたいだ。
一方で最後に登場したヴィスマ・リースアバイクは、ジャージカラーのトーンもブルー基調になったせいかどこか浮かなく見える。調子がそこまで良くないと公言しているワウト・ファンアールトはともかくとして、ヨナス・ヴィンゲゴーも慎ましやかだ。この数週間、我々はヴィスマのツール出場選手はどうなるかとやきもきしながら経緯を見守ってきたわけだが、結果的にはスター選手を揃えてきた。
開幕直前でのセップ・クスの欠場は痛手だったかも知れないが、セカンドエースに昇格することになったマッテオ・ヨルゲンソンの表情には穏やかながら決意が満ちていた。2週目以降、彼がツールの主役になることは十分ありえると思うのだが、どこかまだ過小評価されている気がする。
ジロという、ほとんど唯一ツールと向こうを張ることのできる大会を誇るイタリア。そんな国で初めて、ツールが出発することになり、3日間のステージを走る。
「ジロ・ディ・フランチャ」がどんなレースになるか、見てみたいと思う。第1ステージのフィニッシュ地点リミニは、あのマルコ・パンターニ終焉の地でもある。イタリアは98年のツールを思い出しながら、彼を偲ぶことになる。奇しくも彼以来誰も成し遂げることのなったダブルツールに、今年は迫る選手がいる。
当時を知らない私にとっては、ポガチャルの走りを通じてマルコ・パンターニという選手を体験するツール・ド・フランスになるかもしれない、と思った。
引退表明したバルデの勝利 厳しすぎる第1ステージは是となるか
明けて第1ステージ。そこには「いつもどおり」のツールがあった。いやむしろ、観客の多さ、入り乱れている感はいつも以上。人でごった返しているとはこのことで、本来は観客から隔離されているパドックエリアにもどんどん人が流れ込んでいる。
選手たちも人垣をかき分けてサイン台へ向かうが、閉口気味だ。この時点ですでに猛暑で、湿気も手伝ってかなりタフなステージになると予想された。史上初のイタリアグランデパールは、史上最も厳しい第1ステージになるとも言われていた。獲得標高3500m以上だから、それも由ないことではない。スプリンターが初日にマイヨ・ジョーヌを着る、という慣習もはるか昔のこと……。
ある程度予想できたとはいえ、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、アスタナ・カザクスタン)のペースがひどく遅れ始めた時には、この日の終りには厳しすぎる第1ステージの是非が問われるだろうな、と思った。
しかし酷暑と登坂に苦しんだのはスプリンターだけではなかった。フランス期待のクライマー、レニー・マルティネス(グルパマFDJ)が早くも遅れ出すと、続いて失速したのはエースのダヴィ・ゴデュだった。フランスが誇る総合エースにとって辛い一日になってしまった。スプリンターには初日リタイヤの、総合系の選手には初日脱落のそれぞれ危機ある第1ステージだ。
そんなステージで輝きを放ったのは、総合成績を狙わない宣言をしていたロマン・バルデ(フランス、DSMフィルメニッヒ・ポストNL)だった。来年のドーフィネでの引退を宣言し、今年が最後のツール。外国チームに在籍しピノやゴデュ、アラフィリップといった選手たちの影に隠れがちだが、過去には総合2位、3位にも輝いたフランス最大のオールラウンダーでもある。
その彼をして、「初めてスタート前に笑顔でいられた」という最後のツール。実際にスタートしてからのアタック合戦に加わるバルデの姿がこの日あった。決まった逃げには入りそこねたが、残り50kmで集団が逃げグループに近づいたタイミングでアタックし、前で逃げていたフランク・ファンデンブルック(オランダ)と合流して、最後は2人逃げに持ち込んだ。
ファンデンブルックがこの日の殊勲者であることは明らかだ。それはバルデのウィニングポーズにも現れている。確実にこの先、名前を聞くことになるであろう新星は、去りゆく偉大なフレンチクライマーにキャリア最大の華をもたせた。
ドーフィネで引退した後はグラベルに転向することを明かしたバルデ。来年の今頃は、砂利道の上を走っているのかも知れない。走る喜びを追い求める彼が、初めて走る喜びを得たツールの第1ステージで勝利したことは必然的だったとすら思える。彼が引退を発表した際、すぐに浮かんだのは今年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの力走だった。
勝ったのがポガチャルで、いつもの圧倒的な走りだったからこそ、懸命に前を単騎で追ったバルデのその走りを、忘れたくないと思った。2位に満足しているようにすら見えた穏やかな表情を見て、それは勝利に値する走りだとも思った。この第1ステージでバルデが勝ち、そしてマイヨ・ジョーヌを着た姿を見て、全くそれに値する選手だと改めて思う。厳しすぎる第1ステージは、終えてみればそれは是ということになりそうだ。
まだ3週間続くツール。どうやら今年もドラマに満ちた大会が待っている。
text&photo:Yufta Omata
フィレンツェはいつも通りに、ツーリストタウンであるようだった。街中には、大勢の観光客に混じって、時おりツール・ド・フランスのロゴ入りTシャツを来た人がいるくらいのもの。ヴェッキオ宮殿には申し訳程度にマイヨジョーヌやマイヨアポアが飾られていた。
しかしチームプレゼンテーション会場のミケランジェロ広場にはたくさんのティフォージたちが集まっていた。フィレンツェの象徴であるサンタマリア・デル・フィオーレ大聖堂を見下ろす高台には、トップスター選手たちを待ちわびるファンで溢れかえっていた。
チームプレゼンテーションが始まると、イタリア人たちの自転車目利きぶりがうかがえた。まず最初に登場したEFエデュケーション・イージーポストのアルベルト・ベッティオルがイタリアチャンピオンジャージで登場して大歓声を浴びたのは当然として、各チームのチャンピオンたちには盛大な拍手が送られた。とりわけイタリア語を操るマーク・カヴェンデュッシュへの声援は温かだった。
ジェイコ・アルウラーで大きな声援を集めていたのは、チームエースのマイケル・マシューズに並んでルカ・メズゲッツだった。唐突な盛り上がりに会場を見渡すと、スロベニア国旗がそこかしこにはためいている。今年はポガチャルだけでなく、ログリッチも再びマイヨジョーヌを狙う。立地もあってかスロベニアのファンはすでにして去年以上に多い印象を持った。
5月には圧勝を果たしたイタリアの地で、やはり最も大きな声援を集めたのはタデイ・ポガチャルだった。騒ぎ立てる観衆をさらに焚きつけるような仕草をしたかと思うと、ステージ上では観客を巻き込んでのセルフィー。明らかに元気のなかった去年のスタート地点とはまるで別人みたいだ。
一方で最後に登場したヴィスマ・リースアバイクは、ジャージカラーのトーンもブルー基調になったせいかどこか浮かなく見える。調子がそこまで良くないと公言しているワウト・ファンアールトはともかくとして、ヨナス・ヴィンゲゴーも慎ましやかだ。この数週間、我々はヴィスマのツール出場選手はどうなるかとやきもきしながら経緯を見守ってきたわけだが、結果的にはスター選手を揃えてきた。
開幕直前でのセップ・クスの欠場は痛手だったかも知れないが、セカンドエースに昇格することになったマッテオ・ヨルゲンソンの表情には穏やかながら決意が満ちていた。2週目以降、彼がツールの主役になることは十分ありえると思うのだが、どこかまだ過小評価されている気がする。
ジロという、ほとんど唯一ツールと向こうを張ることのできる大会を誇るイタリア。そんな国で初めて、ツールが出発することになり、3日間のステージを走る。
「ジロ・ディ・フランチャ」がどんなレースになるか、見てみたいと思う。第1ステージのフィニッシュ地点リミニは、あのマルコ・パンターニ終焉の地でもある。イタリアは98年のツールを思い出しながら、彼を偲ぶことになる。奇しくも彼以来誰も成し遂げることのなったダブルツールに、今年は迫る選手がいる。
当時を知らない私にとっては、ポガチャルの走りを通じてマルコ・パンターニという選手を体験するツール・ド・フランスになるかもしれない、と思った。
引退表明したバルデの勝利 厳しすぎる第1ステージは是となるか
明けて第1ステージ。そこには「いつもどおり」のツールがあった。いやむしろ、観客の多さ、入り乱れている感はいつも以上。人でごった返しているとはこのことで、本来は観客から隔離されているパドックエリアにもどんどん人が流れ込んでいる。
選手たちも人垣をかき分けてサイン台へ向かうが、閉口気味だ。この時点ですでに猛暑で、湿気も手伝ってかなりタフなステージになると予想された。史上初のイタリアグランデパールは、史上最も厳しい第1ステージになるとも言われていた。獲得標高3500m以上だから、それも由ないことではない。スプリンターが初日にマイヨ・ジョーヌを着る、という慣習もはるか昔のこと……。
ある程度予想できたとはいえ、マーク・カヴェンディッシュ(イギリス、アスタナ・カザクスタン)のペースがひどく遅れ始めた時には、この日の終りには厳しすぎる第1ステージの是非が問われるだろうな、と思った。
しかし酷暑と登坂に苦しんだのはスプリンターだけではなかった。フランス期待のクライマー、レニー・マルティネス(グルパマFDJ)が早くも遅れ出すと、続いて失速したのはエースのダヴィ・ゴデュだった。フランスが誇る総合エースにとって辛い一日になってしまった。スプリンターには初日リタイヤの、総合系の選手には初日脱落のそれぞれ危機ある第1ステージだ。
そんなステージで輝きを放ったのは、総合成績を狙わない宣言をしていたロマン・バルデ(フランス、DSMフィルメニッヒ・ポストNL)だった。来年のドーフィネでの引退を宣言し、今年が最後のツール。外国チームに在籍しピノやゴデュ、アラフィリップといった選手たちの影に隠れがちだが、過去には総合2位、3位にも輝いたフランス最大のオールラウンダーでもある。
その彼をして、「初めてスタート前に笑顔でいられた」という最後のツール。実際にスタートしてからのアタック合戦に加わるバルデの姿がこの日あった。決まった逃げには入りそこねたが、残り50kmで集団が逃げグループに近づいたタイミングでアタックし、前で逃げていたフランク・ファンデンブルック(オランダ)と合流して、最後は2人逃げに持ち込んだ。
ファンデンブルックがこの日の殊勲者であることは明らかだ。それはバルデのウィニングポーズにも現れている。確実にこの先、名前を聞くことになるであろう新星は、去りゆく偉大なフレンチクライマーにキャリア最大の華をもたせた。
ドーフィネで引退した後はグラベルに転向することを明かしたバルデ。来年の今頃は、砂利道の上を走っているのかも知れない。走る喜びを追い求める彼が、初めて走る喜びを得たツールの第1ステージで勝利したことは必然的だったとすら思える。彼が引退を発表した際、すぐに浮かんだのは今年のリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの力走だった。
勝ったのがポガチャルで、いつもの圧倒的な走りだったからこそ、懸命に前を単騎で追ったバルデのその走りを、忘れたくないと思った。2位に満足しているようにすら見えた穏やかな表情を見て、それは勝利に値する走りだとも思った。この第1ステージでバルデが勝ち、そしてマイヨ・ジョーヌを着た姿を見て、全くそれに値する選手だと改めて思う。厳しすぎる第1ステージは、終えてみればそれは是ということになりそうだ。
まだ3週間続くツール。どうやら今年もドラマに満ちた大会が待っている。
text&photo:Yufta Omata
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